氏族庄と呼ばれる集落から、迷宮までは約2日半の道のり。
それは往復だけで5日を要することを意味する。
さらに迷宮深部まで行くのにどれだけかかることか。
砂漠大迷宮みたいに、各種族の隠れ里への交通路としても機能している迷宮のほうが珍しいのだ。普通の迷宮は盗掘者……もとい冒険家をガチで迷わせ、魔物の餌食にする構成になっている。
「……バッソンの隊舎に戻った頃には懲罰房で反省文書かされるくらいタイムオーバーしてそうで怖い」
「大丈夫だ、元より父上の尻拭いの旅のさらに後始末。きちんと説明をすれば問題はあるまい」
ディアーネさんは笑うけど、……そりゃディアーネさんはね。
でも俺、下手するとカルロスさん経由で余計に大臣に恨みとか買ってそうで怖いし。
アンゼロスやディアーネさんは無罪放免となっても、俺だけこっそり海上旅団のガレー船の漕ぎ手にでも飛ばされるってのもありえない話じゃない。
想像してたらマジで怖くなってきた。
「歩いて二日……のう、ディエルとやら」
「なんだ」
ライラがディエルに問いかける。
「この結界内の空は竜が飛べぬ理由でもあるのかの?」
「……いや別にないけど」
「では話は早い」
ライラがばさっと無造作に貫頭衣を脱ぎ捨てる。
そして脳を揺らすような幻影衝撃のあと、大変身。
「うおお!?」
「こ、黒竜……!!」
ディエルを始め、超びびるエルフの氏族長たち。うん、ちょっといい気分になるのは俺の性格が曲がってるというばかりではないと信じたい。
「ああ、なるほど……人間、こっちもいるぞ」
マイアはパシン、と手を叩いた後、ポーズを取って大変身。
氏族庄のど真ん中に現れる二匹の巨大ドラゴン。氏族庄の住人たち、大パニック。
一旦騒ぎが収まるのを待って、改めて準備を進める。
まず武器。俺たちはランニング中に、ほとんど着の身着のまま捕えられたわけで、ろくな得物を持っていない。
ということをあらかじめディエルには伝えてあった。
「好きな武器を選べ……」
ちょっと疲れた顔のディエルが、自分の館の裏手にある土蔵を開いて見せてくれる。
中にはたくさんの武器防具と、使い方もよくわからないアイテムがきらびやかな光を放っていた。
「まあ」
「エルフもこんだけ白兵用の武器揃えてるだな」
オーロラとジャンヌが驚嘆する。もちろん他の者もびっくりだ。
ざっと騎兵百人隊に供給しても余るくらいの量がある。
「素材も……真銀にエバーゴールドに波刃鋼……うわ、この剣ホシハガネだよ」
「ホシハガネってなんだ」
「見ればわかるだよ」
ジャンヌがその辺にあった剣の一本を持ち上げ、腹の部分を俺の顔に近づける。
……やたらキラキラと光る粒子みたいなのが織り込まれていた。
「こんな不均一な素材の剣、もつの?」
「結構いけるだよ。真銀と同等以上。しかもこのキラキラの見た目のおかげでアホほど高いだよ」
「……ブルジョワだ」
真銀は主に王都周辺で採掘される素材で、王都名物の高品位刀剣には欠かせない。それと同等以上ってのはなかなかのものだ。
「使うのならば好きなものを一本ずつ進呈する。……どうせウチの氏族、剣使う奴10人もいないし」
「太っ腹だなあ」
「だから重ねて言うが、過疎化が進行してるんだ。使い手のいない武器ばかりあっても仕方がない」
というわけで、ここはディエルの厚意に甘えておく事にする。
「うーん……これはちょっと握りが気に食わないなぁ」
「抜き打ちに適した剣と、軽さに特化した剣……悩ましいですわ」
「どれも良いが愛剣に勝るものはなかなかないものだな」
アンゼロスとオーロラ、そして男爵はぶちぶち文句をつぶやきながらも嬉しそうに選んでいる。
「ディアーネ殿は武器も嗜まれるのかな」
「使って使えないことはないが、基本は手足だからな……まあ大物でなければ邪魔にはならないし、一本いただくか」
どうやら自前のグレートソードがあるので手は出さないらしいボナパルト卿。そしてその辺にあったブロードソードを無造作に取るディアーネさん。
「ハンマーとかモールがあればええだが。……ねえだな」
「せっかくなのでもらっちゃいましょう」
ジャンヌとセレンはそれぞれ妥協案的に短剣を取っていた。
他のメンバーはそもそも武器を使わないので微笑ましく見ている。
ディエルは品定めだけして特に武器を取らない俺を見て、口を開いた。
「スマイソンだったか。お前は武器は持たないのか」
「……俺、クロスボウしかまともに扱ったことないし」
情けない話だが、使えもしない武器なんか持ってたところで荷物になるだけだ。
「別に武器以外でもいいぞ」
「武器以外?」
「炸裂筒、気配消しの外套、無限煙幕の杖……まあどれも聖獣に役に立つかは疑問だがな」
「じゃあ……」
俺は、とりあえず駄目元で聞いてみることにした。
「刻紋できるペンとかない?」
言ってみるもんだ。
あった。
……というか、儀礼剣のひとつにそれと同じ事ができる奴があった。先端で書くと刻紋ペン同様に魔力的なラインが刻めるらしい。
「できればペンがよかった……」
ルーカス戦で使ったような大味な紋だったらこれで充分だが、細工には向かない。
というか紙素材や革素材だと切ってしまう。
「なんに使うんですか」
俺が刻紋ちょっとできることを知らないアップルが、訝しげな視線を送ってくる。
「……前衛の奴の服でも強化してやろうかなーと思ってたんだけど」
「で、できるんですか、人間のアンディさんで?」
「できるんだこれが。オーロラと張り合ったんだぞ」
まあ、多分ヒルダさんなんか日常的に医療用途で扱ってるんだからその気になれば似たようなことなんて楽勝なんだろうけど。
次へ
目次へ