一晩寝て起きると、カルロスさんちの庭はいよいよ慌しくなっていた。
「オーガがいっぱい出入りしてますね。……ってトリコーンばっかりだ」
「トリコーンだけの土建屋があるんだ。今年はそこを使うことにしたか、兄上は」
トリコーンオーガはオーガ種の中でも比較的数が少ない、角が三本あるオーガだ。牛オーガほどではないが、見かけたら目を引かれる程度には珍しい。
ちなみに一番数が多いのがデュアルコーン。二本角。気持ち一本角のモノコーンが少なくて、それらの半分以下のトリコーンという感じ。
……廊下の窓からディアーネさんと一緒にしばらく庭の作業を眺めていると、大体の会場設計が見て取れる。
「あの辺が舞台で、メインの飲食はあの辺ですか」
「多分な。まあ、ただのディナーショーで終わるなら頭を使う必要は無い。何かしらの仕掛けを用意しているんだろうが」
ノールさんやヒルダさん、そしてカルロスさん夫婦。
ディアーネさんの兄弟はアクは強いが有能な人が多い。その一族の力を結集しての祭りだ。派手なものになるだろう。
朝食をとりに訪れた食堂は、それこそたくさんのダークエルフがひっきりなしに出入りしていた。
さすがに広いとはいえ、いつもより数十人も多い住人たちに食堂の席が足りず、入れ替わり立ち代わり食事を取っているらしい。
「やあ、ディアーネ」
「クリント兄上。久しいな」
「あら、ディアーネ。来てたの」
「メリッサ姉上。旦那さんは元気か」
そんな人の流れの激しい中でも、兄弟たちに次々呼び止められるディアーネさん。確かにナンシーさんの言う通り、兄弟の人気者らしい。
そしてその中に混じって、ヌッと顔を出したのはベッカー特務百人長。
「ちゅーっす」
「ベッカー。嫁さんと連絡は取れたのか」
「おかげさまで。本当はクイーカに待たせてたんですけど長期任務になるっての見越してコッチに仕事しに戻ってきてたみたいで……あっさり捕まりました。もし向こうにいたなら、またライラ姐さんにひとっ飛び頼みたいとこだったんスけどね」
「ほ、それはよかった」
「……ローズ本人はいいんですけどね……あそこの爺さんマジ苦手。あ、カルロスの旦那にはよろしく言っといて下さい。俺、このまま基地に行かなきゃいけないんで」
しゅた、と手を上げて特務百人長が背を向ける。
「報告書書きか」
「本当は精霊祭前日にまでこんなことしたくないんですけどね。精霊祭終わったらいつとんぼ返りかわからないなら、できるうちに仕事は片付けとかないと後が怖ぇ」
そう言うと、特務百人長は瞬きする間に掻き消える。
本当に急いでいるようだ。
「やあ、おはようディアーネ。それにアンディ君。爽やかな朝だね」
食堂ではカルロスさんが足早に近づいてきた。ずっとみんなに挨拶して回ってるのかもしれない。
意外と暇な人だ。
「今、君『暇なのかコイツ』とか思ったよね」
「い、いえいえ」
訂正。マメな人だ。
「ご飯時にみんなの安否を確認するのって凄く大事なんだよ? ねえディアーネ」
「ああ。自然と集まるから時間的な効率もいいしな。人をまとめようという時には、そういう細かい接触も重要だ」
……なるほどね。
「というわけでアンディ君。君のためのスペシャルメニューだ。採れたて新鮮野菜の新鮮野菜あえ新鮮野菜付きだ」
「野菜だけって言えばいいじゃないですか!」
その展開はもう諦めてるのについつい突っ込んでしまう。
「何を言う!? 湖沼地帯の農家の皆さんが朝早くからえっさほいさ運んできてくれた新鮮野菜を馬鹿にするなよ!? 新鮮なんだぞぅ!!」
「自分のところにはパンとスープとフルーツしか並んでないじゃないですか」
「僕、朝食は長年これなんですよ」
「あの、えっさほいさ運んできた農家の皆さんの立場を」
……いや、もうどうでもいいや。
懐から「清めの塩」を取り出す。と、素早くそれをカルロスさんがひったくる。
「あ、ちょっ、返してくださいよ!」
「君には是非新鮮野菜をありのままの味で楽しんで欲しい」
「塩ぐらい、いいじゃないですか!」
「駄目ったら駄目! さあ食べろ! 残すことはお兄ちゃん許しません」
「人の頭くらいの大きさに盛り付けて言う台詞か鬼畜め!」
「……仲が良くなってきたな、兄上とアンディ」
結局俺が精神的に青虫に擬態することでなんとか朝を切り抜けた。
というか切り抜けざるをえなかった。
「味覚が変わる魔法とかないですか、ディアーネさん」
「私は使えないぞ」
……精霊祭は楽しみだけど、ここでのご飯は憂鬱だ。あと何回生野菜責めを食らうんだろう。
「ちなみにウチの兄弟は、あの仕置きのせいでベジタリアンに目覚めた奴が十人以上いる」
「被害甚大じゃないですか」
というか得意技なのか、カルロスさん。
毎食青虫になっているわけにもいかないので、タルクを見物したいという数人の女の子と連れ立って町に繰り出す。
「ラウンド商会の精霊謝恩バザール、明日の九時から大サービス!」
「トライデント武器店では精霊祭深夜まで出血覚悟の大安売り! なんとトロット産のロングソードが金貨50枚から!」
「タワーエンブレム主催ディナーショー、まだ券あるよ!」
あちこちで商人たちが声を張り上げている。ビラ配りなんかもあるのは紙の生産力がある大きめの都市ならではだ。
「ほほう。いろいろやってるんですねぇ」
きょろきょろしながら楽しそうなナリス。
