俺たちはそれから王宮を辞し、神殿へと戻る。
 今後ネイアをどうするかという話はなく、不気味ではあった。
 そもそも俺たちを王はどうする気なんだろう。俺たちがこの国の事を見聞し、それを持ち帰らせる気なのか、あるいはこのまま外に出さない気なのか。
 ライナー自身の意向も気になる。王の方針に唯々諾々と従っているのか、あるいは王にその気がないのに俺たちをここに留め、何かの目的のために使う気なのか。
 王の意思には狂乱の疑いがあり、ライナーには反逆の力と意思がある。
 それでも表面上、国がそのままなのは俺たちのあずかり知らない理由のせいだ。
 俺たちはこのまま客人として遇され続けるのか?
 そして俺たちはここに根を下ろさざるをえなくなるのか?
 ……そんなことはありえない。ディアーネさんやライラが動いた以上、近いうちにいずれこの国に何か起きるだろう。
 誰もそれを止められるはずはない。あのシルバードラゴンたちでさえ。
 ライナーはそれを狙って俺たちをエサにしているのか?
 もしかして俺たちに政権転覆を主導させ、後から穏当に統治を譲り受けるつもりなのか?
 ……それは有り得そうだが、不自然だ。
 俺のために動き得る戦力の量をライナーが知っているなら有り得るが……しかし、どこでどう調べたらこのシルバードラゴン軍団に匹敵するドラゴン戦力の話に辿り着けるかはまだ疑問が残る。
 現状、ミスティ・パレスとサフル・バウズあたりが動いてくれるかもしれないが、あくまで俺と彼らの交流はポルカ周辺でしか知られていないことであり、総力も把握しようがない。
 そこまで計算してやっているはずはない。
 ならば自分たちはどういう意味があって今ここでこうしているのか?
 と、テテスは道すがらにブツブツと呟いていた。

「おかえり、お客人たち、そしてネイア」
 デューク神官長は俺たちを迎えつつ、正装に荷物を背負って神殿を後にするところだった。
「どこかに行くのですか」
「近くの職人村で工匠長が亡くなったらしい。葬送の聖句を唱えて欲しいと頼まれてな」
 ちゃんとそういうことするのか。
 なんとなく、冠婚葬祭は全て無用のもの扱いをされているんじゃないかと思っていた。
「職人村……」
「ついてきてみるかね」
「いいんですか?」
 テテスが聞き返すと、デューク神官長は複雑な笑みを浮かべる。
「連れて行ってはいけない……とは、命じられていないよ。それに君達には物珍しいだろう。私も初めて見た時は驚いたしな」
「そんなに驚くような……」
「果たして、外の世界の君達の度肝を抜けるかというと自信はないが」
 一応、連行される時に通ってきた場所でもあるので、外観としての驚きはないだろうが、技術的には大いに興味がある。いや、葬儀に行くなら必ずしもそういった側面まで見せてもらえないかもしれないけど。
「連れて行ってください」
「わかった。来たまえ」
 俺やテテス、ネイア、マイアはともかく、体力のないアップルあたりは長く歩かされて不満かな……と思ったが、特にそういうわけでもなさそうで笑顔を見せてきた。
 そういえばセレンと一緒にずっと長旅自体はしてたわけだし、俺が心配するほどは体力弱いわけじゃないのかな、歩くことだけに限ったら。
 長距離となるとだいたいマイアかライラに運んでもらってたんで、あまり考えたことのない話だった。

