さすがに不敬だというのはすぐに気づいたので、直立不動の姿勢となって身体ごと横に向ける。
どんな礼儀があるかわかったものじゃないので、こういう時は下っ端は直立不動。それが兵隊のルールだ。
その俺の行動を見て、セントガルドのラン王女……だという少女は不思議そうな顔をした。
「……そういう風に奇妙な体勢で話すのがトロットのルールなんですか?」
……よく考えたら今は俺が会話の当事者であって、これはあくまで会話に参加しない下っ端ルールだった。
咳払いをしながら一度ディアーネさんとアイリーナを見直す。二人は揃って残念そうな顔をした。
「……アンディに急にこういう場面は無理か」
「わらわが代理となろう。身分だけなら一番高い。王女相手なら不足はなかろう」
「何者だ」
ナリスに抑えられながらも鋭く誰何する女騎士。
「北方エルフ領が九氏族の一、白の氏族長アイリーナ。そうも偉そうに出ておいて我らが森を知らぬとは言わせぬぞ」
小さな体で不敵に女騎士を見つめるアイリーナ。
さっきまで素っ裸だったが、さすがに草色の長衣を着ればそれなりの風格が出る。
案の定、女騎士は戸惑った顔をした。
「……ばかな、何故そんな貴人がこんな……」
「それはこちらの台詞じゃぞ。コソコソと幻術で隠れて何をしておる。ナリスはわらわたちの連れ合いぞ。それを不当に拘束したかどについて、申し開きをさせてやろう」
精神的優位に立つアイリーナ。
北の九氏族の長といえば王族扱い。それも最古の王家たるアーカスとも伍する扱いだという。
たとえ知らない国の王族とはいえ、へりくだってみせる必要はないくらい偉いのだった。
「それは……」
「フィオーナ。その先はあなたが前に出てよいものではありません」
「し、しかし口だけではなんとでも」
「忍んでこの場にいる我々が言えることですか」
幼く砕けた口調を改めたラン王女が女騎士を制し、大人しくさせた。
そして改めてアイリーナに一礼。
「セントガルド王国第三王女ラン・ブルーライト。これよりは私がお話ししましょう」
「うむ。ついては……そうじゃな、立ち話もなんじゃ。湯に浸かりながらにせぬか」
通路の奥には黄金色の湯をたたえた小部屋があった。
黄土色ではない。ほのかに輝いているのだ。
温泉迷宮でも一等珍しいというその湯に、今は雌奴隷たちも俺もみなお邪魔していた。
「その股間を隠せ。ラン様の目を穢す」
薄いローブを纏っている女騎士フィオーナは、そう言って手ぬぐいを放ってくる。
彼女とラン王女はそのローブを着ているから俺が入浴に同席するのはギリギリOKらしい。濡れた白いローブはやはりどう見ても体のラインを隠せておらず、ふたりの乳輪の大きささえ視認できるのだが、それでも特に恥じらっていないあたりは文化の違いを感じる。もうあれで「隠せている」という扱いなんだろう。
ナリス以外全員がローブ着用を放棄している俺たちのスタイルに彼女たちは面食らったが、「砂漠ではそういうスタイルが一般的なので倣っている」というアイリーナの言葉になんとか納得してくれた。
……というのは、通訳による時間差を経てやっと俺に届くのだけど。
何を言われてもライラやシャロン、そして合流してからはナリスによる通訳が挟まるおかげで、俺は会話に半テンポ遅れている。今言われた「股間隠せ」も含めて、ここまでのやり取りはずっとそうなのだった。
「それにしてもあのフィオーナさん……言っちゃなんですけどクソ弱いですねぇ」
「ナリスにそこまで言われるって凄いな」
「スマイソン十人長アレ見てわかんないんですか……ってまあスマイソン十人長も弱い側でしたっけ。そもそも剣を刃筋立てて振れないなんて騎士として有り得ますか」
「……ああ、うん」
俺は騎士じゃないけど、鍛冶屋としてそれは「マジかよ」という顔になってしまう。
刃筋立てて振れない。振らないのではなく振れない。
つまり彼女が振り回している剣は、生身に当たったとしても斬れない可能性がある。
