カタリナでの大暴れの翌日、俺たちは再び飛び立つことにした。
 とは言ってもそんなそそくさと出て行く必要もないので、一応午前中におみやげ探しなどもする。
「ジャンヌちゃんに頼まれましたしねー」
 セレンがあれこれと買いこんでは荷物持ちのボイドに持たせていく。
「ジャンヌちゃんのためならしょうがない」
「ジャンヌちゃんだけじゃ足りない、アイリーナちゃんにもなんか用意しないと」
 ランツとゴートが頷きあって街に飛び出していく。が、言葉が通じなくてすぐにすごすご戻ってくる。
「オーロラ十人長!」
「百人長でもいいっす! ちょっと買い物の援護を!」
 今まではわざわざ俺たちに聞かせるためか、女王やゴールドアームもわざわざセレスタ標準語で喋ってくれたりしたので(ついでにセレンやシャロンがこっそり通訳してくれてたので)あまり不自由はしていなかったが、さすがに街の市場で商人にそれを求めるのは酷ってことか。
「ちょうどいいわねー♪ ついでに私も買い物してくるわー。ディアーネちゃん、あとお願いー」
 こっちの言葉であるヴァレリー語もできるヒルダさんがついていこうとすると、ディアーネさんは少し考えてから、アンゼロスに首を向ける。
「万一があるかもしれん、アンゼロスもついていってやれ」
「了解」
 ……この間のようなことを心配したのだろう。ありえなくはない。
「ランツ、ゴート、危なくなったらすぐに私に連絡できるようにクロスボウのストックは持っていけよ」
 二人はわかってます、とばかりに懐を叩く。
 クロスボウ隊のクロスボウのストックにはディアーネさん手製の刻紋が入っていて、離れていてもディアーネさんの耳に音を届けられる。通信としては一方通行なのがネックだが、頼もしいお守りなのは確かだ。

