ドラゴンが多くなったことで見張りと追撃の牽制には事欠かなくなり、俺たちは崖上のこと(残ったドラゴンや捕まえた勇者隊)に関してはブロールさんとジュリーンに任せ、谷に降りて一時休息と作戦会議ということになった。

「ベッカー特務百人長はどうしてるんですか?」
「あいつやケイロンたちには伝令としてバウズやサフルについてもらっている。バウズたちにも輸送の手伝いを頼んだんだが、相手に面が通っていないドラゴンを単独で遣るわけにはいかないからな」
「ああ……なるほど」
 ということはまだ全部じゃないのか。こんなに戦力揃ってるのに。
 ちょっとこの先の展開にドキドキする。
「テテスちゃ〜ん! 死んでるかと思ってたー!」
「あはは……まあよく考えるといつ死んでもおかしくはなかったかも」
「よく頑張ったわね」
「私は信用していた。まあテテスよりあの男の悪運の方をだが」
 しばらくぶりに再会したガントレットナイツは当然、無事を喜び合っていた。
 マイアとネイア以外では戦闘要員と言えるのは彼女だけだったわけで、それがドラゴンの巣窟で微妙な立場でいるとなったら絶望的……という見方は正しい。
「アンディならちゃんと保たせてると思ってたよ」
「アンディさんですものね」
 アンゼロスとオーロラはこっちに全幅の信頼を寄せていた。
 ……と、アンゼロスの印象が少し違うな、と気になって、マントの襟口を触ると、アンゼロスが少し強張る。
 ……髪が肩口まで短くなっていた。
「アンゼロス、この髪……」
「あ、あはは……に、似合う……かな」
 不安そうな調子を隠し切れないまま笑うアンゼロス。
「何かあったのか?」
「……少しね」
 あまり言いたくなさそうだから、積極的な理由ではないっぽい。
 俺は察して、その随分軽くなってしまった髪を指で梳き、抱き寄せる。
「言いたくないなら無理には聞かないけど。俺はこういう髪型も好きだぞ」
「……アンディ。……べ、別にそれほどなんかあったってわけじゃなくてね。その。僕のミスで焦がしちゃってセレンに切ってもらって」
「焦がした……?」
「…………」
 何で焦がしたんだ、というのも今、根掘り葉掘り聞くのは……少し、そういう空気じゃないな。
「詳しいことはそのうちゆっくり教えてくれ。俺がいない間に何が起きてたのか、さ」
「うん」
 アンゼロスは対竜戦でも随分大胆に活躍していた。決め手はオーロラの斬撃波に譲っていたものの、動きと破壊力で言えば剣聖旅団の熟練の大剣聖にも劣ってはいなかった。
 それだけで、彼女なりにまた随分色々とあったのだろうと思える。
「アンジェリナさん」
「……エクター。今回はありがとう、僕らに付き合ってくれて」
「いえ、僕はほとんど何もできませんでしたから」
 エクター・ランドールが話しかけてきて、俺たちの輪は剣聖旅団と合流する。
「ゆっくり話がしたいと思っていた。君がボナパルト卿のお気に入り、あのドラゴンの乗り手か。私はジョセフ・ベイ。これは弟子のアベルだ」
「アベル・ディンギルです」
「あー、なんだかディンギルって前に聞いたことあるような……」
「ははは、戦争末期には少し名が売れていたのだよ、こいつは。トロット最速・疾風ディンギル! なんて聞いたことはないかね」
「やめてくださいよ恥ずかしい。足が速いことだけで有名なんて」
「何でも一番というのはいい事だ」
 双剣で活躍した剣聖が弟子を紹介してくれる。オーロラに視線を振るとキラキラした目をしていた。
「もしかして二人とも凄い有名なの……?」
「何故トロット人のアンディさんがそんな反応なのか不思議に思うほどには」
 ごめんなさい。剣聖というと直接面識のあるグランツ百人長か、国内最高知名度のボナパルトのおっさんで知識が止まっています。
「そこの青マントの男は覚えておくといい。目立つし、大剣聖の中では割と若手だから、お互い今後のためになるだろうね」
