リェーダと名乗ったドラゴンに対して俺は契約を拒否したものの、彼女によっておおまかなドラゴンパレスの動きはつかむことができた。
「パレスの規模は百頭前後か」
「外部に飛んでいるものも含みます。我々の時間感覚で言えば、数年単位の旅は出入りには当たりませんから」
「常駐は?」
「70……いえ、戦いには数えられぬ老竜仔竜を除けば50というところでしょうか」
「……結構いるなあ」
ライラの一人住まいだったラッセル砂漠のパレスや、マイアたちのミスティ・パレスは過疎の極みであることを考えると……改めて、こうもちゃんとしたドラゴンの社会に接するのは初めてといえるのかもしれない。
それに対してディアーネさんは堂々と滅ぼすとか言っちゃってる。そして本気になったら実現しそうなのが怖い。
「ライナーに対して共鳴しているものは……今回討ち取られたものを含み二十と五頭程度」
「ってことは、ほぼ半減か……」
「いえ、今回来た者全てがライナーの賛同者というわけではありません。直接には乗り手がドラゴンスレイヤーを軽々しく扱ったことに対する怒りで飛び出した、若い竜の集団です」
「……悪いことしちゃったかなあ」
ある意味、勘違いと勘違いの衝突事故だったんではないだろうか。
「もとより我らの間では、同胞であるシャリオに認められたライナーを重視し、あなたの資質を疑い、隙あらば化けの皮を剥ごうという風潮があったのも事実。……あなたは乗り手としては覇気に欠けている。竜は乗り手に、英雄の資質……人の世に何かを成す確信を求めるもの。あなたの立ち居振る舞いには到底その空気がなかった。情に目の曇った竜に選ばれた、相応しくない者なのではないかという声が多かったのです」
「……そこを言われると、なぁ」
だからって、俺を蹴落とす気満々だったというのを許容するわけにはいかないが、俺がライナーに比べてなんにもしないで人生終わりそうだ、というのは、誰が見ても間違ってないだろう。
勇者、それもネイアにも並ぶ精鋭になるには、才能だけでなく常人離れした努力だって必要だ。そこまで上り詰めた意志と実績は決して嘘ではない。
カールウィンの実質的支配者となったライナーが、この後、大きな何かを起こそうとしているのだって、ドラゴンから見れば好感を持つに値する「英雄の資質」というものだろう。
それに比べて俺の今までの行動といったら、何かと女の子集めてエロいことして。あと細かい細工物作って。
「まあスマイソン十人長がさっぱり英雄には見えないっていうのは間違ってないですよね」
「ちょっ、ナリスちゃんってば、みんな思ってても言わない事を」
「あ、いや褒めてるよ? 特に貶してないよ事実としてね?」
漂った微妙な空気に決定打ありがとうナリス。うん。俺も英雄っぽいとか言われると困るしね。
というかお前のそういう遠慮のなさがすごく懐かしい。
「しかし、今ならわかります。あなたは何も成せぬ者などでは決してない」
「いや、何もできないよ? できれば偉い奴や凄い奴は歴史でも何でも勝手に動かしててくれていいし」
「……しかしあなたは実際は戦いを選んだ。我が身を自ら削り、砕いてまで」
「そりゃ俺の女に手を出すと言われたらな。……何だってするさ」
それを聞くと、リェーダは改めて跪く。
「そうして己の愛のため、何にも屈せず、諦めず、どんな巨大なものにもヒビを穿つ。力のあるなしに関わらぬその意志こそが、竜の群れを叩き伏せるまでの助力を呼んだ。そういうことなのでしょう」
単に自分がえろいことしたい可愛い女の子が、可哀想なまま終わるのが、嫌だ。
それだけなのだけど。
それに満足げに頷いたのは先王ユリシスだった。
「さすがはドラゴン。理解しようとすれば聡いのう」
「いや、王様、なんかカッコよく締めてるけど微妙に違うような」
「違わんよ。……下世話に言い換えずともよい。それでそなたがこれまでに成したこと、これから成すべきことが、大したことでなくなるわけではないじゃろう」
「……はあ」
みんなそれでいいならいいんだけど、あんま崇高なような言い方されると微妙に居心地が悪いんだよなあ。
「それで長老派は大丈夫なんだよな? レイとかエマとか」
「長老ガラムを筆頭とする一派はライナー派と衝突の末、パレスの奥に拘束されました。……竜の同胞同士で命を奪うのは忌避されますが、それを抜きにしても竜の戦いは互いに必殺の攻撃力に欠け、滅多なことでは命に至ることはありません。ゆえに命を落とした者はありませんが……特にレイとエマは激しく抵抗したため、身の完全再生も可能な体力を残せず、今はほぼ行動不能の状態です」
