奇妙な情事から数日。
 サフルは本気で悩んでいた。
 リカが全く話をしてくれなくなったのである。

 サフルは他人の立場になって考えることがイマイチできない少年である。
 顔を合わせても硬直し、一言も話せないまま背中を向けて駆け去っていくリカに対し、ただただショックを受けるばかりだった。
 何が原因なのかというところには皆目見当がつかない。
 リカはサフルをノリで襲ってしまった形になり、それを冷静になって追及されるのが恥ずかしくて怖くてまともに対面できないのだが、サフルはそんな他人の気持ちに全く想像が及ばなかった。
 しかし誰かに相談することもできない。リカとの情事を赤裸々に語っていいと思われる親しい相手など誰もいない。
 サフル本人の中で、あの情事になんの意味があったのか、整理できてもいなかった。
 時間が解決するしかないかと思われた。

 が。
「サフル。……といったか」
「あ? 何……ってうわあ!」
 ある日、リカに会っても逃げられ、かといって自分だけの楽しみなどもないサフルがあてどなく街の外をフラフラしているところに、声を掛けた者があった。
 サフルがぼんやりと振り返ると大迫力のおっぱいとおまんこが目の前にあった。サフルの身長は130センチ前後であり、近距離に長身の全裸女性が立つと顔より先にそっちが視界に入るのだった。
 全裸女性である。
「なっ、ななっ……なんだっ!?」
「何を慌てている。やましいことでもあるのか」
 落ち着いた女性の声を聞きながら数歩下がって足を絡ませ真後ろに倒れ、ゴスッと地面に頭から倒れたもののドラゴンなのでダメージもなく、起き上がってみると全裸女性はブルードラゴンのエアリであった。
「な、何すっぽんぽんで……ここは風呂でもないし真昼間だろ!?」
「ふむ。夜ならいいのか? ……言われてみれば夜の闇は人もエルフも見通せないな。確かにいい」
「何の話だよ!?」
「私が裸でいることの是非を問うていたのではないのか」
「そうじゃねえ……いやそうだけど! っていうか何なんだよ!」
 サフルは混乱しながらエアリを指差した。
 エアリは僅かに垂れた柔らかそうな巨乳を夏の陽光に堂々と晒しながら、さして表情も変えずにサフルを見下ろす。サンダルひとつ履いていないが、足に汚れた様子がないのはドラゴンの肌の神秘のひとつか。
「我々の一族は本来、パレスの中では服を着る習慣がない。儀式に臨む時などに腕輪や足環、首飾りなどを身に付けることはあるが、原則としては」
「いやお前確かアンディのところのやつだろ!? アンディも外歩く時に服着ろって言ってないのか!?」
「……うっかり忘れたということにしておいてくれないか。少々煩わしいんだ。どうも私は乱暴者なようでな、少し急いだ動きをすると着物がすぐに裂けてしまう。そのままにしておくと心配されてしまうし、直すのも人手がかかって忍びない」
「理屈はよくわかるけどな」
 サフルも本気で動くとよくズボンの股間や上着の腋が裂ける。また、ブレス由来の火炎術を使う時など、規模に注意しないと服に燃え移ってよくボロボロになる。
 現在の縫製技術ではドラゴンの全力の動きに耐えられるほど動きに強い服というのは珍しく、それは基礎的な技術力というより、相性のいい針子や生地に出会えるかにかかっていた。強靭で柔軟な北方エルフ製の服ですら、遠慮のない動きをすれば危ない。
 その点においてアンディ周辺のエースナイト級の娘たちは、急な動きを要する時にも関節の可動範囲を制限した動きをするなど、服に無理がかからないように非常に気を付けている。
 人間社会の女ならそれが当然ではあるのだが、元来常識を超えた筋力と柔軟さを持つドラゴンたちにとっては、服のために動きを変えるというのは地味にストレスが大きいのだった。
 それはそれとして全裸でいいという話ではない。
「と、とにかくなんか着ろよ! おかしいだろ!」
「女の体を見てそんな反応をするものじゃないぞ、少年。私のような年増はいいが、若い娘は肌を見せて理不尽に怒鳴られれば傷つくのだ」
「なんでだよ!」
「汚いものを見るような反応をされれば、自分の裸など相手にとって不愉快なだけと思ってしまうだろう」
「……そ、そうなのか……?」
「そういう者もいるということだ。この街の男たちを見ろ。女の裸を見て気取った反応をするものなどいないぞ。靴屋のご老体など祈りのポーズで跪いて震えながらありがたがる」