「僕もシルビアさんに何かお土産買っていこうかなあ」
 市場で楽しそうにショッピングする女性陣を見下ろしつつボイドが呟く。
 そういやコイツは彼女置き去りなんだっけ。
「荷物持ちなんかしてたらお前チャンス逃すぞ」
「はぁ。でもこの量は……さすがにスマイソン十人長に任せるわけにも」
 オーガの巨大な手だからこそ荷崩れせずに持てている、と言える量。
 確かに俺に任せろとはなかなか言えない。
「ほ、我に任せよ」
 と、そこで得意そうに出てくるのはライラ。
 ボイドの手から荷物を次々に手にとっては、パパッと空中に消失させていく。
「うわ!? な、なにしてるんスかライラさん!?」
「収納じゃ収納。我らの得意技ぞ」
 消したばかりの香辛料袋をパッと空中から取り出して見せ、また消して見せる。
 ライラの高等幻影術だ。
「ほれ、なんぞ嫁に買い物をするのじゃろう、行ってまいれ」
「は、はい、すんませんすぐ戻るっス!」
 尻をはたかれ、ボイドは慌てて市場に飛び出していく。
「ライラは買い物とかしないのか? 一応小銭程度ならあるけど」
「ほほ。我らはそれほど人の手になる物に価値を見出さぬ」
「記念品とかは? あんまり来ない場所だろ」
「その気になればいつでも来れる場所じゃ。それより我は、そなたや友の敵に誰よりも早く爪を突き立てるべきじゃろう」
 要するにレンファンガスの特産品なんかより護衛する方が大事だ、と言いたいらしい。
 前回、ディアーネさんに気を使って結果的に手出しが遅れたのを気にしているのか。
 やっぱりコイツは根が真面目だ。
「マイア、お前は? セレンたちと一緒に買い物してこないのか?」
「私も、ライラ様と一緒」
 うちのドラゴンは二人とも真面目で頼もしい。でもちょっとぐらい息抜きしてもいいと思う。今回はディアーネさんやアンゼロスたちもちゃんといることだし。
 とは思いつつも、実は土産選びが面倒臭くてボーッと立っているのは俺だけじゃない。
 ケイロンも似たような感じでさっきから木箱に座ってウトウトしてるし、アップルも手持ち無沙汰そうに俺の隣にいる。
 まあ、そう言う過ごし方もアリっちゃアリか。
「あら、ボイドさんはどちらに?」
 買ってきた衣料品などを抱えたオーロラが目を瞬かせる。
「我が荷物持ちを請け負った。あの若鬼めは嫁の土産が欲しいそうじゃ」
「そうでしたか。確かに彼の恋人にもお土産は必要ですものね」
 納得したようにライラに荷物を渡すオーロラ。
「それにしても、慌しい雰囲気ですわね、ここは」
「そうか? クラベスやポルカならともかく、これぐらいの喧騒はセレスタでは割と普通な気がするけど」
「いえ、さっきから何度も盗っ人と憲兵の追いかけっこが……アンディさん、アップルさん、こちらへ」
 喋っている最中にふと顔を振り向けたオーロラが、俺とアップルをスッと道の端に押す。
 直後、怒涛の勢いで走る猫獣人と、それを追いかけるレッドアーム三人が通り過ぎた。
「うおっ」
「な、なんですかあれは」
「……ですから、街のあちこちであのようなものが続いているようなのです。ブラックアームの姿も見かけましたわ」
「……街中のチンピラをガントレットナイツ総出で燻り出してるのか、もしかして」
 俺が呟くと、その直後に空から人が降って来る。
 落ちてきた勢いとは裏腹の静かさで着地したのは、黄金のガントレットを見せつけるリスター・ジェイル。
「ガントレットだけではないぞ。レンネスト方面軍の半分を動かしている」
「い、いきなりの登場っすね」
「ここがちょうど良さそうなのでな。少し離れていてくれ、客人」
 リスター氏がガチン、とガントレットを打ち合わせて低く構える。
 さっき逃げていった猫獣人がまた戻ってくる。
 それをリスター氏は見据えると、明らかに離れた間合いから左右の拳をブン、ブン、と突き出し、最後に地面の石畳が割れるような勢いで踏み込んで前蹴りを出した。
「カッ、カッ! キェアッ!!」
 そして、走ってきた猫獣人は空中に三度吹き飛ばされて落下する。
 どうやら衝撃波を放っていたようだった。
「お見事ですわ」
「お目汚しだ、空色の姫」
 息をついたリスター氏は、後から来たレッドアームたちと共に、気絶した猫獣人を捕縛にかかる。
「さすがはゴールドアーム……」
「あれならアンゼロスやディアーネさんにもできるんじゃないか?」
 妙に感心している様子のオーロラにそう言うと、オーロラは首を振った。
「今の技の凄まじいところは、衝撃波を『少しの無駄もなく』打っているところです」
「?」
「アンゼロスさんが打てば間違いなく周りの売り物ごと吹き飛ばしていたでしょう。ディアーネ様でも、猫獣人の先にあった屋台のテントを吹き飛ばしていたと思います」
「……あ」
 そう言えば、リスター氏の打った衝撃波は猫獣人以外何も干渉していない。それこそ風すらもほとんど起こしていない。
 攻撃範囲と攻撃距離を完全にコントロールできているということだった。
 ……衝撃波使いは極めればそんな芸当ができるのか。
「徒手空拳のエキスパート、リスター・ジェイル。同じ土俵ではディアーネ様でも分が悪いんじゃないでしょうか」
「……うーん」
 ディアーネさんが負けるところなんて想像しにくいけど、ゴールドアームだということはボナパルト卿と同等以上でもおかしくないということでもある。
 世の中強い奴はたくさんいるもんだ、と納得するしかなかった。
 そして、そんな俺たちに声をかけてきたのはリスター氏だけでなく、アレックス・バスターもだった。
「よう、お客さんがた」
「バスター卿」
「はは、そんな宮中みたいに言わなくてもいいぜ。そっちの嬢ちゃんたちならアレクおじさんとでも呼んでくれ。あー男はおじさん言うなよ? お前らだっていつかは後退して来るんだから謙虚にアレックスさんと」
「いえ、そうではなく」
 至剣聖級だというのに気さくなバスター卿にボナパルトのおっさんがちょっとダブる。元気かなあ。
「慌しいですが、何かの作戦ですか」
「作戦っちゃあ作戦だわな。街の綱紀粛正だ。……たまにこうして、チンピラもどきがウダウダできねえようにしないといけないんだが、ここんとこネイア絡みのドタバタで、これがなかなかなぁ」
「やっぱ強い奴が集まりすぎる弊害ですか」
「強いのはいい、若いんならちょっとハネてたってのも大目に見るさ。だがレンファンガスはあくまで魔物と戦うことを前提にそういう奴らに門戸を開いてるんだ。ただの犯罪者に用はねえってことを思い出させてやらないとな」
 バスター卿、いやアレックスさんは顎を撫でながら渋い顔をする。
「いつもはただそこにいるだけで大抵の荒くれがひれ伏しちまう奴が街を闊歩してたおかげで楽だったんだが」
「……それが、セレスタに向かったゴールドアームの?」
「ああ、『暴虐』のアネットだ」
 なんか女性名らしからぬ、というか英雄らしからぬ二つ名が出てきたぞ。
「さて、今日旅立つんだって?」
「あ、はあ、そのはずです」
「氏族会議には使者を出すが、ついででいい、先に伝えといてくれ。レンファンガスはあんたがたの助力に感謝する、とな」
 彼はそう言うと、リスター氏と頷きあってフッと視界から消える。
 目で追おうとしたが一瞬混乱して見失ってしまったあたり、例の「人に後を追わせない」謎のオリジナルスペルを恒常的に使ってるのか。
「あれほどの方々が守っていても、この国はまだ足りない……恐ろしい話ですわね」
「だな」
 オーロラの言葉に賛成だ。そしてケイロンそろそろ起きろ。


