俺たちは、引き下がらざるを得なかった。
まず、絶望的なまでに戦力差がある。おっさん一人でも洒落にならないのに、大半は衰えたというものの、大剣聖の集団がいるという事実はキツい。
一応、ドラゴンの力をもってすればそれでも勝てる戦術はある(というか高空からブレスで一気に襲えばどんな剣聖でも勝負にはならない)が、それは宿場丸ごと吹き飛ばすという行為に他ならない。
大勢の民衆ごと。
そこまでしておっさんを確殺する義理や必要があるわけでもない。俺たちは、所詮部外者だ。
さらに、完全に俺の甘さが利用されたショック。
俺はおっさんと友達になれた気でいた。だからこそおっさんの本気度に悩み、誰にも相談することなく一ヶ月を過ごし、そして武装するでもなくおっさんの真意を測りに訪れたのだ。
……それをディアーネさんがただで見過ごすはずがない。
俺を守ることを旨とするライラが、自分が人の世に疎いのを補うためにディアーネさんを頼ることも、一面の可能性として計算されていた。
それら全て、おっさんが剣聖旅団を始動し、ライカから王都への遠くもない距離を進軍するこのタイミングへの布石。
このタイミング。
つまりトロット軍団は剣聖旅団への同調を危惧して動かせず、北方軍団の到着さえギリギリ、軍司令部の動きの遅さから考えるとアウト。
主力級のエースナイトやマスターナイトが集う他の軍団からの応援もほぼ間に合わない。
運搬能力としてのドラゴンを擁する俺、そしてディアーネさんのクロスボウ隊くらいしか、まともに間に合わない。
完全に読みきられた。利用された。
「くそっ……」
自分の甘さに反吐が出る。
相手は戦うために生きてきた正真正銘の騎士。
俺は鍛冶屋としても兵士としてもまだまだ半端者、ただ美人に囲まれてヘラヘラしている、駄目駄目な町民その1に過ぎない。
何を友人気取り、息子気取りでいたんだ。ただ彼に危ないところを救われたり、一緒に温泉でひと月くらいのんびりしただけだろう。
彼の身命を賭した反逆、革命という行為に、学もなく関わりも薄い俺が理解できるはずもなければ反論できるわけもない。
彼の言う通りだ。俺の言っていることは一般論で、うわべだけで、他人事で、それこそ誰にでもわかっていること、言うまでもないことだ。それで彼を動かせるはずなんかない。
何を調子に乗っていたんだ。俺の馬鹿。
「アンディ、そろそろ反省は終わりだ」
「……ディアーネさん」
夜明けの冷たい風の中。
そのままあの宿場に泊まるわけにもいかず、特にアテもなく隣の宿場に向かってトボトボと歩いていた俺たちだったが、空が白んできたところでディアーネさんは俺の前に立ち、両腕を組んでしっかりとした視線を送ってきた。
「お前が、ボナパルト殿を慕っていたのはわかるし、利用されてショックだったのもわかる。だがな、アンディ・スマイソン十人長」
ディアーネさんは俺を役職つきで呼ぶ。つまり、恋人としての俺ではなく、兵士として、大人として、しっかりしろと発破をかけている。
「お前はまだ何もしていない。まだできることがあるだろう」
「…………」
「お前風に言うのなら……敵が強いくらいで諦めるな。武器がないくらいで諦めるな。武器がなければ石を投げろ、石がなければ砂を撒け、だったか」
「でも……」
「まだ手はある。ユリシス三世を退避させればいい」
「ほ。さすがにドラゴンスレイヤーと格闘するのは骨じゃが、飛んで人を運ぶなら我に敵う相手はそうそうないぞえ」
「そうですよ。生きてさえいれば、また機会はあるわけですし」
ライラとセレンも励ましてくれる。
「……でも、それなら飛龍便で既に脱出してるんじゃ……」
「ほほ。それならそれでいい話」
「それに、王の話を聞ければ状況の突破口が開くかもしれん。……少なくともセレスタにとっては、あの王は無能ではなかった」
「そもそも、評判では王様とボナパルト伯爵って親友っていう話でしたしねえ」
「あのおっちゃんがやたら自信満々だから言えなかっただが、よく聞いてると変なことばっかだなや」
「……人間の世界、よくわからない」
みんながワイワイと言い出した。今まで静かだったのは俺と同様に気落ちしていたのかと思っていたが、落ち込んでる俺に気を使ってくれていたのか。
……最後にアップルが俺を背中から抱き締めて、囁いた。
「アンディさんは、それでいいんだと思いますよ」
「……何が?」
「トロット人でなく、セレスタ人でもなく、鍛冶屋さんでもなくて、兵隊としてもちょっと特殊で、それでもみんなに幸せになって欲しいって言えて、走り回れるアンディさんでいいんだと思います」
「……い、一応正真正銘のトロット人でちゃんとした兵士のつもりだけどな」
「ふふっ。でも、縛られない立場から勇気を出して物を言えるからこそ、色んな人に好かれて、色んな人を助けられたんだとも思うんです」
「……そうかな」
俺は、あまり誰かをこの手で助けられた覚えはない。
結局助けられてばかりだ。俺を好きになってくれた人は、ちょっとした勘違いから始まってると思える人も多い。
でも、アップルがそう言うならそうなんだろう。
「だから……」
「……うん、そうだな。俺は、そういうやり方でいくべきなんだろうな」
誰かを恐れすぎるでもなく、誰かを嫌うでもなく、何かに縛られるでもなく、手を、突き出す。
掴めるかもしれない誰かの手を求めて。
俺は今までそんな感じでやってきたし、そうしていくのがいいのかもしれない。
「よし、方針が決まったら……まずはバッソンに戻ろう」
「え、先に王都じゃ……」
「アンゼロスを連れてくるんだ」
「あ、ああ……そっか」
王に謁見するとなればやはりどうしても手間がかかる。アンゼロスを頼れば、もしかしたらリンダさんを通じて一足飛びに謁見できるかもしれない。
俺たちがドラゴンを擁していることは、まだトロット軍団司令部しか知らない話で、しかも俺たちはライラのお供という扱いのはずだ。そのライラがこんな人間同士の騒動に本格的に首を突っ込む話となると謁見も素直には通らないだろう。
ここはアンゼロス頼みが正解か。
「よし、ライラ……」
「いや待て、帰りはマイアで行こう」
ディアーネさんに機先を制された。
「ほ?」
「いいけど」
「……なんでですか?」
セレンの問いに、ディアーネさんは頷いて答えた。
「ライラとマイアにはこの後、クロスボウ隊全員を運ぶ大仕事をしてもらわないといけない。さすがにライラだけ疲れさせるのは酷だろう」
「その程度で疲れるなどとは言わぬがのう」
「でも、わかった。……行く」
マイアはビシッとポーズを取る。
そして、次の瞬間ブルードラゴン出現。
「乗って」
いそいそと登り始めるみんな。
「ほほ。たまには他の竜に乗るのも乙なものよの」
「ちょっとウロコが滑らか過ぎるだな、登りづらいだよ」
「せ、セレンーっ」
「はいはい、つかまって」
そして、俺自身はディアーネさんに横抱きされてひょいっと背中に飛び乗る。
……非常にかっこ悪いけど、まあ自力で登ったらアップル以上に苦戦は間違いない。
「飛ぶ?」
「飛べ、マイア!」
「うん」
肩に乗ったちびマイアが頷くと、ブルードラゴンは夜明けの空に舞い上がった。
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