「いやそれで自尊心が満たされるのもおかしいよな?」
 人の気持ちはわからないが多少は常識もあるサフルである。
 いやしかし。とサフルは思う。もしかしてリカとの仲が変になってしまったのも、サフルの態度に問題があるのだろうか。
「……なあ、ちょっと聞くんだけどよ」
 サフルはエアリから視線を外しながらボソボソと喋る。
「……いや、例えばの話。……女の子とちょっとエッチなことできるくらい仲良くなったら急に避けられた……みたいなのもそういう……なんだろ、変な刺激しちゃったせいだったりするのか」
「私の口からそれに関する助言をするのは憚られるな」
 エアリは腕組みをして厳かに言う。組んだ腕に持ち上げられたおっぱいが存在感を強調する。
 サフルは「そういう態度かよ」と気色ばむがおっぱいを直視して勢いを失い、また横を向く。凝視などできないのだった。興味はとてもあるが。
 そしてエアリとしては要領を得ない質問に対しても正解を知っている。
 全部聞こえていたのだ。無論、サフルとリカがどこまでやったかも理解している。
 そしてリカの至った心理に対しても、ドラゴンなりの羞恥心の欠如はあるにせよ、それをおいて常人基準で想像できる程度には知能が高いのである。
 だが、その正解を教えて、彼らが自分で解決すべき煩悶を勝手に解消するほど野暮ではない。
 その悩みと誤解、そして正解を探して相手を思いやる過程は、渦中にいる者たちにとっては拷問のようだが、勝手に外から正解を放り込んで話を進めてはいけない類のことだ。
 互いに気持ちを繋げようとする努力を怠れば、その場ではうまくいっても実際の関係は決して成熟しない。
 ……という思いやりも、サフルにしてみると思わせぶりで嫌味、傲慢なドラゴンの性である。
「なんかそう言いそうな気がしてたよ。……言って損した」
「腐るな、少年。……相手とよい関係を作りたいと願うなら、それの正解は自分だけで探さなくてはいけない。手伝ってもらってはいけない。自分だけの答え、相手だけの答えがあるのだから」
「……なんか知ってて誤魔化してるだろ。ここのドラゴンのそういうとこ、嫌いだ」
「私たちがこの街で、マイアの主様に求められた以上の過分な助力をしないというのは事実だが、これはそれとは関係ない。お前もドラゴンだからな。これはドラゴンと人という間柄ゆえの話ではなく、年増女と恋知り初めし子供の間の話だろう」
「俺のことだけじゃなくさ。もっと親身になったら、きっとアンディだって喜んでくれるぜ」
「おそらくそうだろう。だが我々は距離を保つべきなのだ。人が勘違いをしてしまわないように。……力を借りることの重さも、その受け止め方も、マイアの主様だけが知っているのだ。余人が気安く触れてはいけない。もしも我々の力を使えると考えた街の者たちが、それを恃んで北の森やトロット王国に敵対することを企んだらどうする?」
「力を貸さなきゃいいだけだろ」
「私たちが抜けても、私たちを期待した争いは残る。どちらであれ人は死ぬ。私たちがここにいるという、それだけの理由で。……それでもいいとお前は考えるのか?」
「そんな馬鹿を選ばなければいいっていうだけの……」
「人と人は繋がっているのだ。時が過ぎれば誰かが誰かの味方をし、いつか誰かの敵になる。その先までを予測し、力のために人と人の仲までを操ろうというのであれば、それは力の悪徳だ」
「……難しい事を言って、人情から逃げてるだけじゃねえか」
「子供のお前には、まだ難しいかもしれないが。……人に答えを聞こうという態度ではないな。やはり自分で考えろ」
「あっ」
 ドラゴンの倫理と、リカとの個人的な仲の話。どちらもごっちゃにして話して、あわよくば少しでも譲歩を引き出そうという子供の浅知恵は、エアリには通じなかった。
「ただひとつだけ教えてやれるとすれば、逃げているのは私ではない。お前と彼女だ」
 大きなナマ尻を揺らしながら、颯爽とエアリは離れていく。
 サフルはそれを見送りながら意味を咀嚼して……そして、エアリの肌色が小さくなってからハッとなって言い返す。
「ど、どういう意味だよ!」
 エアリは片手をあげただけで、答えを返しはしなかった。
 町の近くでオーガと人間の変なコンビが「見抜きいいですか」などとエアリに言っているのがサフルの耳に聞こえたが、その先は興味がないので感覚の集中を打ち切る。
 どういう意味か。
 サフルは思索の沼に入っていく。


