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一度バラした荷物を身に付け直し、アンゼロスの様子を探る。
正面から入っていったアンゼロスは、玄関口にいた身なりのいいエルフ(執事か何か)とひとしきり押し問答した後に、屋敷の中に入っていった。
「私たちも追いましょうか」
「これ以上近づけるか?」
「万能雌奴隷にお任せあれ」
ちょっと芝居がかった口調で胸を叩くと、セレンはすっと玄関前の空間を指差し、小声で呪文を唱える。
「────」
一瞬、脳の奥が揺すられるような感覚。
それが終わると、セレンが俺の手を引いておもむろに玄関に向けて歩き出す。
「お、おいっ!?」
「大丈夫ですよ」
そして、慌てる俺ににっこり笑っていたセレンが、突然消える。
「!?」
「早く」
見ると、虚空から手首だけが突き出している。そして俺の手は引かれたまま。
「空間指定の幻影です。直接幻影で体を包んで動くと、勘のいい人は気づいちゃいますから。潜入の時はこれを効果時間短めで、飛び石状に張って渡り歩くのが基本ですよ」
「……お前ほんと色々できるのな」
「アンディさん探しの途中で勉強したんですよ」
幻影ゾーンの中で胸を張るセレン。
ともかく、そのセレンが次々に張る幻影を隠れ蓑にして、屋敷の中を進む。
「……夜会って言う割には、静かだな」
「あのキザなお手紙の人ですし。アンゼロスさん一人呼び出して『君だけの為の夜会さ』とか言い出しかねません」
「うわー。あり得る」
そして将軍クラスの実力者で、美形揃いのエルフの一員ともなれば、それさえ様になりそうなのが嫌な感じだ。
「アンディさんが言うならウットリしちゃいますけどねぇ。『今夜は君と俺だけの夜会だ。月の女神に歯軋りさせるくらい愛し合おう』とか……」
「それはお前だけだ」
というかそんな歯の浮くセリフすらすら言う自分を想像したくない。
「んー、ディアーネさんも多分ウットリするんじゃないですか? アップルもきっとコロッと」
「……その三人だけだ」
「ライラさんは知らないけど、あのドワーフの女の子も相当やられちゃいそうな」
「もういいから」
真面目にいこう真面目に。
屋敷の中をしばらく進んだところに大広間があった。
アンゼロスがそこに入ったのを確認し、部屋の入り口の壁の裏にセレンが幻影を施してそこに陣取る。
「さすがに視線の通るところに幻影かけたら、大剣聖級の人相手に騙し通せる自信はありません。でもここから覗き込むくらいなら大丈夫でしょう」
「OK」
セレンと二人で壁越しに覗き込む。
案の定、立食パーティーの用意はしてあったが、アンゼロスと一人の男以外は誰もいなかった。
そこにいたのは赤毛のエルフ。
エルフだけあって嫌になるぐらい美形だ。そして見た感じ俺より若い。
マスターナイトは最精鋭だけあって普通十何年もかけて辿り着くので、あまり若いと違和感があるのだが……まあ、エルフだし。
ディアーネさんだってしおらしい時は俺より幼い感じがするのだ。きっとこいつも相当な歳なのだろう。
「ようこそ、アンゼロスさん。我らが花と翠の都クラベスへ。そして我が夜会へ」
「お初にお目にかかります。北方軍……いえ」
アンゼロスは奴の目をじっと見たまま、軍隊式の敬礼と名乗りを上げようとして思いとどまる。
この案件は軍人と軍人の戦いにしてはいけない。あくまでディアーネさんの個人的な知己としてここにいる建前だ。
「北方エルフのアーロンと、トロットの商人リンダ・ノイマンの子。アンゼロスと申します」
「先ほどは女性らしさを隠すことなき姿で見かけましたが。夜会にその装いとは少々驚きますな」
「武芸一本にて生きてきた身、また旅の途上ゆえ、身を飾り立てるものは持ち合わせておりません。それにしても、夜会という割には静かだ」
「先ほど街であなたの美しさに打たれ、時のなき故に急遽催した宴です。友人たちにも知らせる隙がなく。物寂しいことはご容赦いただきたい。それでも貴女を歓迎し、語らう為に茶の一杯ではクラベスのエルフの誇りに関わる」
「かたじけなく思います」
アンゼロスが軽く微笑む。いや、微笑んでいるように見えて引きつっている。
さすがに本物エルフ、しかも交易を拒み続けていた気位の高い連中の幹部格だ。口説こうという気配を丸出しにしながら、慇懃無礼な振る舞いも堂に入ったものだった。
「さて……あなたがここに来たという事は、大体の状況はおわかりいただけているのかと思いましたが」
「通り一遍、したためてあった通りには」
「ふむ。……ならばその装いは抵抗……否、これからのことに心挫けぬための、せめてもの意地、ですかな」
