朝。
 俺たちには迷宮前キャンプで焼かれた素朴なパンと、大鍋で作られた大味なスープ、そして一角馬の馬乳が供された。
 俺たちへの特別なご馳走というわけではない。
 迷宮とその周辺を鎮護する目的で集まり、家庭という生活単位、食糧生産業のバックアップがない迷宮前キャンプでは、その性格上、住民が自力で食生活を整備するのは難しい。多くの氏族から不定期に若者が集まってくるとなれば、なおさら食事の確保は難しくなる。
 だからディエルの名義で各氏族から食材を募り、軍の給食のように頻繁にこういった食事が振舞われるのだそうだ。
「私も食事できればいいのだがな。この不死の身、食べても毒にはならないが、無駄になるというのが忍びない」
 ブレイクコアが残念そうに言う。
「うーん」
 どうせなら食事の輪に加われる方が楽しいだろうと思うが、赤の氏族庄から時間をかけて運んできた食糧を、消費しなくてもいい体なのに無為に消費するというのは確かに気が引けるだろう。
「……そうだ、むしろ私の肉を提供して」
「ストップ。そういうのはできれば別のタイミングで検討してくれ」
 聖獣の肉体は「気」の支えを受けて無限再生するとはいえ、目の前にいる相手が「私の肉だ、たんと食え」と微笑んでいるなんてちょっと勘弁していただきたい。

 食事の後に、ライラで再び離陸。
 村長のディエルや鍛冶師のガント、ブレイクコアらがそれぞれ手を振る中、ライラは氏族庄へと針路をとる。
「久々に飼い主殿の派手な大暴れじゃったのう」
「二人っきりの時のアンディさんとはまた雰囲気が違って……ああいう求め合いも、また趣深いですわ♪」
「そ、そうか?」
 妙に満足そうなちびライラとオーロラ。
 それぞれ感性が俗人と違うんだろうが、多人数がいいという二人の理屈はちょっとよくわからない。いや俺というか男の側としてはちっとも困らないんだけど、女のほうはインターバル長くて暇そうだし。
「わらわはできれば一対一の方がよい……が、空色の姫の言うこともわからぬではない」
「そう?」
「なにせ、見目にしろ立場にしろ、自慢になる面子じゃからの。わらわの選んだ男に、これだけの面子が夢中であるというのもまた満足になる」
「……わかんねえなあ」
 俺としては他の面子がどんなに豪華であれ、好きな女は独り占めしたい……と思う。
 ……うわー。
 そう考えると俺の趣味っていろいろ最低かもしれない。
「何を考えておる……ま、予想はつくな」
「……俺って勝手だなあ」
「まったくな」
 クスクスとアイリーナが笑う。
「が、安心せい。そんなこと百も承知じゃ。雌奴隷などとアップルが言い出したのも、そなたのただひとりの嫁の座を捨て置いて、それでもそなたのモノでいたいという思いからじゃろ」
「……そんなこと言ってたような」
「よいのじゃ。悲しいがな、そなたはわらわたちを老いるまで留めおくことができぬ。一対一の恋も婚姻も、認められた同じ種族、同じ寿命じゃからこそ互いを揃える意味がある。永遠を誓える。……そなたは、その型にはまっても意味がない。最初から平等などないのじゃ。……そなたは、そなたなりの愛でよい」
「アイリーナに勝手に許されてもなあ……なんか卑怯者な気分だ……」
「ああ、卑怯じゃ。そなたがわらわに与えたものは、卑怯としか言いようがない。ただの婚姻、型通りの愛への憧れなど粉々にして、そなたにもっと与えられたいと……わ、わらわは何を言っておるのじゃ」
「……お前ね」
 堂々と恥ずかしいことを言っていると思えば、突然恥ずかしそうに顔を伏せる。
 度胸があるのかウブなのか、本当によくわからない娘だ。
 が。
「あんま可愛いこと言ってると孕ますぞ」
「……っ、それは、困るっ……♪」
 嬉しそうな顔をするアイリーナ。
「ほ。それでよい、それでよい」
 ちびライラは笑った。
「そなたは永遠を与えられぬ。そなたは愛が多過ぎる。最初からそれはみなわかっておる。それでもそなたに恋をした。……そなたはそなたなりで良い。いつものように、衝動任せの愛情で、な」
「……人をいつもいつも発情してる猿みたいに言うな」
 説得力がないのは自分でもわかった。