 翌日。
 結局サフルは理解できず、頭をひねりながら相変わらず町外れをうろうろしていた。
 今さらだが何故町外れかというと、街の中にいると同じ背格好の街の子供たちに勝手に遊び相手にされたり、猫獣人の娘たちに遊ばれたりしてしまうからである。サフルはもう40歳過ぎだと言っているのにわかってもらえない。
 体力的には彼らといくら遊んでも余裕なので構わないのだが、今は遊んでいる気分ではない。難題と向き合わなければならない。
 ……サフルのそんな態度がますますリカの「やっちゃった」感を深刻にしているとも知らずに。
 もしもサフルがすぐに忘れたように他の子供たちと遊び始めたら、リカも忘れたふりをして流せただろう。だがあのひとときのことを何日も引きずっているのが露骨なので、余計に流し方が分からなくなっているのだった。
「ううん……畜生、わからねえな……」
 そして、サフルはいろいろ想像しようにも女心の動きに関して推測材料が全くないので、いくら考えてもリカの顔だけしか思い浮かばない。どうしてあんな顔をするのかという理由に関しては何も考えられない。
 そもそもにして急にエッチなことをしてくれた理由もさっぱりわからない。
 だからはっきりと時間の無駄だったが、自分で考えろと言われたのでサフルは考えるのだ。知能が高くても根は子供なのだった。
 そして、そこに通りかかったのは桶と石鹸と手拭いを手に、夏だというのに貴族服とマントをきっちり着こなしたポルカ男爵デュラン・グートであった。
「どうした少年。……いや、君は確かドラゴンだったか」
「アンタは……男爵、だっけ」
「そう。私が男爵だ。といってもドラゴンにしてみれば名のひとつに過ぎないだろうな、ははは」
「……ほっといてくれるか。難問について考えないといけないんだ」
「ほう、難問と。ドラゴンが挑む難問というならさぞかしのことだろう」
「そんな……でもない……かもしれないけどさ。自分で考えないと駄目だって言われちゃったんだ」
「ほう。だがこんなところでウロウロして首をひねっても意味はあるまい。風呂に浸かりながら考えてはどうかね」
「……あんま変わらないんじゃないか?」
「いや、変わる」
 男爵は断言した。
「価値観が凝り固まるから大抵の問題は詰まるのだ。新しい刺激を受けてから改めて考えれば、なんだそんなことだったのか、と思うことは多い。何より……」
「何より?」
「勇気を持て、少年よ。君は子供だ。子供はあらゆる挑戦が許されているのだ」
 男爵は力強く少年に手を差し伸べた。

