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その後、私は彼の情報を頼りに旅行に出ることにした。
かのランドール氏を下しながら、大剣聖にも興味を持たない女。しかもまだ若いらしい。スクープである。
「むしろ私が会いに行きたいんですけど」
というランドール氏の頭に叔父がゲンコツを落としていた。もうすぐ王都大学は試験時期で忙しい。
彼の願いとして手紙を受け取り、私は北への馬車に乗った。
目指すは最辺境ポルカ自治区。
……最新の資料で、自治区となっていることを初めて知った。
かねてより医者も匙を投げた重病患者の駆け込み寺として名高い街、ポルカ。
この地の水は奇跡の霊験があり、天命以外のあらゆる傷病を癒すという伝承がある。
正直言って、そんな都合のいい話は王都やフォルクローレでも八割の人間は迷信として信じていない。本当に自分が死にかけているなら、藁にもすがる思いでかの地に訪れるのだろう。
が、道中は最悪であると言わざるを得ない。なんだあの道は。
山あり谷あり、ろくに整備もされていない岩山や泥道をフルコースだ。駅馬車に乗っていた他の客たちも顔をしかめていた。死にかけた危急の患者では、あの道を馬車で抜けている途中に息を引き取るのではないだろうか。
ほうほうの体で辿り着いたポルカの街。
正直言って驚いた。
まるで、トロットではないかのようだ。
街を多数のエルフの美男美女が歩き、王都よりもリラックスした姿を見せている。町人たちもそのエルフたち相手に身構えぬどころか、一緒に雪掻きや大工仕事をしている始末だ。
雪掻きや大工仕事といえば、オーガやドワーフの多さも目を見張る。
何故かしらこの街には多くのオーガやドワーフ、中には狐獣人や猫獣人といったものの姿も見受けられ、それぞれに活発な活動をしている。
そういえば、聞いたことがある。
この街はトロットのみならず、多くの国々から、その癒しの霊験の水を求めて人が集まるものだと。
ならばセレスタ人やアフィルム人が多くいるのも道理で、この多彩な顔ぶれも頷ける。私はそう自分を納得させたが、次の瞬間私の哀れな努力は粉微塵に吹き飛ばされることになった。
ほんの数十メートル上の空を、漆黒のドラゴンが飛び抜けたのだ。
セレスタ軍特別高速旅団の飛龍ではない。飛龍は馬車など抱えられるわけがない。
「うわあ!!」
私は仰天した後、慌てて逃げ場所を探したが、街の人々は逃げるどころか一様に笑顔を浮かべ、手を振って巨大なドラゴンを見送る始末。
「何がどうなってるんですかここは!!」
「だってライラ様はいいドラゴンだよ?」
話が通じない。
ドラゴンが飛べば人々は恐れ、逃げ惑うのが世界の常識ではないのか。
私が留学した南方大平原では確実にみんな恐慌に陥ったと断言できる。
私は外国どころか異世界に迷い込んだような心地がして、フラフラと手近の宿に入り、一晩ぐっすりと休んだ。
馬車の旅の疲れもあったかも知れない。
次の日、私は気を取り直し、この街を治めるグート男爵の館に向かった。
叔父から半ば無理矢理出してもらった王都大学のお墨付きもある。大剣聖より強い女という当初の取材目標もさることながら、この街の混沌ぶりについても責任者に説明を求めたかった。
そして勢い込んで男爵の執務室に入ると、中には四人の男女がいた。
一人は言わずと知れたデュラン・グート。この部屋の主である。
残りの三人は驚嘆すべき顔ぶれだった。
一人は先王、ユリシス・アーネスト。
さらに一人はかの至剣聖、アーサー・ボナパルト。
この二人は式典で民衆に幾度も顔を見せていたので、私が見間違えるはずもない。
さらにもう一人は、銀色の髪の妙に偉そうなエルフ族の少女だった。
仮にもトロット貴族の館でエルフが偉そうにお茶を飲んでいるのも異例なら、それに付き合っている三人の王侯貴族も、辺境で見られる風景ではありえない。
「あなた方は!!」
「何かね君は」
「今日の昼の出前か? 早いのう」
「おじいちゃん、まだ朝ご飯食べたばっかりじゃないの……というのが人間族のアレでしたかの、ほほほ」
「エルフ族でも緑のシャキール殿などはそろそろ心配ですが」
「男爵殿、それを緑の連中に言ったら戦争ぞえ?」
「ははは、ご内密に」
……びっくりするほど和み空間であった。
聞けば、ボナパルト卿と先王はルース王の勧めで保養に来ているらしい。