 昼、例の屋台で軽く串焼きを食ってから、レンネスト城の中庭より離陸準備に入る。
 そこに、女王とネイアが現れた。
「陛下……それにネイア・グランス」
 慌てて跪くディアーネさんと、直立不動で揃う俺たち。
「顔をお上げ下さい。お願いを致しに参ったのは私たちです」
「……お願い?」
 ディアーネさんは顔を上げる。女王はにっこりと笑った。
「しばらくレンネストを離れるというお話は承知しました。できればそれにネイアをお連れ下さい」
「ネイアを?」
「彼女は私たちの客人ですが、その身柄は私たちの縛るところではありません。ここに常に留まる必要はない……むしろ、これから魔物領を調査する貴女がたと共にいる方が何かと都合が良いでしょう」
「それは……確かに」
「それに、彼女には広い世界を見せてあげたい。王としてより友として、彼女にその機会を与えたいのです」
 ……レンファンガスの女王といえば、国民にとって勇気のシンボル。
 その身は、不意の襲撃に対する自軍の鼓舞を優先し、ほとんどレンネストから出ることはないのだという。
 ネイアに広い世界の見聞か必要、というのは確かにその通りなのだろうが、自分が縛られるように他人が縛られているというのを良しとせず、自分の代わりにもっと外を見てきて欲しい、という女王の願望も大きいのかもしれない。
 並んで立てば姉妹のようにも見えるネイアとフレア女王を視界の端で見ながら、なんとなくそんなことを思う。
「……了解しました。それでは勇者ネイアを、しばしお預かりいたします」
「感謝を」
 女王が立ち去り、俺たちは「気を付け」の姿勢から力を抜く。
 ネイアが帽子を取った。
「しばらくの間、よろしくお願いします。……昨夜から女王が興奮してしまって」
「興奮?」
「ドラゴンの話ですよ。戦う姿はどんなだった、とか、ドラゴンって速いの、とか」
 ネイアは苦笑。
「しまいにはこういう話になりまして。ご迷惑をおかけします」
「なるほど」
 ディアーネさんの苦笑は俺と重なった。なるほど、マイアの活躍話が可愛い女王の夢を広げたというわけか。

