王宮は使いやすいように適宜改修されつつ使われている。
 ディアーネさんには客間の一つが割り当てられていた。一国の王宮の客室としては手狭かつ簡素で、少し拍子抜けする部屋ではある。が、カールウィンという国の特殊性を考えれば、こんなものかという気もする。
「差し当たっては、税の一時減免と農業魔法の普及が急務だな。それに関してはアルトレス教会が活用されているが、まだ形にはなっていない。魔法をまともに扱えるものは神官の四分の一だったからな。安定した増産効果として、目に見える結果が出るのはまだまだ先だろう」
「税を完全に止めるってわけにはいかないんですか?」
「無辜の民が無知をいいことに虐げられるのは哀れだが、だからといって義務を消し去るというわけにはいかない。それは共同体としてのカールウィンを廃絶する行為だ」
「……そうなんですかねえ」
「多数の人間が力を合わせ、互いを守り助け合うのが共同体の根源的な意義だ。義務をある程度減免するだけならまだしも、完全になくしてしまうのは共同体としての機能を忘れさせることになる。それに慣れてしまったら、何千人いようともそこにあるのは『共同体』ではない。義務と権利の交換法則さえ知らない、ただ保護されているだけの、家畜以下の何かの群れになってしまう」
「先々のことを考えると、甘やかすのは本人たちの得にもならない……ってことですか」
「無論、貧困に対する生活の保障は出来る限り行うさ。だが将来的には、ここが新たな『始まりの地』として、歴史に誇るだけの繁栄を築いていくべきだ。そこに向けた努力をしなければ、後の時代において我々は『解放者』でなく『略奪者』となり、子孫たちに恥ずべきものとして扱われることになるだろう」
「……ちょっと無私奉仕的過ぎて、俺とかだと空々しく思っちゃいますけどね」
 シニカルな視点はテテスの芸であって、俺はそういうの言う立場じゃないと思うが、どうも理屈が綺麗事に思えすぎるところは否めない。
 だがディアーネさんは肩を竦めて苦笑い。
「無論、そう思えて当然だ。これは私のための思想でも、アンディのための思想でもない。この地で新生カールウィンを運営しようとする、各国の協力者、デューク殿、ブライアンたち勇者……全ての人間を取りまとめるための大号令だ。欲得など、互いにどこにも差し挟ませないさ」
「……なるほど」
 意思決定者が一人なら、フワフワした理想よりも損得を押し出した方がわかりやすいし、信頼に足るけれど。
 こう何人もが車座でやるなら、個々の打算を牽制するために、綺麗事を掲げる方がいい。それも将来を担保に取って、汚い真似は互いの「子孫」に恥ずかしいだろう、と言い、不健全さを排除するのがベターだろう。
「まあ、私としては特に空疎な建前というわけでもないしな。このカールウィンで手に入れるべきものは私にはない。アンディが何十年後、何百年後に『私欲で国を乱した悪徳ドラゴンライダー』と呼ばれるのは腹に据えかねる。それだけがここにいる理由だ」
「成し遂げたことのどこを見ても、悪徳などと呼ばれるお方ではないでしょう」
 ディアーネさんにエマが反論する。
 が、ディアーネさんは首を振る。
「ドラゴンにとってはそうかもしれないが、人は見えないものは勝手に想像する。時代がアンディの成したことを疎む方に進めば、狂王とライナーを善に見立て、アンディが彼らを憎んで排除した……という陰謀めいた『歴史の真実』も生み出され得るんだ」
「それこそ真実を無視した妄想です」
「だとしても、だ。……真実より妄想が優先される時代もある。悲しいことだがな。それを少しでも防ぐには、ここを良い国にするしかない。皆が良い生活と高い知識を得られるようになれば、真実を歪める強欲な手の存在にも気づけるようになる。……もっとも、そこまで生活と教育に高い水準を持つ国など、この世にはまだありはしないかもしれないけれど」
「……それもまた、夢想ですか」
「理想だよ。……人が時代と共に少しずつでも良くなり続けられるなら、いつかそうなってくれるはずだという、な。私はそんな国への道筋を、この谷にも引いていきたいと思う」
 ディアーネさんは力強く言う。
 ネイアはそれに感じ入ったように何度も頷いたが、ライラは溜め息をつき。
「いいことを言うのは結構じゃがな。それはそなた向きの仕事ではなかろう。そして聞くにつけ、そなたでなくとも良いことではないのか。建前で勝手をせぬよう縛っておるのじゃろう」
「……そう言ってしまえばそれまでだが、私はアンディのためになるなら……」
「何事でも得意な者を味方につけ、頼ることができるのが、我が飼い主殿の何よりの資質じゃ。そなたも可能というだけで得意ではないのじゃから、一人で頑張るのは程々にせよ。そんな調子ではいつまでも子ができぬぞ」
「うっ……そ、それは……」
 ディアーネさんは耳をしゅんと垂らした。気にしていたらしい。
