無事に帰った事を知らせるためにあちこちに顔を出す。
 まあドラゴン二頭とディアーネさんがついて無事も何もという気もするけど、強行軍だったし、俺が春祭り欠席なんてことになったらがっかりする娘は多いだろう。
 ……なんて、二年前の俺が言ったとしたら自意識過剰過ぎてウィリアムズやケイロンが笑い死にするところだろうけど。
「ただいま。……ルナもここだったのか」
「にゃ、ご主人様ー♪」
 猫屋敷に行くと、可愛いドレスに身を包んだキュートを、ルナ、マローネ、バーバラが囲んでいた。
「どう、かわいい? 踊ってくれる?」
「おー。よく似合ってる。花なんかよく手に入ったな」
 白と桃色を基調にしたふりふりのドレス、ポニーテールの髪の結び目にはカラフルな花々が編み込まれている。
「飾りに使って欲しいって、セボリーさんとオレガノさんが今朝」
「気が利くなあ。……っていうか俺もみんなにアクセサリーくらい用意しとけばよかった」
 いつもは男物のシルバー系ばかりだが、その気になれば陶器のような色のある細工も作れる。色々腕を振るえたし、祭りにかこつけて女の子たちへのサービスにもなっただろう。ちょっと今さら後悔。
「それはまた今度……今回は、お祭りにご主人様が間に合ってくれただけで嬉しいです」
 マローネは困り笑いをしながらもバーバラの髪に櫛を入れる。キュートの次はバーバラ、それぞれ交代で互いの身だしなみを整えあうようだ。
「ミリルたちのところにも行く?」
 ルナがスッと立ち上がる。
「行くけどルナも着付けとかしてもらうんだろ?」
「……ドレスとか恥ずかしいし、似合わないから」
「そんなことないだろ。ルナは着飾ったらすごい可愛いと思うぞ」
「……そのあとすぐ任務だし」
「すぐ動くのはアイザックたちだけだ。俺たちはまだそこまで急いでないよ」
「……いらないってオーロラに言っちゃったから」
 オーロラが貸す手はずだったのか。……っていうかオーロラ、一体どこにその衣装保存してるんだ……?
「貸すって言われたって事は用意はあったんだろ? やっぱり着ろって俺に言われたって言えばいいじゃないか」
「でも、なんか恥ずかしい」
「ええいもう。マイア!」
「なに」
 呼ばわればノータイムでガチャリと玄関を開いて出てくるマイア。
 ……さては男爵邸に行った時にスルーされたから付いてきてたか。
「オーロラに伝言。ルナの衣装用意しとけって」
「言わなくても用意してたけど。祭り直前にルナ捕まえて服屋で着せるつもりみたい」
「さすがオーロラだ」
 俺の意向を的確に読んでくれている。
「…………」
「逃げるな」
「ふにゃっ……し、尻尾つかむなっ……」
 逃げようとしたルナをとっ捕まえる。マローネにハンドサインで「あとよろしく」と伝えると、マローネはクスクス笑いながら送り出してくれる。

 空は快晴、風は穏やか。絶好の春祭り日和。
 町は既に祭りのためにどの店も休みの札を出し、待ちきれない子供が駆け回る姿や、素人楽団・合唱団がパートを割り振る姿も見られる。
 今年はそこに去年から倍増したクロスボウ隊が混ざり、賑やかさも大きく増している。いつもなら商隊が市を立てても平気な広場が手狭に感じるくらいだ。
「やあアンディ。いたのかい」
「リンジーおばさん」
「今日は特別、リンジー印のレモン水は無料だよ。飲んでいかないかい?」
「大丈夫なのかよそんなことして」
「何、元々霊泉の水なんてタダじゃないか。いつも貰ってる金貨は寄付金みたいなもんだよ」
「え、材料費じゃなかったのアレ?」
「アタシ以外の泉守りだってみんな祝福料で小銭取ってるじゃないのさ」
 ……そういやそうだっけ。
「それよりもその子どうするんだい。軍服のままじゃないか。素っ気無い。せめて髪飾りくらい華やかにしてやんなさいよ」
「わかってるって。こいつが照れてるだけなの」
「ち、違うもん。ただ面倒だから」
「さっきと言ってる事違うぞルナ」
 マイアと片腕ずつホールドして服屋に連れ込む。

