水浴び場でのヌード披露が終わったところで、俺は彼女らを集めてしっかりと確認しておく。
「確かにランツとかゴートとかベッカー特務百人長とかは、だ。雌奴隷が脱いだところで俺を非難するどころか喝采を送るだろうし、下手すると目の前でセックスをおっ始めても親指立てて見学するだろう」
「そうだな」
「ほ、目に浮かぶわ」
 ディアーネさんとライラが背中を拭きあいながら頷く。
「でも今後も基本はタガを外さないように。特にライラとマイア、着ても着なくてもどうせ一緒だとか言って全裸でウロウロしちゃ駄目だぞ」
「ほ?」
「なんで」
 ああ、思いっきり不思議そうな顔をされた。
 彼女らに続いてシャロンやアルメイダまでもが怪訝そうな顔をする。
「今後は裸でおそばに控えるのが日常の基本になるのかと思っていましたが……」
「も、もう取り繕う体裁もないだろう。いつぞやのように一糸纏わぬ私たちを並べて好きに犯し回るのではないのか?」
 ああ、元々なんか真面目な貞操観念を持ってただけに既成概念が必要以上に壊れている。
「そんなんじゃ見てるほうが寒いだろ! こうやってライラが風呂沸かしてくれる間はともかく、そこらじゅうで全裸パラダイスしてていい気候じゃないっての!」
「そうなのよねー。ま、暖かくなってからのお楽しみかしらね☆」
「暖かくなっても駄目! ボイドやネイアが困るだろ!」
「えー」
 というか他人のエロパラダイスを見物して楽しめるあの三人の神経が異常なだけで、普通に考えたらメチャクチャ気まずいぞ、そんな状況。
 ……あえてケイロンは挙げなかった。覗きを楽しむでも非難するでもなく距離だけ取ってるあいつは何考えてるのかさっぱりだ。
 面倒だから関わらないことにしてる線が一番強そうだけど。
「基本的には今までと同じ。普通に服着て普通に生活。ただし水浴びで同席してくれる分には俺からは咎めない。あとエッチは見せ付けない程度にコソコソやろう」
 俺の暫定方針に、オーロラとアップルから微妙にがっかり気味の溜め息が出る。
「見せ付けないのですか? 先方も見たいのでしょうし、問題なさそうですのに」
「こ、ここまで見せた以上、開き直ってしまってもいいんですけど……」
「一応俺たちは遊びに来てるわけじゃない。ネイアや色んな国の利益のために危険な場所に来てるんだ。エロは夜のお楽しみ程度にしとかないと」
 それに仕事がある以上、やっぱり程々にメリハリを持つほうが楽しめるとも思う。
 ……とか考えてる俺をじーっと見つめて肩をすくめるテテス。
「この面子に子宮を捧げさせた性豪とは思えませんよねえ。ローテーションでエッチしてるだけでも日が暮れちゃうのに」
 ……ま、まあそれはそうなんだけど。
「ほほ。最近の主殿は朝から晩まで種付け生活でもこなせてしまえそうじゃがな」
 ライラの言葉もまあ多分その通りなんだけど。
「……多分それで誰も困らないと思う」
 ルナがぼそりと言った言葉がジワジワと効く。
 うん。そうだね。雌奴隷たちはもとよりケイロンとかランツも多分困らないね。大工仕事とかはゴートたちがやってくれるし探索任務もライラとディアーネさんでいいよね。
「げ、元気出してアンディ。お前の方針は間違ってないから。こら、ルナ言い過ぎだ謝れ」
 アンゼロスが慌ててフォローしてくれるが正直つらい。


