「それ、1、2、3、4」
「いっちにーさんしー」
「5、6、7、8」
「ごーっ、ろく、しち、はちっ」
「声が小さくなってるぞ」
「わ、わかってるよ」
爽やかな午前の晴天の下、アンゼロスと一緒にすごく地道なランニング。
やはり体力作りはランニングに限る。うん。
自分で調節しながらできるし、ちょっとずつ走れる距離が伸びることによって自分についてきた体力がわかりやすく見えるってのがいい。
……とはいえ、旅に出る前の体力には程遠いけど。
「し、しかしアンゼロスは体力あんなあ……」
「そりゃあな。剣士だし」
「剣士だけどオーロラとかは割とすぐに息が上がるじゃん」
俺ほどじゃないけど。
「まあ……あいつも少し基礎体力つけさせないといけないんだけどな。少なくとも半日ぐらいは打ち合えないと練習効率も悪いし」
「無茶言うなよ……」
もはやエルフからの襲撃もなく、周辺の魔物もディアーネさんたちがいつの間にか掃除してしまったポルカは平和そのもの。
むしろこうなってから長逗留したかったもんだが、残りの時間はたったの5日だ。
ライラの翼なら速いといっても丸一日近くは確実にかかるので、あと4日でここを離れなくてはいけない。
「もーちょっと長居したかったなあ……」
「次の休暇に期待しよう。何年後になるか分からないけど」
「次の再編成って来年だろ? 俺その時には除隊しようかと思ってる」
「それでこっちに戻るのか?」
「わからない。戻るにしても家はないからなぁ……それに鍛冶修業もやり直さないといけないし」
「……除隊しないでバッソンでアップルたち囲って生活したほうがいいんじゃないか、真面目な話。貯金とかしてないだろ」
「……うーん」
ランニングしながら悩む。
将来的に軍隊でそれほど偉くなるつもりがあるわけでもない。
というか、いくら頑張っても学もなくナイトクラス取れるわけでもない俺は百人長で頭打ちだ。
兵士は身体が資本の現場。人間やオーガみたいな短命種が長く続けるのはなかなか辛い。
十人長なり百人長を三年も勤めれば、多くはないながらも年金が出るようになるので、その頃には辞めて故郷で地道な職業に就くのが一種のセオリーだ。
俺が今回辞めないと百人長になるまで頑張らないと割が合わない。
とはいえ百人長というのもただ座ってればなれるってもんでもない。実績と人望がしっかりあって、他の十人長よりも昇進に相応しいと誰もが認めているくらいでないと、なれはしない。
「むぅ……」
他の十人長……。
アンゼロスは誰もが認める品行方正で実直な、立派なエースナイト。多分クロスボウ隊ではディアーネさん以外で一番人望がある。
アイザックなんかも候補としては強い。なんだかんだでリーダーシップも機転も実行力もある、兵士の鑑みたいな奴だ。
「あとウイリアムズも結構……ケイロンになら見劣りしないか? いやそもそも……」
「何をブツブツ言ってるんだ」
「あ、いやいや」
実際問題で俺が近いうちに百人長になれる目は限りなく小さい。
なら、養いたい相手もいる今、できるだけ早く足を洗って新しい道に踏み出した方がいい。
そう。それこそセレンに会う前、アップルを目覚めさせる前だったら、惰性でウダウダ兵士を続けても別にそれはそれでよかったけど。今はほら、その。
……ぶっちゃけエロいことも思う存分してたいし、あまり離れたくないよね。一緒に住めてなおかつ稼げるならそれに越したことはない。
しかしどうやって稼ぐか。それが問題だ。
「ライラに空中特急便やってもらって稼ぐ……うーん、これは俺いなくてもいいし俺が養うことにならないよな……。刻紋師……つってもクラベスでもっと勉強しないと看板掲げるにはおこがましいし。やっぱ鍛冶かなあ……」
「ま、まあゆっくり考えろ。鍛冶屋修業とかでお前が一人前になるまでだったら、僕とディアーネさんの貯金とかでみんななんとか暮らせるだろうし」
「あのな、鍛冶修業やり直しってなったら早くて3年、下手すると5年はやるんだぞ」
「う、うーん……金銭面はともかく、お前とそんなに離れるのは……」
「……ったく、不安そうな顔しやがって」
アンゼロスの頭を撫でる。
ちょっとだけ汗ばんだ肌に張り付くTシャツ、ポニーテールにしたうなじから漂う汗の香りに少し興奮してきた。
「あ……」
少しアンゼロスが耳を下げ、頬を赤らめる。俺が少し鼻息荒くなったのを敏感に感じ取ったか。
や……やっちゃうか?
