ガッシュ・ザッパーは精霊二柱と一緒に旅する尾なしリザードマンである。
 道連れはハーフエルフ少女に擬態した水の精霊ヒーリィ・ウォーターと、砂漠の宝石蝶と呼ばれるダークエルフダンサーに擬態した光の精霊ブライト・ライト。
 ひょんなことからヒーリィに救われ、恋をしたガッシュは、精霊としての特性から記憶を長期間維持できないヒーリィに人並みの記憶能力を与えられるアイテムがあるかもしれない、という希望を胸に、その手掛かりのあるトロット王国の古都シュランツにやってきていた。

「さすがに人が多いな」
「でもってすっごく見られてるね……」
「仕方あるまいよ。トカゲが立って歩くだけでも珍しい国だ」
 ガッシュはブライトに反論しようとしたが、周囲の奇異の視線を探るに、あまり大声で言い返せるものでもないと思い直す。
 実際、一番注目を集めているのはガッシュだ。
 セレスタならば、ある程度地域差はあるものの、見かけていちいち驚いてもいられない程度にはリザードマン商人たちが歩き回っているため、リザードマンだというだけでこうまで視線を集めることはない。
「チェッ。閉鎖的な国だな」
「珍しいものを珍しがるのは仕方あるまい。それにこの寒さだ。リザードマンも積極的に来たがるものではないだろうに」
「……そうだけどよ」
 ガッシュも今更ながらに寒さを実感して震える。国境の峠を越えたあたりで雪が平地にも目立ち始め、ガッシュは防寒用のマントを三枚重ねてなお寒がっていた。
 リザードマンは寒い場所では動きが特に鈍る。力が入らないし気力も続かないのだ。
 セレスタでは比較的怒りっぽかったガッシュも、あたり一面が白くなってからは別人のように静かになっている。自分では態度を変えたつもりではないのだが、カチンと来てもそれを態度に出す前に文字通り「頭が冷えて」しまうので、ちょっとした無礼など気にしない「大物」のような雰囲気になっている。
 ただでさえ表情のないリザードマンの顔でそういった重々しい態度を取れば自然と一目置かれ、本来喧嘩になりそうだった場面でそうならず、相手が勝手に恐れ始めた場面が幾度かあった。
「なんだかこっちのチンピラは妙に大人しいおかげで助かるな」
「ガッシュが強そうに見えただけだと思うよ。寒くなってからのガッシュ、なんか渋いもん」
「そうか? 寒さのおかげで顔が引き締まったか」
「そういうことじゃなくてね……自覚ないの?」
「何の話だ」
 ヒーリィに呆れられ、ブライトにはニヤニヤされる。
 気持ち悪いな、ちゃんと説明しろ、と普段なら怒りだしているところだが、ガッシュはそれを口に出す前にどうでもよくなってしまう。
 それが見知らぬ他人には不気味な余裕にも見えるのだから面白い。筋肉質で人間離れした外見のガッシュは、黙ってさえいれば街の悪童たちも自然と避ける迫力が確かにあるのだった。

 とはいえ。
「よう。聞きたいことがある」
 ガッシュが目についた鍛鉄工房に入って切り出せば、さすがに昔気質の鍛冶屋は険のある顔つきをした。
「ウチはセレスタの畜生モドキ連中相手の商売はしてねえぜ。余所に行きな」
「あ?」
「畜生モドキ」というのは亜人相手の蔑称だ。
 差別意識が前面に出た言葉であり、無論聞く者によっては激怒に値する。
 ガッシュは殴りつけてやろうかと思ったが、やはり例によって体が鈍っているのでそれを実行に移す前に億劫になる。
 一拍置いて、ガッシュは彼の挑発を無視して「現物」を取り出した。
「商売じゃなくて悪いが」
 ゴトン、とマントの中から取り出したのは翼刃槍の穂先。
「見覚えがあるか。それだけだ」
「…………」
 ヒーリィが反応した謎の宝石飾りが入っている。青を基調とし、マーブル状に白や水色の筋が走る石。
 鍛冶屋はガッシュの視線を受け、渋々と答える。
「そういう刃物はウチじゃやらねえ仕事だ。シュランツといや鈍器だろ。……だが、西外れのラッド工房の弟子筋は、王都帰りの奴を囲って刃物の最新流行を押さえてると聞いたことはあるぜ」
「そうか。邪魔した」
 ガッシュは愛想もなく言って穂先を引き取り、背を向ける。
 鍛冶屋はその背を見送って、じっとりと浮かんだ汗をぬぐう。
「……あいつ、妙に貫禄がありやがったな……クソッ、俺が畜生モドキにビビらされるとはよ」