「それとも子はいらぬか? アンゼロスなど、他人の子でも見境なくデレデレとしおって……自分の腹で子を作るのに執着しておらぬようじゃが、そなたもそれで満足なのか」
「そんなことはない。私だって、アンディの子を孕み、この腹で育っていくのを感じたい……が」
「ならば出稼ぎにかまけておってはいかんじゃろう。飼い主殿も、ポルカで乱痴気生活を楽しむことにようやく決意を固めておるのじゃ。その調子では猫どもやテテスどころか、ナリスや姉らにも先を越されるぞ」
「姉ら……」
「ヒルダの他にもおろう。飼い主殿の子種で子宮をヌチョヌチョにされるのに躊躇のない者が」
「……さすがにノール姉上よりは早く孕むと思いたい」
「えっ、ちょっと待って、俺、ノールさんも孕ますの確定なの?」
 ディアーネさんもライラも特にその事に疑問を持っていなかったようなので、思わず突っ込む。
 二人とも不思議そうな顔をした。
「それはそうだろう?」
「他の男に孕まされたらそなた怒るじゃろうが」
「…………うん」
 それはまあ……すごい悔しいかもしれない。
「あの女も孕ませられるものなら孕ませてみろと言うておったからのう。……ディアーネ、あまり出歩いてばかりおると冗談ではなくなるぞえ?」
「む……しかしな……」
「我とて、飼い主殿がたまさかその気になって、あの女を犯したいから捜せといわれれば逆らえぬ。姉妹で一番にツバをつけたのに、孕むのが最後となったら恰好が悪いじゃろう」
「…………」
 苦虫を噛み潰したような顔で悩むディアーネさん。
「しかし、軍人ならともかく、こういったものが得意なセレスタ官僚に、知り合いはそう多くは……」
「それこそ、家族に適性のあるものはいくらでもおるじゃろう」
「……まあ、いないわけではないが。しかしなんと言って頼むんだ……」
「そなたが留まってこんな仕事をしておること自体、多くの者には想定外じゃろう。正しい相手に頼むだけのことの、何が難しいというのじゃ」
 ……弱るディアーネさん。でもまあ、ここまで張り切って仕事に邁進したのに、急に子作りに舵を切れというのが承服できない気持ちはわからなくもない。
「まあまあ。ライラもディアーネさんも、結論はそう急がなくていいんじゃないか」
 俺は見かねて割って入る。
 結局のところ、子作りと仕事のどっちをとるか、なんて議論をあまり熱くしても仕方ない。せめて「子育てと仕事」って選択肢ならともかく。
 ……なんて思っていたら、ライラは溜め息をつき。
「確かに、それはいずれ……じゃな。それよりも、エマめに本当のセックスを見せてやる方が先じゃ」
「はっ?」
「我では自然と、少々偏ったまぐわいになってしまう。ネイアめでは、まだまだ初心者を相手にマンコを広げて実演するのは照れ臭かろう。ディアーネとの子作りが、ひとまずの教材には一番良いと思うが」
「それも別に急がなくていいよね?」
「何を言う。そなた、エマめがさきほどの失敗から気まずげにしておるのがわからんか。良い手本を見せ、良い初体験に繋いでやる。それが飼い主としての責任じゃろう」
「よ、よろしく……お願いします」
「エマ、あんまりライラに乗せられちゃダメだぞ?」
「ですが」
 ああ、なんかエマからずっと硬さがとれないと思ったら……そういう方向で汚名返上しないといけないって思いこんでたのか。
 そんなことはない。また落ち着いたらでいいのに。
 しかしディアーネさんは、まるで「なんだそんなことだったのか」と言わんばかりに安心した顔をした。
「……そういうことか。ライラ、あまり回りくどいことを言わないでくれ。……子作りの実演ならやぶさかじゃない。孕むのも望むところだしな」
 そしていそいそと服を脱ぎ、ベッドに歩み寄る。まだドアをちゃんと閉めてすらいないのに。
「アンディ。ほら」
「いや、それを軽く承諾するのもちょっとおかしくないですかね」
「私がどれだけお前の乱交に付き合ってきたと思っているんだ?」
「…………ごめんなさい」
 数えるのも絶望的だった。
「謝るな。私はそういうのも嫌いじゃないから」
 ディアーネさんはそう言って、髪飾りやネックレス、腕輪なども外そうとする。
「あ、そういうのは残したままでお願いします」
「……そうか。そうだな、これも趣深いか」
 ディアーネさんがそう言ってアクセサリーから手を離し、ベッドに腰掛けて俺を招く。
 エマもネイアも注視している。それを横目で確認して、唯一余裕がありそうなライラに指差して指示。
「ドアは閉めて。あと声とか誤魔化す魔法」
「ほ。外の連中に覗かせてやってもよいと思うがのう。まごうことなく、ディアーネはそなたの所有物じゃと」
「いいから!」
 ……少しでもディアーネさんの立場とか俺の立場とか考慮してください。

(続く)

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