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幼いアンゼロスは母である豪商の家に育った。
ハーフエルフとしては珍しく、なかなか恵まれた家庭環境だった。
しかし、家の中では何一つ不自由しなかったが、外では帽子は絶対に取れない生活を強いられた。
当然友達もほとんどおらず、セレスタなどの外国から招聘された家庭教師(トロット人だとやっぱりハーフエルフを馬鹿にする)に英才教育を受けながらも、将来何になるとも想像できない少女時代を送ったらしい。
そんなアンゼロスの転機となるのが、王都闘技場で催された御前試合だった。
様々な種族からなるトロット王国の切り札「剣聖旅団」が、その冴え渡る技の数々を披露する晴れの舞台。
その華麗さ、そして種族的な自由度にアンゼロスは感動した。
剣聖旅団には一部エルフもいたのだ。
これならできる。自分にもなれる。
そう思って、一緒にいた母に剣のコーチの招聘をせがみ、以降剣術に人生を賭ける事になる。
「ところでその御前試合って」
「ああ。15年前の拡大剣聖行進会の時のだ」
「……あー、なるほど」
「? アンディさん、どういうことですか?」
「当時は、というかその年だけはエルフの剣聖が存在したんだ。俺の行った工房がエルフ用の軽装鎧なんていきなり試作させられて、親方たちがおおわらわだったの覚えてる」
ちょうど俺が工房入りした年だった。
トロットの西にあるアフィルム帝国と文化交流の名目で、向こうの「パラディン」とトロットの剣聖を50人ずつ交換留学させたことがあるのだ。
まあ政治には詳しくないのでよくわからないが、要するに「うちの剣士はこんなに強いんだぞ、しかもこれは氷山の一角に過ぎない!」とお互いに威嚇しあうような意図のイベントだったらしい。
で、その年は御前試合も例年より派手になり(これも剣聖旅団預かりのパラディンに対する見栄みたいなものだったらしい)、王家の結婚パレード並みの大イベントとなったのだった。
で、アフィルム帝国は当地の森エルフと友好関係にある。
うちの百人長のように長寿ゆえの熟達で、剣聖=パラディンになるエルフは相当多いという。実際パラディン50人のうち20人ほどがエルフだったというからなかなかだ。
そして世間知らずのアンゼロス嬢はそれを見て勘違いした。
彼女の母も、商売はともかく軍事にはとんと疎かったので、そのまま娘の好きにやらせた。
そして数年後、メキメキと剣の腕を上げたアンゼロスは意気揚々と剣聖の予備選考に出場する。
「そこでコテンパンに負けて世界の広さを思い知るアンゼロスだった……」
吟遊詩人風に茶々を入れる俺。
「負けてない! 僕は同期同士の総当たりで全勝だったんだ!」
アンゼロスは悔しそうにした。
「でも数日して家に不合格って伝令が来た」
「なんで」
「ハーフエルフで女でチビだったから」
「……は?」
「本当にそう言われたんだ!」
悔しさを思い出したのか、アンゼロスは半べそで身を乗り出した。
下着・直・鎧なので、ぶかぶかの胸元から薄い乳が見えそうでちょっと困る。
それを聞いたアンゼロスの母はマジギレして伝令兵を椅子で殴ったらしい。
そんなことされても伝令は伝令しかできない。災難な話だ。
落ち込むアンゼロスに母はセレスタ行きを勧めた。
セレスタ商国は種族差別も少ないし、母個人のコネもあって住みやすい。剣聖に相当するエースナイトの称号もきっと頑張れば取れる。
そう言われてアンゼロスは出奔を決意した。
ただ、ハーフエルフであること、女であること、チビであることに対して深刻なトラウマを抱えてしまったアンゼロスはそれを隠すために今のスタイルを取る。
先祖伝来という名目で馬鹿でかい甲冑を常に身に着け、長い髪をその中に隠し(流石に髪は女の宝だ、ということでバッサリやるのは母に止められたらしい)、そして特注のヘルメットで耳を隠す。
その恰好で、東の山脈越えで隣の第三国を経由し、セレスタに入ったのだという。
それが今から十年前。
俺が百人長扮する変な人に変な刃物を作ってた頃だった。
「はい質問」
「何だ」
「お前がヘルメット着けてるの見たことない」
「……セレスタではハーフエルフ差別がゆるかったから必要なくなったんだ。エースナイト取った後に着けるのはやめた」
「女差別だってセレスタにはほとんどないじゃん」
