馬車の最前列、御者台の手前に全裸のガラティアを配置。その対面にディアーネさんやアルメイダ、アンゼロスといった反射速度に優れる面子を配置し、俺やヒルダさんを最後列の席に置く。
海賊育ちで身体能力が高いとはいえ、少々厳重過ぎる警戒態勢だが、恥辱ゆえのやぶれかぶれでいきなり俺やヒルダさんに手を出されたら作戦どころではないので、仕方ないといえば仕方ない。
「こんな風にドラゴンを使う連中なんているんだ……」
ガラティアはといえば、ドラゴンが突然出現したショックが覚めやらず、ゆっくりと上昇していく馬車からの景色に呆然としている。
まあ普通そうなるよね。すっぽんぽんにさえしなければあまりカドも立たなかったんじゃないだろうか。
「ご主人様、そこからじゃあまりあの子の裸見えないんじゃないですかー?」
「別に俺が無理に見なきゃいけないわけじゃないだろ……」
「見たくないんですか?」
「見たいです」
多少常識ぶったつもりがすぐ崩壊して即答してしまう自分が好きです。
「とはいえ、あまり前に顔を出してはこの娘が衝動的に手を出したくなってしまうかも知れん。そこからの眺めで我慢してくれ」
ディアーネさんが落ち着いた口調で言う。
「……アンタらおかしいよ。こういうゲスいこと考えるのなんて男の役目じゃん……」
ガラティアは思い出したように胸を手で覆いつつ、恨みがましく言う。
「全くその通りです」
頷くナリス。その隣では相変わらずのサフルが椅子の背もたれに隠れつつチラチラとガラティアの肌を盗み見ている。
そういう姿を見てると忘れそうになるけど、お前そのナリでも俺より年上だろ。
「んー、でも裸のコがいるのに悶々と眺めるだけっていうのもアンディ君ちょっと可哀想よねー☆ どう、あのコを肴にしながら先生がおちんちんヌイてあげよっか?」
「これからドラゴンスレイヤーを持ってるかも知れない敵の陣地に乗り込むんですから少し自重しましょうよ」
「でも先生とアンディ君は多分なんにもすることないじゃない」
「だからっておっ始めるのも変でしょうに!」
一応ヒルダさんもヒルダさんなりに現状把握してるはずなんだけどなー。
「まあ、アンディと姉上はその調子でいい。二人で一仕事終えるまでに我々もつつがなく奪還を終えようじゃないか」
「いやディアーネさんもそこは止めましょうよ」
「なんなの。なんなのコイツら」
「話せば長い物語になるんですが聞きますか。いや私も半分くらいは聞きかじりですけど」
ナリスもガラティア嬢にそんなこと喋る暇あったらちゃんとツッコんで。
赤クジラという島は海図通りにディアーネさんが指示した結果、すぐに見つけた。
まさにクジラのようにこんもりとした東側と、まるでオマケのように平地が突き出している西側。確かに戯画化したクジラのように見えなくもない。
「島全体が赤いのかと思ったらそうでもないのか」
「草木が生えてるからそう見えるけど、地面は溶岩土砂でできてて赤いんだよ。船で真横から見ると斜面が赤く見える。だから赤クジラ。本当は島には政府がつけた別の名前があるけど、みんな赤クジラとしか言わないね」
俺の呟きに律儀に解説を入れてくれるガラティア嬢。数十分の飛行中に少し慣れたのか、胸を隠す手も最初ほど必死に身を抱いてはいない。
「砦はあの西側斜面の突き出てるところに作ってある。といっても一つじゃない。山の洞窟を介して4つの砦が連結してあって、必要に応じて色々な使い方をしてたんだ。どうせこんな島じゃ逃げ場なんてないけど、とっ捕まえた捕虜を飼っておくなら一番奥まった北側の三角砦が一番使いやすいかな」
「なるほど。だが……もう少し空から偵察しよう。奇襲は一発目が肝要だ」
「……こうやって空から丸見えじゃ、アタシらの砦も丸裸同然、か。取り返すためとはいえ、嫌になるね」
溜め息をつくガラティア嬢。恰好が恰好だけに色っぽい。
ごくりと喉を鳴らすサフルの頭を撫でてやりたくなる。
「って、アンタらジロジロ見てんじゃないよ! 丸裸って砦の話だかんね!」
「ガラティア。大人しく見られていろ。海に放り出すぞ?」
「うっ……」
一度は俺とサフルに牙を向きかけたガラティア嬢だが、ディアーネさんが徹底的に上下関係を認識させることで黙らせる。
……どうでもいいけどあんまり強圧的に裸見るのはどうかなあと思わなくもない。
「襲うのはどこからがいいか……」
「こちらはそこそこ数がいる。手分けして一気に襲うのはどうだろう、ディアーネ」
「砦四つか……マイアとサフルを頭数に入れればなんとか回せるか」
「班はツーマンセルか? 一人余るが」
