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 計算が終わり、聖獣の肉塊も傷をほぼ癒し終え。
 さっきボナパルト卿が吹き飛ばした地点で、再びボナパルト卿が構えた。
 線対称の位置でディアーネさんも剣を構える。
「あの位置にディエルがいたらアウトですね」
「その辺は賭けね」
 ヒルダさんがあっさりと言ってのける。
 ……まあ、確かに気にしすぎてもしょうがないんだけどさ。
 そして、号令は俺がかける。

「3、2、1、……ゴー!」

 ドゴム、と二人のそれぞれの位置から同時に血柱が立つ。
 肉塊がほぼ同じだけえぐられていた。
 ……ディアーネさん、不慣れな上に尺も重さも足らない片手剣でボナパルト卿(グレートソード)と同じ威力出すとかどんだけ器用なんですかあなた。
「回復エネルギー、読むわよ!」
「はいっ!」
 回復術の心得のあるセレンがヒルダさんと分担で肉塊を見る。
 その目には傷を埋めていく肉塊の強力な回復エネルギーが見えているはずだ。
「……回復異常あります! 左……ええと20度、強度2割!」
「右40度強度4割……わかったわ、そこの下よ!」
 二人が方向を特定する。と同時に周囲の肉塊から攻撃が飛んでくる。
「危ない姉上っ!」
「伏せろセレン君っ!」
 脚の攻撃をディアーネさんとボナパルト卿が同時に薙ぎ払う。
 が、その直後にセレンとヒルダさんの斜め後ろ、半ば吹き飛んでえぐれた肉の中から鋭いトゲが覗く。
 角だ。一角馬の象徴。それがいやらしいトラップとして覗いている。
「後ろだ!!」
 俺が走り出すが、勢いよく飛び出す角には間に合わない。
 が。
『はぁぁぁぁっ!!』
 俺の近くにいたオーロラとアンゼロスが同時に衝撃波を打ち出していた。
 それは俺の足をやすやすと追い抜き……というか俺自身を吹き飛ばして、肉塊の傷口のトゲ……ではなく、そこにいる4人を直撃。
「うをああっ!?」
「きゃああっ!」
 吹き飛んだ4人は、間一髪でトゲの脅威から逃れる。
「ライラ! マイア!」
「ほ!」
「わかってる!」
 二人は瞬時にドラゴン体になり、宙を舞う4人の下に頭や翼膜を伸ばしてキャッチ。
 下から二人の身に蹴り足が襲ってくるが、さすがにドラゴン、ビクともしない。
「そこじゃな」
「ええ」
 ライラがヒルダさんに確認し、その爪で肉塊をえぐる。
 こじ開けられた深い傷口の奥に、見慣れない卵の膜のようなものが見えた。
「慎重にね」
「こうも蹴りつけられておると手元が危なっかしいのう」
 ライラの首に、腕に、腹に、ドカドカと肉塊からの蹴り足が打ちつけられる。
 一撃目はともかく、こうも何度も蹴りが続くと流石に身も揺るぐ。
「任せるだよ!」
 そこにジャンヌが駆け出した。手にはディエルの館でもらったホシハガネの短剣。
「ほ! ……ジャンヌ、頼むぞ!」
 ライラが自分の体の下の蹴り足をまとめて握り、体を押し当て、ジャンヌに向かないように押さえつける。
 その体の隙間から、俺も飛び込んで肉塊に剣を突きたてた。
「十人長!」
「急ぐぞジャンヌ! ……肉掘りくらいなら俺にもできる」
「得意技だなや」
 ジャンヌが返り血まみれで笑って、一緒に肉壁の奥のディエルを掘る。