 みんな服を着て、寝室として使った板壁部屋に戻る。
 パラダイス入浴に加わらなかったナリスやネイアも交えて一息。
 ディアーネさんはゆっくりと立ち上がってみんなを見渡した。
「さしあたって、大きな街に不足物資の調達に赴かなくてはいけないな。カタリナ……いや、レンネストがいいか。アンディはマイアと一緒に、そっちに要請書を回してきてくれ。私はライラと一度ポルカに行って交渉してこようと思う」
「交渉?」
「エルフ領から回してもらえる物資の相談と、ブルードラゴンたちに定期連絡に来てもらう算段だ。一応作戦行動の一環だ。それなりに体裁を繕っておかなくてはいけないからな」
「了解しました」
 俺も残してきた娘たちを見に行きかったが、まだポルカを離れて大した日数は経っていない。わがままを言うにはまだ早いか。
 何か異変があったらディアーネさんが知らせてくれるだろうしな。
「必要物資の具体数を出すのに少し時間がかかる。昼過ぎまで自由時間だ。テテスとシャロンはそういう事務が出来るなら手伝って欲しい」
「はーい」
「もちろんです」
 ディアーネさんに従って石版とチョークで案を書き出し、煮詰め始めるテテスとシャロン。
「わ、私もアフィルムではそれなりの立場だったんだが」
 呼ばれなかったアルメイダが少し不満そうに呟くが、ナリスはその背をポンポンと叩く。
「めんどくさい仕事をわざわざ進んで請け負うことないでしょ。頭いい人たちに任せとくのが一番ですって」
「ナリス。お前も私を相当な馬鹿だと思っていないか」
「え、でも……事務仕事とか、いつもやってくれる人とか他にいたんじゃないですか? んで『ここはやっときますからアルメイダさんは式典とか実戦とかに行っててくださいよー』みたいな」
「……な、何故ロブスの奴のことを知っている? 確かにあいつは妙に私の仕事を片付けてくれたが……」
「い、いやー、アルメイダさんってなんかそーゆー感じというか」
 ……うん。アルメイダがまともな立場にいたんだとしたら別口でそれやる人がいないと回らないよね。軍隊で普通に管理職やってたらこんなに慎重さが欠如しない。
 アフィルム軍はアルメイダの使い方をよく心得てたんだなぁ……。
 もしかしたら、アルメイダがなかなかロードになれなかったのは、その辺のフォローがシステム的に難しくなるからだったりして。

 ポルカに行くディアーネさんたちには他の隊員が随行してもしょうがないが、レンネストは補給物資調達以外にも行く価値はある。
 ぶっちゃけた話、私物買ったりうまいもん食ったりしたい奴は連れて行ってもいい。砦にいてもやることは家具作りや壁塗り程度で、急を要する仕事はないし。
「ネイア、レンネスト行かない?」
「え、ええと……な、何で私を?」
「なんでそんな警戒してんの」
「いえその……」
 帽子を押さえるようにしつつ、チラチラと周りを見るネイア。
 ……ああ、雌奴隷たちがテンション上がりきってたから自分もノリで巻き込もうとしてるんじゃないかと警戒してるのか。
「別に行かないならいいけど。たまには屋台料理でも食いたいかなあと思ったんだ」
「……い、行きますっ」
 案外あっさり折れるネイア。というか食い物絡むと決断早え。
「あ、私も連れてってくださいねー。色々買い物したいんでー」
 背中を向けて羊皮紙に要請の清書をしながらテテスも名乗りを上げる。
「テテスちゃんが出るなら私も行こうかな……ってゆーかセレスタの皆さんは出ないんですか?」
「僕はベッド作りをするよ」
「わたくしは今のところ、特にレンネストで欲しいものもありませんので……トロット王都やオフィクレードなら行くのですけれど」
「ベッカー特務百人長が外で訓練するって言うから……お金もないし」
「私、ディアーネちゃんにおるすばん頼まれちゃってるから☆」
「私はあんまり頻繁に空を飛ぶとその、精神的に死にそうなので……」
 古参奴隷組はそれぞれ勤勉というかなんというか。
「アンディ。マイアがいるから大丈夫だと思うけど、変なことに巻き込まれないようにね」
「わ、わかってるよ。っていうか俺だってわざわざトラブル起こしたくて行くわけじゃないぞ」
 一応反論はしておくものの、アンゼロスが釘を刺す気持ちもよく分かる程度には高頻度でピンチになってるのは確かなので注意しよう。