冷徹さと辣腕が目立つルース王だが、人並みの親への情があったということか。
「冷徹?」
「辣腕?」
『ははは』
「あのルースがそう言われる時代か。ワシらも老け込みもする」
「全くだな」
先王とボナパルト卿は笑い飛ばしたが、これは決して身贔屓などない冷静な評価だと自負している。
それよりも、だ。
「このポルカの混沌は、一体?」
「混沌とな」
「……初めてここに来るトロット人なら、驚くやもしれませんな」
「言われてみればそうかもしれんのう。アイリーナ殿、この若者の無遠慮な言、平にご容赦を」
「ほほほ、わらわが子供風情の暴言にいちいち怒るものか」
……今年で21歳にもなる私だが、こんなチビでぺたんこ娘に子供扱いされた。
だが自分だってまだ子供だろうに、とは口にしなかった。私は大人だ。
余談だが、あとで聞いたところによると彼女は今年で157歳だという。
エルフは神秘的過ぎる。
この地はエルフとトロットの人間族の交流の記念すべき地であるという。
ルース王はあまり関係なく、どちらかというとグート男爵こそがエルフの友として認められているということだった。
そうして自分が影に徹するのもルース王らしさだと愚考するが、それはさておき、この地は北方エルフと人間族の友誼の証、意地の悪い言い方をしてしまえば緩衝地帯として特別法で統治される地域になっているとのことだった。
いくらルース王の暗躍した地であるとはいえ、今のトロットでは法改正もセレスタの法との兼ね合い上難しいのではないかと思うのだが、どうもセレスタもこの地に何かと執着と言うか縁のようなものがある者がいるらしく、比較的スムーズにことが運んだという。
その証に、ここにはセレスタの百人隊が駐留しているらしい。
珍しいことだ。
トロット軍団という名を与えられ、名目上はセレスタの一方面軍という扱いの我らが旧王国軍だが、南部はともかく、これほどの奥地までセレスタ出身の兵士に進駐を許す例は、あまり聞いた事がない。
だが現に彼らは存在し、この自治区民として仮国籍のようなものを取得している者もいるという。
そして、件の女剣士は、その百人隊の駐留地区の近く、ここ最近開発が始まった新市街の方にいると聞いた。
改めて街を歩くと、オーガやドワーフ、獣人はセレスタ訛りが多い。
つまり、件の百人隊の関係者だということだ。
ならば納得がいく。いくらトロット中からかき集めても、これほど多彩な亜人は集まるものではない。
どういう縁かはわからないが、この自治区はエルフ領、トロット、セレスタのチャンポンなのだ。
おそらくはルース王の深謀遠慮として、この地域の存在が外交上有利に働くという計算の上でのことだろう。あの王ならそれくらいしてもおかしくはない。
新市街には子供が多い。
活気のある若い街だ。こういうところは将来への希望があって気持ちいい。
目の前を小さい子供が走り抜けていく。耳が尖っているからエルフかその血が入っているのだろう。
その子供が転んで泣いたのを、近くにいたご婦人が助け起こした。
私とそう変わらない歳の若いご婦人だ。
「あら。旅の方ですか?」
私の顔を見て、彼女はそう言って微笑んだ。
私はこう見えて硬派だが、その笑顔には少しグラついた。
や、優しそうな人だ。結婚していないといいな。
「はい。私、王都から人探しにまいりまして。良かったら少しお話を」
「あ、少し待って下さい。……あなたーっ♪」
ご婦人が満面の笑顔で手を振る。
素早く失恋。
しのぶれど色に出る間もありません。
……そして、ご婦人に駆け寄ってきたのは、巨体のオーガだったので追い討ちである。人間族のご婦人なのに。こんなに美人なのに。
「シルビア!!」
「あなた、旅の人が人探しをしてるんだって」
「そうか、それなら手伝えるかもしれないね」
オーガの男は片方の角がないが、いかつい顔に比して妙に物腰柔らかな男だ。
そして、胸鎧には見覚えのある徽章がある。
「……剣、聖……?」
「ああ、……ええ、この前の試験で、合格しまして」
オーガが照れくさそうに頭を掻いた。
「あ、申し遅れましたっス。僕はアーニー・マクレイン。セレスタ軍北方軍団第一クロスボウ隊の十人長っス」
「妻のシルビアです」
パーフェクトに幸せそうな二人。
私は無意味に負け犬気分である。
いやいや。
私は別の目的があるだろう。
「ええと……ここに女性剣士のすごく強い方がいるって聞いてきたのですが」
