雪のちらつく真冬のポルカ。
そこは病を癒す湯治客とは別に、最近は多くの剣士たちが自らを鍛える修行地の様相を呈している。
多くはディアーネ特務隊とその関係者による自主鍛錬だったが、それに触発されて戦士的性向の強いエルフたちが森の際でそれぞれ特訓を自らに課す姿も見られるようになっていた。
そんな中でも、本格的にボタ雪の降り積む日はさすがに外で暴れるものの姿もない。
晴耕雨読ではないが、今日のオーロラのように宿屋の食堂などで書物に耽溺するのも、それはそれで有意義と言えなくもない。
「オーロラ十人長、何読んでるんですか?」
「テテスさん。あなたも読めますかしら」
オーロラが閉じて見せた本は「セレスタ東西英雄列伝・第22号」というタイトルが振られていた。
「英雄列伝……?」
「セレスタ軍人を中心に、有名戦士の情報を網羅した最新決定版カタログ……という触れ込みの書物ですわ。建前上は」
「建前という事は……」
「網羅と言っても所詮は民間の本です。不正確な情報も、取りこぼしも多い……まあ、エースナイトでもわたくしのように実績を追いづらい者もいることですから、むしろ現在でも軍機に触れることなく良く調査している、と褒めてもよいのですが。マスターナイトやそれに準ずるクラスの現役戦士の通り一遍の評価ならば、これでほとんど掴めるというものです」
「はー。オーロラ十人長もそこに載るのを目標にしてたり?」
「ふふ。そういう部分もないとはいえませんわね」
オーロラは微笑み、他にもテーブルに積んでいた書物を広げてみせる。
それぞれ「剣聖伝・ユリシス三世王紀39年版」「大陸騎士大全・7巻」といった題が打たれていた。
「へぇ。よくこんなに」
「子供の頃から愛読しているので、大きな都市に行って書店などを見かけるとつい買ってしまうのです。……兄やアンゼロスさんの記事もあるのですよ」
「あ、見たいかも。一応、レンファンガスの王立情報院に入ってくる程度なら個人情報も知ってるんですけど、詳細評価は知らないんですよねー」
ぺらぺらと本を開くテテスに、オーロラは栞を引いてみせる。
──森林領の貴公子・真空の刃に断てぬもの、なし!──
ルーカス将軍(32)
マスターナイト/セレスタ軍南方軍団所属
・パワー
☆☆☆☆☆
・スピード
☆☆☆☆☆☆☆
・テクニック
☆☆☆☆☆☆☆☆
・総合評価
☆☆☆☆☆☆★
南東部森林領のコロニーリーダーの嫡男にして天才的と称される美剣士。
実力は未だ計り知れないものがあり、本記事の情報も過小評価との声もある。
その剣が振り抜かれれば二十歩離れた巨木が切断され、音を立てて倒れるといい、そのオリジナル性ゆえに☆評価では計れない部分が存在することは明記しておきたい。
何より卑怯なのはその実力と兼ね備えたそのルックスと優雅な振る舞い。まさに貴公子かくあるべしの見本とされる。
ただし最近名目は不明ながら諜報旅団からの監査を受け、謹慎を言い渡されるなど些かトラブルと縁があることも明記しておきたい。
──トロット仕込みの正統派・「斬風剣」ここにあり!──
“斬風剣”アンゼロス十人長(年齢不詳)
エースナイト/セレスタ軍特務部隊
・パワー
☆☆☆☆☆☆
・スピード
☆☆☆
・テクニック
☆☆☆☆☆☆☆
・総合評価
☆☆☆☆☆
近年までトロット国境を守護するバッソンの名物部隊「クロスボウ隊」の護衛として有名だった。
体格に見合わない巨大な鎧と、ショートソードながらオーガすら一撃で仕留めるという剛剣が自慢のハーフエルフ少年剣士。
その美少年ぶりとは裏腹に技術も腕力も確かなものがあり、見た目で判断すると痛い目に遭う好例。
最近の調査で女性説も囁かれているが、特務部隊への転籍により詳細は不明のまま。
