私の名はチャールズ・グランツ。
いずれ後の世に、トロットにおけるマスコミュニケーションの偉大な先駆者として名を馳せる予定の男である。
王都大学にいる叔父は「まだ大量印刷術が入ってきたばかりではないか。それで食っていくのは夢が過ぎるぞ」と一笑に付すが、これからの時代は情報だ。情報の共有がいずれ大産業になるに違いない。
南部大平原では既にニュース・ペーパーなる速報媒体が広がっていると聞く。我々の時代で必ずトロットでも報道が大きな地位を獲得するに決まっている。ならばその報道者としての地位に唾をつけるもまた、早いほうがいいに決まっている。
それを気が早い、などというのは老いた者の日和見主義に過ぎない。時代は常に前へ前へと進んでいる。
そう、常に新しい時代は若い我々が作るのだ。
……と言ったら叔父は気持ちの悪い笑い方をした。
トロット王国・ルース1世王紀5年。
つまり今年であの突然の政権交代劇から4年が過ぎたことになる。
現在の王都学院の歴史の講義においてはたったひとコマ、セレスタ戦争の講義の余り時間で語られる程度の事件だが、あの時期に少し不可解な動きがあったことを私は忘れていない。
当時まだ酒も飲めなかった私だが、政権交代の前夜、大人たちが何に盛り上がっていたのかはよく覚えている。
ルース王(当時はボナパルト伯爵公子ルースだった)の王都入城などではけっしてなかった。
むしろ、ボナパルト伯爵……かの大将軍、至剣聖アーサー・ボナパルトが王を倒しに進軍している、という噂に浮き足立っていたはずだ。
エースナイトとして王都に燻っていた剣聖たちはいつ呼応するのか、とか、我々は王都が戦場になる前に一旦家財を持ち出すべきだとか、そんな話を街のそこここでしていたのを覚えている。
だが、それはカンツォーネで一旦セレスタの阻止部隊と交戦したという連絡が入ったまま続報が途絶え、次の日には第一王女レイナ姫とガードナー公爵の承認を得たルース公子が王城を乗っ取り、新王として即位したという宣言が出されて町は混乱に陥った。
武力革命はどうなったのだ、ということもあるし、かのアーサー・ボナパルトは他ならぬルース王の実父であり、これは同調した行動なのではないかという困惑もあった。
だが、それらはうやむやのうちに流れ、何故か各地の貴族からの表立った反発もなく、粛々と王権授受は成立した。
セレスタからの祝福と支援も受け、あっという間に正統なる王となったルース1世は、父と共に蜂起したはずの大剣聖や動かなかった剣聖たちもすぐに従え、先王とアーサー・ボナパルト伯爵に隠遁を命令。
そしてあれから4年。
セレスタ官僚に占拠されていた王城は、だんだんとトロット人の姿が増え、トロット王都にもだんだんと活気が増してきた。
当時は気にしていなかったが、今ならわかる。我々はセレスタの底知れない力に怯え、歩みを再開するどころか、立ち上がることさえ諦めていたのだと。
当時の不可解な異変は他にもある。
セレスタの仲介によって多少の交流はあったとはいえ、やはり当時の人間族にとっては恐怖の地であった北方エルフ領から、ドッと留学生が増えたこと。
彼らは人間族より長命なだけあって良い講師であり、研究者であった。また武術にも通じ、しばしば剣聖とも互角に渡り合う。
セレスタ戦争の有名な与太話に、
「セレスタには戦神と呼ばれる最強の戦士がいて、それはナイトクラスも持たず背丈も大きくないダークエルフの女だから、決して目立ちはしなかったが、カチ合えばどんな部隊も勝てなかった。剣聖旅団さえ、彼女の介入で負けた」
というのがあるが、エルフたちの底力を見ていると頷ける。彼ら長命種ならば、もしかしたらそんな奇跡のような存在がありえるのではないかと。
オーガや獣人を含め、そういった異種族の可能性を認めることを厭わなかったからこそ、セレスタはああも底知れなかったのだと。
そして噂では、彼らとの友好的交流の影にはルース王の根回しがあったという。
政権交代劇の時期を見ての憶測でしかないが、本当ならば、その先見性と行動力、そして野心には脱帽するしかない。
彼がトロットの敵であったらと思うとゾッとする。
ルース王の功績というと、最近では昨年発布された剣聖号の復活が大きく取り上げられている。
というのも、かつて剣聖と呼ばれたエースナイトたちや、今後トロット王国式の剣聖試験において合格した剣士に公式に「剣聖」を名乗ることを許すよう、セレスタに認可を取り付けた、というものだ。
たかが名前のみとはいえ、未だトロットはセレスタの属国的位置にあり、国軍統帥権は王城にはないが、剣聖号は国民の誇りであり、魂である。
エースナイトなどという安易で無粋な名に代わり、この輝かしい称号をトロットに取り戻したというのは大いに剣士たちの意気を盛り上げた。
件の叔父も学者であると同時に名の知れた剣士であり、エースナイトの徽章を鎧につけている。この際新しく交付された剣聖の徽章に打ち替えてはどうか、と言ったが、叔父は笑って首を振った。
「剣士は剣士だ。それに私はセレスタのエースナイトという呼び名が嫌いなわけではないよ。彼らと肩を並べていることも、誇らしく思う」
彼には彼なりのポリシーがあるのかもしれない。
最近の第一回試験で特に話題になったのが、ランドール侯爵家の嫡子にして王都大学のアイドルであるエクター・ランドール氏の大剣聖昇格である。
旧王権下での最後の剣聖としても知られる彼は確かに華麗な剣術の使い手であり、鮮やかに他の剣聖三人を圧倒して、恰好良く剣を地に突き立てたその様は、多くの即興画家に描かれた。
叔父の直弟子の一人にして、今は王都大学でも講師として席を並べる彼の勇姿に、普段あまり他人を褒めない叔父も満足げに色々解説してくれた。
だがその後の酒の席で、ランドール氏は「まだまだですよ」と謙虚なコメントを残している。
「私はまだ、勝ちたい人がいます。その女性は……大剣聖にもさほど興味がないみたいでして」
「かの“戦神”のことでしょうか?」
「あの人じゃありませんよ。あの人に勝つつもりなら大剣聖になった程度じゃ全然駄目です」
「“戦神”をご存知で?」
「ははは」
その後、彼は火酒で前後不覚になってしまったので、戦神の詳細については機を失してしまった。
実在しているのだということはわかったが。
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