叩きつけるような雷雨。
 鬱蒼と茂った亜熱帯の森の中を、バシャバシャガシャガシャと足音を立てて何人もの人影が駆ける。
 時々稲妻が輝く中、彼らは何かを叫びながらひたすらに駆ける。
 そのボロボロの服と、しばしば見える赤く染まった跡が、彼らが敗残の者であることを示していた。

 その真正面に、突如として視界が開ける。
 浅い川だった。
 普段から川というわけではなく、乾季は人々の往来する道でもある。
 敗残の男たちは舌打ちをして、背後を振り返る。
 そちらではひときわ稲妻が何度も輝く。彼らをゆっくりと追い詰めるように。
 選択肢はない、とばかりに男たちは浅いながら流れの早い川に踏み込んだ。

「待ってたぜ」
 男たちの渡河の前に、ゆらりと水中から盛り上がったものがいる。
 全部で五。
 渡河の足を止めて、雨のヴェール越しに彼らは敵の出現に身構える。
 そこにいたのは雨の黄昏に紅い瞳を輝かせる、異形の亜人兵たち。
「チッ」
「リザードマンか!!」
 敗残の男たちは流れの早い川水によろけながら、それぞれの得物を構える。
 ブロードソード、ショートソード、翼刃槍。
 いかにも軽装の機動部隊といった彼らの得物は、足場が悪く兵士も滅多に鎧を用いないこの地域に適したものといえた。
 が。
「そんなものしか持ってこれなかったか。可哀相にな」
 リザードマンたちは嘲笑するように自分たちの武器を出す。
 大斧、鎖鉄球、あるいは大振りのトマホークを二本持ち。
 敗残の男たちから息を飲む気配が聞こえる。
 鎧など用いなくとも、雨に濡れたリザードマンの鱗の皮膚はなまなかな攻撃をいなし、弾き返してしまう。そして彼らの重量武器は剣戟防御などという細かい技術を使う間もなく粉砕し得る。
 そしてこの水流の足場は太い尻尾と低い重心を持つリザードマンにとっては平地と大差ない。逃げることもかなわない。
 男たちは圧倒的に不利だった。
「だがオーバーナイトと打ち合うのに比べればトカゲの数匹、なんてこたねえっ!」
 男たちは気勢を上げる。
 そして目の前の亜人たちに、恐れることなく跳びかかっていった。