ビキニアーマーという超軽装に日よけマントだけなのは砂漠都市ではそう目立つわけでもない(ディアーネさんだって実のところ露出度的にはそんな変わらないし)が、白エルフがその恰好というのはちょっとしたインパクトを周りに与えている。
……が、珍しがられるのに慣れているせいなのか、ナリス本人はイマイチその違和感に気付いていないようだった。
……まあ、ダークエルフ勢力圏では珍しい白エルフであるという事実がある限り、完全には奇異の視線を遮れないだろうから、注意しようがないんだけどさ。
……そんな中、何故かついてきたノールさんは、ふらふらと店に吸い込まれそうなナリスの腕をかっちりとホールド。
「あんまりエルフとか獣人とか、この辺で立場ない子は狭いところ入らないほうがいいわよー。買い物するならちょっと高くても露店がいいわ」
「ほえ? なんでですか」
「言いたくはないけど、タルクは歴史がある分、ヤクザなひとも多いからね。いざとなったら大仰な争いの火種になる地元の人はともかく、根無し草だってことがありありわかる相手には強気で来ることがあるのよ」
「ほへー。勉強になりますね」
「そこへいくと人間族は強いわよねー。どこでも一定の勢力があるから意外と手を出しづらいんだって。ベッカー君とか、よくアッチ系のお宿に出入りしてるって聞くけど。アンディ君もそういうの好きな方?」
「自慢じゃないですが性風俗には近寄ったことないです」
本当に自慢にならん。
……でも、そういう店は本当にバックに怖い人ついてるっていうから、クロスボウ隊でも風俗の出入りが趣味って奴はほとんどいない。
意外と喧嘩は強くない奴多いってのもあるけど。歩兵隊と違って殴り合いの技術はほとんど学ばないしな。
「まあ、アンディさんはお金など払わずとも、いくらでも相手がおりますもの」
「そうねぇ。っていうかその首輪って雌奴隷の印だっていうけど本当? あのドラゴンの子とかルナちゃんとかはともかく、あなたみたいな上品なエルフがつけてるのってどうしても違和感あるわあ」
「事実ですわ。……まあ、よその基準で言う『雌奴隷』とはだいぶニュアンスが変わりますが、アンディさんさえその気なら、昼といわず夜といわず、ひたすら……というのはやぶさかではありません」
「往来で妙なこと言わないでオーロラ。というか振らないでノールさん」
「ふふふ。そうですわね」
「はーい」
とはいえ。
昨日からえっちな姿をたくさん見せ付けられるだけ見せ付けられて、俺の欲求不満が溜まっているのは傍目にも明らかだったようで。
「ノールとナリス、あっちに行った」
「そろそろ、はぐれてしまいましょうか」
「お、おい、ルナ、オーロラ」
はぐれるというのは故意でない場合の言葉だと思うのだが。
「アンディ。……もう、急ぎの用はないよね?」
「ここのところ、アンディさんに妙な需要が多くて、少し不満でしたの」
がし、とオーロラとルナが両腕をホールドする。傍から見ると獣人とエルフの両手に花。
非常に目立つ。
……が、周囲は誰も気にしていない。
「幻影?」
「ほんの軽いものですわ。バスター卿の幻影捌きから学びました。何も消えることはないのだと」
幻影魔法ならば完全に掻き消えることもできる。が、効率が良くないし、魔法が使える者からは逆に目立つという場合もないわけではない。
……目立たなく感じる程度に認識を調整するのも、また有効ということか。
二人に連れられて、路地裏に入る。
せせこましい生活道路を抜けると、公園として整備されているらしい、緑の茂る一帯に出る。
「休憩休憩」
「はぐれてしまったのですからね♪」
「だからって茂みの中で休憩は……」
まあ、目的はわかっているからしょうがない。益体のない突っ込みはやめる。
ここにも地下水源があるから林を維持できるらしい。少し湿気の強い茂みの中に入り。
「それじゃ、アンディ」
「まだ精霊祭前ですが……わたくしたちは雌奴隷。あなたの欲情をいつでも受け止めるつもりの者ですわ」
「ちょっと溜まってる匂いがする。……ていうか私もかなり我慢してる」
「言ってくださったら、起き抜けでもいつでもお相手いたしましたのに……♪」
エルフと猫。
歳若い二人の少女が、俺に向けてそれぞれにパンツをスルッと下ろし、お尻を見せ。
椰子の木にそれぞれ抱きつくようにして腰を突き出す。
「……オーロラ。ちょっと謝っておく。……こないだ起き抜けどころか、寝てる間に一発中出しした」
「あら。あれは反応するのを我慢するプレイだと思っておりましたのに」
やっぱりバレてた。
「ずるい。アンディ、私も寝てる間に襲って」
「機会があったらな」
オーロラはスカートをたくし上げ、膝までパンツを下げ。
ルナは軍服の短いズボンごとパンツを腿の中ほどまで下ろし、俺を誘う。
「じゃあ……」
鬱蒼とした茂みの中で、俺は二人の尻に手を差し込む。
どちらが先に濡れてくるか見て、今やズボンの中で窮屈なほど勃起したちんこを先に入れる方を選ぼうと思った。
「あ、あの、ノールさん、スマイソン十人長いました!?」
「んー……ほら、あそこ」
「う、うわ……」
「大胆よねぇ。……ちょっと見物させてもらおうかしら」
「恥ずかしくないのかな、オーロラさんもルナちゃんも……うーん」
「ガン見ねぇ」
「な、なななっ、そ、そんなことは!」
「しーっ」
(続く)
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