「あれ、アンゼロス十人長ってかなーり動きが速いような……セレスタではあれでも☆みっつなんですか?」
「ですから、あまり正確ではないのです。アンゼロスさんが一昨年、兄によって鎧を失ってからスピード派に転向したのをフォローできていません。古い情報を更新していないのでしょうね。今なら☆6……いえ、7は堅いのではないでしょうか」
「ですよね? よかった、あれで☆3だとアルちゃんでも5くらいじゃないですか」
「舞踏槍の記事はそちらの『大陸騎士大全』にあったと思います。情報は古いですけど、評価基準はほぼ同じですわ」
──アフィルム帝国最速騎士の候補の一人──
“舞踏槍”アルメイダ
エルフ族のパラディン。
現フォルクローレ冒険家組合所属の冒険家。
かつてはアフィルム帝国で最も名の知れたパラディンの一人でもあったが、現在はどういうわけかアフィルム軍と断絶。トロット王国第二の都市フォルクローレに滞在しているらしい。
高い次元でバランスの取れた戦闘技術を持つが、なんといってもそのスピードは脚力に長けた獣人をも置き去りにしてしまい、また手数では決して優れない筈のスピアを用いての攻撃は防御を容易に飽和させる凄まじい動きを見せる。その戦いぶりはまるでよく練られたダンスにも似る。
・攻撃力
☆☆☆☆☆
・速度
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
・特殊技能
☆☆☆☆☆☆☆
・総合力
☆☆☆☆☆☆☆☆★
「……こっちはちょっと文章が硬いですね」
「それは、『セレスタ東西英雄列伝』の方が多分にゴシップの要素を含んでいるせいだと思いますわ。そちらは少し下世話に感じる部分もありますし」
「確かに。それにしても、アルちゃんの評価高いですねぇ」
アルメイダの評価はその本によればマスターナイトにも匹敵する評価。
違う本同士の比較ではあるが、ルーカスよりも高い。
さもありなん、と頷くテテスは満足そうだが、そこに当のアルメイダが現れた。
「その本か。……私のことが過大評価されているな」
「アルちゃん」
「確かにスピードなら誰にも負けない自信があるが、いささかそれに対する評者の幻想が入っている。見ろ、これの基準通りなら私はアフィルムの騎士でも最強ということになってしまう」
「あ、本当だ……アフィルムのロードにもアルちゃんより評価高い人いませんねぇ」
「実際はロードと試合をすれば半分以上は私の負けだった。速いだけでは、勝てない相手も多い」
「なるほど……」
「いえ、むしろ半分近くは勝っているというのがわたくしとしては驚くところですが……」
「一応は何度もロード推薦は受けていますから」
少し不機嫌そうなアルメイダ。
「向こうでは試合や試験ではなく、各公国の将官級から選抜される騎士選定委員会がパラディンやロードの叙任を決めることになっております。……帝国内での政治の風向き次第では、何度推薦されても叙任されないし、相応の強さがなくても叙任される場合もあります」
「だから、アルメイダさんはロードであってもおかしくない……と?」
「マスターナイトやブラックアームになれるかどうかは知りませんが、少なくともアフィルムではそういうラインにいたということです。……それに、私が勝てたロードが必ずしも強かったわけではない、ということも示す事実でしょう」
「まあ、レッドアームだって別に強くない可能性は僅かながらありますから」
レンファンガスの正騎士であるレッドアームは前線勲章の数によって叙任される。
ほとんどは百戦錬磨というに相応しい猛者ではあるが、価値的に互換の勲章がいくつかあり、一度も魔物と接触しないまま叙任されるという裏技もないわけではないのだ。
ただし叙任までに恐ろしく時間がかかるが。