い、いやいや。でも駄目だ。
せっかく「昼間からはあまりにも厳しいのでせめて夕方以降に」と、エロい特訓も勘弁してもらう方向になってるのだ。
でも……。
くそ、可愛い……その辺で押し倒したい……。
と。
「お、アンディー!!」
「アンゼロスさんもいる! おーい!」
ちょっと離れたところから、公道の雪掻きの帰りらしいジョニーとキールに手を振られた。
さすがに奴らの見てる前でアンゼロスとイチャイチャはしにくい。近づきかけた距離をパッと離す。
「よ、よう」
「おー、本当になんかトレーニングやってんだな。リンジーおばちゃんが言ってた通りだ」
「やっぱアレか? アレが弱くてセレンちゃんたちに嫌われそうなのか?」
ジョニーが片手で丸、もう片方の手で人差し指を立てて妙なサインを出そうとして、キールがスコップの腹でツッコミを入れる。
「やめろって。アンゼロスさん見てる」
「そ、そっか、あはは」
お前らは一つも間違ってないが自重してくれることは大いに助かる。
アンゼロスも照れくさいというか、後ろめたいのか微妙な愛想笑い。
と、その時、フッと日が翳った。
「?」
雲で翳る時はゆっくりと光量が落ちるし、何よりさっきまでは雲ひとつない晴天だった。突然の現象にちょっと訝りながら視線を上げる。
太陽の方向。
に、わさわさと羽ばたいてる何か。
「!?」
ヤバい。ドラゴンだ。
多分マイ……あ、あれ?
なんか五匹ぐらいいる?
「じ、ジョニー、キール、ちょっと」
なんだかよくわからないが着陸目標はきっと俺の周辺だ。
なんと言っていいかわからないままジョニーとキールに声をかけ……二人は既にそっちを見てあんぐりと口をあけていた。
「……お、おい、あれ」
「……ま、まさかな。あれ多分その、エルフのペットか何かだよな。すごい遠く見えるけど距離感狂ってるだけだろ?」
「ひ、飛龍便ってヤツだろ? 王都で一度見たぞ俺」
なんといっていいのか本格的にわからないけど、ちょっとちびりそうな顔でガクガクしている二人の気持ちは分かる。うん。ライラの正体を知った瞬間は俺もマジ怖かった。
そうしている間にも青い竜たちはわさわさと羽ばたいて近づいてくる。
二人がその迫力に口をあけたまま恐怖にガクガク震えた。
アンゼロスもなんか頭数が多いことに不審を感じたのか、俺をさりげなくかばうように立ち位置を変える。
そして。
「……人間っ!!」
『ひゃいいいいっ!?』
一番先頭にいたマイア(だと思うけどドラゴン体でたくさん来られると識別できない)が一声呼ぶと、ジョニーとキールが抱きあって震え上がりながら返事する。
「いやお前らじゃない。あっちいけ」
「し、失礼しましたっ!!」
「お、おお俺たちはこれでーーーっ!!」
ジョニーとキールは這うようにして逃げ去る。
うん。正しいけどさ。俺がドラゴンと初遭遇だったらお前らと友達の縁切るよその反応。
「人間、ただいま」
「お帰り、マイア……そっちのドラゴンたちは?」
「私の母様と従兄と叔母様と大叔父様」
「お初に」
後ろに降り立った一際大きなブルードラゴンが軽く会釈して、フッと人間体になる。
それを皮切りに他のドラゴンもみんな人間体に次々変じる。
……いいんだけど全員全裸。このクソ寒いのに。
「服を着てもらえませんか」
「おお、これは失礼」
大叔父様だと思われる、見た感じ50歳くらいのおっさんは空中から貫頭衣を取り出して身に纏う。寒々しい服装ではあるが着ないよりはアリだ。
それに習って他のもいそいそと。
マイアだけが裸のままトテトテと俺に近づいてきて、飛びついてきた。
「会いたかった」
「よしよし」
撫でる。
その光景を他の四人も微笑ましげに見ていたが、大叔父様が真面目な顔をして俺に口を開いた。
「ラッセル・パレスのライラ殿に会わせていただきたい」
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