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 そんなこんなでもうすぐ砂漠端の町、というところで、事件は起きた。
「さって、明日には乗り換えか……そろそろ風景も埃っぽくなってきたな」
「そうだな、懐かしい……ん?」
「どうしたアイザック」
「……なんだか気配がおかしいぞ」
 それまで気楽そうな顔をしていたアイザックが、窓の外を見て妙な顔をした。
 何かあるのか、と思って窓を見る。
 夕焼け。
 草原から荒野へと姿を変え始めた風景。
 草薮は風で波打つように動き、特に変わったことは……。
「……スマイソン、危ねっ!!」
「スマイソン!」
「アンディッ!!」
「アンディさん、駄目っ!!」
 ほぼ同時に、アイザックとアンゼロスとデイアーネさんとセレンが叫ぶ。
 窓をふさぐようにアイザックが俺の眼前を遮ったのと、アンゼロスとディアーネさんが驚異的な横っ飛びで俺を床に押し倒したのと、俺の手をセレンが握ったのがこれまたほぼ同時。
 そして。
 ドスッッ!!
「!」
 窓を塞いだアイザックの手の向こうから、目の覚めるような音がした。
 顔をしかめるアイザック。そして数秒。
「……あ、あちゃちゃちゃっ!?」
 バタバタと振るアイザックの手の甲には、火矢が突き刺さっていた。
「アイザック!」
「あち! あちちっ!」
 しばらく手を振ったあと、矢を引っこ抜いて窓から捨て、手でごしごし擦って火を消すアイザック。火矢が飛んできてもそんなんで済むのは屈強なオーガならではのことだ。
「……ふぅ、っと。……クソ、百人長! アンゼロス!」
「ああ!」
「みなまで言うな」
 立ち上がってなにやら魔法を唱えだすディアーネさんと、御者台へと続くドアから飛び出していくアンゼロス。
 セレンは急いでアイザックに飛びつき、医療光術を唱えだす。
「セレン、いけるか」
「はい、オーガ族の肉体なら矢傷くらい、ちょっと力をあげれば……!」
 見る間に傷を塞ぐセレン。一気に憔悴した顔をしたが、さすがの手際といえる。
「百人長、俺も戦います」
「無理はするなよ」
 魔法による一通りの準備は終わったのか、ディアーネさんが俺にも魔法をかけてくれる。
 感覚増大、幻影制御。見る間に俺の視界が戦闘モードになる。
 魔法をかけてもらいながら滑車を回して弓を引き、準備が終わると同時に俺とアイザック、ディアーネさんはそれぞれ別の口から馬車を飛び出した。


 外では盗賊団との乱戦が始まっていた。
 火矢を飛ばしてくるのは連中の常套手段だ。夕暮れ時に目印代わりに火をかけ、慌てて飛び出してきた旅人を襲って金品を奪い、犯し、その価値もなければ殺す。
 決まりきったプロセスだ。
 しかし、まずディアーネさんの魔法が馬車の炎上を防いでいた。「燃えにくい素材」だという幻影を馬車全体にかけたのだ。
 魔法の幻影は生き物の目だけではなく、時に炎をさえ欺く。
 そんな馬車の屋根に登り、伏せながら俺は戦場を見渡した。
 全部で20騎といったところか。少なくはないが。
「……ディアーネさんのいる馬車を襲うなんて、運の悪い奴らだ」
 同情をして一の矢をつがえ、盗賊の一人の心臓を狙撃。
 狙撃。
 もうひとつ狙撃。
「は、いい腕だスマイソン!!」
 滑車を回しては狙撃、の作業を繰り返し、次々と飛び道具持ちを片付ける俺にアイザックからの賞賛が入る。
 ディアーネさんの魔法援護が入っていれば外す方が難しい。こんなにくっきり見える的だ。
 手に握ったクロスボウはもう体の一部、目標と風向さえわかれば、字を書くよりも精確に狙った場所を貫ける。
「俺も……うおりゃああっ!!」
 アイザックはそもそもただの里帰りの予定だったので武器などもっていない。その辺にあった岩を拾って次々に盗賊めがけて投げていた。
 オーガはそもそも闇に強い。人間にとっては真の闇でも、オーガにとっては昼間と似たようなものらしい。
 そんな中で抜群の筋力とタフネスが邪魔をしてくるのだ。今、アイザックは盗賊団にとって恐るべき壁に見えているだろう。