「まあ、所詮は他国人が伝聞で書いた記事ということ。それに私は既にレンファンガスの騎士だと言うのに……」
「アルちゃん、この本の発行日、一昨年」
「……な、なら仕方がないか」
アルメイダがレンファンガスに渡ったのは昨年のことだったので情報が古いのは当然だった。
「そもそもこの中で毎年発行されているのは『セレスタ東西英雄列伝』のみですわ。特に大陸中の有名騎士をフォローする『大陸騎士大全』は次までに4年5年と空くことも多いようです。いくら最近は情報の伝わりが早いとは言っても、そう手広く上質な情報を集めるのは骨が折れるようですし」
「ありゃりゃ。でも、次の刊行までに私も載るような騎士になりたいですねー」
テテスがあっけらかんと言う。
しかし……アレックス・バスターの妹だということが少しでも知れ渡れば、あっさり載ってしまうだろう。どうせ「有名」騎士であって特に強い騎士の情報ばかりではないのだ。
……という事情は、オーロラは黙っておくことにした。
「しかし『剣聖伝』の詳しさは凄いな……こんなに、よく取材させてくれるものだ」
アルメイダは「剣聖伝」を眺めて溜め息をつく。
「それは編者が王都大学の戦史同好会だからでしょうね」
「大学の戦史同好会? そんなところでこんな立派な本を?」
パタンと本を閉じて装丁をしげしげ見るアルメイダ。
立派な皮革の表紙はとてもアマチュアの出した本には見えない。
「初期は巻物だったそうですわ。途中で戦意高揚のために広く出版するべきというクロフォード子爵の意向によって今の形になったそうで、現在もクロフォード家が出版資金を拠出しているとか」
「……まあ、大学生の取材なら豪傑の剣聖といえども取材を無碍にもできないし、本もしっかりしたものになる、か。しかしよくセレスタ戦争後も続けられたものです」
「セレスタとしても別に剣聖自体を滅ぼそうとか取り潰そうというつもりはありませんからね。アフィルム帝国への睨みとして、現在も充分に活用していますから」
セレスタという国は利害の不一致に厳しい反面、価値あるものは壊れやすく得難いという事もよく理解する。
トロット王国の育んだ「剣聖」という存在への絶大な信頼と憧憬、そして周辺諸国への威力というのは、一度散らしてしまえば容易に再建は不可能であり、多少の無理を押しても利用していく価値のあるもの……という認識があるのだった。
「未だに剣聖の神話に憧れて剣士を目指す子供は多いと言いますからね。こういった書物も、セレスタへのあからさまな反意がない限りは許容するという方向のようです」
「聞けば聞くほどセレスタは寛容ですね。血で血を洗う戦乱のアフィルム半島からはなかなか考えがたい。……確かに、剣聖旅団が崩壊したことに乗じてトロットの三分の一を奪い、セレスタへの橋頭堡とする計画が当時あったものの、セレスタが予想以上にトロットの戦力を残したおかげで取り止めになったという話もありますが」
「セレスタという国は、商売人の国ですからね。利用価値のあるものには聡いのです」
「アフィルムも……いや、深緑もそうあればよかったのですがね……」
パラパラと再び本を開くアルメイダ。
「ときに、この本も栞が多いですね」
「ええ。見知った相手の記事が多いものですから、チェックが楽しくて」
「見知った相手……?」
「至剣聖アーサー・ボナパルト様は無論のこと、ギルバート・グランツ百人長やエクター・ランドール十人長も顔見知りです。先日、レンネストで見た剣聖の方々も栞を入れていますわ」
「ほう……私はギブリ要塞でチラッとしか見なかったけれど」
栞を頼りにページを開くアルメイダ。
──剣聖旅団歴代最強。生ける伝説たる至剣聖──
アーサー・ボナパルト
元・剣聖旅団長