「ラッド工房だそうだ。そこか、その弟子筋がこういう洒落た刃物を作るらしい」
「もし素直に見つかったとして、それが『キー・マテリアル』である保証はないんだよ、ガッシュ」
「全てヒーリィのための旅だ。手がかりがあるなら、無駄足でもいい」
「……本当に渋いな、今の君は」
「……そうか?」
 ガッシュは視線だけを動かして少しだけ照れる。
 言い返しが減り、言葉も自然と短くなるうち、ガッシュの言動は妙な男前感が生まれている。
「惚れ直しそう」
「いやいやヒーリィ。彼は喋るのが億劫なだけというのはわかっているだろう。ギャップが魅力を生むというのは確かにあるが」
「ガッシュがこうもかっこいいままでいてくれるなら、いっそずっと寒いのもいいかも」
「それ俺が辛い」
 リザードマンは変温動物ではない。変温動物ではないのだが、低温に弱いというのは事実だ。
 マントの下で手先がかじかみ、形状的にサンダルしか纏えない足が冷え、感覚が鈍くなっている。今は有事にも機敏に戦うのは難しいだろう。
 ガッシュが戦わずとも、ヒーリィもブライトも考えられる限りの敵に負けることは有り得ない。いや、そもそも精霊は「不滅」だ。野盗にしろ魔物にしろ、女二人を傷つけることは不可能だ。
 だからこそガッシュが鈍くなっているとわかっていても安心して歩き回れるのだが、このままずっと寒い場所に逗留しなくてはならないとしたら、日に日に起床が辛くなり続け、いつかベッドから出る気力すらなくなりそうだ。
 遠い眷属たるトカゲたちの「冬眠」はそういう気分なのだ、と、ガッシュは実感として理解せざるを得なかった。
「うーん……適度に寒くて、適度にガッシュも平気でいられるところがあるといいんだけどね」
「矛盾だろ」
「普段から君がもう少し自制すれば解決する話ではないのかな、ガッシュ」
 ヒーリィとイチャイチャしながらラッド工房を目指して歩くガッシュ。
 本人には自覚はほとんどないが、ヒーリィは長期間の記憶を留められない。だからこそ、ヒーリィとの時間は大事にしなければならない。
 もしもヒーリィがまともな記憶能力を手に入れたとしても、それまでの間にガッシュとの楽しい記憶が相対的に少なくなり、心が離れてしまったら無意味なのだ。
 それがわかっているからこそ、ガッシュは急がない。手がかりに向かいながらも、そこへの道筋はヒーリィとの思い出作りを最優先にする。
 ブライトの指摘によって決めた方針ではあるが、もはや軍からも退き、家庭も持たないガッシュにとっては都合の悪いことなど何もない旅のしかたであり……だからこそ、相手であるヒーリィや観察者のブライト以上に、思ってしまう。

(この調子の旅が、ずっと続けばいいな)

 ガッシュは恋人のヒーリィさえいれば……ついでに自他ともに認めるセックスフレンドのブライトもいれば、幸せである。
 だからこそ、思う。
 辿り着く場所なんて、必要ないのではないかと。
 ただただずっとヒーリィを甘やかし、幸せにしていればいいんじゃないかと。
 そして、それを思った次の瞬間には、一年前の思い出も語れないヒーリィがそのままでいいはずがないだろう、と自己嫌悪するのだ。
 だが、記憶固定化を成し遂げてしまった時、ガッシュの努力はどこに向かうべきなのだろう?
 それからも今のように生活していいのか? それとも……今までのように過去も未来もない、刹那だけの積み重ねを脱して、何か新しい目標を作り、生活を変えなくてはいけないのか?
 人知れぬ不安感を腹に抱え、鈍くなった体の動きと表情のない顔に隠して、ガッシュは迫り来る変化への手がかりに、恐れながら手を伸ばす。


