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 隊舎の廊下を歩いていると、応接室の前にちょっとした人だかりができていた。
「さっき言ってた百人長のお客さんか」
「ああ」
 アンゼロスが扉の前に立って警備兵代わりをしている。
「……そんな季節とか言ってたけど、この季節何かあったっけ?」
 アンゼロスとディアーネさんがそれで通じてたってことは、年中行事だろうと思う。一応七年ほどこの部隊にいるのだから俺にもわかるはずだと思うが。
「スマイソンは知らなくても仕方ない。僕はたまたま何度か取り次いだことがあるだけだからな」
「?」
「……百人長の昇進話だ」
「昇進……昇進?」
 俺が聞き返すと、がちゃりと扉が開いてげんなりした顔のディアーネさんが顔を出した。
「しないぞ。私は百人長で充分だ」
 部屋の中から慌てた中年男の声。
「それは困る!」
 ディアーネさんは扉の隙間から顔を引っこ抜くと、部屋の中の人物に堅い声で話し始めた。
「私は何度も申し上げているはずです、閣下。私はこの隊の存在意義と戦場価値に自信を持っております。この隊の練度をさらに上げ、かの剣聖旅団をしのぐ戦場の旗頭にし、北西平原に我らクロスボウ隊あり、近づく愚を恥じよ、と語るのが夢であります」
「それは別の百人長でもよろしい。君が百人長の地位に甘んじていること自体が我が軍の損失なのだ。せめてオーバーナイトの位を受け取ってはもらえんか」
「マスターナイトの諸侯が異を唱えましょう。この身はエースナイトですらありませぬゆえ」
「じゃから今からナイトクラスを……ええい、何で言うこと聞かんのぢゃあディアーネ!」
 いきなり偉そうな人の口調が砕け散った。
「別に偉くも有名にもなりたくないって前から言ってるだろう父上!!」
 ディアーネさんの口調も砕け散った。
「……ナニアレ」
「多分、聞いてのとおり親子喧嘩だ」
 部屋の中で乱闘を始めたダークエルフ二人。アンゼロスが憂鬱そうに頭を振る。


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