あまりにもネイアがショックを受けているようだったので、念のためにマイアを呼び出し(手分けしたほうが早いのでセレスタのエースナイト隊事務所に書類を持っていかせていた)、あの謎の男の痕跡を探させたが成果はゼロだった。
「匂いとか、声とかも探しようがない……直接会ってればなんとかできたかも知れないけど」
「……まあ、無理ならしょうがない。レンネストじゃさすがにドラゴンでも感覚働かせ辛いだろう」
大陸有数の雑多さを誇るレンネストだ。あちこちで魔法を使う者もいるし、強烈な匂いのする特産物も売られている。
そんな中で人づてに特徴を聞いたところで探索のしようがないのも無理はない。そして俺たちから提供できる情報も二言三言の声の印象くらいしかなかった。
「…………」
「ネイア」
「…………」
「ネイア。ネイア!」
「……は、え、ええっと……なんですか?」
「顔、真っ青だぞ。……屋敷で休んでおくか? 一日くらいならここでゆっくり休んでもディアーネさんたちの帰りには間に合う」
「……い、いえ……その、お城に行きましょう。バスター様や女王にもお会いして……」
「…………」
彼女の言葉は、うわごとのようで。
とても大丈夫には見えないのだが、無理に休めと言ったところで休める精神状態にも見えない。それほどショッキングな相手だったのか。
……仕方ない。
まさかとは思うが、さっきの奴がネイアにとって「敵」なのだとしたら、一人で放っておくのはとても危険だ。
万一に備える意味でも、とりあえずは連れて歩くほうがいいか。
……もしネイアが襲われるとして、そんな腕の持ち主相手にテテナリにマイアという布陣では対抗するのはちょっと難しいかもしれないけど。
できればネイア自身と同等以上の強さを持つディアーネさんやライラ、あるいは抜け目ないベッカー特務百人長あたりがいてくれたら心強かったなあ。
「……わかった。いくぞ、ネイア。……マイアも一緒についてきて。おかしな気配がないか注意してくれ」
「うん」
マイアに指示を出し、レッドアーム二人にあごをしゃくって移動を促して、ネイアの手を握って動き始める。
「あ、あの……なんで私の手を」
「お前がそういう顔してるからだ」
「……そういう、顔」
空いたほうの手で自分の顔に触れるネイア。
危なっかしく強張った自分の表情は……まあ、混乱してる本人にわかれって方が無理か。
「お前を守れるとまでは豪語できないけど、一人じゃないって実感させてやる程度なら俺にもできる」
「……あの」
「だから少し落ち着け。……あれが誰だったとしても、とりあえず俺だけはお前の味方だ」
「…………」
ネイアは帽子を引く……のではなく、鍔を左右に揺すって位置を正し、小さく深呼吸。
「……はい。ありがとう、ございます」
なんとか少しは精神状態が回復できたようだ。
……が、それを横で聞いていたテテスはクスクス笑い、ナリスは額に指を当てて呆れるように溜め息。
「……なんだよ」
「いいえー。さっすがご主人様、結構殺し文句をサラッと吐いちゃうなーって」
「こ、殺し文句?」
……そこまでの台詞は……い、言ってないよな?
「はっきり言ってすっごい詐欺師っぽかったですよ、さっきのスマイソン十人長」
「詐欺!?」
「動揺してる女の子をぐいっと引っ張って『何が相手でも俺だけは君の味方だよ』とかどんだけガチガチの鉄板台詞だと思ってんですか! ちったあ自覚してください!」
ナリスが指を俺とネイアにビッと突きつけて言い切る。
……ま、まあ、確かにそう言われてみればそう聞こえなくもないのかもしれないけど。
でもそれは閃光剣を介した俺たちの関係性というか、カールウィンに対するスタンスというか……それほど色っぽい意味ではなくてですね。
うん。それをバラすわけにいかない以上は「そういう」意味に聞こえるよね。
「いがーいと、ご主人様って普通にモテ系かもしれませんね。最近まで手近に獲物がいる環境じゃなかったってだけで」
「うわー。でも『あらゆる手段で相手の弱みに付け込んで怒涛のしつこさでオトす』って言うと普通に納得できちゃってアレかも」
「お前らな! っていうかそんな真似した覚えはないぞ!」
確かに俺のエロは回数任せでしつこいかも知れないが、弱みに付け込む真似と併用した記憶はない。
あと俺が相手の弱みに付け込むのは女の子じゃなくて強敵を相手にした時の戦術だ。卑怯技じゃなくてそうしないとその辺の普通の酔っ払いとかにも勝てないから工夫してるだけだぞ。
「……あの、スマイソンさん……手、離しましょうか?」
「ネイアも毒されるな! そんな露骨な意図なんてないのはわかるだろ!」