「さて。将軍が何をおっしゃっているのか、無骨者の身にはいささか難解です」
「何、難しい話ではない。クラベスの女なら子供にさえわかる話です」
すっ、とアンゼロスの顎に手をやるルーカス将軍。
「あのダークエルフ女には南方軍団の戦力でも中核をなしていた第一、第二歩兵隊、また騎兵隊がついております。ナイトクラスも持たぬ百人長には過ぎたるものと思いましたが、エースナイトでも曲者中の曲者とクイーカでも評判のジーク・ベッカーもついてきている。念を入れさせていただいている。……彼らは精鋭です。エースナイトも数騎いる。どれも将来マスターナイトの器だ。彼らならおそらく、竜とて狩れる」
「…………」
「その上、軍には所属していない、父上子飼いの弓士隊もいましてね。……彼女の用はおそらくオアシスコロニーで借りてきた女どものことでしょうが、可哀相に、アシュトンに使い捨てられましたな」
ルーカスはニイッと笑った。
「が、私の指示なき限りは、命までは取らぬように厳命してあります。せっかくのアシュトンの手駒だ、使い方次第では……と思っておりましたが。気が変わりました」
ルーカスは、
いきなりアンゼロスの唇を奪った。
「!?」
飛び離れるアンゼロス。ニヤついたままのルーカス。
「あなたが私の妻となるなら、あのダークエルフは見逃しましょう。元々ダークエルフは父上の趣味だ、私はあんな穢れた生き物など、いかに犯し壊され雌豚同然まで堕ちようが、死体だろうが、近くに置きたくはない」
「お、驚いたな。誇り高い森エルフ様が僕らハーフエルフを妻に欲しがるとは」
ゴシゴシと、血が出そうなほど唇を擦るアンゼロス。そのあからさまな態度に少し嫌な顔をしたルーカスだが、すぐに元の自信たっぷりのニヤニヤ顔に戻る。
「第七夫人ですがね。一生涯、このエルフの森で身分を保証されるのだ、あなたは運がいい」
「あいにくと僕はエルフの森に住みたいとは思わない。ハーフがみんなエルフに憧れていると思わないで欲しいね」
「やはり下衆な血が入ると高貴な男に抱かれる喜びを忘れてしまうものなのか」
「ここはセレスタだ。商売と寛容の国だ。高貴も何もあるか」
アンゼロスがついに剣に手をかける。
「ククッ」
ルーカスは悠然と壁にかけてある細剣を取る。ヒュッと振ると、数m先にあったテーブルがいきなり真っ二つになった。
アンゼロスの衝撃波の先を行く、斬撃波だ。
それを見て顔色が変わるアンゼロス。満足げにアンゼロスを見下すルーカス。
「ここはクラベスだ。私の世界だ。……ここで最強にして至高の存在は、私だ」
ルーカスが、ツカツカとアンゼロスに迫る。アンゼロスは数歩後ずさり、逃げては元も子もないと思い直したのか、唇を噛んで剣を引き抜く。
「私は美しい者には価値があると考えている」
細剣が、無造作に突き出される。アンゼロスが体捌きでかわす……が、腰アーマーがひとつ弾け飛んだ。
「魔物混じりのダークエルフに父はご執心だが、私は美しさを感じない。汚らしいだけだ。だが君は下賎の混じりとはいえ、美しい」
さらに数発、突き出される剣。アンゼロスは避けきれず、カツン、カツンと金具が吹き飛ばされていく。
「口説き文句が下手だな、将軍!」
剣を下から振り上げるアンゼロス。ルーカス将軍はスウェーバックでかわして……衝撃波の餌食になり、数メートルほど舞い上げられる。
「ほ、ほう、なかなか……」
「食らえ!」
空中のルーカス将軍に、軽く跳んだアンゼロスが渾身の大振りを叩きつける。
ドカン、とよくわからない音がした。
「っ!?」
息を飲んだのは、アンゼロス。
空中で、まるで曲芸のように体勢がムチャクチャなまま、ルーカス将軍はブーツのカカトでアンゼロスの剣の根のあたりを蹴りつけて止めていた。
切っ先でない部分は、ショートソードと言えど切断力は低い。切っ先に意識を集中した剣の根で、分厚いブーツのカカトを切れはしない。
「噂にたがわぬ剣技。さすが斬風剣のアンゼロス」
「くっ……」
地に舞い降りた二人は再び対峙。
またツカツカと無造作に近寄るルーカス将軍に、またたじろぐアンゼロス。
そして、また細剣が数閃。
受け止めようとした剣はことごとく抜け、突きがアンゼロスの肩アーマーを弾き飛ばす。
読めてきた。ルーカスはアンゼロスをおちょくりつつ、鎧を全て突き壊し、剥がしてみせようと思っているのだ。
「ふ。いいかげん諦めたらどうかな、我が美しき花嫁殿」
「は、花嫁なんて……っ!!」
「エースナイトは三人集まってもマスターナイトには勝てない。君も知っているだろう?」
「く」
「君は優秀だ。それはもうわかったとも」
ルーカスは一際、バックスイングを大きめに取り、一撃。
「!!」
アンゼロスの剣を弾き飛ばす。