「……女性剣士」
「強い人……」
二人は少し顔を見合わせた。
「いない……んでしょうか」
「いえ」
「いますけど……誰でしょう?」
「一番強いと思うんですが。この間大剣聖になったランドール氏がまだ勝てないと言っていましたから」
「…………」
「…………」
二人はまた顔を見合わせた。
「……一応、オーロラさんは除外かな? 最近剣とか握ってないし」
「失礼よ、まだあなた勝てないでしょう」
「ディアーネさんかアンゼロスさん……っスよね?」
「ええ、でも話が古いなら……アイザック隊長の奥さんとか」
「ああ、うん、あの人も強かったね……ていうかケイトさんも超強かったっス」
「でも、もしかしたらライラさんやマイアちゃんかも」
待って欲しい。そんなに強い人がいっぱいいるのか。
一応私は大剣聖と言ったつもりだったが。
……そうだ。
ランドール氏から預かった封筒に名前が書いてあるはず。
「……こちらの人です。アンジェリナ……?」
「アンジェリナ・ノイマン……シルビア、知ってる?」
「誰……かなあ」
……強い剣士はいるが、アンジェリナ・ノイマンはいないらしい。
私たちは行き詰まった。
もしかしたら誰かの偽名かもしれない、ということに30分ほどして気がついた。
もしも彼らが挙げた強い女性剣士の中に身に覚えのある人がいなかったら、その時は……まあこの変な自治区の取材だけでも一冊本が書けそうなのでいいか。
ランドール氏には申し訳ないが。
というわけで、その辺の適当な店に入ると、中に健康的な肌に汗を浮かせるドワーフ少女がいた。
「いらっしゃいだよー!」
「あ、ああ、こんにちは」
「お、見ない顔だなや。身内以外ではスマイソン武具店の最初のお客さんだよ」
「は、はぁ」
儲かってなさそうだ。
でもこのドワーフ少女は可愛い。体が小さいのはドワーフだから仕方ないとして、タンクトップを押し上げる胸の膨らみの半端さからして……15、6歳? いやドワーフだから半掛けで、30歳くらいになるのか? まあ可愛いからいい。
結婚してないといいな。
「その……人探しなんですが」
「客じゃないだか。がっかりだ」
うわあ。露骨に肩を落とされた。
でもまあ、仕方ない。とにかく人を探さなきゃ。
「アンジェリナ・ノイマンさんという方をご存知ですか」
「……? アンゼロスなら知ってるだが?」
「アンジェリナ・ノイマンさんです」
「……どっかで聞いたことある名前だなや」
考え込む。
そして5秒で諦めたらしい。
「ンなことはアップルかセレンにでも聞くだよ! アタシは店番と馬蹄打ちと子育てで忙しいだよ!」
「そ、そんなぁ」
……私の情けない声は、自分の頼みを蹴られたことと、彼女が経産婦だということの二点だった。
うん、半々だ。
そりゃあこれだけの美少女、誰かが先にプロポーズするだろう。
いやいや。私はそれほど異種族偏愛者じゃない。悔しくなんてない。
「し、失礼しました……ところでそのセレンさんかアップルさんというのは」
セレンさんという人はあちこち飛び回っててなかなか帰らないというので(じゃあ言うなよと言わない私は大人だ)、アップルさんという方の所へ行く。
……途中で、私は道に迷ってしまった。
いや、別にそう広いわけではない。ただ新興住宅地だけあって似たような家ばかりなのでわからなくなってしまうのだ。
王都なら区画整理されているので迷いようがなくて楽なのだが。
……留学中も「お前は自分の方向感覚に無意味な自信を持ちすぎだ」とよく言われたっけ。
「おいそこのメガネ君」
「やだ、兄上そっくり〜♪」
そうして右往左往していると、これまた美しい女二人に呼び止められる。
一人はキリッとした美貌の持ち主、もう一人は白衣を纏い、柔らかい雰囲気を持った女性だ。
全然別の雰囲気だが、よく見ると背格好も細部のパーツも似ていて姉妹に見える。
「あ、どうも」
「旅人か」
「はい」
「こっちは観光客さん用のお風呂とかないわよ〜?」
「いえ」
風呂。
何故風呂。あれか歓楽街のことか。
ちょっと楽しみになってきた。あるのかここは。
いやいや。それはさておき。
「アップルさんという方がアンジェリナさんという方の居場所を知っているというので訪ねてきたのですが、どうにも」
「……何故アンゼロスを探す?」
「いえアンジェリナさんです」
「それはアンゼロスの本名だ」
……なるほど。
「あ、そ、そうですか。とにかくお会いしてお聞きしたいことがありまして」