 デューク神官長が俺たちを伴って職人村を訪れると、村人達は神官長についていった俺たちを怪訝そうな目で見る。
 村人達はみんな粗末な服を着て、痩せ、薄汚れた風体をしており、俺たちが変に綺麗で健康体なのが居心地悪いくらいだった。そのせいか。
「この人らは王宮の関係者だ」
 デューク神官長はそう言って彼らの疑問にとりあえずの答えを与える。大きく間違ってはいない。
 それで一応は落ち着いたものの、ある職人が俺たちの中にネイアの姿を認め、アッと声を上げる。
「アンタ、勇者……ネイア様じゃ!」
「ネイア様じゃと? ネイア様は、一年前に死んだと聞いたぞい」
「間違いねえ! アンタ、ネイア様だろ!? その帽子も剣もネイア様のモンだ!」
「……ご無沙汰しています。恥を忍んで、帰ってまいりました」
 ネイアもおずおずと挨拶する。
 それで職人達の幾人かは興奮し、残りは困惑する。
 デューク神官長はその混乱を少し大きな声で収めた。
「静かにしろ! ロンガ殿の葬送の場だ!」
 その神官長の言葉でざわめきは急に小さくなった。神官長の人徳……いや、元勇者への畏怖か。
 処刑の権力をかつて持っていた男に対する本能的な恐怖が、彼らを従順にさせているようだった。
 そうして、神官長は教典を開き、葬送の句を読み上げる。
 その時になってようやく死んだ男を見たが、まだ老人というには早い段階の男だった。
「なんで亡くなったんだ……?」
「病だよ。前から悪かった」
 俺の呟きに、近くにいた村人が小声で教えてくれる。
「農村では、作柄次第じゃもう少し長く生きる爺もいるらしいが……俺らは煙や鉄粉を吸い込むからな。これでもロンガは長く生きた方さ。死体を食うほど今年は食い物に困ってないのが救いだな」
 ああ……。
 職人が職業病で体を悪くするってのは王都じゃよく聞く話だ。ポルカではまずないけど。
 金属ってのは基本的に毒だ。それを扱うのは体に無理を蓄積する。金属自体の中毒もそうだし、加工の段で使う溶剤なども当然悪い。火を見る目にだってダメージがある。火加減を見るうちに失明し、隻眼になった鍛冶屋なんてのもよくいる。
 それにしたって致命的になるのはもっと歳を食ってからの方が多いけど。
「ロンガは仕事のし過ぎで弱っていたからな。そこに風邪を引いて、あとはどんどんこじらせてこれよ」
 心底残念そうな溜め息とともに、職人が呟く。
 ……そういえば、医者なんて者はいるんだろうか。いないんだろうな。
 よく見回してみれば、年配の村人達は片目を濁らせていたり、手指が欠けていたり、大きな火傷跡がそのまま残っている者が多かった。
 鍛冶屋の持ちやすい障害をみんな患っているんだ。それを治す医者がいない。
 どうしても一人前に仕事が出来なくなれば、きっと見捨てられるのだ。
 神官長の聖句が終わり、村人達はみな片手を上げ、それをいっせいに前に倒した。それがこの国の宗教での祈りの作法らしい。
 しばらく全員が前に手を伸ばしたまま、ぴたっと停まり、そしてそれが終わると改めてネイアにワッと村人が集まっていく。
「……わかっていたが、ネイアは職人に人気だな」
 神官長が苦笑しながら教典を閉じる。
「人気だったんですか?」
「職人とて人だ。強く、そして人当たりのいい相手にこそ、良いものを作ってやろうと思うものだろう? 勇者は自負心ゆえ、目下への礼儀知らずや愛想なしも多い。ネイアの愛想の良さを懐かしむものも多かったということさ」
「今の勇者たちもそれほど悪くは……」
「ライナーやハーマン、ベアトリスは言うに及ばずだろう。リチャードも目下には態度が硬い。かろうじてブライアンは職人達にも評判が悪くはないといったところか」
「……あー」
 確かにそんなもんか。あの後輩力みなぎるリチャード君が意外と下々には優しくない、というのはちょっと意外だが、それはそれで納得できるポイントでもある。
 いるよねそういう奴。目上には犬か何かみたいに健気なのに下にはぞんざいなの。

 しばらくネイアをもみくちゃにする村人達を見ていると、しばらくして村人達はこっちにも矛先を向けてきた。
「アンタがネイア様の鎧を作ったのか」
「大味だが綺麗な鎧だ。……が、ワシらに手をつけさせてもらえねぇか」
「え?」
「見た目はいいが、鎧は守ってナンボだろう」
 村人たちは工房と思われる建物に入って行き、ほどなくしてスーツアーマーのパーツらしき大判の鱗状の板を見せてくる。
「こいつだ。これで要所を補強すればいい。ある程度以上キツい力をカチ当てると、パックリ割れて壊れる代わりに……」
「ダメージを消してくれるのか」
「なんだ知ってるのかい」
「壊れる現場見てたからな。同じようなのを作りたかったけど、俺のところにはそんなのなかったから」
「だからこんな古い鎧作ったのかい……」
「いや、古いってそんな……」
 ……彼らにしてみると外の鎧は「古い」って感想になるのか。ちょっと凹むな。
「作り方、教えてくれないか。俺の方でも修理ぐらいできるようになりたいんだ」
「構わないが、アンタどこから来たんだい?」
「……言っていいのかわからなくてね」
 俺は慎重に言葉を選ぶ。彼らは俺をどこから来たのだと思っていることだろう。
 外の世界、と言っても信用してもらえるものだろうか。
 その村人は横目でチラリとデューク神官長を見て、ああと一言言って了解した。この村では追及すべきじゃないことは察してもらえるようだった。
「このプレートを作るには特別な道具が必要でな。そっちでも用意できるんならいいんだが……」
「テテスちょっと来てくれ。どうなってるもんなのか分析して欲しい」
「はいはーい」
 テテスに来てもらって、プレートの製作法を実演してもらう。
 ……って、俺って工房スパイみたいになってるけど、これいいのか?
 ライナーたちはこういうのまで許容してくれるのか?
 ……と、考えながらも興味のある工法からは目が離せない俺だった。

(続く)

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