そして、目を見開くアンゼロスの首を掴んで、壁に叩きつけ。
「手間を取らせないでくれ、我が妻よ。……良き雌の胎は、より良き男に使われるのが幸福というものだろう? 力も、血筋も、私以上の男などいない。君は幸福を掴みかけているのだ」
「っぐ……うっ」
アンゼロスは衝撃のせいか、悔しさのせいか、涙を浮かべる。
アンゼロスは否定されきった。必死に鍛えた強さもせせら笑われ、ハーフエルフなりの尊厳も下賎と切って捨てられ、ただ顔が綺麗というだけの理由で、まるで面白い形の石ころのように収集されようとしている。
それは、俺にも許せることではなかった。
「くそっ……」
「アンディさん……」
「……ここから、なら!」
出たって勝てない。あいつは、強い。
だが、嬲られるアンゼロスをすぐに救わないと自分が許せない。
だから、せめて少しでも勝算があるように、できるだけ間合いを取って部屋の逆隅に転がりながら、クロスボウに矢をつがえた。
「そいつを放せ、お下劣エルフ!」
クロスボウの照準をルーカスに定める。
ルーカスまでの距離は20m弱。これだけ離れていれば、ワンステップで切り込める、一足刀の距離とはいかない。
俺が外さない限り、俺は一応優位だ。そして20mくらいで外すほど俺は訓練をサボっちゃいない。
「す、スマイ……ソン」
「何だ、君は。……見覚えがあるな。昼間彼女と一緒にいた人間か」
「男の顔は覚えないタイプだと思ってたぜ」
「邪魔な男の顔は覚える。そのうち掃除するために、だがね」
ルーカスはクロスボウを向けられても余裕だ。
ツカツカと相手に近寄る所作から、スピード系じゃないと思っていたが、もしかしてスピード系か。だとすると分が悪い。もっと寄らないと当たらないかもしれない。
巻き上げの手間があるから、二発目は撃てない。一発で当てないといけないのに。
だが、近寄ったら引き金を引く瞬間に斬り倒される。
遠くにいてもかわされて悠々斬られる。
八方塞がりじゃないか。クロスボウでこんなんに勝てるか。
「ちょうどいい。掃除するとしようか」
「そう、簡単に、いくか馬鹿が!」
迷っている時間はない。俺は覚悟を決めて、狙いを定めて、引き金を引く。
その瞬間、案の定、視界から奴が消えた。
「っ…………!!」
「…………」
スローモーションの視界。迫る死の恐怖がいきなり現実感を持ったせいで頭がイカレたのか、奴が視界に再び現れてからが妙にゆっくり見える。
奴が再び現れたのは撃って飛んで行く矢の真横だった。
まだ矢は3mも飛んでいない。そのくらいの早業だった。
ああ、ディアーネさんにあの時クロスボウを打ち込んだとしても、こうしてかわされていたんだな、としっかりわかる風景。
そして、つまらなそうに矢を細剣で叩き落として、ルーカスがこちらに振り向く。ここまで、まだスロー視界。
そして奴が俺に向き直る……かと思いきや、そのまま俺を素通りしてまたアンゼロスに振り向く。
奴が振り向きぎわに、細剣をヒュッと横に軽く振り、血を払うのが見え……って、あの剣、まだ生身を斬ってない、はずじゃ。
奴の向こうのアンゼロスが目を見開く、半泣きだった涙がポロッと宙を舞う。
「ス マ イ ソン────っ!!」
時間が、戻ってきて。
そして、俺は何故か体が傾いていくのを感じる。
踏ん張ろうとする。踏ん張ろうとする足に感覚が返ってこない。
「アンディさーーんっっ!!」
セレンが幻影の中から飛び出してきて、俺に飛びつく……いや、抱き締めて倒れるのを止める。
足元で、ゴロン、と何かが転がる音がした。
俺の左足、膝から下。
「う、う、うあ……あ……」
これは、多分、ヤバイ。
今は感覚が、ないんだけど、多分、ものすごく痛い。ものすごくキツい。というか死ぬ。
こんなにジョバジョバ血が出たら、死、ぬ。
「アンディさん、見ないで! 私が治しますから、なんとかするから、アンディさ」
「うあああああああああああああああああああっ!!!??」
俺は、クロスボウを取り落として、血の中に倒れた。
のた打ち回る。
視界がぐるぐるする。血がぐるぐるする。
視界の端で、セレンがルーカスに両手を捻り上げられるのが見えた。
「ほう、こちらにもまだハーフエルフが隠れて……ふむ、こちらもそこそこ美しいな。どうだ、取引といこうか? 二人とも私の妻となるならば、その男の手当てをする時間をやろうじゃないか」
「ルーカスッ!!」
「アンディさん!! アンディさんっ!! は、放して、アンディさん!!」
くそ。
くそ、くそ。
……これは、ヤバイ。
(続く)
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