マイアを抱き枕にして眠っても、マイアは翌朝決まった時間に起こしてくれる。
 というか、ドラゴンはそもそもあまり長時間は寝ないらしい。それほど眠りの必要がないようで、そういえばライラも他人が寝ているのを横目に一人起きてること多いなあ、と思う。
 そしてドラゴンの時間感覚は少なくとも一日のサイクルにおいてかなり正確で、部屋の中にいても夜明けを逃すことはない。
 ……というわけで、その晩もマイアを好きなだけ犯したあと、安心して抱いたまま寝ていたのだったが。
「……!!」
「んぁ……え、どうしたマイ……うわっ!?」
 明け方のまどろみの中、ビクン、と腕の中で体を硬直させたマイアは、続いて俺の腕の重みを無視するバネで身を起こす。
 それほどキツく抱き締めていたわけではないが、マイアの急な動きに跳ね飛ばされて俺はベッドから転げ落ちた。
「あ、ごめんなさい……」
「いてて……ど、どうした」
 後頭部から無様に落ちた俺は、逆らわずに地面に身を転がしてから起き上がる。
 顔の上にちんこが垂れ下がったのがちょっと嫌な気分だったのでそそくさと服を着ながらマイアに説明を促すと。
「……魔物、近くに来てるよ」
「魔物……!?」
「狼。……いつもならエルフの誰かが狩ってるけど、夜に急に近づいてくるとよくない……」
「ああ……白エルフは暗視できないからか」
 魔法で暗視状態にすること自体は難しくないらしいが、光の精霊への畏敬が強いせいか、あるいはダークエルフと差別化したいからか、白エルフは何かと光の魔法で明るくして活動するのを好む。そんな感じなので夜の突発的な活動もそれほど得意ではないらしい。
「街に入ってきたら誰かが怪我するかもしれない。アンディ様、やっつけにいっていい?」
「お、俺も行く。何匹いる?」
「遠吠えの感じからするとそんなに多くないと思うけど……」
 手当たり次第に暖かそうなものを身に纏い、クロスボウと矢筒を取る。
 マイアは布一枚程度の服を身に巻きつけて、頷く。
 そして、部屋の窓を開けて夜明け前の町に二人で飛び出す。
 慌しくしてみんなを起こすのはよくないし、心得たマイアが俺を抱えて跳躍、近くの地面に運んでくれるので馬鹿正直に玄関から出るより断然早い。

 宿の屋根の上にはライラの姿があった。
 ボタ雪の舞う中で難しい顔をして遠くを眺めている。
「ライラ」
「……ほ、飼い主殿。なるほど、マイアが察したか」
「ライラも遠吠え、聞いたのか」
 俺には聞こえなかったけど。
「我はそれが聞こえただけよ。天気が悪いせいで、どちらにおるのか掴めず困っておった」
「私、わかる」
「……どうにも、こういう時には氷を吐く連中には敵わぬの」
 ……悪天候だと人間も周囲への知覚が鈍るように、ライラの超知覚も弱る。
 だがブリザードブレスを使うブルードラゴンは特にこういう時にも強いらしい。
「風が強い時なんかでも墜ちにくいよ」
「頼りにしてるぜ。さあ、行こう」
マイアのあとに続いて走る。
 ……とはいってもドラゴンたちの脚力にはどうにも追いつけないので手加減して走ってもらい、町外れに出たところでドラゴン体のマイアの背にライラが抱えて飛び乗ってくれたわけだけど。
 うーん。締まらない。