 昼を回るころに全ての準備を終え、俺たちは離陸する。
「百人長、ところでお聞きしたいんスけど」
 マイアが青蛇山脈超えに向けて高度を稼いでいる最中、おずおずとボイドが手を上げる。
「なんだ」
「……バッソンっていつ頃寄れますかね? いえ、もう帰りたいとかそういうことじゃないんですけど、このお土産いつ渡せるかなって……」
「ああ」
 彼女に元気を報告できるタイミングが欲しいわけか。
 そういやアイザックやウイリアムズたちも元気かなあ。よほどのことがない限り元気だとは思うけど。
 ディアーネさんは少し考えた後、俺の肩のちびマイアに囁く。
「マイア、バッソンの方角はわかるか」
「……うん。ここからはそんな遠くないよ」
「じゃあ先にそっちに飛んでくれるか。気流と時間から考えて、今から夜までにポルカは厳しいだろう」
「うん。アンディ様、いい?」
「ああ」
 頷くと、マイアが左に体を傾けるのがわかる。
「いいんスか?」
 ボイドが申し訳なさそうに言うと、ディアーネさんは笑った。
「構わんさ。シャロンとオーロラの決闘のおかげでなかなかトロットを離れられなかったが、我々の本拠はあそこなんだからな」
「……も、申し訳ありません」
 何故かオーロラが真っ赤になって謝る。意地が少し先走りすぎていたのを今さら恥ずかしく思ったか。
 みんなちょっと笑った。


 レンファンガス王国はトロット・セレスタの両国と青蛇山脈越しに国境を接している。つまり緯度的には二つの国の中間になる。
 ということは、セレスタ北限の地であるバッソンは、直線距離で言うとトロット北限のポルカよりずっとレンネストに近いということでもある。
 昼過ぎに出て、日が暮れる前にはもうバッソンの上空にいた。
「ここがセレスタ……」
「まあセレスタでも一番トロットっぽい地帯だな」
 ネイアの呟きに俺は頷く。
 こいつもゴールドアーム級の超戦闘力を持つ戦士だというのはわかってるが、出会いが出会いだったせいかかしこまることなく話せた。まあ見た目がちびっ子でほんわか系だからかもしれないけど。
「アンディ様、いつものところでいい?」
「ん」
 ちびマイアが囁いたので頷くと、マイアはゆっくりと隊舎の近くに着陸する。

