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午前中に武器の整備をして、午後からは行軍訓練をしてから射的訓練をこなす。
これがクロスボウ隊の日課だ。
幸いなことに最近は大きな戦争もないので、専ら人里近くの魔物狩りくらいしかやることがない。それ以外はずっと整備と訓練だ。
騎兵隊や歩兵隊はキャラバンの護衛や迷宮探索、国境警備に回されることもあるが、クロスボウは野外戦専門で遭遇戦に不向きなため、楽をさせてもらっている。
給料泥棒と陰口を叩かれることもあるけど、戦争での有用性は誰もが知っているので、別に気になるほどのものじゃない。
で。
「1、2、3、4、めっすどれいっ♪」
「5、6、7、8、めっすどれいっ♪」
行軍訓練中からもうあからさまにニヤニヤされつつ変な冷やかし方をされている。
「お前ら射的訓練で的にすんぞバカ」
「やだなー十人長の話じゃないっすよー」
「今年の流行語大賞っすよー」
最低な仲間たちは最高の笑顔で弁解する。
物凄い居心地の悪さだ。
「マジで撃っていい?」
キリキリキリと滑車で弓を引きながら言ったら、
「むしろ撃ちたいのは俺らなんで」
オーガ族の隊員に指でパチンと弓引きつつ真顔で言われて土下座することになった。
俺十人長なのに。小隊長なのに。
そして夕方。
隊舎には風呂がひとつしかないのでみんなで汗を流す。
「よ、スマイソン」
「百人長」
そして百人隊唯一の女性であるディアーネ百人長は堂々とみんなと一緒に風呂に入っている。
ダークエルフ特有の小麦色の肌、綺麗な色の乳首や陰部も惜しげなく晒していた。
ちなみに百人長によると下の毛が生えないのはエルフの特徴らしい。
「毎度の事ながらよく恥ずかしくないですね」
「戦場に何度も行ってりゃ慣れるよ。あそこにゃ女子風呂も女子トイレもないからな」
「よく襲われないですね」
「伊達に二百年生きてないよ」
確かに武芸百般の百人長にかかれば、男だろうがオーガだろうが片手でシメられてしまう。
納得した。
「でもあそこでゴートとランツがマスかいてますよ。百人長オカズに」
「いつものことだ。ほっておけ」
鷹揚もいいところだった。
「それにしても……どうしような、あのハーフエルフ」
「う……」
考えないようにしていた事をぼそりと言われて困る。
「追い返すわけにも……いかないか。帰る所ないからな、ハーフエルフは」
「ええ」
「でもどうする」
「……入軍させるわけには」
「クロスボウ隊に配属されるとは限らないぞ」
「そっか……ここ教練施設じゃないですしね」
「ところでお前も勃起してるな」
「ほっといてください」
「ん? どっちで勃起した? 私か、雌奴隷の方か?」
「百人長までエロに走らないで下さい、アンゼロスが飛んできたらどうする気ですか」
この人のエロ話はナチュラルすぎて、からかっているのか真剣なのか判断しづらいから、どこで注意したらいいかちょっと迷う。
百人長はニヤニヤしながら断言した。
「あいつは風呂には来ないよ」
「……言われてみれば見た覚えがないですね」
風呂どころか、鎧着ないで歩いていることすらほとんど見たことがない。エースナイトだから鎧が普段着なのだと言っていたが。
風呂上りに服を着ていると、百人長の着替え籠から短剣が覗いているのが見えた。
「……その短剣」
見覚えがあった。
というか俺が打った数少ない刃物の一つだった。
「お、スマイソン。もしかして思い出したか」
「…………」
身体を拭いている途中だった百人長が期待した顔で寄ってきた。
「ちょっと待ってくださいよ?」
俺が打った刃物は全部で両の手にも満たない。
修業時代に作ったのはほとんどは農具や馬蹄で、さあこれから花形の武器打ち防具打ちの修業だ、というところで戦争が始まってしまったからだ。
その短剣は、工房の前でウロウロしていた変な人に打ったものだった。
「何してんのあんた」
「……ここの鍛冶屋は融通が利かんな。身分証明がないと打ってくれないのか」
「いや、そりゃ普通でしょ。もし敵国人だったら利敵罪だし」
「まだ戦争しているわけでもないだろうに」
「いつそうなるかわからないっていう話だからな」