元・王宮近衛隊長
かつて剣聖旅団を北西平原最強と言わしめたのは彼の力とカリスマによるところが大きい。
その体躯は人間族としては大柄な189センチ。近づけば本当に圧倒されるような覇気を感じる。それでいて、その笑顔から受ける印象は紳士そのものであり、また、どこか腕白な少年のような清々しさも併せ持つ。
その容姿がカリスマ性に少なからず貢献しているのは確かだが、実力はさらに絶対的なものがあった。
オーガ族と力比べをしても決して負けない常人離れした筋力もさることながら、その剣技は神域に達するとまで言われる。
愛剣は王都十剣匠のトップであるヴィックス・バレー自らの手による大剣で、決して剣術試合には向かないものながら、今まで並み居る剣聖との試合で無敗。トロット剣士の象徴たる「ブラストアタック」の扱いには特に秀でており、彼が全力で放ったブラストアタックは竜巻を起こし、並みの家屋では耐え切れないとされる。
しかしそんな彼も前回の戦争で負った傷は浅くはなく、現在療養中。
年齢的にも既に現役復帰は厳しいものがあるが、いずれ再び大闘技場で剣を掲げる大英雄の姿を、筆者も一度でいいので見たいものである。
攻撃力
7
敏捷性
6
戦闘技術
10
総合力
S
(表は現役時のもの)
──大闘技場の鬼教官──
“先生”ギルバート・グランツ
大闘技場では今日も多くの若き剣士たちが汗を流す。
そのほとんどはセレスタ戦争後に叙任された「エースナイト」だが、彼らに技術を教え込む男は正真正銘、純然たる剣聖。それも五十路を間近にしながら、なお若き剣士たちを恐れさせる。
長命種の血を引いているんじゃないか、と笑い話にされるその男の強さの秘訣は、毎週決してたゆまず鍛錬する勤勉さもさることながら、完成された技術と底知れない精神力によるところが大きい。
彼の名はギルバート・グランツ。なんと立派な剣聖でありながら王都大学で教鞭をとる助教授でもある。彼の講義のわかりやすさと欠席者に対する容赦のなさは学内で有名であり、少しでも皆勤の自信がないものは取るなというのが……閑話休題。
元来学者気質であり、先の戦争でも大学を空ける事を嫌って剣聖旅団への所属を断った変り種の剣聖だが、部隊指揮能力も一流と言われている。同じ理由でセレスタ軍からの将軍待遇仕官も断っているという噂があるが、嘘か真か。
生粋の王都っ子でもあり、オフには講座の学生たちを引き連れて街の隠れ名店を案内するといった気さくさも持ち合わせている。
剣聖としての紹介のつもりがどうも違ったものになってしまっている気もするが、彼はそういう剣聖である。剣聖としての側面だけでは見えてこないものもあるということで、筆の迷いを許して頂きたい。
攻撃力
4
敏捷性
5
戦闘技術
10
総合力
B
──最後の剣聖は花実兼備──
エクター・ランドール
若干15歳で剣聖号を取った天才剣士であり、彼の叙任後まもなくトロットが敗戦、軍事統帥権と「剣聖」叙任権を奪われたために「最後の剣聖」と称される。
名門貴族ランドール家の嫡男にして優秀な学生でもあり、王都大学内では常に女性に囲まれている姿を見ることができる。男友達は学内には少ないようだ。
その剣が実戦で振るわれたことは(剣聖旅団崩壊時の)一度しかないというものの、実力は非常に高く評価されている。既に並みの先輩剣聖たちを押しのけて頭角を現し、マスターナイト試験をも射程に入れている、と伝聞ながらの情報もある。
スタイルは完全な正統派であり、「ブラストアタック」にも習熟、スピードもかなりのもの。
一度、王都大学内の右翼グループが騒動を起こした際はギルバート・グランツ助教授とともに鎮圧に尽力した。
短剣一本、一撃のブラストアタックで机を巻き上げ、瞬く間に人質となった女学生を救出した鮮やかな手腕は語り草。