「紹介するならちゃんと紹介していただきたい。バルト・ディーン三世。気軽に三代目と呼んでくれ」
「そこが気軽なポイントなんですかディーン卿。……俺はケイン・ゴールド。ま、よろしく。一年前の騒ぎでドラゴンが出張ってきたから、いつかこんな祭りもあるかと思ってたが、予想以上に派手になったな」
 バルト・ディーン三世は優雅さとワイルドさを兼ね備えた感じのハンサムで、ラフに見えつつもよく手入れされたヒゲと適度に長いオールバックの髪の中年男性。さっきの戦いでは、双剣師弟のベイ卿と組んでた。ハルバードを携え、何かと身のこなしも華麗だ。
 それに続いてきたのは最初にボナパルト卿と組んでた人。顔や首にいくつかの傷痕があり、目は潰れていないが片目の上を走っている大傷もある。同じ顔傷というとシャロンたちの保護者のベルガを思い出すが、こちらは傷は怖いが本人は軽そうだった。
 しかし顔と首だけであの傷ってことは全身はもっといろいろ凄いんだろうな。
「私も挨拶していいですかな」
「順番だろう。次は私だ」
「お前たち、彼は怪我をしているし長い窮乏の後なんだぞ。ほどほどにせんか」
 剣聖が次々に挨拶してこようとするので、見かねてボナパルト卿が制してくれる。
「悪いな、青年。みな暇をもてあましていたのでな。君と顔を繋いでおけば、何か起きれば首を突っ込めるものと思っている」
「その言い草は酷いぞ団長。自分は名指しでお呼びがかかったからといって!」
「全くだ!」
 あんたらブーイングしてるけど否定する気ないんですね。
「私は団長ではないと言うに。その役目はギルバートが引き受けたろう」
「引き受けてはおりませぬぞ!? 先ほどは王の命で仕方なく場を繋いだに過ぎませぬ」
 不満そうに文句を言うグランツ百人長、笑い出す剣聖たち。
 あんたらなんでそんなに団長の押し付け合いしてるんだ。
「さて、挨拶も一区切り終わったのなら、現状の確認と、今後の展望について話すとしようかのう」
 場を見計らって先王ユリシスが出てくる。
 そこにディアーネさんやネイアもやってきて頷いた。
「いいでしょう。改めて順を追って頼む、アンディ」
「……はい」
 俺が頷くと、ネイアの腰で閃光剣も光る。
「私も参加させてもらおう」
「いいのか?」
「私に関わる問題もある。避けて通るのは不合理だろう」
 ネイアから閃光剣を受け取り、車座で岩に座った剣聖や仲間のみんなを見渡しつつ、俺はここまでの話を一から説明することにする。

「……なるほど。狂王は死に、時代は我らを待たずして変わろうとしていた……と」
「予想はしておりましたが……外圧を完全に無視できる環境ならではの統治形態ですな。興味深い」
「分裂が起きなかったのはどうしてなのでしょう」
「このシステムなら王は常にほとんど丸裸。民衆がその気になればいつでも転覆は起こせているはず……いや、地勢的に無理か……?」
「豊かでない土地にて食糧生産のみが生きる道という状態では、王だけを倒して食料を独占しようとしたところで先行きは見えているだろう」
「しかし無学な民衆だ、搾取に耐えられなければ先行きなど関係ない」
「とはいえ、守るべき家庭の構成すら管理されているのでは、利己的な革命は波になるまい。人が命を捨てるのは後に残るものあればこそ」
「ううむ。魔物に対する備えの薄さと飢饉の起こりやすさ。共犯意識、幅が狭く極端に距離の長い国土……単一職能集団化による住民の特殊化と、それに伴って発生する情報伝播障害。どれもが革命に不利に働いている」
「実によくできている。吐き気がするな」
「しかしそれも終わりでしょう」
 剣聖たちがそれぞれに理解する中で、アイリーナとユリシス王は揃って考え込んでいる。
「若干、困りましたな」
「ふむ。このままではのう」
 ……?