 湿地帯においてリザードマンほど安定した強さを発揮する戦士は存在しないというのがもっぱらの評判である。
 魚人マーマンが動くには不適格な浅さ、かつ人間族タイプが動くには不安定な足場。そんな場所においてはリザードマンの不恰好な体勢の低さと強靭な尻尾が強い武器になる。
 どんな水しぶきにも視界を遮られない透明な内まぶたの存在もその戦闘力に貢献しているだろう。
 だが。
「やるな……盗賊風情がよっ!!」
「チッ、商人どもの駒が偉ぶるな!!」
 気がつけば、彼我は一対一になっていた。
 ほとんどの敗残……否、盗賊たちはリザードマンに手も足も出なかったが、たった一人、翼刃槍の男だけは違った。彼はリザードマンの弱点である腹を的確に、鋭く打ち抜く技を心得ていた。
 一度は5対2まで一気に追い詰めたはずのリザードマン隊は、翼刃槍に貫かれて一人倒れ二人倒れ、最後はツイントマホーク使いのガッシュ・ザッパーを残して全滅していた。
 ガッシュは重量武器の使い手としては珍しいほどに防御技術に秀でていたために生き残れたのだ。とはいえ、この翼刃槍の盗賊も水面を川蝉のように跳び回りながらの戦いで疲労しているはずだった。
 ガッシュは彼に体力を回復させまいと斧を投げつける。
「チッ!!」
 盗賊は翼刃槍で受けることをせずに水面に身を投げ出すようにしてかわす。
 川面を爆発させるトマホークの一撃。
 だが、すぐにガッシュはトマホークを引き戻す。家宝でもあるツイントマホークは、竜の秘宝ともいわれる強靭かつ細い紐「絹の鎖」で繋がっている。この雨の中では、あの盗賊からは魔法で引き戻しているように見えるかもしれない。
 そして盗賊の槍撃をガッシュは両のトマホークを盾のように使って打ち弾く。リザードマンの膂力、鍛造されたトマホークを突破するほどの威力は出せないらしいのがガッシュにとっては救いだった。
 その繰り返し。
 盗賊も、走って逃げたのではガッシュに追いつかれるとわかっている。ガッシュは国軍の誇りにかけて逃がすまいとする。
 膠着するたった二人の戦場を、時間だけが流れていく。
 そこに、援軍到着の兆しが見える。
 稲妻が、近づいてきたのだった。
「ヘッ、年貢の納め時だ、腐れ盗賊!」
「……どうかな」
 盗賊は泥だらけの顔でニヤリと笑った。
 援軍が近づいてきた余裕、いや、そこからきた油断から、強がりだとガッシュは断定する。
 その虚勢も剥ぎ取ってやる、とばかりにガッシュは奥の手を出した。
「せめて楽に死ね!」
 渾身の力でトマホークを両方同時に投げる。
「ヒャハハッ!!」
 男は身を反らして斧をかわし……そして、2本の間にある極細の「絹の鎖」に戒められて後ろに倒れる。
 そこへガッシュは猛進した。最後の武器は、部族の古武術で鍛えあげ、一抱えの大木をすら折る力を秘めた尻尾の横薙ぎだ。
 それを男に見舞おうとしたその時、雨の向こうからガッシュの方に拳大の石が飛んできた。
「!!」
 思わず勢いを弱め、石を手で受け止めてしまうガッシュ。
 雨の向こうで、倒したと思った盗賊の仲間の一人が岸に上がり、ベルトで作った即席スリングでこちらに投げていたのが見えた。
 苦々しく思う間もなく、ガッシュの目前にいた盗賊は素早く立ち上がり、水の中から翼刃槍を振り上げる。
「!!」
 ザクリ、とガッシュの尻尾が切れた。
 柔らかい腹側の側面から刃が入り、皮一枚を残してぶらんと宙に振れる。
「っぐ……ああああ!?」
 尻尾といえど血の通う器官には違いない。大量の血を噴出してガッシュは倒れる。
「……俺の勝ちだ、トカゲめ」
 翼刃槍の盗賊は立ち上がってニヤリと笑う。
 ガッシュは河床を拳で叩いた。本物のトカゲなら尻尾ぐらい捨てても平気で走り回るのだろうが、リザードマンの尻尾は発達してしまった分、そうはいかない。痛みに気を失いそうになる。武器ももうない。
 油断した時点で負けは決まっていた。
「く……っそ……おお」
 トドメの一撃を待つ。
 ……だが、来ない。
「……?」
 顔を上げる。そこに翼刃槍の盗賊はいなかった。
 周りには累々たる死体と、豪雨だけ。
 盗賊はガッシュに追跡能力なしと断じ、そのまま生き残りと一緒に逃げたのだ。
「……くそ……くそっ……!!」
 激痛。
 失われる血の気。
 屈辱。
 ガッシュは薄れゆく意識の中で、熱く苦い感情を絶叫に乗せた。
「くそおおおおおおおおおおっっ!!」
 そして、河床に倒れた。
 水の中ではリザードマンといえど止血能力は薄れる。このままでは命に関わると知りながら、余りの屈辱に捨て鉢になっていた。


       ◇◇◇


 朝焼けの空を背景に虹が出ていた。
 雨季の強烈な雨が止む際、太くて美しい虹が見えることがある。
 その七色の姿は太古、リザードマンを生んだ起源竜の、その残像にして飛跡であるとリザードマンの口伝には伝わっていた。
 起源竜は自らが生んだリザードマンという種族を愛したという。
 死後も精霊となり、リザードマンの死に際して、接吻と共に楽園への航路に乗せてくれる、とも。
「……お迎えか……」
 ガッシュはその虹を見上げながら呟いた。
 それでいいと思った。リザードマン兵、ガッシュ・ザッパーは強敵を前に戦死したのだ。
 あの一撃で自分は死んだのだ、と思うのが一番楽だった。
 しかし、そんなガッシュの安楽な妄想を、鼻で笑う声がした。
「ハッ、トカゲが虹に乗って楽園に行くってアレの話? 想像させないでよ気持ち悪い」
「あんだとこの野郎」
 ガッシュは思わず目を見開いて首を持ち上げた。