 ほんの数分の作業が、何時間にも感じられた。

 背中の上ではライラがたくさんの脚に蹴りつけられて、苦しげに咆哮している。
 脚だけではないかもしれない。もしかしたら龍の鱗も貫くような鋭い攻撃を加えられているかもしれない。
 俺とジャンヌを守るために、ライラはそれを全て受け止めるだろう。決して退くことはないだろう。
 だから、早くしなければ。
「十人長、そこどくだよっ! 手が鈍ってるだ!」
「わ、悪い……」
 ゼエゼエ言いながらもジャンヌの半分くらいしか仕事が進んでいない俺。流石にドワーフは強い。
 いや、ライラのために頑張っているからか。
「……畜生」
 ……そうだ。
 俺がここでへこたれている暇なんか一瞬だってない。
 俺は、ライラの。
 ジャンヌの。
 ……ご主人様だからな。

「諦めるな。疲れたぐらいでなんだ。敵が強いぐらいでなんだ」
「十人長……」
「お前はライラのご主人様だろう。アイツと一緒に、みんなを幸せにするって、決めたんだろう」
 自分に向かって、俺はブツブツと呼びかける。
「武器がなければ石を投げろ。石がなければ砂を撒け。お前にできることはまだあるはずだ。まだお前は何もしていない、まだ何も苦労をしていないだろう」
 俺の中の可能性に火をつける。
 俺は最強の戦士なんかじゃない。神に選ばれた勇者でもない。
 だけどそんなものじゃなくたって、俺は。
 人間は。
 もっとできることがあるはずだ。

「ジャンヌ、下がれ!」
「!?」
 行くぞ……!

「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 剣は、肉を裂く。
 肉に光を刻みつける。
 その技術はただの紙を、エースナイトの拳を防ぐ盾に変える。
 黒檀の机を切る剣に変える。
 そして、裏返せばエースナイトの拳を防ぐ盾をただの紙にもできるのだ。
 そんな技術を頼みに、俺はこの剣を貰ったのだ。
 できる。
 そうだ、俺には。
 壊すんじゃなくて、作り変える力。
 工夫と協力でどんな難事も乗り越える力がある。

「ジャンヌ、今だ、斬れ!」
 周囲の肉壁全体に1分で大雑把な紋を刻んだ俺は、ジャンヌに場所を空ける。
 ジャンヌは俺の変な動きに呆気にとられていたようだが、言われて慌てて短剣を振るう。
「……うわ!?」
 そして、その壁がまさにプリンよりもやすやすと切れることに驚愕した。
「な、何しただ十人長!?」
「そんなんいいから早くディエルを!」
 ……そういや、この技、ジャンヌは実物見てなかったんだな。


 ディエルは卵の薄皮のようなものに包まれていた。
 そのディエルをジャンヌと一緒に担ぎ、ライラの腹下から抜け出る。
 そしてライラの様相を見て驚愕した。
「ライラ!?」
「く……は、早かったのう。もうすこしかかると思うたが」
 ライラは体のあちこちに角を突き刺されつつ、その角を突き刺した首を食いちぎり、握りつぶし、激闘していた。
 腹は動かせないままに。
「もういい、ライラこっちに!」
「ほ……そうさせて、もら」
 ライラは言葉を終えられないうちに人間体になり、地面に倒れ伏した。
 そのライラに、待ってましたとばかりにたくさんの脚が襲い掛かる。
 そこに、間一髪でアンゼロスとオーロラが滑り込み、間に合った。
「させるかっ!!」
「そこまでです!!」
 オーロラの剣が脚を切り飛ばし、アンゼロスの剣が足の根元の肉塊ごと吹き飛ばす。
 ……アンゼロス、もうアレ習得したのか。
「下がるぞアンディ!」
「どいて、人間っ!」
 アンゼロスがライラを抱き上げて撤収。それに続いた俺の背後で、凄まじい冷気が巻き起こる。
「!!」
 マイアの全力ブリザードブレス。
 一気に部屋を凍らせる凍結地獄。
 冷気の逃げ場がない室内では恐るべき威力の技だ。

 そして、全員が部屋の外に飛び出し、肉塊は凍りつく。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
 ミッション、第一段階終了。
 ……ああ。
 まだ、第一段階だ。

(続く)


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