ヨーデル村は山地のほぼ中心にあり、そこから先は下り道が自然と多くなる。
 とはいえ、平地なら一日に10キロやそこら進んで終わりということは有り得ない。ガッシュたちも山の中の遅々とした歩みに飽きているのはやまやまだが、馬の体調も考慮しなくてはならない。
 大型の馬三頭は、下手をすればオーガすらも乗せて走れるのではないかと思える大きさだったが、この過酷な旅で足を痛める可能性は決して低くはない。
 それでもなんとかポルカにたどりつけるよう、余裕を持った運搬力を期待しての三頭立てだ。
 辿り着けさえすれば、霊泉の治癒力で骨折などはすぐに治る。
 しかし問題は彼らの飼料であり、体が大きいためによく食べ、馬車の屋根に山積みしても数日と持たない。そのため途中の集落で随時補給をしながら歩くのだが、終点ポルカに行くためには最後の三日間がどうしても過酷になる。ひたすら平地で、集落がないのだ。
「特にこの季節はな。吹雪で立ち往生しちまう可能性も低くないんだ。この量を食う馬たちが絶食したらどうなると思う」
 御者は屋根に高々と積んだ飼料に蝋塗りの防水布をかけ、べしべしと叩いてガッシュを見下ろす。
「痩せこけちまうんだろうな、そりゃ」
「動けなくなったら最悪置き去りだ。だから無茶してでも進むことにせざるをえない場合もある。また手を借りることになるかもしれんが、頼むよ」
「……まさか三日間歩き通しじゃねえんだろ。途中の休憩場所に食い物の貯蔵とかできねえのかよ」
「誰が運んで、誰が管理するんだよ。タダの代物ってわけでもないんだ」
「…………」
 途中に洞穴か、あるいは頑丈な避難小屋があったとして……そこに飼料を貯蔵しても、誰かが盗んで金にしないとも限らない。
 あるいは専用倉庫を設え、鍵をかけて管理なんてことをしても、その鍵をどうやり取りするのか、という問題がある。
 誰も住まないはずの場所に馬の飼料のためだけに管理者を常駐させるのは難しい。誰だって特に寂しく不便な冬は、人里で過ごしたいものだ。
「そもそもなんで平地じゃなくて山の方にばかり集落があるんだよ。逆じゃねえか」
「水も実りも山の方が多いんだよ。平地は便利に見えて全然そんなことはないんだ」
「……本当、よく住んでるよな。ここらの奴らも、そのポルカってとこにもよ」
「セレスタじゃ違うのかもしれないが、この国じゃ育った土地を捨てるのは滅多なことじゃできないんだよ」
 お世辞にも身軽とは言えない動きで屋根から降りる御者。
「民と土地は領主のもん、さらにひいては王のもん。そういう枠組みでは逃げることなんかできやしない。先祖代々受け継いだモノを捨て去って、よそで誰が歓迎してくれるんだ、ってな」
「窮屈な話だぜ」
 トロットは封建制国家。市民の一員となるには、建前上「貴族の誰かの所有物」である必要がある。それがあまり自由に転居することができない理由でもある。
 セレスタではそういうものはない。納税や労役の義務がトロットに比べて軽いわけではないが、生態からしてあまりに多様な種族がいる国家では画一的に人を管理するのは極めて難しく、それゆえに自由が利くという側面もある。
 氷雪地獄のような土地にそれでも住み、努力して生活するというのは、ガッシュからすれば不思議で仕方がなかったが……簡単に故郷から逃げることを提案できるガッシュの方がトロットでは奇異なのだろう。
 文化の違いについて思いを巡らせていると、集落の反対側がにわかに騒がしくなる。
「なんだ?」
「ちょいと待て……おっ、すれ違いが来なすった」
 御者が馬車の屋根に再び上って首を伸ばして確認。
「すれ違いって?」
「馬車のすれ違いだよ。反対向きの馬車が来たんだ。ポルカからね」
「往復してるのってこの馬車だけじゃなかったのかよ」
「そんなわけないだろう。こんな長い道程、一台だけで繋いでたら大変なことだよ。……ご同業はだいたい顔見知りだ、挨拶してくるよ」
 御者はまた不器用に車体を降り、雪道を歩き出す。
 それをぼんやり見送り、いったん馬車に入って暖を取ろうとしたガッシュは、扉を開けようとしたところでニュッと壁抜けしてきたブライトにチョップされる。
「何を引っ込もうとしているんだ」
「な、何しやがる」
「君も確認しに行きたまえ。もし目当ての人物が乗っていたらどうするんだい」
「……そんな偶然あるもんかね」
「おいおい。君が死にかけてヒーリィに救われる偶然に、私と出会う偶然が重なったんだ。小さい可能性を笑えた立場かい?」
 それを言われると反論できない。渋々とガッシュは踵を返し、御者の後を追う。
「お前もついてこい、ブライト。どうせだからくっついて暖めてくれ」
「おっ、なかなかムーディな提案をするじゃないか。ガッシュにしては」
「本気で凍えそうなんだよ。ヒーリィまで冷たい思いはさせたくないからお前で我慢だ」
「精霊に無駄な気づかいをするものだね。私は構いはしないが、ヒーリィが聞けばへそを曲げるぞ」
「あいつには後で暖めてもらう」
 なんだかんだ言いながらも、まさに恋人のように腕を抱きしめて寄り添ってくれるブライト。
 寒さのせいにして人前でイチャイチャしてみせるのは実際に恋人らしい行動であり、後でヒーリィはいたくヘソを曲げるのだが、ガッシュはそれに気づかない。


