幼い頃の俺は、ポルカという辺境の街に住んでいた。
 一年の半分は一面真っ白になる豪雪地帯で、周囲にはほとんど街らしきものはなく、見渡す限りの原野と針葉樹林が広がっている。
 気候のために当然農業は盛んでなく、周りの森は魔物が多いことで有名で、まあ普通に考えたら栄えそうにない街だったが、一つだけどこにもない名物があった。
「ポルカの霊泉」という冬でも凍らない不思議な湧き水だ。
 街のあちらこちらで湧いているこの水はものすごい治癒の霊験がある。その効果は病気から怪我から何にでも効く。
 森の魔物に襲われて脇腹半分食いちぎられた兵士がこの水を飲んだら完治したという話もあるぐらいだ。
 欠点は、湧いたのを汲んでから大体半日もするとただの水になってしまうことだったけれど、おかげで街はいつも病や怪我を抱えた巡礼者で賑わっていたし、水自体を出し惜しみされることはなかった。


 そしてこの霊泉、実は地元の人間には有名だが温泉もある。
 そこのは特に女性の肌を若返らせるっていうんで大人気だった。
 ポルカの50歳はよそでの30歳って言われるぐらいだ。雪国で色白美人の多い土地柄、もう温泉は天国のような風景だった。
 そしてそこで俺は覗きの常習犯だった。
「ん?……あっ、コラッ!」
「また鍛冶屋のアンディよっ!!」
 花屋の姉ちゃんと酒場の娘に見つかって雪球を投げつけられる。
 俺は雪の上を手製のソリで大脱出するのが得意技だった。
「鍛冶屋のエロガキ」とやたら有名だったが、専ら怒るのは若い娘ばかりで奥さんおばさんは笑って済ませてくれた。
 まあ田舎だったし徴兵で男が少ない時期だったから、男はむしろ好色なぐらいが頼もしい、とか大らかな見解だったみたいだ。
 それに前述の通り、おばさんとはいえ霊泉効果で充分イケるボディの持ち主ばかりだったわけで、俺としてはウハウハだったわけだが。


 その日も花屋のジェシカに雪球ぶん投げられつつ雪の上を滑走していた。
 が、ソリが何か通った跡に引っかかってつんのめり、雪の中に放り出された。
「ぐわっ!?」
 ぱふっと体が沈み込み、一瞬パニックになる。
 1mも積もった雪に体がはまると結構怖い。ブザマにじたばたしてようやく体を起こし、ソリを探してキョロキョロすると、ちょっと怖い状況なのに気づいた。
 引っかかった「何かの通った跡」は、森から続いている。
 そしてその跡は、10mも離れていないところに先端がある。
「……う、うわっ」
 温泉があるのは街の郊外で、実は魔物が出やすくもあった。
 そして森へはちゃんと整備された入り口がある。それを無視して関係ないところから出てきた「何か」が、人間でない危険は充分にあった。
 しかし。
「……あのっ」
 即席の通り道から歩きにくそうに戻ってきたのは、亜人だった。
「エルフ……?」
「い、いえ、その」
 長い耳は森の亜人、エルフのもの。しかしポルカの近くのエルフは頑なに人間と交易したがらず、お互いに不干渉が暗黙の了解だった。
 そのエルフがわざわざ、何をしに……と思っていると、亜人は言いにくそうに切り出した。
「霊泉の水を下さい。友達が、死んじゃいそうなんです」
「も、森の霊泉は?」
「……貰えなかったんです。私たち、半分だから」
 ようやくピンときた。
「そっか、ハーフエルフなんだ」
「ええ」


 エルフは縄張り意識の強い種族で、自分たちの集落と無関係の者を縄張りからとことん排除したがる傾向がある。
 一方で、このトロット王国の人間は亜人には結構寛容だが、ことエルフに関しては相当痛い目に遭わされている。
 まあ野放図に森を拓いて街だの村だの作ってはエルフに追い出されたり焼き払われたりしているわけだが、ほぼ一切の警告もなく、情け容赦のない弓矢の狙撃でさくさくと殺されている事実は、エルフに対する恐怖心や敵愾心を育てるのに充分だった。
 そんな中、混血のハーフエルフの肩身の狭さは亜人の中でも図抜けたものだ。
 何しろ耳が長い。純粋なエルフよりは短いらしいが、面と向かってエルフを見た奴なんてほとんどいないわけで、どうしたってエルフと見分けることはできない。それで警戒されるし、人によっては仲間を殺したエルフに対して殺意だって抱く。
 おかげで森でも街でも影を縫うようにして生活せざるを得ない。可哀相だが、種族紛争がなんともならない以上決してどうにもならない犠牲者たちだった。


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