 マイアが空を飛んで数分。
 ポルカから西に数キロ、という感じのところで、マッドウルフの群れを見つけた。
 確かに数は多くない。せいぜい片手に余る、という程度か。
 しかしこんな奴らでもただの人間には恐ろしい。ジョニーやキールが完全武装で対峙しても、二人がかりで一匹相手になんとかやられないようにするのが精一杯だろう。
「凍らせる?」
「それが一番早いかな……いや、でもブリザードブレスって木が枯れたりしない?」
「たまに、木によっては」
 ちびマイアがいうので少し考える。
 冬の寒さに比べてもブリザードブレスは桁違いの冷気だ。せいぜい六匹七匹程度の魔物のために森に傷跡をつけるのは、ちょっとエルフたちが困るかもしれない。
「地上戦しようか。ライラならあんなのに不覚は取らないだろうし、マイアも殴り合いで充分だろ」
 俺もクロスボウ使えるし。
「ほ、ではそうするか」
「アンディ様、掴まってて」
 地上に着陸するマイア。
 魔物たちはその威容に怯むことなく、マイアに突進してくる。
 多少の狡猾さを見せることはあっても、基本的に魔物は恐れという感情がない。
 だから鳥獣避けのような仕掛けも役に立たないが、こういう時は話が早くて助かる。
「ライラ!」
「合点しておる!」
 マイアの背から跳び、不可解な動きで地上に突撃するライラ。
 魔法か、それとも何かの不思議体術か、空中で明らかに軌道を変えたライラがマッドウルフの一体に肉薄し、交差。
 蹴りか拳かわからないが、とにかくマッドウルフは体を真っ二つにされて空中に吹き飛び、一瞬遅れて火達磨になる。
「くく、本来ならば火球で適当に丸焼きじゃが……森を大切にせねばな♪」
 ライラは雪の上に長くつけられた着地跡から立ち上がり、次のマッドウルフに狙いを定める。
 燃える死体があたりを照らし、暗闇の森に妙な雰囲気を作る。
「っと、仕事しなきゃな」
 俺もクロスボウに矢をつがえ、斜め下のマッドウルフに射撃。
 狙い違わず脳天貫通。糸が切れたように崩れ落ちる。
「さすがアンディ様」
「へへっ」
 だが俺が弦を巻き上げて次を打つ準備が出来る頃には、ライラがさらに二匹ほど焼き殺し、マイアも跳びかかってきたマッドウルフを無造作に握り潰し、踏み潰す。
 すぐに全滅。
「……か、簡単に勝つに越したことはないやな」
「ほほ。一匹くらい残しておいてやるべきだったか」
「ごめんなさい。ちょっと手癖でやっつけちゃった」
「謝られることじゃないぞ、うん」
 ドラゴンだけで充分なのに俺が余計なことしてただけだし、という見方だけは提示しないでおく。自分を卑下しすぎないプライドは大事だ。

 魔物たちの死体は見栄えが悪いので雪に埋め、それから宿に戻るとちょうど夜明けだった。
「何があった?」
「物音がして、アンディさんの部屋を見に行ったら窓が開いたまま、もぬけの殻。心配したのですよ」
 アンゼロスとオーロラに問い詰められたが。
「一緒に魔物やっつけてた」
「ほほ、飼い主殿も活躍したのじゃぞ」
 という我がドラゴンたちの弁護ですぐに解放される。
 ……活躍と言ってくれたライラに感謝だ。
「そんなことをやっていたのか」
「のどかな街だと思っていたのですが……」
 ディアーネさんとシャロンは少しすまなそうな顔。本当は自分たちがやらなきゃいけないこと……とでも思ったのかも。
「森林地帯での魔物の完全な対処は難しいものです。それでも、油断していたつもりはなかったのですが……」
 ネイアも少し緊張した顔をして帽子を握る。
「ドラゴンの聴覚に張ろうってのは無茶だよ、勇者様。……にしても一声掛けてくれてもよかったんだぜ、スマイソン?」
 ベッカー特務百人長が欠伸をしながら言う。
 緊張感なさげだけど、この人のことだ。俺とマイアが動いた時点で行動準備ができていてもおかしくはない。
「んにゅ……」
「ふぁあああ……あれ、なんですかこの雰囲気」
 ルナとナリスは別に何も気付いていなかったらしく平和そうな顔で起きてきた。
「魔物、いたんだって。朝一番でライラさんたちが倒したって」
 そしてどこで聞いていたのか、いつの間にか現れて注釈するテテス。
 ……こいつが一番油断ならないのかも。


 朝風呂を浴びて、ジャッキーさんちへ。
「ナリスさんの鎧の装飾、どうしますかね」
「任せて」
 俺は一昨日服屋でもらったヒントを使い、デザインを手早く書き起こす。
「……こりゃなんですか。爪跡の意匠……?」
「遠目に見るとそう見えるかもだけど、脇のガードを兼ねて何本か当てる細い板材を赤く塗っておくんだ。あとは金具なんかも赤く塗る。何かの画を意図した塗り方でバランスを取るんじゃなくて、もっとそっけなく事務的に赤を取り込むことでナリスの嫌悪感を消すんだ」
「なるほど」
「全体の印象でバランス取れればいいんだ」
 敢えて左右のバランスを偏らせるのも面白いかもしれない。この辺はやりすぎると本当に失笑されるかもしれないから、まあ慎重に……ってとこか。

