正直なところ、誤訳じゃないかと思う。
「ほんとにそんなこと言ってるか……?」
「い、言ってますよ。ねえ騎士長」
「神話……聖典を作りましょう、という言い方もできますが、ニュアンスはナリスとそう変わりませんよね」
翻訳担当のナリスとシャロンも太鼓判。
やっぱそれで合ってるんだ……。
だとすると何がなんだかよくわからない。一応、一国の姫君の発言だから何かしら裏の意味がある可能性もあるけど。
口を半開きにしながら推移を見守ろうと視線を戻すと、女騎士フィオーナが食ってかかっていた。
「ら、ラン様! 何をおっしゃいますか! 神話をそうも軽々しく!」
「落ち着いてフィオーナ。今は黙って収めて」
「しかし! それは本来我が国としても」
「……黙れと言っています。騎士フィオーナ、この私にそれ以上言わせるな」
声が低くなるラン王女。
相変わらずナリス翻訳を聞きながら見ているので理解がワンテンポずれているのだが、声音を変えた瞬間、ラン王女の気配がゾワリと変わったのはわかった。
あれだ。王族や英雄の持つ威圧感。
俺も少しだけなら真似できるけど、本当にそういう凄みを出すことに関してはオーロラやディアーネさんにはやはりかなわない。
そして案の定、女騎士はブルリと震えて一歩下がり、跪いた。
「……部下の非礼をお詫びします。ドラゴンの眷属の皆さん」
「ほ。違うぞ、娘よ」
ライラが目を細めた。
「我はこの場においては大した序列ではない。その名で呼ぶのは間違うておる」
「……ドラゴンが、大した序列ではない……?」
おいおい。
余計混乱させてるぞ、ライラ。
「この我を頂点とする集団ではないということじゃ。所詮我は一角にすぎぬ。本拠に置き残してきた竜は、他に六頭おるぞ」
「……っ」
息を呑むラン王女。
苦笑するこっちの面々。っていうかドラゴンとしては活動しないはずのレイラたち黒首輪まで数に入れて何を言ってんだ。
……まあ、あの女騎士がキャンキャン吠えるから脅かしてやろうとしてるんだろうな。
ディアーネさんは苦い顔でライラを制して、光る黄金の湯に下から巨乳を照らさせつつ話を続ける。
「そんなことを見せびらかす意味などないだろう」
「ほ。何を相手に折衝をしておるか、教えてやるのは大切じゃろう」
「……まあ、私たちが得体が知れない集団なのは否定できんが」
ドラゴンの手下集団だと思われたまま話が進むとなかなか噛み合わないだろう、という配慮もあるのか。
ディアーネさんはラン王女に向き直り、話を続ける。
「そういうわけでだ。こちらとしてはまた改めて……」
「いえ。ますます話を切るわけにはいかなくなりました」
「?」
「すぐに。……すぐに神話を始めます」
ラン王女は真剣にディアーネさんに迫る。
「ナリス。神話ってどういう意味だ、あれ」
「わかりませんよ私セントガルド文化そのものには詳しくないんですから」
結局、みんなで迷宮を出ることになり、最前列にラン王女と女騎士フィオーナを押し立てて、俺は最後尾でナリスと内緒話。いや、北西語で喋れば自然と内緒話になるんだけど。
「ただの吟遊詩人かぶれの戯言ってわけでも……ないよな」
それで済ますには、フィオーナの反応も変だった。
どうも何らかの隠語ないし専門用語らしい、というのは推察できる。
「だいたい、話の流れが速すぎない?」
横からミラさんも話に入ってきた。
「そうですかね?」
ナリスは首を傾げる。
「ナリスが捕まって、取り返すというのまでは当然として。それから申し開きとして『王女が隠れて何をしていた』というのを聞くのも、流れとしてはいいとしましょうか。……例え苦しんでいると知ったところで、私たちが王女の病を治す義理、本当にないのよね。理由を聞くだけ聞いたらあとは詫びの多寡って話になるだけのことだと思うんだけど……」
……ま、まあ、言われてみると……本来検討すべき部分を変にスルーしている気はする。
「ディアーネ姉さんがその辺、どう思っているのかよくわからなくてね……」
「教えてやろう」
前にいたアイリーナが足を緩め、説明に入ってきた。
「無論、病と聞けばスマイソン殿なら情けをかけるじゃろうというのもある。……が、あの流れから詫びの具体額の話に直結すると、完全にあの騎士娘一人に責任が行くじゃろ」
「……まあ、うん」
立場的にも、ラン王女に責任を取らせるわけにはいかない。全部フィオーナの勝手でやった不始末、という落としどころになるだろう。
「いくら知らんでやったこととはいえ、ドラゴンの一味に不必要に手を出したという話じゃ。丸く収めようとすると、口での詫びなどでは済まぬ。家門からの追放は必至、下手をすれば首を差し出すということになる。火竜戦争の恐怖は南部大平原でも変わらぬからの。ドラゴンの一味に粗相を働いたという事実は、かの騎士の一門から冷静さを奪うに十分じゃ」