騎士として下限突破してないかその技量。
「多分同じ装備でやりあったら、腕力の分スマイソン十人長有利です」
「それ軍人として存在しちゃいけないレベルじゃない?」
自分で言ってて悲しくなってくるが、俺は近接戦闘訓練を全然していない後衛兵だ。
クロスボウ兵にもアイザックやボイドのようにそこそこ戦える奴はいるが俺は全然駄目。実際のところ、真面目に喧嘩したら同じスチャラカ兵士でもケイロンやランツの方が間違いなく強い。
彼女も後衛だというならまだ許せるが、装備は完全に騎士。
「……王女様の護衛があれって」
「ちょっと勘ぐっちゃいますよねえ」
北西語での会話を彼女たちが聞き取れないのをいいことに、俺たちは堂々とそんな話をしてしまう。
「そのあたりは仕方ない面もあるでしょう」
横から圧倒的おっぱい……いや、シャロンが話に入ってくる。
「セントガルド軍はセレスタやレンファンガスのように高度に実力主義を発達させた軍事組織ではありません。国は新しいですが、貴族主義が根幹にあるのです。……特にこういうお忍びの旅となれば、護衛も形式的なものに過ぎなくなるでしょう」
「あー……」
ナリスが納得した顔をする。
つまり、フィオーナは身分を焦点として王女のお付きに選ばれたということだろう。
この国は勢いもあり、宗教国家という珍しい特性もあるが、あくまで根本部分は「王国」。それは突き詰めれば「能力」ではなく「血筋」でもって統治するということだ。
もちろんそういった階級主義も不利なことばかりではなく、将来が最初から決まっているのだから、最初から努力の方向もわかっているということでもある。
凄い才能はなくとも、子供の頃から努力すれば大抵の人間はある程度熟達する。それを信用すればいい。
……その「大抵」じゃない奴が出てきた場合には困るわけだけど。
「大の大人があんなへっぽこな剣の振り方するの、僕アシュトン大臣以外で見たことないや」
「そんなに」
アンゼロスにそこまで言わせるとは。逆によく見てなかったのが惜しまれる。
と、その辺で湯けむり会談に一区切りがついたらしい。
「……大体のところはわかったぞ、スマイソン殿」
アイリーナが黄金のお湯をかき分けてこちらに近づいてきた。ラン王女も一緒だ。
さすがに全裸の娘たちがやたらと親密そうに肌を寄せる俺に対し、ある程度以上に近づくのは女の本能が警告を発するのか、王女は3メートルくらいの間合いで止まったけど。
「ま、予想通りというところじゃな。バスメイズの街までグルになって、この娘が湯治に来ていることを隠していたらしい。壁の幻影は温泉ガイドに加盟しているエルフの魔術師に張らせていたということじゃ」
「ナリスがそこにうっかり入り込んで御用ってわけか。……そんなに隠さなきゃいけないことなのか、湯治って」
「貴人が湯治をしておるなどというのは、見方によれば不埒者の付け目にもなるじゃろうて。パスメイズを物々しい兵たちに占領させるならともかく、街の観光収入を考えるとそういうわけにもいかなかったようじゃし」
「……そうか」
みんないい人ばかりではない、というのは、セレスタでは実感するが、ポルカだと忘れがちだ。
もしも「王女を誘拐してひとつ騒動でも起こしてやろう」と誰かが企めば、それを防ぐのは大きな準備が必要になる。
だからといって幻影一枚とへっぽこ女騎士を頼りにしてお忍びというのもちょっとどうかと思うが、上げ潮の国家だし、兵の使い道は他にいくらでもあるんだろう。王女の警備などに割く戦力は少ないに越したことはない。
「……湯治ってことは、どっか悪いのか、王女様」
「喘息が治らぬようじゃ。……北の森にならいくらでも治療法があるのじゃがのう」
アイリーナが肩をすくめる。その乳首を指でくすぐってやると「そういうのは真面目な話が終わってからにせんか」とジト目で怒られた。
シャロンも口を開く。
