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「さっきの嵐で道が見えなくなってしまってなあ」
 マントにフード、それから分厚いガラスを使ったゴーグルの男は、目の前に立つドラゴンとその背の上のエルフを意に介さずに、俺に話し掛けてきた。
「お、おっさん逃げろ! アレが見えないのか!?」
 俺は驚愕してその男に叫んだ。
「……おお、ちょっと待て。視界が悪くてな」
 おっさんは暢気にゴーグルを擦る。そして俺の指を見つめ、その向きを辿って、巨大なドラゴンの姿を認める。
「うぉお、デカいな」
「デカいな、じゃねーよ! 逃げないと死ぬぞ!!」
「まあそう慌てるな。とにかく道を聞こう。街はどっちだ」
「あっちだよ! いいから早く!」
「いやいや待て待て。青年、矢が刺さっているぞ。手当てが必要だ」
「おいー!?」
 なんなんだこのおっさんは。
「……愚かな人間め、危険すらも理解できんか」
 エルフが矢をつがえる。
 おっさんは意に介せず、俺に向かってのっしのっしと歩いてくる。
「おっさん! 伏せろ!」
 俺は祈りながら叫んだ。
 全然縁のない通りすがりとはいえ、関係ない人が殺されるのは見たくない。
 矢が、放たれる。
 そして。
「ふむ」
 おっさんがフッと出しかけた足を一歩バック。
 矢はおっさんの胸元を掠め、地面に刺さる。
「危ないじゃないか」
 おっさんはエルフを見上げて文句を言い、そのまま俺に向けての歩行を再開した。
 どういう神経だ。
「愚弄するか、人間!」
「そういきり立つな。あまり怒ってばかりいると君の心に魔物が生まれてしまうぞ」
「死ね!! 死ね!! 死ね!!」
 本当に何に怒っているのか知らないが、エルフは次々と矢をおっさんに向けて放つ。
 バスッ!! バスッ!! バスッ!!
 おっさんはそれを千鳥足のような動きでスルスルと回避。
 そして、溜め息をつく。
「いい加減にしてくれたまえ」
「何なのだ、貴様は!! ええい!!」
 おっさんに撃っても埒が開かないと判断したのか、またも俺に矢を向けるエルフ。
 その時、初めておっさんが不機嫌な声を出した。
「いい加減にしろと言っている」
 そして、俺に向かって跳んできた矢を。
 一歩踏み込んで、伸ばしたマントで絡め取った。
「!!」
 矢の回避は、偶然とか魔法ですむかもしれない。
 しかしこれは少なくともエースナイト級のワザだ。
「おっさん、剣士か」
「旅人だが、以前は嗜んでいた」
「じゃ、じゃあドラゴンのヤバさぐらいわかるだろう」
「ああ、まだあれは若いな。百年は生きていないだろう」
「そういう問題じゃ……」
 おっさんはフードを上げて、ドラゴンとエルフを見上げた。
 白の混じった茶色の髪。
「これ以上は無益だと思うが、どうかね。帰ってくれないかね」
「寝言を!!」
 もう一度矢を向けるエルフ。
 おっさんはコキリと手指を曲げた。
 矢が放たれる。
 おっさんは、無造作に手を突き出した。

 ゴゥッ!!