「……あの、その手の話は内輪でお願いします……」
 帽子の鍔を引いたネイアが控えめに主張した。


 赤の氏族庄についたのは昼。
 そこでアイリーナは、神妙な顔をして他の女子に向き直った。
「明日には必ずポルカに戻る。じゃから、ここから先は二人で行かせてくれぬかの?」
「それは」
 何か言おうとするネイアを、苦笑したディアーネさんが制する。
「わかった」
「え、でも」
「いいんだ。……次に向かう場所は聞いたし、無事なのもわかった」
 ディアーネさんは一呼吸置いて。
「オーロラだって、男を捕まえて故郷の街に戻る時ぐらいは、自分を主人公にして帰りたいだろう?」
「……そう。そうですわね」
 何かを理解したか、一呼吸置いてオーロラもクスクスと笑う。
 ライラも頷く。ネイアだけが微妙に「?」という表情をしていたが、そのまま背中を押されて回れ右。
「じゃあな」
「すまぬな」
 ディアーネさんとアイリーナが軽く手を振り合う。
 そして、アイリーナは俺の手を引いて、いびつな形の転移魔法の広場に連れて行く。
「次は、白じゃ」
「うん」


 白の氏族庄は、特に変哲のない山奥の村という風情だった。
 近くに湖と川があり、少しまばらに屋敷があり、森はなだらかな山を包むようにどこまでも広がっている。
「ここが……」
「今回の旅の最後の目的地。スマイソン殿に見せたい最後の場所……否、見るほどのものがあるわけではないが」
「いや、そうでもない。……ここでアイリーナが育ったと思うと結構興味深いぞ」
「ぬ」
 エルフの子供が、森の木々の向こうからこわごわと覗いている。
 穏やかな雰囲気の村の中は歩く人々の動きもゆっくりで、アイリーナが百数十年前、どういう風にここで育っていたかが直感で理解できる。
 穏やかで優しい、何の変哲もない。
 そんな形容ができるこの土地で、きっと。
 まっすぐに愛されて、育ってきたのだろう。
「む、むう……妙な目で見られておる気がする」
「気にすんな」
 居心地の悪そうなアイリーナの元に、しばらくして大人のエルフたちが駆け寄ってくる。後ろを見ると子供たちがいるので、彼らが大人に教えたのだろう。
「アイリーナ様!」
「アイリーナ様、よくお帰りになられました!」
「この人間は……」
「スマイソン殿じゃ。聞き知っておろう、あの聖獣事件の英雄じゃ」
「ああ……ようこそお出でくださいました。アイリーナ様のお世話係を務めております、ダールと申します」
「同じく、リッツと申します」
「マーガレットです」
 次々にエルフたちが祝福の印を切ったので恐縮する。
 三人とも例に漏れず、外見は若く美麗だが、いかにも心配性の世話係という雰囲気がにじみ出ていて好感が持てた。
「それより、スマイソン殿をもてなすのじゃ! これまでいくつもの氏族庄をめぐって案内してきたのじゃ、白が一番拍子抜けと言われぬよう、腕によりをかけた馳走を用意せい!」
『はっ!』
 アイリーナの言葉にすばやく従い、三人のエルフは駆け去っていく。
 そしてアイリーナは、俺の手を取って湖に導く。
「夕食は期待してよいぞ。……それまで湖畔の散歩といこうではないか」
「いいけど」
 自分を主人公にして帰る、というディアーネさんの言葉を鵜呑みにし、もう少し何か大々的なことをするのかと思っていたけど、そうでもないのか。