「二人では隙を生じやすい。スリーマンセルだ。マイアだけアンディと一緒に砦一ついけばいい。ドラゴン体でいけるなら戦力的に不安はないだろう。私はアンゼロスとオーロラを使う。ガントレットは一組で、最後のひとつはネイアとサフル、サポートにルナを当てよう」
「姉上殿はどうする」
「あら、私ならアンディ君にくっついてくから平気☆」
「よし」
あっという間に作戦を立てるディアーネさん。
「ガラティア。服を着ることを許可する。ここからはアンディに従え」
「え、えー……」
「不服か。それならば海だ」
「うぅ」
ディアーネさんは有無を言わさない。ガラティア嬢は服をゴソゴソと纏いながら情けなく耳を寝かせた。
「全員、順に飛び降りて制圧開始だ。言うまでもないがドラゴンスレイヤーに注意しろ。そして首魁ラビネスと思しき人物に出会ったら出来る限り生きたまま確保。ただしサフル、お前がリカ嬢を確認し、保護できた暁にはその限りではない。合流前に好きにして構わん」
「話わかるな、ボス!」
サフルはニヤリと笑って拳を手に打ち付ける。ボッと一瞬炎が散って、ガラティア嬢は目を丸くした。
「ね、ねえ、この子供って」
「ああ、そいつレッドドラゴン」
「!? あ、アタシ思い切りブン殴っちゃったけど」
「まあ頑丈だから大丈夫だよ。多分」
誰に話しかけていいのか迷うそぶりはあるが、スケベながらも戦闘力が低く、また強圧的でないので俺に話しかけることにしたようだった。
「ところで……パンツがないんだけどアンタ持ってない?」
「よくぞ気づいた」
「なんでそんな偉そうなのさ!」
おもむろに懐から引きずり出したところでひったくられた。
島の上をぐるりと旋回。
まずはアンゼロスとオーロラ、そしてディアーネさんを一つ目の砦(ガラティア嬢によると「丸砦」。空から見ると敷地が丸い)に投下。
元気よく砦の防壁の上に飛び降りて駆け下りていく三人を見送るうちに、次の砦に差し掛かる。
「あそこは三角砦?」
「そうだよ」
「……ネイア、サフル。それとルナ、行け」
「行ってきます」
「そっちもしくじんなよ」
「……またあとで」
俺の号令に三人は飛び降りる。ネイアとサフルはまあ規格外だからともかく、ルナもちょっと常人なら躊躇する高さから遠慮なく飛び降りていった。改めて、身体能力的には素質高いんだろうなあ、と思う。
「残りは私たちか」
「遠慮なしで人斬り殺すのって久々ですよー」
「いや、できるだけ穏便に行こうよテテスちゃん? まあ状況次第だけどさあ」
四角の砦が近づいてきて、ガントレットの三人が準備する。街中では目立つのを恐れて普通の剣を持っていたナリスも、今回はクラッシュハーケンUを握っている。
「それじゃ三人とも、気をつけて」
「任せておけ」
「ご主人様こそー♪」
「ちょっ、ちょっ、まだちょっと高くないですかコレ!? マイアちゃんもっと下げて下げてうわひゃあああああ」
飛び降りるのを怖がる素振りを見せたナリスはテテスにドンと押されて落ちていき、テテスもそれに続いた。
「……あのさ、気になってたんだけどご主人様って」
「話せば16年もの長い物語になる」
「え、そんなに!? あの今の人間女の話だよ!? 16年ってアイツ生まれた頃からの話になるの!?」
「…………」
そういえば俺がアップルのおっぱい揉んでた頃ってちょうどテテスが生まれた頃になるのか。ちょっとだけ自分の歳を実感する。
そして、最後の砦は切り立った崖を半円の壁で囲んだ形だった。
「これはナニ砦だ?」
「半月砦だよ」
「ここだけなんか風流だ」
などと言いながら、馬車ごとドラゴンごと砦の中に着陸。
マイアが馬車を背に隠しながら幻影を解除。急に砦の中に風が巻き起こって不審がっていた駐留者たちが突然現れたブルードラゴンの姿に驚愕する。
俺もクロスボウを構える。
「動くな! 今すぐ建物から外に出て地面に手をつけ投降しろ! コイツと喧嘩したいか!?」
「なっ……なんだ、何が……!!」
「まやかしに決まってる! あの男を射れ! 命知らずの馬鹿だ!」
砦の内側にある宿舎のあちこちから弓やスリングなど放たれる。
ドラゴンスレイヤー頼みの商船ご一行かと思ったら、一応の武装はしてるんだな。
「ふんっ」
マイアは巨大な翼の先を勢いよく地面に突き立てるようにして俺を守る。薄く強靭な翼に、細い矢や石ころなどは意味を成さない。
……風圧で俺はよろけたけど。
「だ、大丈夫、アンタ!?」
「マイアが守ってくれる。大丈夫だ」
「アンディ様、やっちゃっていい?」
「ひと撫でしてやれ」
マイアに命令すると、マイアは片脚を支点にぐるりと体を反転させつつ、巨大な腕で周囲の構造物をなぎ払う。
ズゴゴゴゴ、と凄まじい音がして、防壁内の宿舎や倉庫などが半ばから吹き飛んだ。
「人間もやっていいよね」