 一方、アンゼロスは剣や槍で武装した盗賊7人に囲まれていた。
 いや、囲ませていた。
「へっへっへ……」
「おチビちゃん、勇ましいこった」
「俺好みのいい尻をしてるぜ」
「ぶっかぶかの鎧でナイトごっこは相手を選んでするべきだったな」
「まずは歯を全部叩き折るところからな。噛まれちゃたまんねえや」
 好き勝手をいっている盗賊相手にアンゼロスは無言。ゆるゆると立ち位置を変えて、集められるだけの敵歩兵を集め、油断させている。
 エースナイトは戦いの前に名を名乗る。逃げていいぞ、という意思表示だ。
 それをしないのはつまり、許し、逃がすつもりが欠片もないということだった。
「…………」
 集めきれるだけの盗賊を集めきったと考えたアンゼロスは足を止める。
 そこで初めて口を開く。
「来世ではもう少し破廉恥じゃない奴に生まれ変われるよう祈ってやる」
 説得でも警告でも脅しでもない、ただの宣告。
 盗賊たちがきょとんとして、爆笑しようとしたその瞬間、アンゼロスは一気に白刃を閃かせて二人の首を夕焼け空へ。
 凍りついたうちの一人を胴から両断、さらに一人の心臓をひと突き、その次の奴の顔を綺麗に横に真っ二つ。
「んなっ……」
 驚愕の声を上げられたのは最後の二人のみ。その二人の心臓をやはり早業で突き抜くと、アンゼロスは剣を眼前に掲げて祈るように動きを止める。
 剣を振るい始めてから2秒も経っていない。恐るべきエースナイトの早業だった。

 ディアーネさんは遠くに逃げようとした頭目格の前に忽然と現れた。
 いや、感覚増大した俺から見ると、何かの獣というか魔物のように、草薮を軽々と跳び越えて空を飛ぶように移動するディアーネさんの動きは見えていたのだが、頭目格の盗賊には理解できなかったに違いない。
 当たり前だ。馬より馬車より素早くジャンプ移動するダークエルフなんて、滅多に見られるものではない。
 指揮官ではなくただの戦士として動く時だけ見せる、ディアーネさんの怪物的な身体能力だった。
「やあ、お前が頭目か」
「なっ……」
「このイライラしてる時になかなかやってくれるじゃないか。部下を傷つけられて、今私はとても機嫌が悪い」
 ディアーネさんが笑う。心底愉快そうに。残忍に笑う。
「一応、選ばせてやる。ここで身包み置いて命乞いをしてセレスタの法の裁きを待つか、今の私の個人的感情に任せて苦しんで殺されるかだ」
「……だ、ダークエルフ、如きがっ!」
 逃げようとした割に、頭目は威勢のいいことを言って大振りのナイフでディアーネさんに挑みかかる。
 ディアーネさんが肉食獣の笑みを浮かべる。哀れな小鹿が破れかぶれで突進してきたのを歓迎する狼の顔だ。
 ……が。
「…………」
 引き金を引く。
 頭目の心臓を、矢で貫く。
 一瞬で絶命した。
「……アンディ?」
 血を浴びて一瞬呆然としたディアーネさんに、俺はちょっと苦い顔で会釈する。
 ディアーネさんにとってそんな奴、ワケないのはわかっていたけれど。それでも楽しそうに殺しをするところはちょっと見たくなかった。
 戦争の英雄に、今さら過ぎることだけれど。できれば。


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