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そして、男爵の館で会談。
「わらわが北の森のエルフが一族、白の氏族の長、アイリーナ。過日の一件では銀の連中が無礼をしたと聞き及ぶ」
「トロット王国はポルカの街の領主、デュラン・グート男爵です。お会いできて光栄の至り」
アイリーナ女史と男爵がそれぞれの形で礼をする。
「して、あなた一人でこの場に来られた訳は?」
「ミスティ・パレスの仔竜といえば、我ら北の森の民にとっては家族も同然。そのマイアをかどわかし、騙したという人間がいかほどのものかと思うてな」
外見は幼いくせに随分と流暢かつ古風な喋り方をする。言葉がなんだか拙いマイアとは対照的だった。
「騙したも何も、俺のハーフエルフの雌奴隷の一人がマイアとフェイザーに一回殺されかけたんだよ。それでも間一髪助かって、俺のもう一匹飼ってるドラゴンに、フェイザーを殺すかなんかして災いを絶たないとって言われて……でも、マイアはフェイザーに言われただけだっていうし、フェイザー殺したら余計な禍根が生まれそうだし……だからマイアを人質にして、フェイザーは追い返したんだ。そうすればおいそれと無茶は出来ないだろうから」
「ふむ。……ハーフエルフ、か」
部屋の隅で控えているアンゼロスとアップルを、彼女はちらりと見る。
「そういえば、セレスタとの交渉に邪魔な女がいる、と、銀の連中が歯噛みをしていたな」
「それが、そのアップルだよ……でも、言っておくけどアップルには手出しさせないぞ。アップルは俺のだ。あらゆる手段を使って諦めさせてやる」
「ふむ……なるほどな。人間のくせに随分と小生意気に言うものよの」
ローブの袖で口元を隠し、アイリーナ女史はニヤリと目元だけで笑ってみせる。
「こ、怖くなんてないぞ?」
「怖い? わらわが恐ろしいか、坊や?」
「……あんたの後ろの権力は、ちょっとな。でも屈しないぞ。お、俺には味方いっぱいいるからな」
自分で言っててアレだけどすごいチンピラの下っ端的な発言。
「ふふふ。そうよな。わらわは敵に見えるか」
「?」
敵……じゃ、ないのか?
いや、でも。フェイザーたちは自信満々に……。
「よいことを教えてあげよう。わらわは敵ではないぞ、坊や」
アイリーナ女史が立ち、マイアの隣に行って、さして背丈の変わらない、その頭を撫でる。
そして、戸外に微笑みかけた。
「な?」
「……気づいていたか」
フッ、と風景から滲み出るように長身のエルフの青年が現れる。
フェイザーみたいな若さと偏屈さ丸出しの神経質な感じではなく、どことなく世慣れた感じで、かつ剣聖のような無骨な印象の男だった。
「貴方は?」
「……聞き耳を立てるような無礼、お詫びします。橙の氏族の名代、ゴルクスと申します」
「え、ええ?」
この人たちは何を考えてるんだ?
どうも俺たちを出す意図ではないようだけど……それなのに、偉いエルフがこの牢獄にわざわざ入ってくるとは。
「わらわたち白の氏族と」
「我々橙の氏族は、貴方たちの味方です」
「な、何で……?」
「説明をいただけますかな」
混乱する俺を片手で制し、ダンディなチョビヒゲを撫でながら男爵が問う。
「…………」
「そなたたち、この北の森にどれだけエルフがいるか、聞き知っているか?」
アイリーナ女史の問いに、おずおずとアップルが答える。
「一万」
「……そう、一万。たったの一万。九つの氏族、均等割りで、千と少しずつ……して、空色の氏族の姫」
アンゼロスの隣にいるオーロラに、アイリーナ女史は話を振った。
「南の森は……空色の氏族の数は?」
「……クラベスで2万。森林領全体では6万ほどになります」
「!」
言われてみれば、確かに森全体で一万は少なすぎた。
好戦的な北方エルフは、弓を持たせればトロットの兵士百人隊でも4〜5人で翻弄してしまえるという。一人一人がエースナイトの如き実力を持つ、精鋭弓兵だ。
それが一万という気の遠くなるような数字に騙されていたが……もともと北の森は、その全体像は誰も知らないとはいえ、おそらくトロット王国の半分くらいはあると言われる広大な森なのだ。外敵もいない、楽土なのだ。
そこにたったの一万。
王都どころかバッソンだってもう少しいる。
「ふむ。理解できたという顔をしているな、坊や?」
「我々は、緩やかに滅び始めている」
美しいエルフの貴人ふたりは、俺たちを見た。
「全ては、守りの堅く、優し過ぎるこの森ゆえに」
「古代結界の安穏に浴し続ける北の森には、外に出るための衝撃が必要なのだ。……光の精霊の寝所を出て、本当の光に触れるための痛みが」
「え、ええっと……?」
アイリーナとゴルクスは、頷きあった。
「我らの氏族は、赤の領地を経てトロット王国にも一族の者を出している」
「意見は一致している。……『気』の流れの濁り、そして速く強きゆえに、外の世界の人々の命はとても強い」
「我らは清く優しい世界に慣れ過ぎたが故に、命として弱ってしまった」
「滅びを避けるには、再び活力が要る」
「つまり」
オーロラが二人を見た。
「我々があなたたちをねじ伏せ、頑迷に引き篭もるその努力を否定すれば、全体が外に向くチャンスになると……?」
「ああ。……そのために、利用させてもらいたい。これは取引だ、空色の姫」
「……まったく。勝手極まりますわね」
オーロラは吐き捨てるように言い、二人を睨んだ。
「不成立です、白と橙の君」
「……なんと」
驚くゴルクスを睨み据え、オーロラは凛とした声で言った。
「元より、わたくしたちに非などありません。ゆえに敗北することもありません。わたくしたちの敗北は、エルフの正義の滅びと知りなさい。もしもそうでないのならば、わたくしたちの勝ちと放免は確定事項。決まっていることをどう取引するというのですか。あなたたちはせいぜい尻馬に乗ればよろしい」
「……やれやれ」
「空色の姫オーロラ。……そなたを抱く南の森が羨ましくも恐ろしい」
二人は苦笑した。
「よろしい。そなたの正義に、森羅万象の加護を」
「森羅万象の加護を」
アイリーナとゴルクスは揃った動きで複雑な印を切り、オーロラに祝福を捧げる。
「会議は明日だ。……健闘を」
「言われるまでもありませんわ」
胸を張るオーロラがこの上なく頼もしかった。
(続く)
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