「し、仕方ないだろう!? とりあえず男ってことでエースナイト取って、その直後にクロスボウ隊に配属されちゃったんだから! こんな男の園で堂々と生活できる女なんているか!」
百人長そうじゃん、と言おうとしたが、確かにアレは別格過ぎる。
精神的にも肉体(おっぱいというより戦闘力的な意味で)的にも。
「しかし配属前に言っとけば何年も男の振りしなくてよかったろうに」
「……そうなんだけど」
「お前間が悪いってよく言われるだろ」
「うるさいな。気にしてるんだ」
全てを話し終えて、はぁーっとアンゼロスは脱力する。
「いいお母さんですねぇ」
セレンは聞き終えてウルウルしていた。
そういえば。
「お前、結局お袋さんのいるトロットとの戦争に参加したわけか?」
「ん……まあ、そうだね」
「……悪いこと聞いた」
誰だって親を殺すかもしれない戦争なんかしたくないだろう。しかしアンゼロスがここにいるということは、それを押しても夢を諦められなかったということでもある。
俺だって、既にトロットとの戦争が終わったからこそこうしてセレスタ軍にいられるわけで、もし今後セレスタからの独立運動か何かでトロットが敵に回る可能性が出てきたら、セレスタ軍人なんか死んでもやりたくない。
しかしアンゼロスはそれはいいんだ、と笑った。
「うちの母上は多分殺したって死なないし、政治的にもそうそう軽々しくは殺されない人だから」
「政治的?」
「結構有名だと思うけど。知らない? シルフィード商会って」
「…………」
セレスタ、アフィルムを始めとして多数の国で商売付き合いを持っているトロットの大商会だ。俺だって聞いたことがある。
トロットが敗戦国にも関わらずあまり悲惨なことになっていないのは、シルフィード商会の価値が大きいからだ、とかいう話もあるぐらいだ。
そこの当主が女だってのも聞いたことはあったが。
「すげえお嬢だったんだなお前。今度おごって」
「…………君こそ僕におごるべきだと思うが?」
「?」
一旦落ち着いたアンゼロスの殺気が、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、とちょっとずつ燃え上がるのが音になって聞こえるようだ。
「こんな時にこんな場所でこんな破廉恥なことをしてた上に、ぼ、僕の裸までしっかり見ておいて何が『おごって』だこの超バカ野郎ーーーっ!」
引き抜かれるショートソード。思わずクロスボウで頭をかばう俺。
が、一拍置いてアンゼロスは溜め息をつき、ポクッとショートソードの柄で俺の頭を小突く。
「……ま、君との付き合いは短くないからな。いつもの酒場で酒盛り代一回持ちで許してやる」
ちょっと優しく笑う。見たことのない照れた笑顔で、ドキッとした。
セレンはぶんむくれているが。
と。
「話は終わったか?」
背後からいきなり声がして、俺は震え上がった。俺たち以外誰もいないはずなのに。
おそるおそる振り向くと、百人長がいた。
「な、なんでここに」
「あんまり遅いのと、ちょっと面白そうな話が聞こえたんでな」
少しニヤニヤしながら、ちょんちょんと自分の耳先を突っつく。
ハッとした。そういえばクロスボウのストックは百人長にとっては耳代わりだ。
「……ぜ、全部聞こえてました?」
「うん」
さーっとアンゼロスが青ざめる。
言い出せなかったくらいだ。性別詐称はバレたくないものだろう。
「いや、お前が女だってのは私はわかってたがな?」
百人長はクックックッと笑った。
「ま、説明頑張れ十人長♪」
親指で指し示した先では、どこから聞いていたのか、隊の仲間たちが折り重なって盗み聞き。結構一杯いる。
そして今のアンゼロスはパンイチ+鎧のセクシーショット。
アンゼロスが更に青ざめる。仲間たちがニーッと同じタイミングで笑った。
「アンゼロス十人長ォォォォッ!! 結婚してくださいーーっ!!」
「お、お、オラと不純異性交遊をーっ!」
「テメエらおすわり! アンゼロスーッ! 俺はお前が女でも愛してるぞーっ!」
「十人長ーーっ! ハアハアハアじゅ、じゅ、十人長ーっっ!!」
俺とセレンの脇を通り過ぎて仲間たちがアンゼロスに殺到する。
「う、うわああああっ!! や、やだ、やめっ、ちかづくな、寄るな触るな斬るぞバカ! 聞けってばこの破廉恥野郎どもーっ!! スマイソン助け、や、いやーーーーーーっ!!!」
流石エースナイト。すごい強かった。ものすごく疲れたみたいだけど。
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