 そして、適度に作業したところでナリスとシャロンが現れる。
「あら、ナリスの鎧がまた進んで……」
「うわ、思い切ったデザインにしてきましたねぇ」
「まあ着てみろ。イメージとしては弓兵鎧だ」
「言われてみれば確かにそれっぽくも……」
 弓兵鎧は左胸を特にガードするタイプの奴だ。敵の攻撃というより自分の弓の弦で胸を打たないようにするサポーターの意味合いが強い。
 あえてそれっぽく左胸の色合いを強調し、装飾としてつけた長細いテープ状の鉄板に赤のラインを盛り込むことで、炎や血を連想させることなく自然に赤を取り込める。
 もちろん防御機能も重量も中装鎧そのものだ。普通に歩兵としてのナリスが使って何の問題もない。
「こりゃ弓を使うときも恰好がつきますねぇ。えへへ、まさに私専用って感じかも」
「その線でいいならそれでいくぞ」
「はい、これでお願いします♪」
 よし、これで案件がひとつ進んだ。
「あとはシャロンの鎧だけど……シャロンはデザインとか色にこだわりは?」
「お任せしますね。着こなしてみせますよ」
「……それはそれでプレッシャー」
 オーソドックスでいい、ってことなんだからまあいいんだけど。

 昼になって仕事を止める。
 今日は一昨日の埋め合わせとして夕方にはアイザック隊を見に行こうと思う。午後の鍛冶仕事は休止。
 まあ近いうちにジャンヌもまた手伝ってくれるだろうし、進行度も悪くない。
「んじゃ……ども、お疲れ様ジャッキーさん」
「ウス。ぼっちゃん、また明日」
 ジャッキーさんに手を振り、工房を……出る前に、こっちをじーっと見ているナリスとシャロンに声をかける。
「お前たちもいかないの?」
「行きますけど」
「スマイソンさん、お食事のついでに少し確認したいことが……」
「?」
 シャロンとナリスが口裏合わせるような言動なんて珍しい。

「一昨日から昨日の晩、宿に戻ってきた気配がなかったので、グート男爵のお屋敷で聞いたのですが」
「……なんか森のエルフの子たちの家にシケ込んでたみたいじゃないですか」
 酒場で軽食取りながら話を聞くと、どうやらセレンやクリスティなどを情報源として俺のスペシャルホリデー情報が彼女らに掴まれたらしい。
「いや、あそこでスマイソン十人長の子供おなかに抱えながらニコニコしてられるセレンさんも割とわけわかんないですけど! スマイソン十人長もスマイソン十人長でちょいと下半身自由すぎやしませんかね」
「いつでもスマイソンさんのお相手なら勤めます……と前々から申し上げてますのに、あまり部外の女を慰み者にするのはいかがなものでしょうか」
「いや騎士長、そーじゃなく多少は孕ませた相手に遠慮というか自重というか。まさか身重の女に堂々と申告して新しい娘漁りに行くとか有り得なくないですか」
「まあ、雌奴隷が身篭ってしまうのはどうにもならないことですが、それにしても」
 どうも二人の怒ってるポイントが微妙に違うのがちょっとやりづらい。
 ナリスはもうちょいそのちんこ自重しろ、という趣旨。
 シャロンは既存の雌奴隷で何が不満だ、という趣旨。
 どちらもまあ、普通そう思うよねって感じで全くその通りと頷くしかないのが辛いところだ。うん。
 特にここ公共の場だし。
「大体思うんですがね、スマイソン十人長周りの人ってちょっと気にしなさすぎですよいろいろ。もう少しこう、互いに秘密というかなんというか、悪いから黙っとこうとか蔑ろにされたから怒ろうとか、そういうのもまた愛というかですね。そりゃスマイソン十人長としてはフルオープンでとっても気楽でしょうけど思いやり的なものがもう少しあってくれないとぶっちゃけわけわかんなくて私反応しづらいというかですね」
「スマイソンさんはご遠慮されているのかもしれませんけれど、正直に申しますと私、それこそ毎日のように然るべき扱いをされても困らないという意味で工房に通っているのですから」
「いやシャロン騎士長ホント少し冷静になりましょうよ。本来秘め事というのは慎ましく本当に慎ましくあるべきというか空気で伝わるけれど互いに口に出さずパワーバランス保つような」
「お前ら少しストップ」
 湯上り用の長衣のポニテエルフ二人に絶え間なくきわどい文句を言われるのは……まあ人目のないところでなら特に問題はないんだけど、ここではどう考えても皆様の邪魔だと思うんだ。
「アンディ……」
「おかみさん、皆まで言わないで。というか勘弁して。食べたらすぐ出てくからごめんなさい」
 何かコメントしようとしたマスターの奥方に半ば平伏しつつ、素早く揚げ物を口に入れ続ける俺。
「そりゃまあ、ご主人様的には私たちなんて別につまみ食いみたいなもんでしょうし別にいーんですけどね」
「んぐふ」
 背後から少し投げやりというかふて腐れた声がして喉を詰まらせる。
 胸を叩く俺。あーもー何やってんですか、とか言いながら背中をさするナリス。
 背後を見ると案の定セボリー。
「でも私たちも私たちでご主人様にアピールしたし、みんなでいろいろ頑張っちゃったりしてようやくご主人様に振り向いてもらってるんですよ。いくらお姫様だからって、ちゃんとした雌奴隷だからって……黙ってても空気読んで自分の相手してくれって横柄じゃないんですか、栄光の姫様?」
「おいセボリー。お前も少し空気読め。俺たちの空気じゃなくて酒場の空気を」
 真っ向から反論しやがって。
 まさに注目の的じゃないか。
「おいセボリーちゃん、いろいろ頑張っちゃったって何をどう頑張っちゃったんだ!」
「ていうか何でアンディがご主人様なの!?」
「エルフはアンディに何を感じているんだ!」
 おっさんたちはテーブルに拳を打ち付けないでくれ。……セボリー人気あるなぁ。
「あなたが……」
「むー」
「まったくもー……お水お水」
 火花を散らすシャロンとセボリー。気にしながらも加勢は気が引けるのか、白々しく俺の介抱に努めるナリス。
「げふ、げふっ……あー、苦しかった……あのな、とりあえずな!」
 二人に振り返って俺は涙目で指を突きつける。
「その話はここでしていい話じゃない! あとだあと!」
「…………」
「…………」
 二人は睨み合ったまま頷く。
「それとおかみさんホントごめんなさい」
「あのさ……もういいけど」
 俺の土下座におかみさんは溜め息をつく。