 この間まで運動場だった場所は半分が新隊舎の建設地に当てられていた。
 森がそれと逆の方向に切り開かれて、その木材がオーガの連中によって加工されている。
 幻影を纏いながら降りたので近くにいた隊員が風圧に煽られてひっくり返り、目を白黒させていた。
「よし、幻影を解け。……百人隊が二つになって、原隊の隊員が約75……まあ半分以上は見たことのない新兵か。パニックを起こされなければいいがな」
 ディアーネさんがそう言いながら率先して馬車を降りる。
 しばらくしてからこっちを不思議そうに見ていた連中がビックーンと硬直したので、それで幻影が解けたのがわかる。
 ブルードラゴン形態のマイアを見て驚いているのは一様に新顔ばかりで、見覚えのある仲間はみんな「お、ディアーネ百人長じゃん」とか暢気なものだった。
「う、うわああああああ!! アイザックひゃくにんちょー! アイザックひゃくにんちょー!」
「アイザック百人長を呼べー! なんかすごいの出たー!!」
「うわあああああ逃げろー!!」
 恐慌をきたした新兵連中が一様にアイザックを頼って隊舎にすっ飛んでいく。
 そいつらをしばらく見送ってから、思い出したように「こら、なんでアイザックばっかり呼ぶんだよ! 先に俺を呼べよ!」と怒鳴るウイリアムズを見て、ああ懐かしいなあ、と和んでみる。
「マイア、人間体になっていいよ」
「はい」
 俺の言葉に従ってマイアが変身し、俺たちがぞろぞろと隊舎に向かうと、ひとしきり怒鳴り終えたウイリアムズや飛び出してきたミカガミ、アイザックを始め、懐かしい面々がこっちに駆け寄ってきた。
「おかえりなさい、百人長!」
「意外と早かったなスマイソン」
「アンゼロス十人長、オーロラ十人長もご無事で何よりです」
 その姿を見て、他のビビっていた新兵もみんな寄ってくる。恐る恐るだけど。
「……うわ、あれがディアーネ百人長かぁ」
「すげー、なんか美人いっぱいいる」
「ディアーネ百人長ってここの隊の原住民の話だと、確かおっぱいみせてくれるんだよな?」
「馬鹿、相手は百人長だぞ、下心は隠せっ!」
 なんとも微笑ましい。
 それらを大まかに手で制して、ディアーネ百人長は胸を張って声を張り上げる。
「諸君、私がここの前任総指揮官ディアーネ特務百人長だ。新隊舎建設任務ご苦労、我々は住所の上ではここが任地となるので今後ともよろしく頼む。そして先ほどのドラゴンは我々の仲間だ、安心しろ」
 ざわざわ……とざわつきが大きくなる。
「だから言ったろ、ありゃ本当は超可愛い女の子なんだって」
「ジャンジャック正兵の話は童貞臭すぎてどこからどこまで信じていいのかわかんねっすよ!」
「ドラゴン……ドラゴンが仲間ってなんなのあの人……」
「それよりおっぱいでかい子多いな、ミカガミ十人長以来久々の俺の冒険スピリッツが」
「おまえ失明しかけたくせにまだ覗く気か」
「オーロラ十人長ってあの南方第二にいたあのオーロラ十人長か……?」
 あー、うん。いろんな意味でツッコミどころ満載だよねこの面子は。
「質問は多かろうが、それより休ませてもらえるか。私たちは長旅の後なんだ」
 ディアーネさんのひとことで、アイザックやウイリアムズたちが雑魚を解散しにかかる。
 見覚えのない面子は確かに多かったが、アイザックやウイリアムズに逆らう奴もおらず、みんな気のいい連中っぽい。
「仕事を終えたら早いとこココの暮らしに戻りてえなあ」
「そっスねえ」
 ケイロンの呟きにランツが同意する。俺も同意したかったが、俺は探索任務を終えた後に鍛冶屋の修行を再開するって目もあるだけに咄嗟には頷けなかった。
 俺は……旅を終えて、どうするんだろう。
 ……まだ兵士を続けることも、なんか悪くなく思えていた。