その姿は学内の美術部によって油彩で描かれ、展示されている。本人は買い取って引っ込めたがっているという話も。
彼のような剣士がまだまだ国内から生まれ得るという事実は、王都のトロット人に大いに希望を与えている。
攻撃力
6
敏捷性
7
戦闘技術
6
総合力
B
──その動き、飛ぶが如く。その一撃、爪牙の如く──
“シュランツの鷲”ジョセフ・ベイ
元剣聖旅団第7隊隊長。
大剣聖であり、実力は剣聖旅団でも一ケタ台につけていたと言われている。
“疾風”アベル・ディンギルの師匠格であり、高速剣法に定評がある。
両の手に剣を操る二刀流の名手であり、相手の鎖骨を断ち切って戦意を奪う華麗な一撃と、瞬時に離脱する戦法から「鷲の騎士」の名で呼ばれる。のちに故郷であるシュランツを冠し「シュランツの鷲」と呼ばれるようになった。
戦闘力も一級品だが将軍としても定評がある。
剣聖旅団のリードアタッカーとしてのジョセフ・ベイ、将としてのジョセフ・ベイ。どちらがより有用か、当時の軍司令部も大いに悩んだというのは有名な話。
攻撃力
8
敏捷性
8
戦闘技術
8
総合力
S
──その色は蒼空にして、救いの青──
“青の騎士”バルト・ディーン3世
元剣聖旅団第11隊隊長。大剣聖。
家宝である青のマントを常に身に付けているため、青の騎士と呼ばれる伊達男。
戦場でも纏って戦いながら、恐ろしいことにそのマントには未だに血汚れも破れも見当たらないあたりが彼の実力を物語る。
ハルバードの名手であり、またブラストアタックを巧みに使う。その戦術に隙は見当たらず、また引き際の上手さも有名。特に味方部隊の救助を得意としており、その青の鮮やかさを忘れられないトロット兵も数多い。
彼のマントを汚せるのは悪い女と急な嵐だけ、という言葉さえあるくらい。
ちなみに恐妻家でもあり、この言葉が彼の奥方に伝わってから彼は随分痩せたという。
攻撃力
5
敏捷性
7
戦闘技術
8
総合力
A
──剣聖旅団の荒々しき切り込み隊長──
“ペネトレイター”ケイン・ゴールド
元剣聖旅団第2隊隊員。大剣聖。
協調行動を最大の武器とした剣聖旅団でも、作戦上の突出が必要な場面はある。
そんな時に一番に突っ込む頼もしい男が彼、ケイン・ゴールド。
その突破力は絶対的に近いものがあり、並みの前衛部隊では絶対に押さえきれず、そして騎兵部隊では追撃対応しきれない絶妙な勝機への嗅覚を併せ持つ。
彼の突破が剣聖旅団を勝利へ導いたことも多く、正規戦の記録だけでも7度は勝利のきっかけを作り、遭遇戦ではもっと多かったという話もある。
単独の動きによる戦果という意味では剣聖旅団でも随一という呼び声もある。
ただし、負傷も決して少なくはない。
無敵の剣聖旅団といえども、血を流して戦う彼のような勇士の不断の努力がその常勝を支えていたのだ。
攻撃力
8
敏捷性
7
戦闘技術
4
総合力
A
「なるほど……私もアーサー・ボナパルトとは一度手合わせしてみたいものだ」
アルメイダが唸る。
「アルちゃんとアーサー・ボナパルト卿ですか。確かにちょっと見てみたいですねー」
テテスが無責任なことを言う。
訓練とはいえ、アンゼロスと二人で歯が立たなかったオーロラは困ったように微笑む。
そこに、温泉からほこほこと湯気を立てて帰ってきたジーク・ベッカーが通りがかった。
「おっ。面白いメンバーで面白いモン広げてんなあ」
「特務百人長」
「へー。なんだボナパルト卿の評価とかあるんだなあ。って、随分低いなコレ」
「低いのか」
アルメイダが興味ありげな顔をしたので、ジークはニヤリと笑う。
「俺が書くとすれば……そうだな、攻撃力10、敏捷性8ってところか。あのおっさんがシュランツの鷲より攻撃力下とかあり得ねえって」