 とりあえずセボリーの仕事が終わってからじっくり話すことにして。
 それまでの時間を宿屋でひとまず潰すことにする。
「シャロンもセボリーも……なんでああも空回りするかな」
 シャロンは何を思ったか、セボリーが仕事上がる頃にはまた戻ります、と言って温泉へ。
 そしてナリスだけを連れて宿屋に戻り、食後のお茶を飲む。
「ていうかお前くっつきすぎ」
「さっきのシャロン騎士長に比べれば大したことないでしょうに」
 テーブル席なんだから適度に空ければいいのに、何故か肩がくっつくくらい寄って座るナリス。
 まあ酒場では誘惑もかねているつもりらしいシャロンの方が確かにくっついていたけど。
「それに空回りってゆーか割と普通じゃないですかね。スマイソン十人長のやってることって普通に考えて刃傷沙汰も有り得るんですよ?」
「……そうかもだけど」
「さんざっぱら野放図にエロいことされといて鷹揚に許しちゃう皆さんがおかしいんですよ。わ、私はまあ、そーゆーことスマイソン十人長が駄目な人ってのはちゃんと理解してるつもりですけど」
「まあ……確かに、な」
 雌奴隷という言葉は、セレンやアップルが提唱し、その異常さを充分に周知しながらも何故か受け入れられてきた不思議システムだ。
 普通に考えて女にとって屈辱的な話だし、受け止め方に差もあるだろう。むしろシャロン以前の娘たちがみんな普通に受け入れているのが変なのだ。
 シャロンたちの妙な諍いこそが正当な反応に近いのだろう。いや、それでもなりたがってるあたりは置いておいて。
「……ていうか、お前は浮気というかセボリーたちに手を出すこと自体は否定しないんだな。お前の方が雌奴隷的なのかも」
「ちっ、ちーがーいーまーすー。私は愛がないカラダだけの関係だから特にその辺に文句言うつもりがないだけです! 本当です! ただスマイソン十人長周りのこういう話で反応に困るのが嫌っていうかですね!」
「むー、なんかムカッときたぞ。じゃあ今から愛のないセックスするか? 今までは結構愛があったんだぞ。本当に愛のないセックスというのはどういうものか教えてやる」
「いや、ごめんなさいちょっとは愛を込めてください。でも雌奴隷はお断りです。なんかヤです」
 ぐいぐいと肩で押し合いながらそういう会話が出来るナリスが、実はかなり気にいってたりする。

 そして、セボリーが上がる時間になって酒場に迎えに行く。
 と。

「いらっしゃい、アンディさん♪」
「遅かったのう」
「ほほ。先に始めてしまおうかと思うたぞえ」
 ……何故かセレンにアイリーナ、ライラ。
 いや、店の中を覗くと雌奴隷がみんな集合していた。
 雌奴隷以外にもセボリーたち四人娘、クリスティ、そしてテテスまで。
 もちろんディアーネさんやヒルダさんもいる。
「何これ」
 ……どういう。
「え、だってシャロンさんが温泉でセボリーさんと話をつけるって言ってましたし……どうせなら今のうちに顔合わせ会がいいかな、って♪」
「顔合わせ会……?」
「ちゃんとお互いのこと知っておいたほうがいいと思うんです。今後みんな同じ人の赤ちゃん産むんですし♪」
 手を合わせてにっこり笑うセレン。
 ……えーと。
 俺、帰っちゃ駄目……だよね。

(続く)

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