 ガッシュは兵士になるだけあって、コロニーに篭もりきりのリザードマンに比べれば異種族に偏見はない方だと自分でも思っているが、かといって他種族に欲情するほど物好きではない。鱗も色のグラデーションもない肌なんて色っぽくも何ともないし、顔の作りもリザードっぽい方が好みだった。
 そのはずだったが。
 自分の腰の上で横座りになり、髪をかきあげている、人間種と思しき少女の裸体に……思わずドクン、と欲情を感じるのを押さえられなかった。
「……うわ、おっきくなった」
「!?」
 色気も何もなく、まるで虫が動いたみたいな言い方をする少女。
 ガッシュはその瞬間、自分のヘミペニスの片方が少女の体内に挿入されていることに気がついた。
「なっ……な、何やってんだお前は!?」
「人命救助。……うわ、うわ、まだおっきくなるっていうかちょっ、こんなにおっきくなるの!?」
「い、いやちょっと待てっ」
 ガッシュは混乱する。人間種に対して欲情を感じたことも初めてなら、起きたらいつの間にかセックスしていた、なんてことも初めてだ。そして本当なら自分は瀕死のはずなのに意外と元気なことも計算外で、何がなんだかよくわからない。
 この男、都合の悪い計算外には慣れているが逆は全く経験がなかった。
「……ああもう、とにかくやらせろ!!」
 そして混乱した結果、完全に本能に任せることにした。もう死んだものと思って捨て鉢になっていた分、理性的に物事に対処するのが馬鹿らしく思えたのだった。
「え? え?」
 少女はみるみる勃起した体内外のヘミペニスに狼狽していたが、目を覚ましたガッシュがいきなり目を血走らせてセックスを要求してくるとも思っていなかったらしかった。
 いきなり少女の腰と腕を掴み、ぐいぐいと膨張した二股ペニスの片方を往復させ始める。雰囲気も何もあったものではない強制騎乗位。
「い、いたっ……ま、待って、こんなっ……!?」
「いきなり他人のチンポ咥えこんでたくせに何カマトトぶりやがる!」
「や、ちょっ、それ違っ……っく、もうっ……!!」
 少女、余った手でガッシュの鼻っ面に平手。
 ガッシュはちっとも効いていないのでそのままハァハァと腰を振りたくろうとする。両足に加えて尻尾で体勢を維持できるリザードマンは突き上げが得意だった。
 尻尾が途中からないのにその時気づいて、ここは天国でもないしあの戦いは夢でもなかった、とぼんやり理解する。
 少女はパチンパチンとガッシュの鼻っ面を叩いていたが、途中で諦めたらしく……というか感じてきたらしく手を止める。
「っ、馬鹿っ……馬鹿トカゲ、この恩知らずっ……!」
「はぁ、はぁっ……知るか、知ったことか、人がゆっくり死んでるってのにいきなりエロい真似してる不謹慎なメスガキがっ……!!」
「……ほ、ほんとにあとで土下座させるんだからねっ……!!」
「知るかっつってんだろ!! ああもう気持ちいいなお前の胎!!」
 もう完全にレイプ同然で、もぞもぞもがく少女の膣に容赦なくペニスを擦りつけるガッシュ。
 リザードマンの女と何度か交わったことはあるが、それらとは全く違う感触だった。
 本能が命令する。少女の膣にぶちまけたい。この胎の奥から産卵させたい。
 自分の精を宿した卵をボコボコと産ませてやりたい。
 外に出ている方のペニスから先走りが溢れ始め、ガッシュはそっちのペニスも少女の腹にひたひたと打ちつけながら腰をガンガン振り、ついに射精。
「っぐ、おおおおおおっっ!!」
「んぅぅぅっ……や、ちょっ、……これ、キツッ……か、はぁぁっ!!」
 少女の子袋と、腹の上に同時に大量の精をぶちまける。
 子袋の奥に、腹に、ヘソに、乳房に、乳首に、顎に、鎖骨に。
 自分でも驚くような量のネットリした精液が噴射される。
「や、馬鹿っ……おなか破れるっ……っっ」
 少女は苦しげに脂汗を浮かべる。
 予想以上に大きくなったペニスを子宮口に突き刺され、あまつさえ普通の人間ではありえない量の粘質な精液をしつこく射液され続けて、ヘソの下あたりが奇妙に膨らんではペニスの幹伝いに足らすという繰り返しに耐えていた。
「はぁ……はぁ……に、人間の雌……いいな…………」
 ガッシュはまだ続ける気満々だった。死んだつもりだったので他に何も考える必要がない。考えたくないだけとも言う。
 が、少女はそんなガッシュをついにグーで叩いた。
「に、人間じゃないっ!! 私ゃ精霊よ、水の精霊っ!」
「……はぁ?」


