トロット王国の東側は街が少ない。
 大陸を分断する青蛇山脈の山麓が国土の東側に勾配を作っているためで、この緩やかで広い傾斜地には農村とドワーフ鉱山は多く点在するが、人が集まり交易を行う都市は、川や低地の多い西側に多く花開いている。
 その東側でも特に難所とされるのが、位置的には王都の真東、子蛇山脈と青蛇山脈の接続部のあたり。
 ポルカの地に向かうためにはどうしても通らなくてはいけない山峡地帯である。
 一枚屏風ならいいのだが、連峰がいくつも皴を作っているため、通りやすい山地の狭間を通れば、どうしてもルートは右に左にと曲がりくねってしまう。
 そして山々の中には何を糧にしているのかわからない集落が点在し、峰に迫られて息苦しくもどかしい旅を彼らの宿が束の間癒してくれるが、それにしてもいつまでも目的地の見えない旅は旅人を不安にさせる。
 そこへもってきて冬場だ。
 ほぼ国土全体が積雪地域のトロットだが、この山地の中では特に雪が激しく、馬車はしばしば吹雪で立ち往生する。
「山の天気は気まぐれとは聞くけどねぇ」
「ののの呑気にしてねえでおまっ、おまっお前もゆゆ雪かきくけ手伝えやブライト!」
「女に力仕事をさせるのかい? 立派な筋肉が泣くよ、ガッシュ」
「女ったってってお前はっ……えええい畜生っ」
 寒すぎて舌が回らない。いや、震えでまともに発音できない。
 リザードマンは人間とは喉の構造が違い、同じように喋っているように見えるが発音の仕組みは地味に異なっている。
 筆より細い舌で人間と同じ発音ができるわけもなく、違う方法でよく似た音を立てているに過ぎないので、こうも寒いと意味の通じる発音にするのも難しくなってくる。
「手伝うよガッシュ」
「お、おう、無理すんなよヒーリィ」
「はーい」
 馬車が通れるだけの道を強引に乗客と御者が協力して作りつつ、最寄りの停車所まで進む。妙な場所で停まってしまうと馬車自体が埋まってしまったり、雪崩に巻き込まれる危険もある。
 本当ならこんな天気の日には進まないはずだったのだが、天候変化を甘く見てしまったのだった。トロットは魔術研究が遅れていて、未だ信頼できる天候予測手段はない。
「次の村まで1キロもねえ、頑張ってくれお客人。あそこならちゃんとした停車場があるから安心だ」
「くこここんなにヒデェ旅だでどどわわかってたら、はふは春まで待つんだっだったぜ……!」
「駅馬車転がして長いが、トカゲのお客は初めてだ。そんなに寒さが堪えるもんかね?」
「かかか体おもいっきり動かしてねえとすぐ重くなって眠いんだよっ!」
「なるほどトカゲだ。ははは。それ、もうひと踏ん張りだ」
「つづつぎの集落ってほ、ほほっ、本当にあったかい寝床あるあるあるんだろうなっ!」
「次は大丈夫だ、安心してくれ」
 御者に笑って言われる。
 数日前に停車した場所は単なる洞窟で、寝場所も朽ちかけた寝台に藁布団だった。寒すぎて翌朝体が冷え切り、力が全く入らなかったので、ヒーリィとブライトに引きずられて乗車したのだった。
 ヒーリィに凍傷や血液循環をケアしてもらって立ち直れたが、リザードマンでなくてもあれは死ぬのではないかと思う。
「お宅は辛そうだが、お連れの美人さん二人は全然平気そうだなぁ」
「ははは、寒いのは得意でね」
「私もー」
 ヒーリィとブライトは精霊なので肉体の疲労はほぼ無意味。その気になればいくらでも動ける。暑い寒いで参るということもない。
 とてもずるいと思う。
「だ、どだだいたいだだな、ゆゆゆきなんて、おめ、おまっ、おま」
「おまんこは夜まで我慢しろガッシュ。今下手に射精などしたら本当に死ぬぞ」
「〜〜〜!!!」
 真顔で猥褻なことを言うブライトにガッシュは拳を振り回す。そんなことはもちろん言おうとしていない。
 お前たちの力なら雪ぐらいなんとでもできるんじゃないか、と言いたかったのだが「お前」から言えなかっただけだ。
 が、驚いたことにヒーリィは理解した。
「……やってみたらできるかも」
 ヒーリィは雪かきをしていたスコップを地に突き立て、腰まで埋まる雪の道に手を差し出す。
 目を細めると、雪は心なしか眩しく光ったように見える。
 そして、ザワワッとヒーリィの髪が風に巻き上がると同時。
 ゴウウッ!!
「ぬわわっ!?」
 突如響いた轟音にガッシュは驚いてしゃがむ。とりあえず大きな音がしたらしゃがむのは軍隊時代からの習い性だった。
 しかし、おそるおそる立ち上がってみれば……ヒーリィの手の差し伸べられた先の雪が、道の真ん中から左右に吹き寄せられるように自ら動いていく。
 幻想的な光景だが、既に腰まで積もった雪をそんな風に動かすなど……まともな力とはいえない。
「おっ、おい、ヒーリィ!」
「できた」
「できた、ってオイ」
「川の水とか割る要領でいけるね、これ」
「…………」
 改めて、精霊というのが常識外の存在だと思い知る。
 魔法だとしても、相当な腕の持ち主でも難しい芸当だ。
「雪はヒーリィの分野じゃないと思っていたんだけどねえ。できるもんだね」
「なんかそっちの領分の精霊に怒られたりしねえのかな」
「雪の精霊か。いるかもしれないが、我々以上に忘れっぽそうだから気にしなくていいのではないかな」
 ブライトの言葉に、ガッシュは想像を働かせる。
 ……確かに「雪」に宿る精霊なんてものは、特に記憶が移ろいやすそうだった。
「お、おう……すごいなトカゲの旦那。エルフの魔法使いってのはこんなことまでできるのかい」
「……さ、さあ。俺もこういう芸当は初めて見た」
 御者には適当に笑ってごまかしておく。そもそもリザードマンの笑いは他種族にはなかなか気付いてもらえないのだが。
 人間族ばかりのトロット人は魔法に疎いのが、救いといえば救いだ。