 そして、到着した「帰りの馬車」を覗き込むと、その中に筋肉質ではあるが少し気の小さそうな男がいるのを見つけた。
 ガッシュはピンときた。
「おい、アンタ」
「ん?」
「アースだろ」
 ガッシュは指差して断定する。
 容姿の印象は事前に聞いていたが、それは当てにならない。ポルカでは本当に万病と怪我が治るというのだから、それなら容姿も変わっているかもしれない。
 実際、聞いた姿とは髪型も違ったし、癖として聞いていた、悪くなってしまったはずの片目をしきりに細める仕草もしなかったが、ガッシュは筋肉のつき方でおおかた鍛冶屋だろうと見当をつけたのだった。
「……アンタ誰だ。俺はリザードマンの知り合いはいないんだが」
 果たして、勘はぴたりと当たっていた。
 少しおどおどとしながらも肯定するような答えを返した「アース」に、ガッシュは手を差し出す。
「会いたかったぜ。アンタの作品のひとつについて調べてる。少し話を聞かせてくれ」
「な……何?」

 ポルカから三日の距離を踏破した彼らは当然、この宿場で休む予定だった。
 逆にガッシュたちは出発直前だったのだが、それに関しては御者に待ってもらう。
「こいつだ。この石の出所を探してる」
 自分たちの馬車まで戻り、ガッシュが荷物を漁って取り出した槍先を、鍛冶屋アースはしげしげと見る。
「……またずいぶんズバリなブツ持ってきたな……」
「心当たりはあるのか?」
「……あるよ」
 アースは飾り石を撫でながら呟くように言う。
 そして、ガッシュにぴたりと張り付いているブライトや、怪訝そうに馬車の扉を開けて覗いているヒーリィを見やり、声を潜める。
「昔、北の森から持ち出された石らしい。俺は綺麗な石だとしか思わなかったんだが、あとで残った石を調べてみたら色々と不思議な特性がある代物でね。……長いこと、もっと手に入れられないか探していたんだ」
「……おいおい。随分とキナくせえな」
「俺に聞いたことは口にしないことを勧める。どうも正規のルートじゃなかったらしい、というのは調べがついてる」
 アースは特にヒーリィの反応に注意しつつ、話を続ける。
「俺は北の森に行く方法をずっと探してたんだ。それで、どうも最近になって、ポルカからなら森に入れるかもしれないって話をセレスタ商人から聞いてな。表向き療養ってことではるばる来たんだ。……実際、目も腰もすっかり良くなったのは嬉しい誤算だった」
 少し微笑んだ後、再び声を潜め。
「だけど、結局森には入れなかった。どうも資格が必要らしい……そこまで探れなかった」
「……そこまでコソコソしなきゃいけない石なのかよ」
 あまりにも怪しい態度に、ガッシュはつい呟く。
 アースはしばらく黙ってガッシュを眺め、首を振る。
「面白い石ってだけだな、今のところは。……それなのにエルフたちの反応が大袈裟だったのが気になってるんだ。もしかしたらヤバい石かもしれない」
「…………」
 ガッシュはこの男が妄想家なのか、それともこれが本当にマズい品なのか迷う。
 どちらの可能性も有り得る気はした。北の森のエルフといえば、セレスタ南東の森林領のいけ好かないエルフたちに輪をかけて高慢なことで有名だ。
「どうやら英霊峰ってところで取れる石らしい、というのは探れたが……俺に分かったのはそれだけだ」
「……お、おう」
 アースは真剣な顔でガッシュを見つめ、そして一息。
「アンタの仲間はハーフにダーク、奴らの仲間じゃなさそうな雰囲気だから喋ったが、くれぐれも内密にな。どうなっても知らないぜ」