 アイリーナは俺と手を繋ぎ、氏族庄のそばの湖畔をゆっくりと歩く。
 円周、ちょうど歩いて二時間程度の大きさの湖だ。
 その周辺は一応道として整備されてはいたものの、あまり頻繁に人が通っているとは思えない。
「白もやっぱり少子化してるのか」
「まあ、な。特に減りが激しい氏族と言っても良いかもしれん」
 アイリーナは寂しそうに言った。
「この湖には、遺跡がある。沈んだ宮殿は、古代結界の中心とも言われておる」
 ひた、ひたひた、と、アイリーナは湖の水面の上に歩を進める。俺のブーツはあっさりと水しぶきを上げたが、アイリーナは水の上を何の波紋も起こさずに歩いて見せた。
 そして、数歩と歩かずに振り返る。
「白はこの結界の要を守る重責を与えられておる。……結界の崩壊はエルフの守りを失うばかりではない、歪んだ空間をそのまま開放すれば、大陸そのものが破滅する恐れもある。……だというのに、父上はこんな小娘に氏族長を継がせる。人がおらぬのじゃ。氏族長が体を壊せば、こんな魔術だけが取り柄の世間知らずを担がねばならぬほどに。……じゃから、わらわはクリスティの研究を支持するのじゃ。エルフが減るのはただの自然現象ではない、種の衰えなどと諦めていいものではない、何とかできるはずじゃとな」
「……アイリーナ」
「すまん、愚痴じゃ……が、そなたに一度くらい聞いておいて欲しかった。わらわとて……それなりに背負うものがあって」
 少しだけ困ったように笑うアイリーナ。
「他の女と同様、それでもわらわを抱きしめてくれると、思いたくてな」
 だから。
 ……だから、俺と二人きりで帰りたかったのか。
 ただ、俺が他の支えを頼ってじゃなく、俺自身として、アイリーナにそれでも手を伸ばすということを確認するために。
「あんまり試されるような言い方は好きじゃないんだけどな」
「すまぬ」
「だけど、まあ、乗ってやる。それでも俺はお前を放さない。ずっと俺の女だ」
「……そうか」
「いや、俺の雌奴隷だ。俺の子供を孕ませてやる。他の女と同じように、死ぬまでお前にエッチなことし続けてやる。アイリーナ、俺はお前がエルフだろうが氏族長だろうが関係ないぞ。お前が可愛いから俺のものにするんだ」
「…………そう、か……ああ、やはり、そなたはそう言ってくれるのじゃな……♪」
 アイリーナは俺の手を引く。
 湖水の上に誘われる。今度はブーツは沈まなかった。