「まだやろうとしてる奴だけでいいぞ。あまり時間を食いたくない」
恐慌して逃げ惑う多くの雑兵、まだまやかしだと信じて弓やスリングを構える勇敢で無謀な一部。
マイアはそれらに対し、無慈悲に腕を叩き付ける。
「警告はしたぞ」
俺もクロスボウで壁の上から狙う弓兵を一人倒す。
「出てけ、このクソどもっ!!」
マイアの体を駆け上がって壁に飛び乗り、ガラティアもスリング兵に殴りかかる。そこにまた別の弓兵が狙いをつける。
「危ないっ!」
俺が叫ぶのも間に合わない。クロスボウも巻き上げていない。マイアは背を向けていて、ドラゴンの巨体では急な反転はちょっと無理だ。
と思ったら、その弓兵が突然驚いたように弓を下ろし、うろたえる。
その間にガラティアはスリング兵を蹴り倒し、弓兵に気がついて遮蔽物に飛び込んでいた。
何かと思ったら俺の背後からヒルダさんが手を突き伸ばしていた。
「ヒルダさん、今の」
「幻影。喧嘩に使うのなんて何百年ぶりかしら」
「一応使ったことはあるんですね……」
「昔はタルクも物騒だった頃があったのよねー」
そして当の弓兵は幻影に騙されたことに気づいたあたりでマイアの巨腕に跳ね飛ばされていた。
久々に情け容赦ない戦いだが、ドラゴンを相手に「戦う」という選択をしてしまったことを後悔してもらうしかない。
もしもリカ嬢が取り返しのつかないことになっていたら、その時は全員漏れなく黒こげだ。
半月砦を制圧し、そこに奴隷売買の被害者がいないことを確認する。
降伏した連中の話によれば、やはりそういった虜囚が捕まっているのは三角砦のあたりらしい。
「よし、ちゃっちゃと行って合流しよう。今頃サフルたちが仕事を終えて……」
「……ヘヘッ」
何故か、降伏した商人の手下たちが笑ったのが聞こえた。
「…………」
「どうしたのアンディ君」
「……おい。何がおかしい? 笑う場面か今の」
「アンタ、そんな雑魚にあんまり絡まないで。そういう連中は虚勢張るのが仕事みたいな……」
「違う」
虚勢ならもっと堂々と張るだろう。
「……お前らの『隠し玉』なら、俺たちに勝てるって期待してるのか?」
「……知ってやがるのか」
笑ったらしい雑魚は、スッと目を細めた。
俺はあえて口を閉ざし、その態度を見極めることにする。
こちらが掴んでいる情報を教えてやることはない……いや、待て。
俺たちは何を掴んでいる?
よく考えればガラティアの「一撃で船を真っ二つにした」という情報だけだ。
そこからドラゴンスレイヤーだと決めてかかっているが……それ以外の可能性は?
少しヒヤリとするものを感じて、俺はその雑魚をじっくり観察することにする。
「アンディ様……?」
「少し待て」
何だ。隠し玉とはなんだ。
船を真っ二つにする「何か」なのは間違いない。
だがドラゴンスレイヤーはドラゴンを確実に倒せる武器、ではない。それは火竜戦争の結果、大陸中に知れ渡った。
だから俺たちの行く末を考えて笑うのはおかしいのだ。
そしてマーマンやサーペントなどといった海中戦力でもありえない。それは空を飛び、陸で直接戦うドラゴンには無関係だ。
ならば……特殊な技能を持った戦士?
オーロラの斬撃波のような強力な武技の使い手?
いや、待て。例外的なものを探すより、もっと根本的なものがある。
俺は気をつけながら口を開いた。
「……こんな若いドラゴンに、負けるはずがない。そういう笑いか」
「ハッ。……俺たちは降参したんだぜ。笑ったなんて聞き間違いじゃねえのか」
口先とは裏腹に、雑魚の目は肯定していた。
揺るぎなく、何かを信頼していた。
俺は嫌な予感が的中したことを確信する。
「マイア、行くぞ。ガラティアもヒルダさんも、早くみんなに合流だ。洞窟使うより外から行くほうが速い」
「な、何よアンタ、今の何!? 話なんて何も……」
ガラティアはわけがわからないという顔をしていた。マイアもヒルダさんも似たようなものだ。
「一番でかい可能性を見落としてた」
「え、なっ……何なの!?」
「行けばわかる。……勘違いであって欲しいと今も思ってるんだけどな」
マイアにドラゴン化させ、馬車に二人を押し込んで自分も飛び込みつつ、マイアにすぐ飛べと叫ぶ。
三角砦。
そこでリカ嬢を救出しているはずのサフルたちに、俺たちは合流することにする。
だが。
「……くそっ……やっぱりかよ!!」
「な、何……え、どういう……」
遠くからも見える。
ドラゴン化したサフルと対峙する、巨影。
黄色い鱗の、ライラと同じくらいでかいドラゴンが、砦の壁を半ば崩して翼を広げていた。
(続く)
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