「…………」
血なまぐさいことになるところだったのか。
言われてみればそうだよな。俺たちがドラゴンに慣れ過ぎてるだけで、未だにドラゴンに生贄を差し出すのすら世間では迷信深い悪習とは言い切れないくらいだ。
「しかし、わらわたちは首なぞ望んでおらん。性急に次の話題を提供してやることが、あの場での最適解じゃろ」
「……なるほど」
「その上で、ディアーネは『我々が王女を治療する話に繋げてやるから充分な理由を用意しろ』と言うたのじゃ。それほどの手柄と抱き合わせなら、女騎士の勇み足もちょっとした笑い話に収まる」
……改めて、ドラゴンが不用意に動くことの難しさを実感する。
「ああ、だから……さっきラン王女が焦ったんですかね」
「?」
「ライラさんの話も総合すれば、ドラゴン一頭へのたまたまの無礼ではなくて、合計七頭も従えてる相手に手を出したってことですからね。完全に国が潰れる話ですよ」
「……あー」
ディアーネさんは「改めて……」と、猶予を与えようとしたが、ラン王女はそれを遮った。
時間を取ってはいけないのだ。
フィオーナはそうと知らずに完全に国を滅ぼしかねないポカをやらかした。
その情報がセントガルドの権力筋に出回ってしまえば、極刑は免れないだろう。かばおうとしても絶対に無事には済まない。
話を持ち帰って、理由をこね回して妥当な落としどころを検討する猶予はもう取れないのだ。
ラン王女はもはやこちらの懐に飛び込んで、強引に友好的に話を終わらせるしかない。
突っぱねればドラゴンへの対応をおざなりにしたということでやはり批判は免れないし、そもそも彼女たちにしてみれば俺たちの安全性はまだ信用に値しない。
何度も確認するがドラゴンは恐怖の象徴なのだ。一般人ならともかく、姫君が見て見ぬ振りをして済むものではない。
……って、もう完全にラン王女本人の病の問題じゃなく「フィオーナを生還させる口裏合わせ」の問題になってるな。
フィオーナ本人がその構造にあんまり気づいてなさそうなのが、なんとも滑稽というか……哀れというか。
「その上で神話……神話を始める、というと、なんとなく意図は見えてくるのですけど」
シャロンが呟く。
……どういう意味だ?
そして、バスメイズの街に帰着してから一息……つくわけにもいかず、そのまま街をスルー。
夕食ぐらいは街で食べたかったんだけどなあ。
ラン王女はフードつきのローブで姿を隠し、そそくさと領主の館に向かい、俺たちはその前で待たされる。
「領主に言付けていくらしい。ポルカに向かうと」
「まあいきなり行方不明になったら大混乱でしょうけど……大丈夫ですかね」
ディアーネさんは肩をすくめた。
「我々は付き合うしかない。王女はドラゴン一味という危機、我々は彼女の病。お互い見て見ぬ振りはできんだろう」
「……面倒なことになっちゃったなあ」
「我々も慎重さを欠いた。仕方がない」
……本当、王女様なんて立場の相手じゃなければ簡単なんだけどな。
「お待たせしました」
そして、王女は正装で館を出てくる。
白を基調にした見た感じにも豪華なローブ。幾層にも薄い上掛けを重ね、頭には宗教国家の王族らしく、長い司祭帽みたいなのをかぶっている。
あらかじめここに衣装とか全部置いてたのかな。……まあ、そりゃそうか。貴族の訪問は領主が歓待するものだ。お忍びでも、王女様となれば当然だろう。
「ラン様」
「フィオーナ。……神話を紡ぐのです。あなたもそれなりの恰好をなさい」
「し、しかし……」
「覚悟を決めて。浮ついた気持ちで済むことではなくなってるの」
……なんだか悲壮な決意をしている顔だ。
うん。多分彼女にもどこかで何か勘違いがあると思うんだけど、お互い全然理解が進んでいないのでどう指摘すればいいのかわからない。
どうなるのかなあ。普通にポルカで癒されれば誤解も解けて丸く収まるのかなあ。
と、ぼんやり考えていたら、脇腹をちょいちょいとローリエにつつかれた。
「うひゃっ……な、なんだよ」
「……ところで、私たち……来たアレで帰るんだよね」
ローリエは眠そうな目に困惑の色を湛えている。
……ん?
言われてみれば……。ここに来たのは「空飛ぶヤリ部屋」。
……えーと、身内だけならゴロゴロしながら飛んでいけるあの小屋は長旅に最適なんだけど……あれに王女と女騎士を乗せて、俺たちも乗って。
半面ベッドの空間で数日……?
「気まずくない?」
「……ほ、ほかの馬車を調達して……って、できねえ」
ドラゴンはライラしか連れてきてないんだった。
小屋の他に馬車を運ぶのはさすがに難しい。
「……困ったな」
さすがにディアーネさんも解決策はないようだった。
どうしよう。
(続く)
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