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 雪が溶ける頃。
 俺と彼女の逢瀬にも終わりがきた。
 もうすっかり彼女の友達も全快し、もはや理由もなしに待ち合わせては抱き合う日々が続いていた。
 彼女たちは元々根無し草に近く、帰る場所もないのでずっとポルカの近くにいるつもりらしかったが、俺の方に鍛冶修業の話が持ち上がってしまったのだ。
「そんなっ……都じゃ、ますます会えないじゃないですかっ」
「うん……」
 行き先は王都。親父も修業したという名門工房での修業で、最低十年はしごかれるという。
 俺だって行きたかったわけじゃないけれど、鍛冶屋の子が鍛冶をしないで何ができるんだと言われると答えに詰まる。あいにくと学もなければ剣ができるでもなく、親父の縁故の鍛冶まで嫌がったら、あとは乞食でもするしかない。
 しかし彼女はメチャクチャに嫌がった。
「嫌ですっ! アンディさん、行かないで! 捨てないでっ!!」
「でも、俺だって働けないと生きてけない。ハーフエルフじゃ王都は無理だろ」
「でもっ……でも、やだっ!!」
 いくらなんでも十やそこらの子供にそこまで入れ込むものか、と思うが、実際彼女はやたらめったら俺にこだわった。何かあの子なりに俺じゃなきゃいけないポイントがあったのかもしれない。
 ハーフエルフの価値観はわからないので真実は未だに闇の中だけれど。
「こんな耳がなければ……こんなの切っちゃえば、アンディさんと……」
「え?」
 顔を上げると、彼女は薮払い用のナイフでいきなり自分の左耳を切り取ろうとしていた。
 動作に躊躇いはなく、あっと思ったときには耳の半分まで刃が入っていた。
「や、やめっ!」
 あまりの事にびっくりした俺は後先考えずに手を出して、彼女のナイフを叩き落とした。
 ガシャン、とナイフが砂利道に落ちる。
 彼女の血と、俺の掌の血が、名残雪の上に点々と振り撒かれる。
「あ……っ」
 自分の耳も痛かろうに、俺の手の方の傷を見て顔面蒼白になった。
 その時になってようやく俺は彼女が俺をやたらと大事に思っていることを実感して、そのまま別れるのが惜しくなった。
 それまでは彼女も俺と同じで、甘くて気持ちいい睦みの時間に酔っているとばかり思っていたのだった。
「……やっぱり、お前をただで置いていきたくない」
 それは、衝動的で子供臭い思い付きだった。
 俺はもう一度、彼女に我侭を言った。
「なあ、お前。なんでもするって言ったよな」
「え、ええ。何でもします。何でもするから……」
「ちょっと待ってろ」


 家の倉庫には、俺の練習用に、と、壊れた馬具や使い古しの鍛冶道具がたくさん転がっていた。
 その中から鞍の締め紐といくつかの道具をほじくり出し、彼女の元へ駆け戻る。
 そして彼女と抱き合った猟師小屋の暖炉で締め紐を黙々と加工した。
「このぐらいで切って……ここが正面になるかな?」
「何……してるんですか?」
「まあ見てろ」
 締め紐といっても太さは数センチある。なめし革のそれは子供用にならベルトにもできる頑丈なものだった。
 それを切って、加工して、焼きゴテで下手糞な印字をする。
「……アンディ……スマイソン……アンディさんの名前?」
「そうだ。……できた」
 出来上がったそれを念のためギュギュッと引っ張って強度を確認。
 そして、彼女に近づいて、その首に巻きつけた。
「これをこれからずっとつけてろよ」
「……これって?」
 首輪だった。
 ペットや奴隷には持ち主の名を入れた首輪をつける。長いことこの国には奴隷なんてものはいなかったが、俺は彼女にそれを強要した。
「これをつけてる限り、お前は俺のだ。俺だけのものだ」
「…………」
「人にはやらない。ずっとつけてろ。絶対だぞ」
「……はいっ」
 ある意味とんでもない要求だったが、彼女は微笑んで了承した。
 そしてそれから三日後、俺はポルカを出た。
 それが、もう十五年も前の話になる。


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