「!?」
 巻き起こる衝撃波。吹き飛ぶエルフ。
 ……振り下ろしでなく、突きで衝撃波!?
「フェイザー!!」
 初めてブルードラゴンが口を開く。まだ若い、というか少女の声だった。
「ドラゴンよ、あまりつまらぬ戦いはするものじゃない。あのエルフにそう伝えておいてくれんか」
「貴様!」
 ドラゴンがおっさんに向き直る。
 おっさんは俺からいくらか距離を取って、悠然と見上げた。
「青年、私の馬の背に剣がある。取ってくれんか」
「…………」
 どう見てもただ者じゃない。
 ゴーグルのおっさんの指示どおり、馬に向かって必死に歩き、剣を取る。1m半はありそうなグレートソードだった。
「おっさん!!」
 投げると、おっさんはそれを片手でしっかりキャッチ。
 次の一振りで鞘を振り捨てる。
「ドラゴンスレイヤーを気取る気か」
「いいや」
 ドラゴンの抑えた声に、おっさんは飄々と答えた。
「ただの旅人だよ。これはただの自衛だ」
 ドラゴンはなめられたと思ったか、怒りに目を輝かせる。
 そして、アイスブレスを吐き出した。
「おっさん!!」
 ドラゴンブレスは現在唯一、一瞬で大量殺戮を行える規模の炎や冷気を発生させる手段だ。
 そして、無尽蔵とも言えるそれを防ぐ手段は今のところ開発されていない。
 おっさんは、それの直撃を受けたのだ。
 氷漬けか、と思った。
 が、よく見ると信じられない光景が目に入ってきた。

「おおおおおおおおおっ!!」

 おっさんは、地面に剣を突き立て、目にも止まらぬ速さで両手で衝撃波を打ちまくり、空中に障壁を作っていた。
 そして、妙な手ごたえにブレスがゆらいだ瞬間、剣を引き抜いてブレスの薄い場所を突破。
 大ジャンプでブルードラゴンの顔面の真横に飛んでいた。
 ゴーグルを上げる。
 そして、グレートソードを一振り。
「ぬあ……があああっ!?」
 ドラゴンが顔を巨大な手で引っぱたかれたように、真横に吹っ飛んで雪原を転がる。
「ドラゴンの弱点は強すぎることだ。もっと強くて恐ろしい、ドラゴンスレイヤーでもなければ自分は負けないと思い込んでいることだ」
 着地したおっさんは静かに言う。
「人間族をなめるな、愚かなる竜、愚かなるエルフよ。次は平打ちでは済まさんぞ」
 静かに言うその右目は、白目が青く、黒目が赤い。
 明らかに普通の目ではなかった。

 街の方からブラックドラゴンが飛んで来る。
「仲間か」
「俺のね」
「……ほう、青年。竜の眷属か」
「ドラゴンライダーってことらしいよ。分類上は」
 俺がそう言うと、雪原に倒れたエルフの青年は驚愕の目で俺を見た。
「バカな……ドラゴン、ライダー?」
「なんだよ。お前もだろ」
「……バカな」
 ……? どういうことだ?

 ライラが俺の傍に舞い降りる。その背にはアップルとオーロラ、ディアーネさんとアンゼロス。
「アンディ!!」
「アンディさんっ!!」
 4人は背から飛び降りる。
 ライラは人に戻らずちびライラだけ俺の肩に寄越し、油断なく、倒れたエルフとブルードラゴンを見据えた。
「……ミスティ・パレスの竜じゃな。この近くにある」
「こ、この近くにドラゴンパレスあるの?」
「なんじゃ、知らなんだか。……まあ、エルフの領土かのう」
 初めて知ったぞ。そんなんあったのか。
「……して、どうやって奴を倒した? ブルードラゴンとて決して弱い竜でもないはずじゃが」
「このおっさんが」
「ほ」
 ゴーグルのおっさんは軽く会釈する。
「通りすがりの旅人です」
 アンゼロスが彼を見て、びっくりして胸に拳をつけた。
「あ、あなた様は!」
「……旅人ですと言っているのだが空気読んでくれんかね」
 ちょっと気まずそうに眉をハの字にするおっさん。
「……お初に。ボナパルト卿」
「旅人……」
 無視された恰好のおっさん、悲しそう。
「ボナパルト卿?」
「……お前知らないのか。アーサー・ボナパルト伯爵」
 ……どっかで聞いたような。
「至剣聖だ」
「……至剣聖!?」
「旅人……」
 おっさん……ボナパルト卿は、あくまでこだわるつもりのようだった。

(続く)


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