 ──湖沼地帯に伝わる伝承。
 この地方のどこかの沼に、水の精霊がいる。
 その力は時に竜をも凌駕し、大自然そのものとさえ形容できる。
 人々はその力を敬い、生かされていることに感謝しなくてはならない。さもなくばこの地方も北のラッセル砂漠と同じく乾ききり、砂漠トカゲと魔物しか住まぬ不毛の地になるだろう────。

「なんでその水の精霊がリザードマンと交尾してんだよ馬鹿」
「ヒトがせっかく助けてやったのに何その言い草!?」
 ガッシュの股間から解放された裸の少女はぷんぷんと怒っていた。
「あれは単に『気』を送るのに都合がいい体勢があれだっただけで、別にアンタの子種なんていらないの!」
「……ぬう」
 聞いたことだけはある。
 房中術。
 一部のダークエルフやオーガ女性が使うトンデモ健康増進法。
 ただの風俗業界の誇大広告だとばかり思っていた。
 自分がそれで助けられるとは思っていなかった。
「……で、その……なんだ、どうして俺を助けた」
「助けちゃいけないわけ?」
「俺以外にもたくさん死んだだろうが」
 ガッシュは別に特別なリザードマンではない。リザードマンいち強いわけでもないし、血筋も大して偉くない。
「……懐かしい匂いがしたから」
「は?」
「匂い。それだけ。あとちょうど私のいるところで死にかけてたから」
「……わけがわからん」
「どうでもいいでしょそんなん」
 助けておいてなんたる言い草だ、とガッシュは眩暈がした。
「でも、恩に感じてるなら」
 少女は木の枝(手で叩いても効果がないので拾ってきた)でガッシュの頭を叩き。
「ちょっと協力しなさい。ガッシュ・ザッパー」
「は?」
「私ね、精霊祭見てみたいの」
「……精霊祭?」
 半年に一度、国内全土で行われる、天地の精霊に感謝して行われる祭り。
 本来からして精霊に捧げられるドンチャン騒ぎのはずだった。
「……もしかして精霊ってアレ見てないのか?」
「行かなきゃ見られるわけないじゃない。精霊の核元素は自力じゃあまり好きな方に動けないの」
「…………」
 精霊とはどこにでも在り、どこにも無いユビキタスな存在として国内では認識されている。
 実はそうでもなかったという衝撃の事実が、特に興味もなかったガッシュに今明かされた。
「駄目?」
 溜め息。
「……わかったよ。俺が落としてお前が拾った命だ、くれてやる。……どこに行きたい? どうすればいい?」
「やった! あのね、この辺の……ここのあたりの水をすくって何か袋とか器に詰めて……」


       ◇◇◇


 真夏のあの日から時は流れ、精霊祭の季節が巡ってくる。
「もうすぐお目当ての季節だぞ、ヒーリィ」
「うん」
 砂漠と湖沼の間にある、とある都市の安酒場。
 尻尾のないリザードマンと、妙に存在感のある美少女エルフが寄り添って酒を飲んでいる。
 ガッシュ・ザッパーとヒーリィ・ウォーター。退役軍人と似非ハーフエルフ。
 人間族は魔法をほとんど使えないので耳を長く見せて、しかし本物のエルフに素性を尋ねられても困るのでハーフエルフを名乗るようになった水の精霊は、いつの間にかカッとなりやすいガッシュの良きパートナーになっている。
「……なあ、精霊祭が済んだら……」
 どうするんだ、と言おうとしたガッシュに、あの時の木の枝で作った短杖でポクッと一撃するヒーリィは、小さく微笑んで人差し指を立てる。
「楽しいお祭りの始まる前から終わった後の話なんてしないの」
「んなこと言ったって、それじゃ来年の話もできねえじゃねえか」
「うん。今していいのはせいぜい……」
 唇を近づけて。
「今夜はどんなことする? ってぐらいかな」
「……この淫乱精霊が」
「どっかのドスケベリザードマンが毎晩仕込んだんでしょ?」
 悪態ばかりを口にしつつ、二人は意外と幸せそうだった。

(続く)

次へ
目次へ