ドラゴンはライラ一頭だけ。
移動用客室は「空飛ぶヤリ部屋」ひとつだけ。
つまりライラに他の手段をとらせることはできない。
馬車だとまあ、座席が並んでるだけなのだから何の説明も必要ないが、「ヤリ部屋」はその半面が完全にベッドだ。一応壁際に衣装箱兼用の低いベンチがあるが、それだけだ。
身分のあるお客さんを乗せるとなれば、ベッドに寝かせるかベンチに座らせるだけという身の置き方はどうしたって気まずい。
だいたい、俺たちは登場からして不必要に全員素っ裸でイチャイチャしながら登場してしまったのだ。この「ヤリ部屋」をどう取り繕っても、どういう性質のもので、どういう過ごし方をしてきたのかはまるわかりなわけだ。
そこに、別に手を出すつもりもない他国の姫を平然と乗せて一日二日も過ごすのは心に装甲板が必要だ。
いや、いつものことだし、という開き直りをしたい気持ちも多少はある。
どうせ俺はスケベ野郎なドラゴンライダーです、それに出会った不運を呪え、と言い切ってしまえば楽だとも思う。
しかし、知らない異国でこんな国際問題を起こしたかったわけでは全くないし、俺は今後も穏便に過ごしたいのだ。並み居る邪魔者をなぎ倒してまかり通っていきたいわけではないのだ。
元をただせば、セントガルドの情勢も理解せず、まともな入国手続きもとらずに飛び込んだことに問題がある。
まさかドラゴンで乗り付けたい、なんて正直に言えるわけもないので、下手に当局に接触するよりはサッと乗り込んで用を済ませてサッと出てしまうのが最善ではあるが、それにしたってもう少し慎重になるべきだったのだ。
調子に乗って裸で歩き回り、半端に勝手気ままに歩かせた挙句にナリスを見失い、丁寧な捜索をせずにドラゴン体を現した結果がこれだ。どれかひとつでも少し慎重になったら誤魔化しようがあった話だった。
反省を重ねる。そして、俺だけ屋根裏に上がれば解決なのではないかとも思う。
いくらベッドしかない客室といっても、男女が共にいるという前提があるから卑猥なのであって、その場に女しかいないなら単なる快適性の問題と言えば済む。
そう。固い椅子に丸一日、何日間も身動きせず座って運搬されるというのが窮屈なことは自明なのだ。
寝ながら移動する「輿」というのも各地にある。それが大人数版になっただけ、という強弁が、異性の心配がなくなれば可能になるんじゃないだろうか。
……などと色々考えているうちに、俺たちはバスメイズ郊外に置いてあった「ヤリ部屋」のところに戻っていた。
「これに乗って移動する。我らエルフ領の特産である特殊な木材を使った頑丈な小屋じゃ。オーガが斧を振るっても傷もつかんぞ」
アイリーナが自慢げに言って扉を開ける。
しずしずと上がろうとするラン王女を、女騎士フィオーナがバッと止めた。
「ラン様、こんな得体の知れぬ建築物に躊躇いなく踏み込むなど……不用意な真似はおやめ下さい。まずは私が」
「フィオーナ……」
ラン王女は深く深く溜め息。
「いい加減黙っていてくれないと私の仕事が増えるのだけど」
「は……?」
「白のアイリーナ様ご自身に案内されて何故その言い草ができるの」
「は、いえ、私はただ」
相変わらずフィオーナは駄目な子だ。
護衛騎士としての振る舞いをみせようとするものの、根本的なところから他人への配慮がなさすぎる。
口を開けばこちらへの侮蔑ともとれる発言が出るため、そのたびにラン王女がライラやアイリーナ、そして俺に謝罪し続けていた。
見た感じの年頃はラン王女が13歳〜14歳あたり、フィオーナは二十代前半。ザッと10歳近く年が離れているように見えるのに、完全に保護者はラン王女という風情だ。
「こんなことを言うのは気が引けますけど……他にいい護衛はいなかったのですか」
ビキニアーマー姿に戻ったシャロンが溜め息と共にラン王女に問いかける。
未だにシャロンの正体はバレていない。アイリーナの名乗りにつられて白関係だと思われているんだろう。
「腕の立つ騎士は兄や姉の神話に名を連ねます。私はこの通り、病身ですので……その腕を役立てようにも、いくさ場に近づくこともできないので」
「腕以前のことばかりではないですか」
「…………」
ラン王女は沈黙したまま小屋に上がった。同意すればフィオーナがいきり立つが、否定もしづらかったのだろう。
「確かに私は少々戦いの経験は不足している。だが騎士とは戦いが強ければ良いというものではない。王室はそこを見てラン様を預けて下さっているんだ」
何故か勝ち誇りながらフィオーナも続く。
よりにもよってシャロンに言うか。姫君かつブラックアームだぞ。
……と思ったが、シャロンは何とも言えない顔をして耳を赤く染め、垂らした。
「……騎士長、どういう反応ですかそれは」
「……何故だか彼女の言動は私の方が恥ずかしくなってしまうの……」
「あー……」