 辿り着いた村はヨーデル村といい、山地の中心都市……いや、村落といえばいいのか。
 とにかくそういった機能を持つ土地で、周辺の集落では「里」というとヨーデル村の事を指すらしい。
 山々の谷間にパッと見えるだけで百軒近くの石造家屋が建ち並び、せいぜい十戸もあればいい方だった途中の集落を思うと、思わず「でかい街だ」と言いたくなるが気のせいであることは言うまでもない。
 そんな村に馬車を導き、蒸気サウナで冷え切った手足を温める。このあたりではお湯よりサウナの方が人気らしい。

「お連れさんにあんな魔法が使えるなら、もっと早めにやってほしかったねぇ。今まで何度も埋もれそうになっただろうに」
「そもそも埋もれそうな時に走らすんじゃねえよボンクラ。こっちは客だぞ。なんで働かされるんだ」
「そうは言っても、日程が遅れるのは私らも本意じゃない。進めそうなら進んじまわないと春まで向こうに辿り着けないじゃないか」
「こっちは金払ってんだぞ。こんなに雪掘りさせられるんじゃ、むしろ賃金貰いたいくらいだぜ」
 サウナの中で御者の親父と疲れ切った言い争いをする。確かに精霊魔術であんなことができるなら今までの何日もの労働は無駄な苦労だった……ということになりかねないが、それを親父と一緒になって言っても仕方ない。
 何よりヒーリィが精霊であることは触れ回るわけにはいかないのだ。見世物になるのは本意ではないし、もっと大きな相手が動いてしまったらたまらない。トロット王国協会は万物に与え導く大地の精霊をこそ崇めているのだ。品性低俗な光の精霊であるブライトや、リザードマンと恋するような水の精霊ヒーリィを、教会の者たちはどう扱うか。不穏な予感しかしないではないか。
 ヒーリィのことはたまたま腕のいい魔術の使い手であった、ガッシュも詳しいことなんて何も知らない、で押し通すしかない。
 だが、そんな心配も。
「しかし……あったまるのはいいねぇ」
「たまらねぇな……」
 痺れるような寒さの後のサウナの心地よさに比べれば、大したことはないのであった。
 元より頭の悪いガッシュがあれこれ考えても仕方がない。なるようにしかならない。


 そして、翌朝。
「……ヒーリィ」
 ガッシュは真面目な顔でヒーリィに相対した。
 いや、相対したというのはおかしいかもしれない。視界は互いに90度食い違っている。