 服屋の中ではオレガノとオーロラが他のメンバーの着付けや髪結いに獅子奮迅の様子だった。
 主にオーロラが着付け、オレガノが髪結いの担当。どちらが専門というわけでもないみたいだが、オーロラの方が外の世界のドレスに関する知識が多く、オレガノは毎日あの細かい髪型を自分で編んでいるだけあって小器用だからだろうか。
「オーロラ。連れてきたぞ」
「あら、アンディさん。帰っていらしたのですか」
「連れて来て下さいって言ったんですかオーロラさん」
「いえ、特には……でも助かりましたわ、皆さんの分をやっていたら祭りの開始までにギリギリで……ルナさんと追いかけっこなどしていたら間に合わないところでしたの」
 オーロラはアゼルとリゼルに揃いのドレス(微妙に色違い)をせっせと着せ、オレガノはアンゼロスの髪を豪奢な形に結い上げている。
 そして、そんな処置をされている中にはネイアまでいた。
「……な、なんですか」
 いつもふわふわ浮いている髪は丁寧に梳られ、いかにもオレガノの仕業らしい細編みを後ろで合流させる可愛らしい髪型にしつつも、金の髪によく映える大きめの青紫の宝石の付いた髪留めで貴族らしさを演出。
 ドレスの方も露出は抑えつつ(雪の残る春先だしね)胸元の豊かさをさりげなく強調する気の利いたもので、何よりネイアがスカートというのがまた新鮮だ。
「可愛いじゃないか……!」
「え、え、ええとっ……あの、そうストレートに言うものでは……というか、そういうのは私以外にっ」
 近くに置いてあった古い帽子を慌てて取るネイア。
「いやいや待て待て、その恰好で帽子はないだろ」
「……駄目ですか?」
「駄目だって」
「で、できれば持っていくだけでも」
「なし! 閃光剣と一緒にジャンヌに預けとけ」
「ジャンヌさん!? わ、私あの人とは特に」
「俺の子供産んだ女だけど。信用するには足りないか?」
「…………あぅ」
 せっかくお姫様みたいに決めてるのにそんなアホなミスマッチさせられるか。
「強引ねえ、アンディ君ってば☆」
 くすくすと笑っている中にはヒルダさんもいた。
 この人は素直にセクシーなロングスリット系のエキゾチックドレス。髪も巻貝みたいに結い上げ、眼鏡は外している。……っていうかこうしていつもと違う恰好すると、やっぱりこの人も普通に絶世の美女なんだよなあ。
 そしてミリルもいる。
「私は踊りに自信がないので、ジャンヌさんたちと一緒に歌の方にいますね」
「踊りなんてテキトーでいいじゃん、おねーちゃんも踊ろうよー」
「そうだよー」
「ご主人様が疲れちゃうでしょ。私だけじゃないんだから」
 めっ、と妹たちに指を立てるミリル。気にしなくてもいいのに。
「まあ、でもこれは目立つかもね……オーロラ、張り切りすぎ」
 アンゼロスが自分の恰好を鏡で見ながら苦笑。
 他の娘たちに比べれば地味目にまとめているとはいえ、それでもアクセサリー類のキラキラ加減が半端ではない。アンゼロスが自分で選んで身に付けるとも思えないのでやはりオーロラのチョイスなのだろう。
「いいえ。アンディさんの眼鏡に適うだけあって、みなさん素材は極上ですもの。質素な装いではかえって浮いてしまいますわ」
「ですよね! というか霊泉のせいかみんな髪も肌もツルッツルで触ってて楽しいんですよね!」
「オレガノ、そろそろ自分も着替えなよ……」
 オーロラと意気投合しているオレガノに、何故かいつものメイドルックなセボリーがツッコミを入れる。ちなみにローリエもいるけどこっちはドレス。
「セボリーは踊らないのか」
「あー、私お料理補充係です。ほら私エルフだから踊るのだったら来年より先でもいくらでも時間ありますし」
「エルフだから、って……」
「短命種の人は若いうちじゃないとほら、やっぱり辛いってとこあるかもしれないじゃないですか。でも私らエルフだったら二十年三十年経っても全然年甲斐とか気にする必要は」
「……えい」
 ルナ、ちょっと膨れっ面でいきなりセボリーにチョキ目潰し。
「にょわー!? な、何すんの!?」
「なんか私たち馬鹿にされた気がした」
「いや単に譲るってだけじゃない! そんな目が潰れたらどうすんの!?」
「治るから平気」
 とはいえセボリーは驚異的なスウェーでチョキをかわしていた。なかなかやる。
「セボリー。無神経は駄目だよ」
「私無神経だった!? いや普通じゃないむしろそこはご主人様が『俺五十になってもこんなカワイコちゃんとダンスしなきゃいけないの』とか言ってくれるべきところで」
「えい」
「にょわー!?」
 またセボリーにルナの一撃。今度は鼻を狙ったチョキだった。
「今のも馬鹿にしたことになるの!?」
「単になんかウザかった」
「ご主人様この猫なんか凶暴ですよ!!」
「いやお前がちょっと静かにすべきだと思うよ」
 セボリー、酒場で働くうちにだんだん俗に染まってナリスみたいになってきたな。
「動かないでくださいねー」
「ん」
 そしてその間にマイアはオレガノとオーロラによってお姫様にされていた。
 アンゼロスは男役になってネイアにダンスの指導。ローリエとキュート、メイプル姉妹の可愛さにヒルダさんはくねくね幸せそう。
 賑やかで楽しい雰囲気に時を忘れそうになってしまうが、しばらくするとフェンネルが入ってくる。
「そろそろ始まるからセボリー、出てきて……あら、ご主人様」
「よっ。頑張ってる?」
「はい。楽しいお祭りにしましょうね♪」
 運営側は運営側で忙しくも楽しそうだ。
「よーしばりばり働くぞー!」
「ルナさん、まだ時間は少しありますから動かないでくださいな」
「ちゃちゃっとやっちゃいますねー」
「……いいのに」
「はい。大体今のステップでOKですよ」
「す、すみません……こういうのは慣れないので」
「ご主人様ー! 一緒に行こうー!」
「にゃー」
「二人とも、今からはしゃがないの!」
「……私、子供たちと踊らされるのかな」
「にゃー。おじさんと踊るよりよくない?」
「お目当てじゃない相手とのダンスも華麗に捌くのがイイ女ってものよ、ローリエちゃん☆」

 広場に出ると、男爵が一段高いところで周りを見渡している。俺と目が合うと茶目っ気たっぷりに片目をつぶった。
 ああいうのが似合うオッサンになりたいもんだ。

 遠く教会で、5つの鐘。10時を告げる音がする。

 祭りの始まりを告げる音だ。

(続く)

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