ナリスもコメントを差し控えた。
……うん。フェリオスの庇護下でトラブルメーカーしてた自分に重なるんだね。戦闘力は雲泥の差だけど。
俺は屋根裏に入る、と主張したら、全員に止められた。
「それが一番穏便だと思うんだけど……ほら、王族女性の寝てるところに男がいるって不穏じゃん?」
「気を使い過ぎじゃ」
アイリーナは渋い顔。
そしてディアーネさんは腕組みをして頷く。
「お前がそこまで遠慮してはいけない。相手にも無礼だぞ」
「そうですか……?」
「女騎士は気にするな。ライラを抜きにしても、アイリーナやシャロンの格が王女に劣らぬ以上、私たちが下手に出る必要はない。お前は一度は代表として立ったんだ、そう振る舞え」
「……そう振る舞えっていわれても……」
「数千年の歴史を持つ北の九氏族長には一歩も下がらずに渡り合えるのに、たかだか新興国の王女に過剰にへりくだるものじゃない。こちらは厚意で手を差し伸べている側だぞ」
「う、うーん」
偉ぶる理由も薄い気がするんだけどなあ。
悩む俺に、アンゼロスがそっと耳打ち。
「誰が上で下なのか、わからなくなったら態度がややこしくなって可哀想だろ。序列を混乱させちゃいけない」
「……ああ」
そういうことね。
って、結局偉ぶらなきゃいけないってことじゃん。
「何よりあの女騎士にあんまり調子に乗らせちゃいけない。アンディがそんな下男みたいな振る舞いをしたら絶対あいつは勘違いする」
「……問題、そこ?」
「そこ」
みんな真顔で頷く。
そして、一度小屋に入ったはずのラン王女までススッと出てきて俺に真剣な目で訴えてきた。
「そこのところはきっちりお願いします。フィオーナが今後、行った先で無礼を働かないためにも」
「……あれ? 北西語できるんだ?」
「流れでこちらの言葉を使っていましたが、私は喋れますよ。フィオーナは駄目ですけど」
ラン王女は当然のような顔をして言い切った。
「改めてご無礼をお詫び申し上げます、スマイソン様。そしてこのようなことにお付き合いさせてしまって申し訳ありません。ドラゴンライダーともあろうお方に」
……どこまで理解してるんだ。って、アイリーナが黄金の湯で説明したのか。
せっかく話が通じるようなので疑問をぶつける。
「さっきから気になってるんだけど、神話って何?」
「一口で説明するのは難しいのですが……おいおい理解していただけるとは思います。……セントガルド王族とは、神話を生み出すものなのです」
「?」
「これからの旅も、神話になることでしょう。それが……ケホッ」
話している途中で、ラン王女は小さく咳き込み、それが何度も続く。
「ケホッ、ケホッ……ゲホッ、ゲホッッ……!!」
何度も何度も。待てども待てども話が再開できない。
って。
「発作じゃ。ディアーネ、なんとかなるか」
「私は姉上ほどの万能医ではない。専門外だ。お前には何とかできないのか」
「北の森には術式の蓄積があるというだけじゃ。わらわたち自身は銀の霊泉で治してしまうからの」
「……まずいな、手が施せない」
アイリーナとディアーネさんが困惑しながらとりあえず背をさする。
慌ててフィオーナも飛び出してきてラン王女をお姫様抱っこで抱えていこうとするが……あ、駄目だ。持ててない。
「あっ……そうだ、アレ、使えるかも」
マローネがピンと耳を立てて小屋の屋根に飛び乗り、屋根裏から自分の荷物を引きずり出して漁り始める。
「マローネ! なんかあるのか!?」
「前にヒルダ先生からいくつか調薬教えてもらったんです! そんなに効き目は強くないけど、ミリルみたいな子にはとりあえずあげて大丈夫って……」
ミリル……そういえばミリルって肺か何か患ってたんだっけ。
これって同じようなもんで考えてもいいのかな……でも「とりあえず」であげていいくらいだから呼吸器全体に効果があるのかも。何しろヒルダさんだ。
「あった!」
マローネが飛び降りてくる。
ラン王女はフィオーナから奪い取ってベッドに運び、ミラさんが水樽を開けて水を汲んでくれる。
そして薬を飲ませると……効いたのか、それとも自然に発作が収まったのか、やがてラン王女は咳を鎮めて、コヒューコヒューと苦しげながら呼吸をスピードダウンしていく。
……これは、不憫だな。
よく聞く病名だ。世の中には同じように苦しんでいる人もたくさんいるんだろう。
彼女だけが特別というわけじゃないんだろう。
しかし、目の前でこうも苦しむ姿を見て……助けられる手段を知っていて。
やはり、すぐにでも助けないのはナシだと思った。
グダグダと序列だの建前だのをこねくっていたことはもう忘れる。
「ライラ! みんな! ……飛ぶぞ!」
俺は大声で宣言し、みんな機敏に従った。
(続く)
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