「アーカスにも良い薬や魔術があったと記憶していますが……この国とは折り合いが悪かったかしら」
「そもそもアーカスエルフって他国にあんまり親切じゃないですよね」
ナリスが真顔で言う。シャロンはなんとも言えない顔をした。
知ってたって人間如きにタダで教えるわけないだろう、ということか。
ディアーネさんが腕組みをして難しい顔をした。
「……細かい治療法などとまどろっこしいことを言わずとも、我々なら確実に治療する方法があるんだがな」
……うん。
霊泉がなんだかんだで一番早い。
「しかしいくつか問題がある」
ディアーネさんはラン王女とフィオーナをじろりと見た。
そして南部語で喋り始める。(俺への同時通訳はナリスが担当)
「我々は完全な治療法を知っている。しかし貴君らにそれを施すことはできない」
「なっ……どういうつもりだ!」
フィオーナがザバッと立ち上がって食ってかかる。おっぱいでかいよなあ。シャロンほどじゃないけど一般的には充分に人目を惹く大きさと言えるだろう。
「まず、ナリスを拉致したことに関してはしっかりした謝罪を受けなくてはいけない。彼女はレンファンガス騎士の一人で、ブラックドラゴンのライラのお気に入りだ。ぞんざいに扱っていい人物じゃない」
翻訳しながらナリスは少しムズ痒そうな顔をした。
「治療のことはさておき、それに関しては私から……」
ラン王女の口出しを制し、ディアーネさんは続ける。
「無礼を働いたのは貴君だ、騎士フィオーナ。作法に乗っ取って我々の前で正式に謝罪してもらう」
……そこまでこだわらなくても、とナリスが呟く。
しかし、これは有耶無耶にするとよくないというのは俺もわかる。
マイナスは小さいうちにきっちりゼロにしなければ、いいところを見せられても加点が低く、ミスは減点が大きくなる。この後よほどのことがないと彼女への印象は地を這うものになってしまう。彼女らに手を貸すとしたら早めに謝らせるのが一番だ。
フィオーナはぐぐ、と納得いかない顔をしたが、周囲を囲む雌奴隷たちの視線に耐えかねたか、ナリスに向いて跪き、謝罪。
「神聖至高たるセントガルド王国、蒼き光の継承者ラン様の従者、エドアルド・ゲンニルの長女フィオーナ。レンファンガス騎士たるナリス殿に衷心よりお詫び申し上げる」
……お詫びってのはいいんだけどその前の自国賛美みたいなのって必要なのかなあ。
いや、彼女の中では必要なのかもしれない。デカいもの背負ってるからこそ子供みたいな態度で逃げるわけにはいかないのだ、という自戒の意味で。
ナリスは俺の腕に絡みつつ「えー……あ、はい。いいです。ええ」と居心地悪そうにその謝罪を受け付け、その場を収めた。
それを見届け、ディアーネさんは話を続ける。
「……我々は単なる観光客だ。王女に対する義理は全くない。いることさえ知らなかったのだから危害を加えるつもりはもとよりありはしないが、何の理由もなく親切で過剰なものを与えるわけにはいかない」
「ディアーネさん」
ディアーネさんとは思えない言葉に俺は困惑する。
しかし、アイリーナは俺を手で制し、諭す。
「そこらの犬に餌をやるのとは訳が違うんじゃ。スマイソン殿、遠い他国の重要人物じゃぞ。病気は可哀想だから、などと言って簡単に連れて出ようなどと考えてはならん。下手をすれば戦乱が始まる」
「……でも」
「ディアーネに任せておけ」
……確かに、急に現れた俺たちがいきなり「治療法があるからさあ助けてやろう」と王女を連れ去れば、普通は何かの事件だとしか思わない。バスメイズの街は王国中央に疑いをかけられ、下手をすれば人が死ぬ。
理屈ではわかるが、それじゃ話が進まなくないか。
「……わかりました」
ラン王女は頷き、立ち上がる。
「では、神話を紡ぎましょう」
……何言ってんの。
この子、喘息じゃなくて別方向にちょっと患ってない?
(続く)
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