 男連中は真面目に働いてもらうことにして。
「それじゃ、私たちもすぐに出る。戻りは早くて明後日あたりになるだろうが、留守中のことは姉上とケイロンに任せておく」
「了解です」
 敬礼を返して俺はマイアの馬車に乗り込む。
「久々……というほどでもないのか。この砦がだだーって建っちゃったから結構間が空いてるように思いますけど」
「だよねー。腰の落ち着く居場所が増えると、なんだか物事がドーンと進んだみたいで相対的に時間が経ってる感じがしちゃう」
 ナリスとテテスが並んでお喋りしながら、離陸していく馬車の浮揚感を楽しんでいる。
 ネイアも帽子を押さえつつ窓から外を眺め、改めて砦の全景に溜め息をついた。
「はぁ……ドラゴンが本気を出せば十日でこれ、なんですよね……」
「ライラは凄いよなあ」
「……考えもしなかったんです。ドラゴンが、人の砦を作るなんて……」
「?」
「……できるんですよね、こんなことが……」
 ネイアの目は。
 賞賛とも憧憬とも、そして回顧ともどこか違う、複雑な表情でそれを映している。
 ……そういえばネイアはカールウィンの近くのドラゴンパレスを知ってるんだっけ。
「ドラゴンに協力してもらえれば、カールウィンももっと早く外を知れた……とか考えてる?」
「……ドラゴンは人の事情を斟酌しません。それは知っています。でも……」
 その先を口にはせず、ネイアは座席に座り直して黙り込む。


 レンネストまではそう何時間もかかる距離ではないので、ネイアの考えを慮っているうちに「セレスタ屋敷」の上空だった。
「アンディ様。降りるよ」
「あ、ああ」
 ちびマイアの声が聞こえて俺は頷く。
「まずは要請書類。セレスタの事務所に回すのと、兄上に直接持っていくの」
「……テテスちゃん、兄上とか気軽に言うようになったね」
「え? だ、だって妹だから」
「前はよそよそしくバスター候とか言ってたのに」
「……まあ、いいじゃない」
 テテスが妙に照れた顔をするので、ナリスは変な顔で首をかしげる。
「むー?」
「どうしたナリス」
「んー……なんか、テテスちゃんらしくないかなっていうか……いや、でもある意味テテスちゃんらしいのかな」
「俺にわかるように言え」
「若い子は変わるのが早いなーってゆーか……もっと根っこでは硬い子だと思ってたんですけど」
「……オバサンの言い草だぞ、それ」
「なっ!? ひ、百年も生きれば15、16のコを若いコって言っていいじゃないですか! 百年っつったって私アルメイダさんやシャロン騎士長より結構下ですよ! ……確か」
「そんな本気で反論しないでよナリスちゃん。エルフだからでいいじゃない」
「そうなんだけど……うー、なんかガチでおじさん一歩手前のスマイソン十人長に言われるとムカつくっていいうか」
「てめえ!」
 ちょっとグサッときた。ちくしょう百歳のくせに。