「攻撃力10っていうと、それこそスコット・ビンセント将軍とかの特別枠なのですけれど……」
オーロラが小さく突っ込む。
オーバーナイトであるビンセントはセレスタの将軍。アルメイダが開いている「剣聖伝」では実質使用しない数値だ。
が。
「ビンセントの野郎も確かに攻撃力高いけど、あのおっさんの本気の一撃ならタメ張れそうな気がするぜ。あの攻撃力は技術とかそんなレベルのもんじゃねえ、もっと根源的なモンだ」
「……根源的」
よくわからない様子のオーロラとテテス、なんとなくは得心した様子のアルメイダ。
長く戦士として戦っているものだけが共有できる認識だった。
「それよっか、ビンセントたちの記事も当然あるんだろ、そっちの『セレスタ東西英雄列伝』なら。……おお、22って去年の末の号じゃん。よく持ってたな」
「この間タルクで購入したのです」
「あー、なるほど、あん時ね。どれどれ」
──セレスタの「剣」! 大陸最強の呼び声も高い電光の王──
“雷撃のオーバーナイト”スコット・ビンセント特務将軍(41)
オーバーナイト/セレスタ特別電撃旅団所属
・パワー
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
・スピード
☆☆☆☆★
・テクニック
☆☆☆☆☆☆
・総合評価
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
絶対的な攻撃力でセレスタを象徴する最強のオーガ戦士。
その強大な腕力も圧巻だが、特筆すべきは異名の元となった雷撃能力。
オーガには稀に発現する「エレコーン」と呼ばれる体質は電撃を扱う能力だが、通常はせいぜい触った相手を痺れさせるのが関の山。
だが彼の能力はその域を大きく超え、角から自在に雷撃を迸らせ、天候次第では天から自在に周囲を打つというとんでもない力を持つ。
この力を防御できる敵などいない。よしんばいたとしても、自慢のダブルアックスが両断。
そんな彼が飛龍に乗ってどこへでも出現するという恐怖は、国内の治安維持のみならず周辺諸国をも躊躇させる抑止力になっているという。
ちなみに彼、まだ独身。
お嫁さんには猫か狐獣人がいいとかなんとか。毛並みが逆立つのでなかなかお相手に苦労しているようだ。
──セレスタの「盾」! 無敵の男がそこにいる恐怖──
“鋼鉄のオーバーナイト”リョウ・アマツシマ特務将軍(38)
オーバーナイト/セレスタ特別電撃旅団所属
・パワー
☆☆☆☆
・スピード
☆☆☆
・テクニック
☆☆☆
・総合評価
☆☆☆☆☆☆☆☆☆★
はっきり言うと彼は戦力的には大したことはない。
が、その総合評価が異常に高いわけは、彼の異様な生命力にある。
「動死体か聖獣かどっちかにしろ」と軍医がキレたというエピソードがあるが、彼は現在までに少なくとも137回は死んでいなくてはおかしい目に遭っているというのに何事もなかったように立ち上がっている。
攻城槌と岩に挟まれる。槍部隊に滅多刺しにされる。砦ごと燃やされる。生き埋めにされる。ビンセント将軍と喧嘩してダブルアックスに叩き潰される。クイーカの海で溺れる。などなど。
しかしほとんど全てのケースで血まみれになりながらも「いってえなあクソ!」などと叫びながら生還している。
敵からすれば恐怖以外の何物でもないだろう。
エースナイトにおける最低限レベルとはいえ攻撃力もあるので、彼が投入されてしまうと敵軍は大混乱するしかない。
ビンセント将軍とは違った意味で切り札とされる、まさに司令部の秘密兵器である。有名だが。
──怪鳥、参上! 青い鳥は何を運ぶ──
“青嵐”クレイ・キングフィッシャー将軍(42)