「この槍……ちょっと待ってくれ。確か……パラディン交換留学の頃の奴だったか? 巡り巡ってという感じだな。よくウチを探し当てたもんだ」
 ラッド工房の主人であるマーク・ラッド親方は、懐かしそうに槍の穂先を掲げ、窓からの光に当てて眺め回す。
 既に老境の親方は片目に眼帯を当てており、既に鉄打ちの現場からは遠のいているようだった。
「確かにこいつは昔、ウチの若い奴が向こうのパラディンに渡すために作った奴だ。若いといっても、もう当人も四十過ぎだがな。……懐かしいもんだ。お前さん、アフィルムの出身かね?」
「いや、俺の出身はセレスタだ」
「ほう。ま、そりゃそうか。今はアフィルムからの入国なんて滅多なことじゃできやしないからな。しかしどういった縁で?」
「その槍はセレスタを荒らし回ってたケチな盗賊野郎から取り上げたもんだ」
「なるほどな……盗品か。そうでもなければ回って来んか」
 親方はすっかり白い髪と口ひげを交互に撫でながら複雑そうな顔をする。
「俺が聞きたいのはそれの飾り石の出自だ。わからねえか」
「さあな……本人も覚えてるものやら。おい、アースはいるか」
 手近の弟子に声をかける親方。
 弟子は首を振る。
「アースさんなら湯治に行っちまいましたよ。半年掛けで」
「そうだったか。いつ戻る?」
「半年ったら半年後でしょう。出たのは一ヶ月……いやもうちょい前だったかな?」
「あの野郎。冬は客足も滞るからって半年も鎚を放り出すとは」
「仕方ないでしょう。腰やっちまってましたし、目も濁ってきてましたからね。もう王都で学んできた刃物鍛冶のトレンドもとっくに昔話ですし、最近はアースさんの役目は帳簿ばっかりだったじゃねえですか」
「そうは言ってもなぁ。さすがに半年も仕事しねえってのはテメェで不安になりゃしねえもんかね。だいたい湯治なんぞでマシになるもんかい」
「親方だって行ったでしょう、何年か前に」
「馬鹿、ありゃあ湯治じゃねえ、聖地巡礼だ。聖地は面白いところだったし、あそこの温泉もいいもんだったが、別に何も治りやしなかったぞ」
 ガッシュたちにしてみるとさっぱり耳慣れない話ばかりだ。トロットと違い、地区ごとのてんでバラバラな精霊信仰が当たり前のセレスタ人にとっては、聖地といってもどこの話なのかわからないのだった。
「すまないなお客さん。本人じゃなきゃわからねえんだが、長々と休養してるらしくてな」
「そうか。……まあ、別口で調べるのも考えるさ」
 ガッシュはそう言って立つ。
 とりあえず、手がかりが直接繋がっていなかったのはガッカリというべきか、ホッとしたというべきか。
 またガッシュはのんびりとした旅を続けられることを、心の底では喜んでいる。ヒーリィを不憫に思う気持ちに苛まれながらも。
 次の手がかりはアフィルム帝国か。
 いや、トロットの王都には大学というのがあり、頼めば何でも調べてくれる博識の学者がたくさんいるという。もしかしたらそちらに行くべきだろうか。
 今の情勢では、国境を割ってアフィルムに乗り込むのはなかなか難しいだろう、というのは、兵士であった頃の知識で理解していた。
 ガッシュの後ろで話を見守っていたブライトとヒーリィは、ガッシュと一緒に店を出ようとして……ふと、ブライトが振り返る。
「半年掛けの湯治とは一体どんな秘境に向かったんだい? そんなに時間をかければ、セレスタの南の方にだって遊びに行けてしまう気がするが」
「国内ですよ」
 先ほど親方に答えていた弟子がブライトの美貌に見とれながら愛想よく答える。
「セレスタに行くぐらい時間がかかる場所があるんです。……眉唾ですが、そこなら万病が治るっていう噂がありまして」
「へえ。初耳だ」
「ポルカっていう辺境なんですけどね。トロットの北東の端、子蛇山脈を越えた先なんです」
 ブライトはそれを聞いてにんまり笑う。
「ガッシュ」
「……お前、まさか」
「せっかくだ。追いかけるのもよさそうじゃないか。ちょうどガッシュが適度に温まれて、適度に寒そうだぞ?」

(続く)

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