 まずは用事を済ませよう、ということでバスター卿のいる城へ向かう。
「まあナリスが変な感想もつのもわかるけどな。お前のバスター卿への感情、ちょっと信仰に近い感じがしなくもなかったし」
「え、えへへ……まあそう言われるとそんな部分もなかったわけじゃないというか……でも」
 歩きながらテテスは妙に可愛らしく笑う。
「思ったよりずっと、あの人は……私の兄上だったなーって……あの時思ったから」
「?」
「まともな家族じゃないかもしれないんですけど、でも、私にとっては間違いなくオンリーワンな人で。でもあの人は……もうちょっと冷たくて遠いと思い込んでたような気がするんです。でも、多分それは私にどう接すればいいかわからなかっただけで……あはは、考えてみれば娘って言う方が近いですもん。変な態度になっちゃうの当然ですよね。でも、私にはわからなかった」
「…………」
「それに、スマイソン十人長の……ご主人様のおかげで、私はもうひとつの自分を持てた気がするから。……本当の本気で、私を抱き締めて、自分のものにしておこうとしてくれる人がいて、それに甘えていられるって、もしかしたら凄くいいことなのかもしれないって、今は本当に思うから。だから、兄上のことも落ち着いた気持ちで見直せる気がするんです」
「……お前、さあ」
「はい?」
「若いって怖いなー……」
 なんか、色々理屈捏ねてるけど結局こいつは騙されやすい性格な気がする。
 あんまり強くも偉くもないオッサン手前の外国人に、雌奴隷として両穴開発されて他の女と尻を並べて犯される生活を、「凄くいいこと」と変換してしまう感性は、少なくとも人間族としてはまともじゃない。
 というか、非常に危なっかしい。
 結局それを肯定して、依存してしまうっていうのは、行き場がないせいで性に爛れた愛情でも熱狂してしまうハーフエルフに近いものがあるのかもしれない。
 付け込んでおいて言うのもなんだけど。
 価値観に対する免疫がない若さとあいまって、見事に足を踏み外した彼女は、なんというか……不憫な子じゃないだろうか。
「若いって……その言い方、やっぱりおじさん臭いですよ?」
「ナリスに言われると腹立つけどテテスなら言ってもいい」
「ちょっ!? それ差別じゃないですか!?」
「あはははは」
 笑いあいながら歩いていたが、ふとネイアがついてきていないことに気付く。
 慌てて振り返る。アンゼロスに言われた通り、トラブルか、と。

「…………」

 ネイアは、数歩後ろで立ち止まっていた。
 その顔は、滅多に見ない表情を浮かべている。
 その視線を辿ると、そこには一人の男が立っていた。
 若い男だ。その身は鍛えた者独特の鋭い造形を感じさせたが、レンネストでは珍しいものではない。
 が、その男はネイアを見て薄気味悪く笑うと。
「……随分と、元気そうだな。閃光騎」
「……っ、貴方はっ……やっぱり!?」
「クハハハ……」
 ネイアの方を見たまま、フッと路地裏に身を躍らせて……そのまま、気配を消した。
「テテスっ! 追えるか!」
「行ってみます!」
「え、何!? どうしたの!?」
 よくわかってなさそうなナリスと放心したように動かないネイアをおいて、テテスとともに路地に飛び込むが……誰もいない、ただの袋小路があるだけだった。
「……幻影?」
「わかりません……どっちにしても、もう追えなさそうです」
「…………」
 テテスに頷いて、もとの場所に戻る。

 ネイアは、放心したままだった。
「ネイア。ネイア」
「……はい」
「なんだったんだ、あれは……」
「……知り合い、です」
「それはわかるけど……」
 いや。
 待て。
 ネイアの、知り合い?
 勇者でなく、閃光騎と呼ぶ知り合い?
「……っ……!」
「…………」
 ネイアは帽子の鍔を震える手で下に引いた。
「え、何!? どういうことですか!?」
「あの、説明してもらっていいですか?」
「…………」
 俺は迷って、小さく首を振る。
 まだ、説明のしようがない。
「いや……なんか、ちょっと雰囲気的に驚いてみせただけだ」
 ごまかしの言葉が口をつく。
「は!?」
「あの、それは……いえ、いいです」
 ナリスは突っ込みたそうだったがテテスは何かを察してくれたようだ。
 ……ネイアの知り合い。
 ネイアの閃光騎という名は、勇者という名に比べて圧倒的に名乗った回数が少ない。
 勇者という名を差し置いて、その名を呼ぶ意味も、少ない。
 あるとするならば、他の「勇者」と区別する場合。
 つまり、他の「勇者」を知っているか、あるいは……。
「……あり得ない」
 ネイアは小さく、呟いた。

(続く)


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