「……おう」
「俺は所詮一般人だ。これ以上深入りはできない……だが、アンタらなら何か出来そうな気がする。幸運を祈るよ。……ああ、もしこの『石』が多く手に入ったらシュランツに持ってきてくれ。是非欲しい」
 まだ名前を名乗ってすらいないのに、ガッシュたちに対して何やら勝手に納得し、情報屋気取りでハードボイルドなニヒルスマイルを見せるアース。
「……なあ。……いや」
 ガッシュは「お前思い込みが激しいって言われない?」と言いそうになったが、グッと堪える。
 別にアースの人となりはどうでもいいのだ。とにかく欲しい手掛かりは手に入った。もし何か妄想していたとしても、彼が満足ならそれでいいのではないか。
 ブライトと目を合わせ、何とも言えない表情の彼女に丸投げする。
 ブライトは髪をかき上げて、溜め息。
「アースさん。あなた、よく自意識過剰って言われないかい」
「言うなよ馬鹿!」
 ブライトの後ろ頭をスパーンと叩くガッシュ。
 アースはしばらく無表情になり、それから赤面して引きつった笑みを浮かべ、「あ、ああ、いやその」と要領を得ないことを言いながらズリズリと下がって逃げ出す。いい歳をした大人がハマり込んでいい妄想ではない、と今さら気付いたか。
 ガッシュは「あ、ありがとうな、情報!」とフォローを入れたが、彼の自尊心はズタズタになっていないか気になる。


 幸いにして、山を下りてからの三日間の行程は滞りなく済んだ。
 集落で調達した保存食料は味気なかったが音を上げるほどではない。軍隊時代にガッシュはもっとひもじい思いをしたことはある。
 そしてヒーリィとブライトは食べるふりをしているが実際には食べておらず、ガッシュにほとんど回してくれる。おかげでその見栄を張るためのほんの一食分の他はガッシュも余計な出費をせずに済み、やがてポルカに辿り着く。
「お客さん、そろそろポルカだよ」
「お、おうっ!」
 単調な平地の旅。御者は馬車の外の御者台から時折覗き込む程度。
 そんな中、ガッシュは誘惑に負け、二本のペニスを二人の女にこっそりしゃぶらせながらポルカに近づいていた。
「ふへぇ……がっひゅ、らしひゃいらよ……♪」
「好きに汚していいんだぞ、ガッシュ……れろっ♪」
 御者台からは死角の位置で、二人の精霊はすっかり裸になってガッシュの足元にうずくまり、それぞれに向けられたペニスに奉仕する。
 宿場でブライトを暖房代わりに選んだことをヒーリィが嫉妬し、馬車の中でずっと誘惑を続けていたのがエスカレートしてしまったのだ。
「見つかったらどうする気だよ……」
「気にしなくていいよ、どうせもうすぐバイバイだし……♪」
「恋人同士の営みだ。少しくらいタダ見されたところで減るものでもないさ……♪」
「む、ガッシュの恋人なのは私! アンタはセフレ!」
「どちらでも構わないが」
「お前らしゃぶるのはいいけど静かにしろよ……っ、出る、ぞ……!」
 白いヒーリィの頬、黒いブライトの額に、ガッシュの樹液のように濃密な精液が吐き付けられる。
 二柱の淫乱精霊はそれを二人とも嬉しそうに受け止め、舐め取り、余りの濃さに咳き込みながらも飲み込もうとする。
 それに見とれていたガッシュは、その時御者が「うわぁっ……あ、あれ……?」と声を上げていたことに気づかなかった。
 その時に空を見れば、町上空を舞うブルードラゴンの姿を少しは見ることができたかもしれなかった。

(続く)

目次へ