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「だから俺にはハーフエルフの彼女がいるんだよ……うぃっく」
「スマイソン十人長の脳内彼女の話が出たぞー」
「もうそんな時間か。おーいおカミさん、そろそろ勘定〆てー」
「脳内って言うなバカー! アホー!」
 今の俺は王都にはいない。
 はるかに馬車で十日。王国の南方に位置するセレスタ商国の辺境都市で、鍛冶屋ではなく兵士になっていた。


 鍛冶修業の途中で南方のセレスタ商国との戦争が始まり、徴兵されて、訓練を受けてる途中で王都が落ちた。
 あれよあれよという間にトロット王国を勢力圏に組み込んだセレスタは王国軍を再編成して軍団に組み込んだ。おかげで鍛冶修業に復帰することもできず、そのまま訓練兵から数えて7年、いつの間にやら小隊指揮の十人長だ。
 もっとも剣が使えないのは相変わらずで、南方らしい合理的なクロスボウ隊にいる。ダークエルフの発明品らしく、こいつの斉射の威力に王国自慢の剣聖旅団はあっさり壊滅したという。
 そして見ただけで構造が読めて、こいつを修理できた俺は重宝された。割とプライドが邪魔して冷や飯食らいが多い王国出身組の中で、いち早く馴染んで十人長になった俺はますます王都にもポルカにも戻れない。
「まあ、あれだな。ハーフは惚れっぽいんだよ」
「あんー? あ、百人長」
 酒に霞んだ視界を上げると、いつの間にか差し向かいにダークエルフが座っていた。
 ディアーネ百人長。クロスボウ隊の総指揮官で、剣から体術から魔法から学問から、女だてらになんでもできてやたら強い人だ。
「ハーフに世間は冷たいからな。親にさえ疎まれる始末だ。そんな中で誰かにちょっと優しくされるとすぐコロッといく。お前の言うハーフエルフの子だって、割と本気でお前に一生捧げようとしてたと思うぞ」
「ですかねぇ。だったらいいなぁ」
「よくないだろ。お前それを十五年もほっぽってて名前も覚えてないときた」
「うー……ちょっとド忘れしてるだけっすよー。シラフなら思い出せますってー」
「お前からそのハーフエルフ彼女の話、私が覚えてるだけで7回聞いてる。一度も名前が出なかった」
「だーかーらー……うぇっぷ」
 ちょっと吐きそう。なんだかこの話になると酒の進みが速くなって困る。
「それよりもっと他に思い出すことあるだろう」
「……んー?」
「私はすぐに思い出した。ポルカのアンディ・スマイソン。私のこともちゃんと思い出せ」
 いつも俺の思い出話になると百人長は真剣になる。なんか昔俺に会ったことがあるらしい。そんな事言われても酒の入ってる時に思い出せったって、なぁ?
「ちゃんと約束したことを思い出すまでお前は退官も出世も許さん」
「ひでー」
「酷いのはお前だ。ド忘れで済む話じゃないぞ」
「……また次回ー」
 俺はいつものように白旗を揚げた。百人長は溜め息をつく。


 酒盛りが終わると、大体俺は知らないうちに酒場の二階の宿に運ばれて朝を迎えている。
 後で聞くと百人長が運んでくれているらしい。俺だってチビじゃないのにあの人スゲェ。
「……うー」
 そして俺は二日酔い。
 何かと飲み過ぎる癖は親父も持っていた。なんとかしたいが血筋じゃ無理かもしれない。
 それもこれも、あのハーフエルフの思い出が悪いのだ。
 あんまりにも強烈で甘美で、俺にとって都合のいい記憶であるが故に、他の女じゃ比べてしまい、醒めて話にならない。
 ただでさえ霊泉で磨かれたポルカの女に比べて王都やセレスタの女は平均レベルが低いってのに、性格までスレてるときたら恋愛にならない。
 故に俺はポルカを出て以降百人長以外の女に触った覚えがない。百人長も肩を貸してくれたり訓練の手当てしてくれたりで別に色気のある接触じゃないし。
「でも百人長は……うーむ」
 正直、悪くない。
 無闇に贅沢な俺の感性をしても、百人長くらいの女となると惹かれるものがある。
 おっぱいはでかいし顔は綺麗で、親切で理知的で気さくで偉い。
 でもまあ、気さくとはいえ百人長は婚約者がいるという噂だし、夢を見るのも馬鹿馬鹿しい。
 ポルカに戻れず、普通の女にも興味がもてない俺はこのまま童貞を生涯貫くのかもしれない。
「はぁ。やめやめ」
 ちょっと切なくなって俺は起き上がった。財布はいつものように百人長が預かってくれてるだろうし、宿代酒代はそこから出してくれているだろう。
 と、ドアを開けようとしたら、ガチャリと向こうからドアが開く。
 灰色のマントに身を包んだ誰かが、俺が引く前にドアを押し開けてきたのだ。
「誰!?」
 思わず後ろに跳びすさる。
 恨まれるような大それたこともしてない、狙われるほどの大物でもないつもりだが、暴漢だったらすごく怖い。セレスタは治安が悪いから油断できないのだ。
 マントの人影は滑るような足取りで素早く室内に入ってきた。
 跳びすさった俺に素早く肉薄。ナイフとかで刺すなら逃げられない距離に飛び込んで、俺の顔を下から覗き込んでくる。


 その顔は、女で。
 長い左耳の真ん中ぐらいで半分まで切れ込みが入っていて。
 首には古ぼけたボロボロの首輪がしてあって。


「ご主人様っ!!」
「え、ええええええええっ!?」
 彼女と俺の声が綺麗に重なって、ついでに俺と彼女の唇も直後に重なって、更に直後に二人重なって床にぶっ倒れて。


「何事だっ……あ、えええっ!?」
 どうやら一階で朝食を取っていたらしい百人長が吹き抜け一足飛びで二階に上がり、部屋に飛び込んできて、俺たちの姿を見て硬直した。
 凍った時間。
 そこに遅ればせながら隊のみんなもドタドタと駆けつけてきて、俺に熱烈キスを続けているハーフエルフを見ていち早く叫んだ。
「お、おい! スマイソン十人長が脳内彼女本当に出したぞ!!」
「む、むーーーっ!! ……ぷはっ! 脳内彼女じゃねえー!!」
「♪」
 起き上がった俺の横で、感涙でくしゃくしゃになりながら笑っている彼女は、ボロボロのマントをぺいっと脱ぎ捨てて北方エルフ独特の草色の衣装を衆目に晒した。否。
 両の手で首輪をつまんで衆目に晒した。

「はじめまして! アンディさんの雌奴隷、セレン・スマイソンです!」

 不穏すぎる肩書きと一緒に、何故か俺の苗字まで名乗っていた。

(続くかもしれない)

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