ハーフエルフの少女(セレンというらしい)は俺に出会うよりずっと前から各地を放浪していたわけで、トロット王国以外の場所で「首輪は奴隷の証」という風習があるのも最初から知っていたらしい。
 ところで、奴隷というのにもやはり種類がある。
 一つはいわゆる労働奴隷。ひたすら肉体労働や汚い仕事をやらされる、金で売り買いされるアレだ。
 もう一つは……愛玩奴隷。
 別名性奴隷、肉奴隷、雌奴隷。
 ひたすらエロいことをするためだけに買われる、専属娼婦のようなやつ。
 セレンはセレンなりに考えた。
 俺の奴隷になれというからにはそのどちらかなのだと。
 で、俺がセレンに求めたのはエロいことばかり。
 となれば自明の理だ。
「だから……私はアンディさんの雌奴隷ですよね?」
「…………」
「え、ええっ!? もしかして違うんですか? 私労働奴隷の方なんですか?」
「いや、えっちな方で間違ってはいないんだけど」
「あ、あはは……よかった」
 いいのかよ。


「これより軍事裁判を開きたいと思う」
 無表情にディアーネ百人長が宣言した。
 沸き立つ部下たち。 
「証人、ジャンジャック正兵」
「スマイソン十人長だけは信じていました。いつも童貞丸出しの妄想で酒盛りの度に盛り上げてくれる俺たち男子の旗印だって! なのに!」
「次。ラックマン準兵」
「真っ昼間から女とイチャイチャするなんてセレスタ軍の川上にも置けねえだよ」
「風上だバカ。次、ゴート正兵」
「ぱぱぱ、ぱんつみえてる」
「次。ランツ正兵」
「とにかくスマイソン十人長に事の次第をつまびらかにしていただきたい」
 クロスボウ隊は暇人ばっかりだ。
 と思っていたら、騒ぎをようやく聞きつけたか、階段をがっしゃがっしゃと駆け上ってくる特徴的な足音が聞こえてきた。
「やべっ」
「アンゼロス十人長が来たぞー!!」
 蜘蛛の子を散らすように逃げ出す仲間たち。
 その人波を突破して、暑苦しい黒い鎧を着込んだ少年兵が部屋に飛び込んできた。
「何をやってるんですか!! ……本当に何をやってるんですか!!」
 最初のは怒鳴り込み的な第一声で、その次はセレンにしっかり抱きつかれて頬擦りされている俺に対する驚愕の声である。


 クロスボウ隊は百人隊だが、どうしてもクロスボウだけで運用するわけにはいかない。奇襲に弱すぎるのだ。
 それで奇襲に備えて隊中核には1小隊、十人分だけ歩兵枠がある。たった十人とはいえ虎の子のクロスボウ隊を守るだけあって精鋭が揃っていて、特にハーフエルフのアンゼロス十人長はトロットの剣聖号にあたるエースナイトの称号を持っていた。
 そして剣士らしく、ものすごく決まり事にうるさい。アンゼロス小隊は別名クロスボウ隊の風紀委員会と言われていた。
「なるほど。彼女が常々噂だったスマイソン十人長の」
「脳内彼女だ」
 アンゼロスの冷たい声に百人長が重々しく頷く。
「脳内って言うなと何度言えば」
「そうですっ。れっきとした雌奴隷です」
「お前は黙っててお願い」
 たしなめたが時既に遅く、アンゼロスと百人長が赤面していた。
 アンゼロスはぶかぶかの黒い鎧にアゴを引っ込めるようにして俯き、百人長はいらだったように目を閉じて苦い顔をしている。
「……スマイソン、僕は君をもう少し真面目な人物だと思っていた」
「わ、私は例の話を信じていなかったわけじゃないぞ? だが、その……話半分に聞かざるを得なかったというか……あり得んだろう」
 俺いつになったらこのやるせない空気から解放されるんだろう。
「と、とにかく! そんな破廉恥な話は却下だ!」
「う、うむ、そうだな。兵士だって人だ、故郷や脳内に恋人や嫁ぐらいいたって構わないが、ここは仕事場だ。謹んで貰いたい」
 アンゼロスと百人長がなんか勝手に解釈して勝手に決定を下している。
 それにセレンが真っ向から噛み付いた。
「もう15年待ちました! これ以上は我慢できません、私はアンディさん……ご主人様と一緒にいなきゃいけないんです!」
「そ、そんなことは知ったことじゃない! 雌奴隷とかそんな、その、刺激的なものを名乗ってどういうつもりだ! うちの隊の純朴な兵たちが、そんな言葉に踊らされて妄念にかられて罪に走ったらどうする気だ!」
 流石にそれは仲間たちを馬鹿にしすぎじゃなかろうか。
「大体だな」
 アンゼロスは続ける。チンガードプレートに口元を埋めるような喋り方はくぐもっていて聞き取りづらい。
 ただでさえ体が小さいんだから鎧を仕立てなおすべきじゃないだろうか、と鍛冶屋の頭でどうでもいいことを考える。
「本当はスマイソンの作り話を聞きつけて変装した、どこかのスパイってことも考えられるぞ? いやむしろそっちの方が現実味がある」
「私アンディさん以外に用はないですから。アンディさんさえ返してもらえるなら別に今すぐ出て行きます」
 平然とセレンは言ったが、ずずいと百人長とアンゼロスは身を乗り出して目を吊り上げた。
「それは許可できない」
「そうだ。スマイソン十人長は我が軍の大事な人材だ!」
 わあ。
 俺こんなに大事そうな扱い受けたの初めてかもしれない。なんか嬉しいけど喜んでいいんだろうか。
「そもそもだな、彼女とか婚約者というならまだしもわかるんだ。それくらいなら誰にいたっておかしくない。ボイド準兵にだって美人の彼女がいるくらいだ」
 アーニー・ボイド準兵。身長2m77cmのオーガ族で人間の彼女持ち。
 すごく羨ましがられている。
 それはともかく。
「だがいくらなんでも雌奴隷だなんて男に媚びるにも程があるだろう。恥ずかしくないのか」
「そんなことありませんーっ! 本当に一生この人とエッチなことして、この人のために働いて、この人のお世話だけして過ごしたって私は構わないもの。奴隷でいいもの」
 セレンは子供っぽく、駄々をこねるようにして反論した。
 なんだかそうしていると15年前の彼女のイメージが蘇ってくる。いきなり大胆なことを言ったせいで、今まで微妙に距離感ができていたけれど、そうしてみると確かにあの少女だと思えた。
「そう思えるくらい本当に好きで何が悪いんですかっ! あなただってハーフエルフなのになんでわからないんですか!」
「うっ……」
 アンゼロスは後ずさる。多少は共感するところがあるのだろうか。
「私はもう離れないっ! 邪魔するならひどいですよ!」
「く……こ、このエースナイトの僕に向かって恫喝するか!」
 なんか俺がぼんやりしているうちにいつの間にか殺し合いでもおっ始めそうな剣幕になってきた。
 どうしよう。でも喋ったら余計悪化しそうで喋れない。
「双方やめんかっ!」
 百人長が強引に割って入る。
 剣を抜こうとしたアンゼロスを蹴り転ばし、腰から護身用の短刀を抜こうとしたセレンにボロマントを巻きつけて縛り上げた。
「きゃうっっ!?」
「んむー! んむー!」
 少年というより小娘みたいな声を上げて転がるアンゼロスと、腰から上をマントで封じられてじたばたするセレン。
 改めて百人長スゲェ。
「この件は私が預かる。今日はもう解散だ解散!」
 助かった。



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