マスターナイト/セレスタ西方軍団所属
・パワー
☆☆☆☆☆☆
・スピード
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
・テクニック
☆☆☆☆☆☆
・総合評価
☆☆☆☆☆☆☆☆
バードマンという種族はセレスタにおいても珍しい。
だが、その割にはセレスタ軍にはバードマンのエースナイトが何人もいる。彼はその中でももっとも有名で、もっとも強い戦士である。
バードマンでありながら強大な脚力を武器とし、翼は方向転換制御やジャンプ機動に使う程度。だがそれは彼らバードマンがもっとも素早く、また変則的に動くための合理的な戦術なのだ。
嵐のように駆け巡る彼の動きはエースナイトでも捉えるのは困難。マスターナイト試験でも三人のエースナイトが一太刀すら出す暇がなかったという逸話は有名だ。
ただし、彼は目立ちたがり屋でかなりそそっかしいという話もある。
鳥だからか。
「ぶははははは、いいねえ! これ書いてる奴怖いモンなしだなオイ! 今度キングフィッシャーんとこ持って行こう」
「やめてくださるかしら。破られてしまいそうですわ」
「あーあー、有り得る」
足をバタバタさせながら大笑いするジーク。オーロラは迷惑そうな顔をする。
「それにベッカー特務百人長もつつかれてますわよ」
「マジで?」
──世界一有名な諜報員といえば彼しかいない!──
“白昼夢”ジーク・ベッカー特務百人長(40)
エースナイト/セレスタ特別諜報旅団所属
・パワー
☆☆☆☆☆
・スピード
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
・テクニック
☆☆☆☆☆☆☆
・総合評価
☆☆☆☆☆☆☆☆
なんと12歳でエースナイト試験に受かったという天才も今年で40歳。時間とは無情である。
これまで数々の武功が明らかになっており、伝説級の魔物や遺跡も多数制覇している実力派。
特にスピードは大陸でも最速とすら言われており、アフィルムの“舞踏槍”アルメイダ、トロットの“疾風”アベル・ディンギルをも凌駕するという。
しかし戦い方はナイフや罠を多用する暗殺者そのものであり、実際に戦ったらどうかという反論があるのも事実。
そんな彼も最近オーガ族女性に捕まったとか。即座に浮気が発覚したとか。
プライベートでもド派手な男である。
「おい、これ書いた奴誰だ。俺に何か恨みがあるとしか思えねえ!」
「わたくしに言われても困ります。あともしも破ったら代わりを調達してきてくださいね」
「……ぐぎぎぎ」
本を破りそうなほど握り締めていたジークは渋々と置く。
クスクスと笑っていたテテスは、ふとアルメイダに話を向けた。
「そういえば、アベル・ディンギルのことも載ってます? さっきから気になってるんですけど」
「これには載っているな」
手にした「剣聖伝」を手早くまくるアルメイダ。
「十年くらい前から妙に比較されて気にはなっていた」
──トロット最速の騎士──
“疾風”アベル・ディンギル
元剣聖旅団第7隊隊員。狼獣人のハーフ。
剣聖旅団は特別に突出した能力を持つものよりも、総合力と協調性を求める傾向がある。
だが彼はそれらを持ちつつも、大陸最高クラスの突出した能力を持っている。
母親が狼獣人ゆえに血の影響もあるのだろう。だがそれでも、彼ほどの敏捷性を持った者はそれこそ獣人でも滅多にいない。
剣聖旅団には亜人種は滅多にいないが、彼はその数少ない一人でもあり、色々な意味で珍しい男である。
その剣術は大闘技場での師匠である“シュランツの鷲”ジョセフ・ベイによく似た一撃離脱戦法。その身体能力の高さから、戦闘力なら師を既に凌駕しているという声もある優秀な騎士である。