「俺、もうここに住みたい」

 寝床から首すら起こさずにガッシュはシリアスに言い切った。
 暖かいベッドから出たくない。
 ヨーデル村の宿はさして贅沢でもなく、擦り切れた絨毯に塗装の剥げかかった壁、煤で黒くなった天井……と実に年季の入ったボロ部屋だったが、暖かさだけは間違いなかった。
 また氷雪地獄(単なる雪の山道)に戻りたくない。目覚めて一番に思ったのがそれだった。
「……うん。しょうがないよね」
 そしてヒーリィはガッシュに甘かった。
 そもそも何のために旅をしているのか、ヒーリィ自身はもう忘れかけている。ガッシュはそれをヒーリィに再び教え込みながら旅を続けているのだが、そのガッシュが寝床の魔力に抗えなくてはどうしようもないのだった。
「じゃあ起きなくていいよな」
「うん。一緒に寝よ」
 ちょっと寒いくらいが怒りっぽさも鳴りを潜めていい感じに渋いと言われたガッシュ。
 だが寒さが度を超えると、渋いを大きく飛び越してわがまま老人のようになってしまう。
 そんなガッシュでもヒーリィは一向にかまわない。辛くて苦しいことなんてやる必要はない。そんなのはやりたい奴がやればいいのだ。
 ヒーリィとガッシュは楽しくて気持ちのいいことをすればいいのだ。
 それは例えばこんな寒い朝に一緒の布団でまどろむとか、あるいは。
「……おいヒーリィ。一緒に寝るのはいいけどよ」
「えへへ。昨日は手足がびりびりしててえっちどころじゃなかったし……」
 寝床に入るなり、我が子の手を握る母のようにガッシュのヘミペニスを両方握るヒーリィ。
「どっちでハメたい?」
「……それ聞くの意味ないからやめろよ。気持ちよさには違いなんてないから」
「じゃあ両方?」
「……毎回膣尻同時挿入ってのもどうなんだかな」
「私、好きだよ。ガッシュの一人二本差し♪」
 ごそごそごそ、と片方ずつヘミペニスから手を放し、掛け布団の下で服を脱ぐヒーリィ。
 積極的な恋人のお誘いに、ガッシュは嬉しいやら困るやら。
「そもそもリザードマンのちんちんは本来片方だけ使って、もう片方は外出しに任せるのが普通なんだけどなぁ」
「私にはふたつ穴あるんだからいいじゃない」
「……割とマニアックなんだからな、それ」
 ガッシュは掛け布団が自分の肩から落ちないように注意してヒーリィに覆いかぶさる。外気は寒い。
そしてヒーリィの膣と尻穴に同時に挿入するためには、横向きにさせないといけない。
 ヘミペニスは双方の逸物の角度自体は比較的自由が利くのだが、どちらかの穴が「遠い」と、片方だけ抜ける事態が頻発してしまう。正常位では尻側が挿入角度的に抜けてしまいやすいのだった。
「ほーら、ガッシュー……三日ぶりの恋人のおまんことお尻だよー……♪」
「二日ぶりじゃなかったっけ……ああ一昨日は宿がボロ過ぎてエッチどころじゃなかったか」
「そうそう♪」
 軽口をたたき合いながらも朝から変態的異種セックスに及ぼうとする二人。
 が、そこにブライトが壁抜けで乱入してきた。
「ガッシュ、ヒーリィ! セックスなら私を呼びたまえ」
「お前は計ったようなタイミングでばっかり来んなよ!」
「今日の朝いちばんはもう私の! もうハメちゃったからブライトはお座り!」
「はっはっはっ。おはよう二人とも。私は踊りながら待っていてあげるから早く一発目を済ませたまえ」
 何故か服を華麗に脱ぐと本当にくねくね踊り出すブライト。
「意味わからねえよ!」
「なんで踊るのよ!」
「いやね、先日私のオリジナルに会ったじゃないか。彼女がダンサーだというのなら、もしかしたらこの体はダンスが一番魅力的なのかもしれないと推論を立ててみたんだ。まあ鳥類の求愛だと思って気にせず続けたまえ。ガッシュがこちらに興味を奪われたら仲良く分け合おうじゃないか」
「ガッシュ、あんなのに負けないでね。ちゃんと両穴中出ししてね」
「負けるとか勝つとか本当に意味がわからねえよ……」

 結局、午後にはちゃんと馬車に乗った。

(続く)

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