「お前は何者だ」
……やけに怖い目をするキリッとした方のダークエルフ。それをふんわかした方の人がやんわり制する。
「別にアンゼちゃんに何かしようなんて人いないでしょ? いてもアンゼちゃんなら大丈夫じゃない?」
「……まあ最近はアイツ、マイア相手に割と本気ださせるしな……メイドのくせに」
「でしょ?」
マイアというのは誰だろう。そういえばさっきの美女と野獣夫婦も口にしていたような。
いや、その前にアンジェリナさんはランドール氏より強いんじゃなかったか。
そんなに天井知らずなのかここは。なんなんだここは。
「……わ、私はマスコミュニケーションの先駆者を目指す王都のチャールズ・グランツと申しまして」
「グランツ? グランツ百人長の子供か何かか?」
「叔父をご存知ですか」
「……甥か。そうか、甥か」
「えへへー。ディアーネちゃん、甥っ子甥っ子ー♪」
「う、五月蝿い。わ、私だって近いうちに産むんだ! ちょっと早く妊娠したからって得意がるな!」
何か生臭い話を聞いている気がするが、確かなのはこの人たちも旦那持ちのようだ。
どこかにフリーの美女いないだろうか。
「そこがアップルの占いの館だ。何か占って欲しいなら後で寄れ」
「いえ、私占いとかは信じませんので」
不確かな情報はマスコミュニケーションの敵だ。
「そうか」
あっさりと頷くとキリッとした方の……ディアーネといったか、彼女はすぐにくるっと踵を返して本命のアンジェリナさんの家の方に向かう。
そしてツカツカと扉に近づき、ノックもせずにいきなり扉を開くと、
「やっ、あ、ああっ……すごい、いくっ、いくっ……イクっ!!」
「アンディさん、こちらもっ……アンディさぁんっ」
いきなり二人のエルフメイドが尻を並べて一人の男にあられもない姿で犯されている場面に出くわした。
「…………」
ディアーネさんはすぐに扉を閉めて、溜め息をつき。
「取り込み中だ」
「……そのようですね」
ショッキングなシーンだったが動揺を押し隠す私は立派な大人だ。
「わー、おちんちんの反応早いわねえ」
「ほっといてください」
清潔そうに見えたのに真顔でそういうこと言わないでくださいふんわかした人。
しばらくして、ようやく家の中に通された。
二人のエルフメイドはどう見ても立派にメイドにしか見えなかったが、どうやら二人とも相当な実力の剣士らしい。
「私がアンジェリナだ」
小さくて可愛い方のメイドがムスッと赤い顔で言う。見られたのは気にしているらしい。
それよりもこの人がランドール氏の目標と言うのがショッキングだ。さっきメッチャ中出しされている最中だった。
「……あ、あの、これを」
「エクターからか。懐かしいな」
「最近大剣聖になったという話ですわね、ボイドさんが言ってましたわ」
「もうマクレインだろ」
そしてこの中央の男はなんなんだ。こんな美人ふたりとお楽しみとかギギギ。
「それにしても、チャールズ君だったか。まさかポストマンの代わりにこんなところまで来たのでもあるまい?」
ディアーネさんが私に話を振る。
そうだった、そうだった。
……でも、どうもこのアンジェリナさんって可愛いエルフだけにインタビューっていう気分でもなくなってきたな。
ここは、面白い。
「こんな面白い地区をルース王が作っていたなんて、思っていませんでした。……私は、将来的にマスコミュニケーションの先駆者……いえ」
説明するのが面倒臭くなった。私は語れといわれれば、自分の意図と理想をいくらでも語れる饒舌な人間だが、ことここに至っては私のありきたりな自分語りよりも、目の前の人たちから聞きたいことがたくさんある。
「私は、本が書きたいんです。聞かせてください、どうしてここはこんな地区なのか。こんな地区になったのか」
「どうしてって……言ってもなあ」
「最初はアイザックやボイドの静養だったんだけどな……」
「もっと前から話さなきゃ駄目じゃないか?」
正面の彼とアンジェリナさんは顔を見合わせて妙な表情になる。
しかし、頷きあって。
「一冊じゃ収まらないかもしれないぞ?」
「望むところです」
彼らは、嬉しそうに笑って語りだした。
「そうだな。……ああ、20年前のある夜に、ちょっとばかり惚れ症のハーフエルフに俺が出会ったことが始まりだ」
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