 隊舎の自分の部屋に戻ると、なんだか妙に安心する。
 なんだかんだ言ってもポルカは今では所詮仮住まい、宿屋に泊まる身だ。こっちの方が安心するに決まっている。
 ボイドは早速バッソンの街に走っていった。あのひたむきなラブラブっぷりは本当に微笑ましい。
「さて……と、どうすっかな」
 そして俺は寝台に寝っ転がって脱力しながら考える。いや将来とか深刻な話じゃなくて、今からのこと。
 この安心できるプライベート空間を満喫できるのは、まあ多分今晩だけ。いけて明日までだろう。
 ひたすら惰眠を貪るか。アイザックたちと旧交を温めるか。いや旧交ったってまだ編成変わってから一ヶ月も経ってないけど。
 こういう時だからこそ、この安心できる環境でディアーネさんとかアンゼロスとえろいことするのもいいな。
 悩む。
「どれも捨てがたいな……」
 この部屋にいることがこんなに貴重な時間に思えるようになるなんて、今まで考えたこともなかった。
 ああ、でも自分の匂いのするベッドきもちいー。
 安心するわー。
「……まあ、寝るんでも……いいかな……」
 意識が落ちそうになる。
 と、そのタイミングでコンコンとノックの音が響いた。
「どーぞー……」
 半分夢心地で返事する。入ってくるにしてもディアーネさんか他の女の子か、まあ寝てても許してくれるだろう。
「失礼します……お休みですか?」
「?」
 女の子たちにしては妙に言葉遣いが改まってるな、と思うと、ネイアだった。
 ほわっとした柔らかい、幼い感じの笑みを浮かべ、帽子をとって胸に当てつつ、寝台に近づいてくる。
「お聞きしたいことがありまして」
「あー……」
 そのままだらーっと寝ているわけにも行かず、身を起こす。
「何?」
「……私も、ドラゴンのことについては多少の知識があります」
「?」
「力を借りることはありませんでしたが、カールウィンの谷の近辺にもドラゴンパレスがありました。彼らに宿を借りたこともあります」
「う、うん?」
「ドラゴンは人に気まぐれに力を貸すことはあれど、遊びの範囲を超えることはなく、真に力を振るうならば必ず騎手を求める。それは北のエルフ領の守護とはいえ例外ではないはず」
「うん」
「……あなたが、ドラゴンライダーなのですか?」
「!」
 ……鋭いな。
 隠しておくべきなのか?
 いつか、ドラゴンライダーは強すぎる力を持つがゆえ、疎まれ狙われやすいとライラに聞いた。
 ライラやマイアを美人でおっぱい見せてくれるからって喜んじゃうアホで愉快な仲間たちや、身内の女の子たちはまあいいとして、ネイアは部外者で間違いない。
 彼女に明かしていいものなのか?
 いやしかし、隠したからといってどうなるものでもないという気もするし。
「……スマイソンさん?」
 ネイアがじーっと見つめてくる。
 真剣な顔もちょっと可愛い、とかまだ微妙に引き締まりきってない頭で考える。

 と、突然ネイアが俺の胸に飛びこん……いや、タックルしてきた。

「んがっ!?」
 ドン、と壁に叩きつけられる。
 ネイアの力はかなり強い上、服の下に鎧も着込んでいるので相当に重い。息が詰まる。
 何をするんだ、と呼吸できないながら目で訴えると、ネイアは腰の剣を引き抜いて掲げていた。
 その剣の切っ先に視線を注いでいる。
 いや、切っ先のその先だ。剣を誰かに向けているのだ。
「……!?」
 視線を辿って、その先を見る。
「…………」
 人がいた。
 そこに立っているなんて気づかなかった。
 窓の向こうでは日が落ち、月が昇り始めている。
 満月だった。
 月の逆光の中、光を捕らえる目がギョロ、とこっちを向く。
「……何者ですか」
 ネイアの低く抑えた誰何が飛ぶ。
 俺はネイアの肩を掴み、どっこいしょと横によける事にした。
「な、スマイソンさんっ」
「あー。大丈夫、知り合い」
 尻尾がビーンと伸びていて、地味に怯えているのがわかったのでちょっと可哀相だったのだ。
「……だよな、ルナ?」
「……誰これ」
 三度目の顔合わせとなる猫獣人少女は、無表情にネイアを指差した。
「友達だ」
「勇者です」
 ほぼ同時の回答に、猫獣人──ルナ・バジルは納得のいかなそうな顔をした。
「……アンディ。私、知り合い?」
「……ち、違うか?」
「そいつが友達で、私は知り合い?」
「…………」
 今のところ、決して友達や恋人ではないと思うんだが。
 でも種付けエッチする仲ではある……ってよく考えたら歪んでるな。

「どうした、アンデ……またか」
 ドン、という音を聞きつけて駆けつけたアンゼロスとオーロラ、そして風呂に入っていたのかほぼ全裸のディアーネさんは、ドアを開けて脱力した。
「アンゼロス……彼女は?」
「あー、いつかの砂漠の猫獣人コロニーの子です」
「ああ、そういえば見覚えがある」
「……アンディさん、それより何故ネイアさんを押し倒しているのですか」
「押し倒してるわけじゃねえ!」
 ……ちょっと面倒なことになりそうだった。
 有意義なリラックスタイムにしたかったのに……。

(続く)

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