「……そうか」
頑張ったんだな、あの二人。
また会えたら礼を言わないと。
「……しかし、そうなると……さっきの宣戦布告でちゃんとパレスのドラゴンを抑えきれるか怪しくもなってきたな」
実質の頭数の半分にも至るライナー派。つまり俺の資質を疑い、俺の中にライナーのような英雄性を認めない派閥。
そいつらだけで話が止まり、長老は口を出せなくなっている可能性も出てきた。
「ですから私をお使い下さい。同胞の言葉なら耳に届く者も多いはずです。あなた方は強いですが、これ以降の衝突となればパレス側も油断をしなくなる。この先、犠牲は免れなくなることでしょう。説得で降りる者を増やさねばなりません。どうか」
「…………」
リェーダ的には仲間のドラゴンの犠牲を極力減らしたい。
俺たちも緒戦では完全勝利だったが、これからも犠牲は出さずに済ませたい。
利害は綺麗に一致している。
「このままリェーダには帰ってもらって、改めてこちらの意図を落ち着いて話してもらう……ってんでいいかな」
俺がそう周りに問うと、双剣のベイ卿が顎を撫でながら眉をひそめる。
「一人で帰しても、長老派とやらと同じ扱いにされるだけではないのか?」
「あー……そうかも」
「彼女の希望通り、このまま戦列に加わってもらい、陣を突き合わせる段階になってから出す方が得策だろう。伝言役は他の生き残りを既に帰してあるのだろう?」
「……そうですね」
個人的にはあまり近くにおいたままっていうのもなあ。ドラゴンって思い込むと押しが強いトコあるから、ちょっと不安なんだけど。
「そう不安そうな顔をするな、飼い主殿」
そこでライラが話に混ざってきた。いつからいたのか、気がついたらディアーネさんの隣で酒を壷から直飲みしている。
「我がそやつを見張ってやろう。本人の言う通り、使い出のある竜には違いない」
「……いや、まあ……心配どころが微妙に違うんだけど」
「ほ」
「ライダーになってくれっていうドラゴンって、ちょっと押しが強いから」
「ほほ。それはそうじゃ。人の求婚にも近い話じゃからの。一度決めればそうは翻すわけにもいくまい」
「そうなのかもしれないけどさあ……」
「このお話、受けてくださるならこの身命と百年の忠誠、安いものです」
リェーダが再びずいっと近づいてくる。
すごい困る。
そういう重いものだからこそ、取引で契約はしたくないよね。
「世の中には政略結婚というものもありますしー」
しれっとリェーダの援護に回っているテテス。裏切ったな。
その隣でシャロンも頷いている。
「きっかけは政略だとしても、ステキな方との縁であるなら、愛は後から育つものといいます」
「お前ら俺が困るの楽しんでるだろ」
「いえいえ」
「私たちのご主人様の素晴らしさがわかるのであれば、仲間にドラゴンが増えるのもやぶさかではないことです」
そして、ライラやテテスたちが賛成派なのに対してマイアはちょっと不機嫌。
「マイアはどう思う?」
「あんまりいい気分じゃない」
「何故ですか」
リェーダに詰め寄られてピョンと距離を取りつつ、マイアは腕を組んでぷいと顔を逸らす。
「ドラゴンスレイヤーなんかネタにして徒党を組んできたくせに、調子よすぎ」
「ドラゴンスレイヤーの禁忌はどこも同じことでしょう。確かめたくもなります」
「知らないし」
火竜戦争を生きていないマイアにとっては、その言葉一つでふらふらして、パチンとやられたらさっさと腹を見せる尻軽者にしか見えない、って感じか。
まあ俺だって今の人間だからドラゴンたちの気持ちなんてわからないけど。
「ま、急いで結論を出さなくてはいけない部分ではないだろう。それより今日は皆、慣れない空中移動に対竜戦に、と、ご苦労だった。休ませよう」
ディアーネさんが仕切って解散を告げる。確かにこれ以上はみんなで集まって話す必要はないか。
「ほほ、そうですな。ほれ、ランドール。ワシの寝床を準備してくれ」
「はっ」
「野営など久方ぶりだ」
「我々は先日レンファンガスで……グランツ先生の博識には助けられました」
「そういえば楽しそうなことをしておったそうですな」
剣聖たちが散って、てんでに話をしている中で、俺は久しぶりに会った雌奴隷たちに片方しかない手を引っ張られてみんなに順番に抱きつかれたりして。
夜中。
どうも右腕のないのが変な感じで(魔法で痛覚は消してもらっているけど、そちらに重みがないこと自体がちょっと据わりが悪い)、俺は眠ることができずに野営地をふらふらする。
剣聖旅団と雌奴隷、そしてセレスタからの援軍。総勢で三十名程度。その中にはまだ眠らずに焚き火に向かっている者の姿もちらほらある。