 青い水の中に目を凝らせば、確かに宮殿のようなものが見える。
 その真上、湖水の真ん中で、俺たちは水面をベッドに抱き合っていた。
「アイリーナ……」
「……ふふ、わらわがこの水面歩行魔法を得意としたのは、昔からよくここを見下ろしておったからでな」
「それが巡り巡って、思い出の場所で孕まされることになるなんて、ってか?」
「運命的じゃな」
「割と皮肉な運命だと思うぞ」
「わらわは、嬉しい……そなたはこんな楔、物ともせずにわらわを女として可愛がってくれる……♪」
 組み敷いたアイリーナの服を脱がす。俺の服はアイリーナが脱がしてしまう。
 氏族庄の、一番大事な施設の上で、湖水の真ん中で。
 幼い氏族長と素っ裸で絡み合い、唇を貪り合う。
「ちゃんと幻影で隠してるよな?」
「わらわを信用せんか。こんな遊びをして、破滅するのはわらわの方ぞ」
「そりゃそうか」
 魔法を使って踏む水面は、まるで綿の寝床のよう。ひんやりしているが体が冷え切るほどではない。
 その広い広い寝床で、幼い姿の、ここの支配者を犯す。
 なんと解放的で、なんと背徳的な状況か。
「ふふっ……さあスマイソン殿っ……」
 アイリーナが熱烈なキスの後に股を開いて俺を誘う。
 ゆらゆらと幽玄な背景と、白くて細い裸体のコントラストがまぶしい。
「腰をもっと突き出せ。もっ大胆に足を開け。……そうだ」
「ふふ、はしたないのう、わらわはっ……♪」
「一生かけてこんなことさせられ続けるんだぞ。もう逃がさない」
「そなたが爺になるころには、わらわはどんな破廉恥な情婦になっておることやら♪」
 本人にとっては背徳感も開放感も、俺が感じている以上のものなのだろう。羞恥に震え、全身を紅潮させながら、その小さな無毛の性器は見てわかるほどに愛液を滲ませていた。
「この、変態娘がっ……!」
 俺はたまらなくなって飛びつく。
 がっつくように内股をさすり、胸にキスをし、その唇を奪い取るように吸いながら、発情期の犬そのものの動きで忙しなくアイリーナの膣を捜し、ちんこを擦り付ける。先汁がアイリーナの身になすり付けられる。
「はう、あっ……スマイソン殿、わらわのまんこはここじゃっ……ここに、入ってっ……わらわを、内側から駄目にするのじゃっ……♪」
「ああ、駄目にしてやる、ちんこ忘れられなくしてやる、この氏族庄に戻ってくるたびに、俺にここで犯されたこと思い出すんだっ……俺に全力で孕まされたことを思い出すんだっ!!」
「ああ、良い、わらわをもっと冒涜するのじゃっ……わらわを、そなたに染めてしまえっ……♪」
「うおおっ……!!」
「んく、はぁっ……!!」
 アイリーナに、勢いよく挿入した。
 細い肢体は、非力な俺でも折ってしまえそうで。
 可愛らしいその顔は、刺激と羞恥に染まりきっていて。
 そして、全ての手足は俺に絡みついている。放すまいと、離れるまいと。
 俺の下劣な欲望を受け入れようと、ひどく力を入れて俺にしがみついている。
 そんな銀髪の美少女が、酷くいとしくて、俺はがむしゃらに腰を振る。
 がむしゃらに子宮口に亀頭を叩きつける。
「はあっ、スマイソン殿、わらわはっ、わらわはっ……く、あぁあっ」
「お前は、俺のだ、俺の雌奴隷だ、俺と一生セックスするんだ、俺の子を産むんだっ!!」
「うんっ……うん、わらわはっ……わらわは、そなたの、おんなっ……かちくっ……そなたは、わらわの、あるじっ……♪」
「おおおおおおっ!!」
 アイリーナは恍惚と快楽に目を細め、俺はもはや興奮で前しか見えず。
 湖の真ん中で必死に腰を振る男女は、多分酷く間抜けなものだっただろうけど。
 頭の血管が切れるほどに必死に腰を振り、そして。
「っはっ!!」
 射精。
 アイリーナの腰から腰を離し、湖水にピチャピチャと精液を振りまく。
「はあっ、はあっ……あ……あっ……す、スマイソン、殿っ……?」
 俺のその行為に、息も絶え絶えのアイリーナは少し不思議そうな顔をしたものの。
「……この、罰当たりめっ……♪」
「へへっ……ふぅっ」
 最終的には微笑みあって、二人して脱力する。
 散らした精液は、遺跡をバックにゆらゆらと浮遊し、妙に目立っていた。


 翌日、アイリーナと一緒にポルカに帰還。
「というわけで、スマイソン殿はわらわを雌奴隷にするつもりのようじゃぞ」
 しれっとアイリーナはディアーネさんたちに(全面的に俺の欲望に翻弄されたという節回しで)そう主張しやがってくれた。
「あ、アイリーナ……?」
 合意だよね?
 ……ニヤリと人の悪い笑みが返ってきた。
「おいアンディ、少し落ち着いて考えろ、勢いでやっていいことじゃないぞ」
「アーンディーくーん? それで先生を本格的に調教しにかかるのはいつからの予定ー?」
「アンゼロスもヒルダさんも騙されるな! あいつは意外と……」
「くくく、言い訳は見苦しいぞスマイソン殿? 言質は取ってあるぞ? 一生俺とセックスしろ、子を産めとまで聞いたが?」
「もうちょっと手心を!!」
 ……これはアイリーナなりの照れ隠し……だといいなあ。



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