先の戦争では亜人種を多く有効に使うセレスタの戦術に押し切られた一面もある。彼の存在を皮切りに、トロットでも亜人の力を認め、使う時代がすぐそこまで来ているのかもしれない。
攻撃力
7
敏捷性
10
戦闘技術
7
総合力
A
「…………」
「なあ舞踏槍。ちょっと気になるんだけど……コイツ、確か俺らより若いよな?」
「貴殿より若いなら私より年上という事は有り得ないな、ジーク・ベッカー」
「なんか俺らと比べて妙に評価高くて生意気じゃねえ?」
「私も少しそれは思う。というか、世間はスピード派に冷たすぎやしないだろうか」
「だよな? だよな?」
黒いオーラを漂わせるアルメイダとジーク。
溜め息をつくオーロラ。テテスは果敢というかなんというか、新しい話を振りにかかる。
「それより、こういうのに載らないディアーネ百人長とか、オーロラさんとかはベッカーさんから採点してどんなものなんですか?」
「ん……それかぁ。まあ、そうだな」
ジークはメニュー書き付け用の黒塗りの板を食堂の隅から拾ってきて、チョークでカリカリと書いていく。
・ディアーネ隊長
攻撃力
9
スピード
10
戦闘技術
10
総合性能
最強
・アンゼロス
攻撃力
6
スピード
8
戦闘技術
8
総合性能
A−
・オーロラ
攻撃力
7
敏捷性
4
戦闘技術
7
総合性能
B+
・テテス
攻撃力
5
敏捷性
5
戦闘技術
8
総合性能
?
・ナリス
攻撃力
4
スピード
5
戦闘技術
7
総合性能
?
「……ってとこかな」
「アンゼロスさんの数字が随分……それに、テテスさんたちの総合性能が適当ですわね?」
「アンゼロス十人長は正直、底力がまだまだ眠ってると思う。魔法も斬風剣も組み合わせ次第でかなりなモンになりそうだ。最近追い詰められた戦闘してない感じだから、わかんねーけどな。あとテテス正騎士、お前はそもそも他人にまだちっとも全力見せてねえだろう」
「え……」
「安全運転なのが透けて見えてるぜ。奥の手は悪いこっちゃねーが、訓練で出してない力は実戦じゃ出ないこともある。過信で死ぬなよ。あとナリスちゃんは……なんつーか、スマイソン臭がする」
「なっ」
「待てジーク・ベッカー! ナリスはまだアンディとは……」
「落ち着けオーロラ十人長、舞踏槍。別に俺が獣人みてーな嗅覚であいつの体臭嗅ぎ取ってるってわけじゃねえよ」
ジークは肩をすくめる。
「なんか、ナリスちゃんは追い詰めたらどんどんちょっとずつちょっとずつ絞り汁が出そうな感じっていうかさ。テテス正騎士とは違った意味で底知れねえトコ、あんだよな。……スマイソンもそうだ。あいつは大したことねえよ、能力的にもアタマの方も。でも、やったことだけ見ればエルフの連中の厚遇も頷けちまう。場合によっちゃ面白いことになるかもしれないぜ、ナリスちゃんも」
「むー……」
「そうでしょうか……」
少し不満そうなテテスと、考え込むオーロラ。
……そこに。
「僕はそんなに能力高くないです」
いつの間にか現れたアンゼロスが、綿布で自分のところを消す。
「何しやがる」
「大体僕はそーゆー変な本嫌いなんです。二つ名とかつけないでほしいんですよ! アンディに笑われたし!」
「いいじゃねーかよ」
「よくないから言ってるんです! 変な感じで有名になんかなりたくないし!」
剣士たちがわーわーと騒ぐ。
「まあ、別に強くなくてもアンディさんにいっぱい愛してもらえたらそれでいいんですけどね♪」
「ふむ。まあ、雌奴隷としてはそちらが正しいのじゃろうな」
「早く帰ってこないかな……」
セレン、アイリーナ、マイアは揃ってお茶を啜った。
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