そこでキングフィッシャー将軍とオーバーナイト二人が、しんみりと酒を飲んでいるのに出くわした。
「酒ですか?」
「おう、よく見えないけどスマイソンか。どうしたションベンか?」
「や、なんとなく眠れないだけです」
「飲むか? って、さっきライラの姐さんがおすそ分けしてくれた奴だけどよ」
「いただきます」
ライラの持ってきた酒は懐かしいセレスタのオーガキラーだった。
そんなに長いことセレスタから離れたわけじゃないんだけど。
大人になってからずっと親しんでいた香りだけに、なんともホッとする。
「ライラにしちゃ普通なチョイスだけど、今は普通が嬉しいな」
「カカカ。いい酒は落ち着いて飲める時に飲むもんだろ。戦場では普通が一番だ」
「一つの意見ですね」
キングフィッシャー将軍に手探りで酌してもらい、ちょっとむさくるしい酒盛り開始。
「もっと騒がしく飲むタイプだと思ってたんですけどね、キングフィッシャー将軍って」
「騒ぐときもあるぜ」
「はっ、クイーカじゃ出禁の店がいくつあるんだ、この酒乱鳥め」
「お前に言われたかねーよ。酔ったお前らの喧嘩で吹っ飛んだ酒場がいくつあるんだビリビリ野郎」
「そんなにいくつもはない。確か三つ程度だ」
「いや、延べ四つ。一つは再建された同じ店」
咳払いするビンセント将軍、クククと笑うアマツシマ将軍。
……いや、どっちにしても充分酷いよ。
「まあ、しかしよ。この歳になると、こうして戦場で飲める酒もあと何杯かなって思っちまったりもするわけでな」
四十歳前後の将軍たち。さすがにその辺の歳が、前線に出るには限界と言われている。
「指揮に専念すればいいんじゃないですか」
「できるかよ。人望のなさには自信があるぜ」
まあ、愛され系だけどあんまり人に命令が得意なタイプじゃないよね、キングフィッシャー将軍。
「……今日さ。お前の姿を見てたら、郷里の昔話を思い出したよ」
「俺?」
「ああ。……昔々、バードマンの国に双子の王子がいました」
キングフィッシャー将軍は、まるで親が子に語るようにその話を諳んじる。
「武芸も勉学も優秀な兄、心優しく民に好かれる弟。甲乙つけがたく、王様は後継者をどちらにするか悩んでいました。もうすぐそれを決めないとならなくなった時、兄はさして優秀でもない弟に王位が渡るのを恐れ、夜闇に紛れて弟の翼を両方切り落としてしまいました」
「……残酷だなあ」
「人間にもわかるように補足しとくと、バードマンの間では羽根の綺麗な奴が最高にイケてるからな。翼なくなるってもう人生終わったレベルだ。……で、次の謁見日。兄と弟は王の前に現れるのですが、弟はなんとその背に再び翼を背負ってきました」
「……魔法かなんかで再生した?」
「バカ言え。……その羽根は、弟王子のために国民が一枚ずつ捧げた羽根でできていました。羽根を差し出した国民の数は多く、その翼はまるで飛龍の翼のように大きかったそうです」
「……そんなんをバードマンが一人で?」
オーガみたいな本体だというならバランスは取れるかもしれないが……。
「さまざまな色の入り混じった翼を、兄は怪訝な顔で見て言いました。『その不恰好な翼は何だ』。弟王子は『もちろん、僕の翼です』と、羽ばたいて見せました。そのひと打ちで兄はどこかに飛ばされてしまいました。兄がいなくなって、弟はそのまま王になりました」
「……えー。それで?」
「そんだけ」
「っていうかその羽根ってどうやってついてたんですか? なんかで固めたとか?」
「知らん。とにかくいっぱい集めたら翼になったんだよ。昔話ってそういうもんだろ」
確かにそんなもんかもしれないけど。
「……で、な。お前がその弟王子に見えたんだよな」
「……そりゃ何で」
「昔、この話を聞かせられた時には変な話だとしか思わなかったけど。もしかしたらお前みたいな奴だったんじゃないかって思うんだよ。弟王子はさ。……そんなたくさんの羽根を、自分の翼にして羽ばたくんだぜ。一人で積み上げた武芸も勉学も吹き飛ばして」
「あー……」
俺は、なんとなくキングフィッシャー将軍の言っていることがわかったような気がした。
ちょっと酒でぼんやりし始めてるけど。
ビンセント将軍は微笑してコメントする。
「昔話ってのは案外、真実が隠されているものだ。形を変えてな。……ああ、もしかしたら、そんなものだったのかもしれん」
「何がですか」
「さて。何だろうな」
(続く)
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