 そして。
「……えっ、ちょっと待てよ!?」
「ではよろしく、奥様方」
 男爵はお風呂セットを手にポルカの奥さんたちに優雅に一礼。サフルを女湯に連れ込ませてしまった。
「どういうことだよ!?」
「……勇気と幸運を」
 男爵はいい笑顔で呟き、男湯の方に行ってしまった。その呟きはドラゴンのサフルにしか聞こえていなかっただろう。
「男爵様も気軽に女湯に来て困ったものねえ。でも子供を洗うのに男爵様の手を煩わせるっていうのも確かにどうかと思うものね」
「今日はしっかり綺麗にしてあげるわよ、おばちゃんたちが」
「え、えええ……」
 男爵はサフルを連れたまままっすぐに女湯入り口に赴き、ちょうど通りかかった街の奥様方に「彼はどうも風呂の乏しい文化圏にいたようで、体の洗い方もよく知らない様子。ここはひとつしっかりと風呂の入り方を指導してやってくれませんか」といい笑顔で言い放ったのだった。
 確かにサフルの生まれた人間の街や、住んでいたドラゴンパレスは水浴び文化圏であり、多少の垢落としをして体が冷える前には上がってしまうのが常であったが。
 そしてサフルを捕まえて女湯の脱衣小屋に連れ込んだ奥様方は、自分では「おばちゃん」と言っているがポルカでは比較的若手の30代そこそこ。サフルくらいの子供たちがいる年齢層で、花も恥じらうという歳ではないのだが、霊泉の美容効果により、見た感じは普通に二十歳くらいとそれほど変わらない。
 つまりサフルの細いちんちんを硬化させるには充分な肢体をしているのに、サフルの前でさっさと服を脱いでいく。
 とても困る。サフルは例によって目を逸らそうとしたが、逸らした先でもシミひとつない綺麗なお尻が見えてしまってとても困った。奥様たちは3人組だった。
「坊や、ほら洗ってあげるんだから脱ぎなさいって」
「え、い、いや、やっぱりいいよ」
「ポルカに来ておいて温泉の入り方も知らないんじゃ駄目よ。他に何にもいいところなんてないんだから」
「は、入ってもいいけどやっぱり男湯で……」
「男の子がそんなに恥ずかしがるものじゃないわ。大丈夫よ、私たちみんな息子持ちでおちんちんは見慣れてるから」
 奥様方はそれぞれ大小あるものの、結局のところどれも綺麗なおっぱいを当たり前のように見せつけながらサフルを寄ってたかって脱がしてしまう。
 そして勃起したちんちんを見て、それぞれ顔を見合わせるものの。
「かわいいわねえ」
「おばちゃんもまだまだイケるかしら」
「コレはあんたじゃないでしょ? 一番貧乳じゃないの」
「スタイルがいいと言ってよ。それにお尻なら負けないわ」
 気軽に笑いながらもサフルの視線にやっぱり体を隠さない。それどころか軽くポーズを決めて「どう?」なんて言ってくれたりする。
 トロット人はもっと性に関して堅いと思っていたがそうでもないのだろうか、とサフルは赤面しながら思ったが、積極的にセクハラしようとするマセガキならともかく、おどおどしている子供の勃起でいちいちガミガミ言うはずはないのだった。
 そしてサフルは剥かれて奥様方に浴場に連行される。そしてまずは洗い方のレクチャー。
「お湯に入る前にまずは体を流して。垢もできるだけ先に落とすのよ。かけ流しだから多少お湯が汚れてもすぐに流れていっちゃうけど、やっぱりマナーとしてね」
「はい、ちゃんと垢をこすって。耳の裏とか結構溜まるのよ」
「おばちゃんが頭洗ってあげようか? 泡石鹸で洗うのって初めて? ……あらあら、そんなにおっぱい好き? 元気のいいこと」
「ちょっ、み、見ないでくれよ」
「おあいこ、おあいこ」
 真正面でサフルに手を伸ばして頭を洗ってくれる奥様。ふるふる揺れるおっぱいを見るなというのが酷というものだろう。
 そうこうしているうちに別の一団も女湯に入ってくる。
「あー、なんか男の子がいるー」
「あら猫ちゃんたち。男爵様がね、体の洗い方教えてやってっていうからさ」
「私も洗っていいー?」
「いいんじゃない? この際指の股からお尻の穴まで徹底的に洗ってあげようよ」
「え、し、尻の穴まで洗うのかよ!?」
「冗談よー♪ はい目をつぶって」
 サフル洗い隊に猫たちまで加わった。
「おっ、おい、俺男だぞっ……なんでみんなそんな気軽に裸で寄ってくるんだよっ」
「マセちゃってまあ。こんな小指みたいなおちんちんで凄まれたってねえ」
「く、薬指くらいあるだろ!? さすがにさ!」
「あたしも洗わせてよー。ウチのコロニーって男の子いないから興味ある!」
「私も私もー。あ、ご主人様のよりだいぶちっちゃい」
 次々に寄ってくる猫少女たちはもはやサフルを洗うというよりオモチャにしていた。

 そして、そんなところに。
「なんだか賑やかね……って」
「あっ」
 サフルが泡を流されて顔を上げると、リカが裸で立っている。
 ……沈黙が流れた。

(続く)

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