職人たちが披露してくれた工法はなかなか興味深いものだった。
 技法としては刻紋とあまり大差はなかった。使う道具と様式が少々違ったが、テテスの分析では要点を洗練して見れば互換可能みたいな感じらしい。
 内容としては、刻紋のミルフィーユみたいな感じだ。
 一点から受ける力を拡散するような刻紋は基礎に近いが、それ単体では相当な面積と密度を使っても大した軽減率にならない。その効率を多層式にすることで高めるのだ。
 集中と拡散を繰り返し、十数枚の刻紋でもって許容値を引き上げる。
 さらにその過程で、わざと力のロスを生じさせている。次の刻紋に素直に渡すのではなく、素材自体にダメージを回すよう、わざと一部で破綻させてある。
 迷宮で特定の場所に気の淀みを作り、魔物という形で排出することで浄化を行うのと似た原理だ。
 それらが一枚ずつ違った場所で小破壊を積み重ねることでまんべんなくダメージを全体で受け持ち、結果として一回の打撃が表から裏に通るまでの間に効率的に装甲全体が壊れて肩代わりをしてくれる。
 そんな装甲を体全体に数十枚貼り付けるのがここのスーツアーマーの正体だ。
 作る手間は膨大なものになるが、これは無駄がない。壊れた部分だけ装甲を取り替えることで最低限の待機時間で新品同様の着心地と防御力を回復できる。
「……すっげぇや。アンタたちの発想、マジですげぇ」
「そうか? いや、なんでこんな作り方してんのかワシら知らねえんだけどよ。昔からこういう風に作れって言われてた通りにしてるだけだから。でもこれ当てればその鎧も強くなるだろ?」
 どうも刻紋的な原理を全く知らず、前の世代から言われた通りに作り、その完成品の効果だけを知っている……というのが実情らしかった。いや俺もテテスにラインの形をちゃんと確認してもらいながらじゃないと理解できなかったんだけど。
 正直、これは外の世界ではほぼ作れない。というか、一人の騎士にここまで手間をかけられない。
 多分、俺なら一枚分の装甲を作り、しっかり調整するのに二日はかかる。
 それを数十枚、下手したら百枚近く繋いで完成。隙間なく全身を覆うデザインだとそれらが全てオーダーメイドになるし、壊れることが前提の鎧なので絶え間なくスペアを用意し、張り替える必要がある。
 これを五人分、常に万全の状態で揃えるとなると、まさに村の一つや二つはフル稼働させないと無理だろう。土台からして職人一人や二人で出来る仕事じゃないのだ。
「どうやって作っているか、分かったのですか?」
 職人たちから解放されたネイアが尋ねる。俺は頷いた。
「原理は分かった。でも正直、やれるのはこの国だけだ」
「そんなに……」
「ちょっと手間がかかりすぎる。腕利き何百人で数人の装備を支える……なんて真似が出来るのはここぐらしいかないよ」
 あるいは天性の鍛冶職人であるドワーフの国なら、そういうこともできるかもしれないけど。
 しかし、愚直に先祖から受け継いだものを来る日も来る日も作り続けることが出来るのは、ここだからこそだろう。
 普通はもうちょっとぐらい楽をしようとするもんだ。
 何を怠ったらどうなるか。どう変えたらどうなるか。それを確かめることすら出来ない。だからこそ伝承し続けられたんだ。
「んで、鎧いじっていいもんかね?」
「ああ、でもちょっと待って、俺もデザイン参加させて」
「おお、そりゃもちろん。ネイア様、鎧脱いでもらえますかな」
「あ……は、はい」

 ネイアが近くの家で鎧を外し、持ってくる頃にはデューク神官長は帰り支度をしていた。
「もう日も暮れる。続きは明日にでもして、今日は戻らないか」
「あ、すみません、今日は俺ちょっとここで泊まらせてもらっていいですか」
「……随分入れ込むのだな」
「俺も職人なので」
「……職人?」
 怪訝そうな顔をする神官長。そういや俺、鍛冶屋志望だなんて言ってないな。
「君は職人であのような……いや、そういうこともあるのかもしれないが……」
 ドラゴンライダーという言葉を迂闊に使うわけにもいかないのか、複雑な表情で言葉を濁す神官長。
「神官長は他の子を連れて帰って下さい。ここはネイアだけ置いてくれればいいですから」
「しかし……」
「マイア、二人の護衛は頼む」
 テテスとアップルをマイアに任せる。いや、テテスも決して弱くはないけどね。
 俺自身の警護に関しては、ネイアがいれば申し分ない。
 神官長はそれからしばらく迷っていたようだったが、やがて諦めて三人を連れて帰っていく。