「どういうことだアイリーナ」
「戦力上は問題ない。じゃがこのまま戦うには理由が薄い」
「後先を考えれば、ここらで手打ちにせねばならぬ」
「何?」
「悪政を敷く王は死んだ。我らの攻撃理由である初期遭遇戦の報復、並びにスマイソン殿ほかの奪還は済んでおる。このまま王宮を攻めるとなると、今度はディアーネ、ひいてはスマイソン殿の立場が悪くなる。この国に注目し、重要視しているのは……外の国々はどこもそうなのじゃ。問題ある政権が交代し、新しい国家運営の端を開いたとなれば、それが結果を出す前に攻め滅ぼすのは政治的には非のある行為となる」
「青年。そなたや戦神は、このいくさの後、それを責められた時にまで備え切れるか?」
「それは……」
「そこまで読んで行動するなら、ここらで相手が講和を申し入れてきたら受けるのが最善。そうでないなら彼らに成り代わり、国際社会を黙らせるためにドラゴンによる独裁国家を自ら成立させるほかないじゃろう」
「ただの人助けでは済まなくなるということじゃな。勇者ネイアにはその意志はあろうが、スマイソン殿はこのひとつの場所のために残りの人生を投げ出す気はあるか」
「…………」
 即答したいが、言葉にはしづらい。
 多くの人々を見てきた。助けなければいけないと痛感もしている。
 だけど、どこか「本来手に入る技術や交易ルートを与えれば、あとはなんとなくで回ってくれるんじゃないか」と思っていた部分も否めない。
 ネイアやディアーネさんが俺を見つめている。俺がここで勢いよく頷くべきなのだろうか。
 そうできればかっこいいだろうが、同時にそれは俺の仲間たちにとっては不本意でもあるかもしれない。簡単に決めていいことじゃないんだ。
 俺が黙って唇を噛み、考え込んでいるのを見て、ややあって先王ユリシスとアイリーナは表情を緩める。
「……それでよい。軽く決めるようなら怒鳴りつけねばならぬところじゃ」
「任せておけ。わらわたち年寄りはそのために来た」
「えっ……」
 ……本当に、なんで? どういうこと?
 と、俺が呆然としているのを彼らは面白そうに眺めつつ、それ以上は何も言わなかった。


「はい、これでよし☆ お薬は朝と晩、食べた後に飲んで。念のため、状態を見せに一日に一度は私のところまで来ること」
「あ、ありがとう……何も返せないのが悪いけど」
「病人は元気になるのが仕事よ☆」
 ヒルダさんは俺たちがお喋りをしている間もてきぱきと村人たちの診察をし、日暮れには全員に一応の処置を済ませてしまった。
 俺たちが一応は応急処置をしていたとはいえ、体調不良も怪我人もいろいろ数十人はいたのに一人で、だ。
 改めて本職の医者の能力の高さを思い知らされる。
「ありがとう、ヒルダさん。今回、ここにいてくれたらって一番思ったのがヒルダさんだった」
「あら、ディアーネちゃんやライラちゃんより?」
「……正直言ってヒルダさんの方が」
「いやん、頑張った甲斐あるわね☆」
 ヒルダさんはぺしぺしと俺の胸を叩く。
 そしてそのまま右肩をそっと撫でる。
「……本当はこれも治せたらいいんだけどね」
「しょうがない。自分で捨てたんだ。帰れば治るってわかってるしね」
「大切な人が傷ついてるのを、ただ見てるだけって、辛いわね」
 切なそうな顔をするヒルダさん。医者だからこそ何か手を施したいのだろうが、今のところネイアのかけた状態固定(よくわからないが、傷が空気中に露出したままでも出血を止めて壊死を防ぎ、傷口が開いていないのと同じような状態にする魔法)をそのままにする治療方針が固まっているため手を出せない。ブレイクコアに治してもらうまで下手に傷口を皮膚化して塞ぐより、このままの方が楽に再生するんだそうで。
「治るまではつきっきりで右手の代わりしてあげるからね☆」
「あー、みんな助けてくれるから大丈……」
「……ぶー」
「……よろしくお願いします」
 無粋な事を言ってしまいそうになりつつも訂正し、ヒルダさんは笑顔になる。
 やっぱり可愛い人だなあ、と思う。

 夕食はブルードラゴンたちが予備の馬車に詰めてきた食料を使い、今までよりだいぶ豊かなものが供された。
 が、それよりも問題だったのは他ならぬドラゴンたち。
「お、おい、あれは……」
「お、おおお……これはなんというか、絶景……」
 剣聖たちが絶句している。
 そう。ミスティ・パレスのドラゴンたちはほっとくと全裸で歩き回ってしまうのだった。
 そして今まで愛想に若干問題のあったマイアよりもだいぶ雰囲気も優しく色っぽいので、職人村の村人たちもアスティやミシェラ、エアリに優しくされてデレレッとした顔をしてしまう。
「なんか、その……青いドラゴンって、すごくいいドラゴンなんだなぁ」
「シルバードラゴンよりずっと優しいし綺麗だ……」
 どこでも女の綺麗な裸で男が夢心地になってしまうのは変わらない。村人の女性もそれを咎めるわけにもいかず困惑している。
 しかし、それに対して鋭い異議の声も上がる。
「そういう言い方は聞き捨てならない!」
 え?