「いやいやいやネイアさん油断は駄目ですよ、この鬼畜野郎が二十人もメスドレイにしてるのは事実なんですからね?」
それにちょくちょく自分から混ざってる分際でことさら悪口言うなナリス。
……後ろからマイアがとことこ近づいてきて、疲れ果ててる俺の頭を背伸びで撫でてくれる。
「アンディ様がモテるのはそーゆー変な小技のせいじゃなくて、いつもかっこいいからだよね」
「……ありがと、マイア」
でもそれも多分ちょっと違うと思う。
レンネスト城の応接室のひとつでバスター卿と会見する。
というか、一緒にフレア女王まで気軽に現れてびっくりして敬礼する俺&レッドアーム二人。
「楽になさってくださいな。テテス、ナリスもプライベートでまでそんなに畏まらないで。知らない仲ではないでしょう?」
「コホン。……陛下。大変申し上げにくいのですが……一応、これはディアーネ殿からの正式な要請を受け取る場でして……プライベートではございませぬぞ」
「あら。それにしてはアレク、普段着のままじゃないの。この前プレゼントした公務服はどうしたのですか?」
「あ、あのような面倒な衣服は大きな式典でもなければ良いでしょう。アレクめは武人でございますれば」
「ええ。立派な武人で、レンファンガスの誇る侯爵です♪」
……あの、イチャイチャは俺たちの引けた後じゃ駄目ですか?
「……ふむ。了解した。後で我々が譲り受ける予定の砦、建設費用がまるごと浮いたと思えばこの程度は安い。調達させよう。手配に三日くれと伝えてくれ」
「了解しましたー」
バスター卿の返事に対してテテスが返事する。
っていうか一応使者は俺なので先に返事しないでテテス。
「伝えておきます。では三日後にまた改めて」
トチる前に、あと女王にややこしい失礼を働く前に退去しようとする。
「ネイア、そっちでは不自由はないか」
その前にバスター卿はネイアに声をかける。
ネイアは少しぼんやりしていたようで、バスター卿が怪訝そうな顔をした。
「どうしたネイア。顔色が悪いが」
「……は、はいっ……? あ、いえ、何か?」
「何かないかと聞いたのはこっちだが」
「……い、いえ」
「……気になることがあるなら何でも言うんだ、勇者様よ。それとも俺が信用できないか?」
バスター卿の発言は俺と違って誤解されそうになくて羨ましいやら何やら。
ネイアはしばらく逡巡した。
が、俺を横目で見て……なんだろうと思うと一人頷き、口を開く。
「……未だに、信じ難いことなので……口にすべきか迷うのですが、スマイソンさんやテテスさん、ナリスさんも皆見たことなので……」
「?」
「……今日、町で雷霆騎ライナー・エクセリーザを見かけたんです」
「……雷霆騎? 誰だ……いや、まさか」
バスター卿も顔を強張らせた。
「そんなはずはないと……思いたかったのですが。他に三人も見た人がいて、同じように私を閃光騎と呼ぶのを聞いていたのですから、私の錯覚じゃないと思います。声をかけて、そして……すぐに消えて」
「……そりゃ、確かに困ったな」
苦虫を噛み潰した顔をするバスター卿。
「わ、私には……どういうことなのか、まだ……」
ネイアは必死でバスター卿に訴える。
バスター卿はネイアの頭を帽子ごと押さえ。
「……目を背けてもいいことはないぞ、勇者ネイア。……つまりそういうことだ」
「し、信じられません」
会話の意味がよくわからず、部屋にいる全員がきょとんとする。
バスター卿はその空気を察し、溜め息。テテスを指差した。
「問題だ、テテス。……雷霆騎ライナー・エクセリーザ。この名からその人物の立場を類推しろ」
「え? ええと……ネイアさんが閃光騎だから……え、えと、『五人の勇者』の一人?」
「では、それがこのレンネストにいる意味を推測しろ」
「え、えーと……?」
「ネイアは貧困に喘ぐ祖国を世界唯一の人類の生息地だと信じていた。だが、その一方で別の勇者がこのレンネストにいる。いや、ネイアがこのレンファンガスに身を寄せているのまで理解して、声をかけた。これがどういうことか」
「……もしかして……カールウィン王国は、こっちの世界を……」
「知っている。そして、移動できる。そして少なくも国民にはその事実を知らせていないという事になるな」
「……!!」
テテスもビクッと震えた。
「つまりだ。……カールウィンって国は、思った以上に歪んでる可能性があるってことだ。……とてもじゃないが一筋縄じゃいかねえだろうな」
(続く)
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