 ネイアの鎧をいじり、特にダメージを食らうとまずい部分に例の装甲プレートを追加する形で増やす。
 夕食もとらず、炉の火を明かりにして作業を続けていたら、気がつくと夜半を回っていた。
「失礼。……何をしているのですか」
 そして、そんな俺をシルバードラゴンのレイラが訪ねてくる。
 それに気づくと、俺と一緒に鎧をいじっていた村人たちは慌てて平伏した。
「へへーっ」
 ……滑稽だけど、ここはこういう場所で、そういう相手、なんだよなあ。
「見ての通り、ネイアの鎧の調整だけど」
「職人たちに任せればよいでしょう。ドラゴンライダーであるあなた自らがやるべきことではないはずです」
「!?」
 レイラを無視するように作業を続ける俺を見上げて、村人たちは目を剥いた。
「ど、ドラゴンライダー……って、アンタそんな偉い人なのかっ!?」
「俺が偉いんじゃないよ。俺は今のところただのハンチク職人だ」
 外の国のことまで言及する義理はないので、俺は手元に目を落としたままそう答える。
 っていうかドラゴンライダーの意味はわかるのか。ライナーがその辺は解説したりしたのかな。
「ドラゴンライダーはドラゴンライダーでしょうに」
「それはお前らの理屈だ、レイラ。俺はそれ以外でもあるってだけだ」
 ドラゴンにとってはドラゴンライダーとは自分たちの上位に立ち得る者であり、それ以外の人間をアゴで使うべきという価値観なのかもしれない。
 しかし、それを強要される謂れはない、という思いを言葉にこめる。
「それで、何か用か。見ての通り作業中だ」
「……外で話をしませんか」
「お前と俺で、か?」
 ライナーでなく。ネイアでもなく。マイアでもなく、か? と目で問う。
 俺ははっきり言ってここにおいては完全な外野だ。
 いざという時にネイアをむざむざ渡す気はない、という意志を持っていて、そのためにドラゴンライダーに手を出せないドラゴンたちとしては邪魔ではあるだろうが、それだけだ。
 それすらライナーがその気なら大した障害ではない。
 そんな俺個人に何の話があるのか、と言外に問う。
「はい。私個人と、あなた個人です」
「……少し待ってろ。ここだけ仕上げたら聞く」
 他の村人たちが平伏して震える中、俺は作業を一区切りまで進めておく。

「なんとなく、そろそろなんか言ってくるかな、と思ってはいた」
「どういった理由でですか?」
「勘だよ。ただ、お前たちが俺をどうしたいのかがまだ見えなかったからな。何か突っ込んでくるならそろそろかな、と思ってた」
 俺は職人村のある崖の裂け目から少し出て、月の光を浴びられるあたりまで歩きながらレイラを牽制した。
 ネイアは俺を護衛しようとしていたが断った。ドラゴンは滅多なことでは掟を違えないはず。それをあえて信用し、俺の身ひとつで聞く姿勢を見せることで相手にも踏ん切りを促したつもり。
 そう。こいつが個人と強調したからには、ライナーとは少し違う立場から話がしたいということだろう。うまくその「共犯」の立場を築ければ有利になる、と俺なりに悪党っぽく計算しつつのことだった。
「それで、どういう話だ、レイラ」
「……あなたは、やはり器がありますね」
「急に何の話だか分からないけど」
「あなたの背には何の迫力もないですが。ドラゴンライダーとなったことには納得がいきます」
 褒めているのか無礼なのか、わからないことを言うレイラ。
「ドラゴンを侮っているわけではないでしょう。あの青い娘だけでは私一人にも決して敵わぬと理解していながら、よく知らぬ私にその態度でいられるのは立派です」
「俺は用を聞いたはずだけどな。シルバードラゴン」
 お前らの種族は聞かれたことに答えないのか、と、やや性急に次を促す。俺への評価なんて聞いたってしょうがないのだ。
「……あなたは、我らが主を……ライナー・エクセリーザをどう思いますか」
「どうと言われてもな。よく知らないし、評価のしようがない」
「……でしょうね。それも、そうです。私たちもよくは知らない」
「え?」
「シャリオとコルティが認めたのは確かです。あの子たちも決して愚かではない。私は妹を信じる形で彼の配下となりました。……しかし、あの方は本心がわからなさ過ぎる」
「……契約したのに?」
「ええ。契約をしなかった竜たちも、彼をわかりかねるという者が多いのです。それでもライダーではあるので従うのですが……あなたが訪れた」
「?」
「パレスの者たちは、態度を決めかねています。ふたつの正義がぶつかる時、我々はそれには加担せぬと約定を交わしていますが……それに至る前の段階で、あなたたちの手助けに回っても良いのではないかと言い始めたものがおります」
「……そりゃ嬉しい話だけど、その話をライナーのドラゴンであるお前がするのはどういうことだ?」
「…………」
 レイラは王宮のあるほうを見る。
「それを咎めるほど、私に興味を持っているのならよいのですが」
 ……なるほどな。
 つまり、それほどまでにライナーが読めない、ということか。
 俺はライナーよりはわかりやすい。
 何年かはわからないが、それなりの年数をかけても理解しづらい男と、新参の俺。
 敵対しているともしていないともいえない状況下で、困惑を続けるシルバードラゴンたちは、俺に接触することでライナーに反応を迫るつもりなのか。
 そして、レイラも自分を未だに内側に入れてくれないライナーに対して思うところあり、ってわけか。
「じゃあ、そのドラゴンたちと渡りをつけてくれるか。俺たちも意味のわからない状況には困ってるんだ」
「……わかりました。しばらく待っていてください」
 レイラはヒュッとジャンプしてどこかに消える。

 俺はしばらくそのまま立ち尽くし、冴え冴えとした月を見上げながら待っていた。
 そして。
「お待たせした」
 振り返ると、数人の銀髪の集団がいた。
「我々はクリスタル・パレスの銀竜。先日は失礼をした」
 先頭にいた老人が片膝をついて頭を垂れ、後ろの数人も倣う。
 さて……。
 ハッタリ効かせてここまで来ちゃったけどどうしたものか。

(続く)

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