 ……と、みんなが聞きなれない声に振り向くと、そこには困った顔をしたブロールさんと、なんだか見慣れない銀髪の女の子が……って。
「ブロールさん、逃がしてやって、って」
「うむ、そのつもりだったのだが……」
 マイアよりはいくらか大きいが、成人というにはいくらか足りない。オーロラくらいの年頃の雰囲気だろうか。
 その女の子はコメントを出した村人に、断固として抗議した。
「別に銀竜は青竜より醜くもないし、人を苦しめてるわけでもない。たまたま立場で優しくできなかっただけで、本当は優しいのに!」
「いや、それより何だよ君は。これ以上何かしようっていうならこっちも……」
 俺は近くにいたマイア、それとディアーネさんやアンゼロスに手で合図を送る。いつでも取り押さえさせる構え。
 みんなが即座に武器を取ったところで、その銀髪娘は俺に向かって膝をついて頭を垂れる。
「反抗の意志はもうありません。乗り手よ。ただ、今しばらくお傍に置いていただけませんか。パレスに対する人質としてでもいいのです」
「……は?」
「我らとて皆ライナーになびいているわけではありません。ただ、火竜戦争で同胞に行われた仕打ち、そして人の思い上がった姿、それにより人の世を追われた乗り手や竜の話が未だ怒りの琴線となっている者も多いのは事実。それで貴方様に手を上げるような真似をしてしまったことは、我が事ながら申し開きのしようもありませんが」
「……あー、うん」
 こっちもディアーネさんが完全にトサカに来てたし、あんな惨事になるとは思わなかった。いや、そもそもあんな状況で戦いになりえるとも(俺個人としては)思ってなかったんだけど。
「牙剥く竜を前に、小さき人がやってやり過ぎということはない。それも理解しています。しかし、このままでは無理解による悲劇が幾度起こるとも知れず。私を使い、パレスの同胞たちの軽挙を止めていただきたいのです」
「……それで止まるのかなあ」
「誓って全力を尽くします」
 マイアの説得が一蹴されたのを考えると、できるだけ相手に近いところからの説得が重要なのもわかるけど。
「安心させて、背中から復讐を狙っているのかもしれない」
 アンゼロスが言うのももっともだ。目覚めた時、周りに転がっている仲間の死体を見てなんとも思わなかったとは考えられない。
 ブロールさんに視線で問う。
 ブロールさんは溜め息。
「我が大姪も警告したはずだ。それを一笑に付し、戦いの場にいたお前たちが、人にそう簡単に信用されるものではない。わかるな、しろがねの同胞」
「…………」
 銀竜娘は神妙に頷く。
 ブロールさんは肩をすくめ。
「だ、そうですぞ」
「……いや、うん。信用してないけど」
「そうと知っているならば、竜が身の証を立てる覚悟は一つしかないのです」
 そしてブロールさんは娘を見下ろし、囁く。
「彼は乗り手として経験が浅い。口で言わねばわからんぞ」
「……は」
 銀竜娘はしゃがんだまま数歩踏み出し。
「この銀竜リェーダ、あなたの乗騎として生涯従う覚悟です」
「いやそんなの余計困るよ!?」
 やたら重たい選択をそんなポンポンと持って来ないでほしい。今日はもうそういうの間に合ってるから。

(続く)

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