変な人というのは、いかにも怪しい人ですってな砂漠風のフードとマスクで顔を覆い、長い長いマントとローブで体の一切を隠していたからだ。
が、俺は当時工房でしょっぱい先輩職人にイビられていて嫌気が差していた。
本当なら刃物ぐらいバンバン打てる頃合いのはずなのに、先輩職人が面白半分で根も葉もない噂を流したせいで親方の覚えが悪くなり、いつまでもそっちの仕事場に入れてもらえなかったのだ。
だから、変な人の変な依頼でもいいから、ちょっとはやり甲斐のある仕事を求めていた。
「んで何、何が欲しいの?」
「……この剣を短剣に打ち直して欲しいんだ」
彼がおずおずと差し出したのは、なめし革に包まれた一振りの剣……の、折れっ端だった。
「うわひでー。変な折れ方しちゃって長さも半端だなオイ」
「駄目か?」
「まあ変な刃物になっていいんなら……できるよ?」
どうせ商売する気でもなく、相手も得体の知れない変な人だ。変な仕上がりでも別にいいやと思って気軽に言った。
「構わない! この剣は昔さる高貴な方に貰った宝物でな、折れたままでは忍びないんだ!」
「はいはい。こんなんなっちゃうよ?」
剣の形を見ながら地面に棒っ切れで完成図を書く。
ヒビの形が悪く、普通の短剣に打ち直すのは難しく、トップヘビーな形の、なんというか鉈のような……それでいて普通の鉈の1/3くらいの大きさの、なんとも言いがたい刃物になる。
「そ、それで……何かに使えるのか?」
「くだものや手紙の封を切るくらいなら」
「……それでもいい」
「おっけ」
普通の工房なら溶かしてちゃんとした新しい刃物にするだろう。俺はそんな炉は使えなかったので、今考えるとなんか子供の工作のようなヘンテコ改造だった。
それでも一週間かかって完成した。
「ほらよ、切れ味だけは保証する」
元の剣がよかっただけの話だが、社交辞令的にそんなことを言って彼に完成品を渡した。
「……ありがとう! なんと礼をすればいいか」
「いらないよ」
出来上がった刃物のあまりの迫力のなさに自分でも「こりゃねえな」と思ったので、金貨を取り出した彼を制して俺は背を向けた。
それでも初めて作った刃物で人が大喜びするのがちょっとこそばゆくて、それを商売の枠に収めてしまいたくなかったのもある。
「ま、待ってくれっ! そ、そんな、でもっ!」
「いいんだよ。それでよかったら黙ってとっといてくれ」
「…………」
彼が短剣を抱き締めるように大事そうに抱えたのを見て、俺は改めて工房に戻ろうとする。そこに後ろからまた声をかけられた。
「あ、あの、名前はっ!?」
「剣に名前なんて付ける趣味ないよ。自分でつけて」
「そうじゃない、君の名前だっ!」
「……あー」
スリード工房の……と当時の所属工房名を口にしようとして、特にそこで習った技術を使ったわけでもないことに気がついて思い直す。ただの気まぐれの親切に、工房の名が上がっても癪だ。
「ポルカのアンディ・スマイソンっつったら俺」
代わりに将来、親父の店を継ぐ時のためにポルカの名前を出すことにした。
「……変な人にこういう変な刃物打ったのは覚えてるんですが」
「変な人ではなくて私だ」
十年目の真実。
あんな恰好でわかるわけあるか。
「本当に嬉しかったんだぞ」
「……え?」
「いいか、あの時お前は聞いてくれなかったが、私の部族では人に剣を贈られたら求婚の証なんだ。金貨一枚受け取らなかったことで、あの時お前は私に求婚した」
「え、ちょっと……」
「どんな形にしろ、異性にタダで剣を渡すなんて信頼がなくてはできないことだからな。そうか、ようやく思い出したか……」
裸なのを忘れて抱きついてこんばかりの百人長に俺は大事なことを指摘した。
「……そもそも百人長っ」
「ん? なんだ? 雌奴隷くらいいても私は」
「いえその、あの時の変な人というか百人長は、異性かどうかすらわからなかったんですが。それで求婚になるんですか」
「………………え?」
前のめりに手を広げて飛びつこうとした百人長はすっ止まった。乳だけが勢いでぶるんと揺れた。
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