娼婦の皆さんはそれぞれ営業スマイル(と、何人かは仕事抜きで本番ありのデートしましょう的モーション)を残してカルロスさんの屋敷を退散した。
朝食は昨日の饗宴の残りを盛り付け直したものが多く、必然的に生野菜責めというわけに行かずにカルロスさんが残念がっていたがそれはそれとして。
「本当にあれだけの面子を抱きこなして平然と朝食に来るとはねぇ……」
「知った顔なんですかナンシーさん」
「まあ、ね。私たちは長生きだ。お互い近所で商売が長いと、自然とある程度の面識はできるものさ。特に……おっと、カラダを商売道具にしている女たちのトシを明かす真似は営業妨害かな」
「一応レスリー嬢がヒルダさんとほぼ同い年ってのだけは聞きましたが」
「相変わらず、あっけらかんとしたものだねコスモスは……まあ彼女を筆頭に何人か、ね。どの娘も天性の好き者だ、さすがの君も今日は一日休みだと思っていたよ」
「ドラゴンだっていますからね、俺のところには。体力は鍛えられますよ」
「そうか……ドラゴンはそういう意味でも役立つのか」
「……なんせ俺、『戦いとかどうでもいい、ヤらせろ』と言ってアプローチしましたから」
若干目を逸らしながら自白する。ナンシーさんは苦笑いした。
「度胸だけならカルロスにも劣らないね」
「……カルロスさんってそんな恐いもの知らずなんですかね」
「見えないだろう? でも、手ぶらのハッタリだけで暗殺者を退けたことも何度もある。本当は私より強いのだと信じている者もいるくらいだ」
「そんなに」
いつもアレだからなぁ。……俺の傍にはディアーネさんやヒルダさんがいつもついてるし、家族向けの顔ばかり見てるってことなんだろうけど。
ディアーネさんの各種の取引交渉は少なくとも明日まではかかるらしい。
「私たちばかり遊んでいていいものかとも思ってしまうのですが」
シャロンは申し訳なさそうな顔をしたが、ディアーネさんは笑って手をひらひらさせた。
「そもそも故郷だからな。仕事をしていても自然と旧交を温めることになる。私は私で楽しんでいると思ってくれ。それに外国人のお前たちが仕事に入ってくる場面では全くないんだ。私か、あとはせいぜいベッカーがいたらあいつくらいしか今の作業は手を出せない。気にしないで私の故郷を楽しんで欲しい。よその者がこの町で少しでも楽しい思い出を作れたなら、それが私にとって何より誇らしいことだからな」
「はあ……」
シャロンが少し納得のいっていない顔をするが、実際シャロン以下ガントレット組は、レンファンガス内での案内役兼護衛としてついただけの要員で、実務には全く向いていないし期待もされていない。というか、曲がりなりにもこっちの軍事書類の処理に手を出されたら困る。
「俺やアンゼロスなら少しは手伝えるんじゃないかと思うんですが」
「気持ちは嬉しいが、これは百人長クラスでもあまりしない処理だからな……それに書類処理作業自体はここの軍基地の事務官にでも任せたほうが早い。一番面倒なのが何かと取引相手に顔を通すことでな」
「そればっかりはディアーネちゃんが自分でやるか、兄上義姉上に口利きしてもらうしかないでしょうねぇ」
どっちにしても地元民でもなくコネもない俺たちの出番はないか。オーロラなら少しは役に立つのかもしれないけど……オーロラはキャリア考えたらまだ事務仕事とかに精通してるわけじゃないだろうしなぁ。
「とにかく、気兼ねはいらないさ。気を使ってくれるなら、タルクを離れた後に少し甘えさせてもらおう」
ディアーネさんはそう言って俺たちを送り出した。
で、どうするのかというと、まだ別に予定は決まっていなかったらしい。
「ほ。今日も足の向くまま観光かのう」
「今日は北市街の方行ってみます? いや昨日は西市街だったんですけどミラさんたちの話だと北は特にダークエルフ地区らしくてですね、古くていい店が多いとか何とか。ちなみになんとなく程度ですが南の通りを挟んでトリコーンとモノコーンのオーガが縄張り持って睨み合ってるそうで」
「トリコーンオーガなんて私ほとんど見たことないんだよねー」
「あれ、そうなのテテスちゃん」
「だってガントレットにも国軍にもほとんどいないじゃない」
「……アフィルムでも見かけないな。あそこは種族的にトリコーンがいないのかもしれん」
「んー、前回の年末精霊祭ではフリオさんがここの伝説的なトリコーンのお爺さんの像彫ってたけどねえ」
「伝説? なんか凄い人いるの?」
「ん、小耳に挟んだところによると昔ここらでは無敵の侠客だったとか。なんかもう一人砂漠で伝説級の在野剣士がいたらしくて、もうほとんど牙鳥対炎獅子みたいな感じで強さ談義が花咲いたって」
「……なんだその牙鳥とか炎獅子って」
「あ、知りません? そっか知らないか。南部大平原では伝説の魔獣ったらその二種なんですが」
「伝説の魔獣……? 魔物か何かか?」
「魔物とかそういうのじゃなくて。なんていうんですかね、ある意味精霊とかそんな感じの? いるのかいないのかなんて誰も知らないようなアレですよ」
「あー……なんとなくは理解した」
つまるところ「魔獣」じゃなくて「伝説」の方が文脈上の要点なのね。
「ちなみに牙鳥は狼みたいな顔してる鳥で翼長が10メートルくらい。炎獅子はたてがみがメラメラ燃えてるライオンで火口に住んでるって奴です。一声吼えるだけで周囲の木が燃えて山火事を起こすとか」
「いたら迷惑極まりないな、どっちも……」
まあライラ一人で制圧できそうでもあるけど。翼長10メートルとか発火能力とかドラゴンに対しては貧弱な武器というしかない。
「そのうちの片方かー。ちょっと見てみたいかも」
「やめておいた方が良いんじゃないかしら」
「えー。でも私人間だから一人でいって見てくるくらいならカドたたないんじゃないですかねぇ。みんなで押しかけたらそれはエルフばっかりだからトラブル起きそうですけど」
「そんなにまでして見るほどではないでしょう? それにオーガで伝説となったら今は……」
「あー確かにしおれてましたねえ。雰囲気は流石って感じでしたけど」
「オーガ族は老化が早いものね」
ガントレット組を中心にして、わいわいと行き先会議は続く。
そんな中、ぽつねんと輪から外れて黙っているネイアに気がつき、そっと近づく。
「どうした? 観光って気分じゃないか?」
「いえ……特に流れに逆らうわけではないんですが、その……」
「?」
「常識に疎い私が何か言うと、的外れになってしまうのはわかっているので」
「……そうか?」
「それにここはなにかと血の気が多い街ですし……喧嘩も何度か見ました。私が手出しするような土地柄ではないとわかっているつもりなのですが、つい手を出してしまいそうになって……前にアンゼロスさんに止められた時の事を思い出します」
ネイアは頬を掻いて困り笑いをする。
「よくないですよね。私は……本当に何もしないつもりでいなくては」
「別にそこまで自分を律しなくても……っていうかさ、喧嘩止めるぐらいの正義感はいいと思うよ」
「……そうでしょうか」
「あの時のお前は、人の主義がぶつかって、思い余って暴力を振るう奴を絶対に許せないくらいの気持ちだっただろ。それも自由のひとつだってアンゼロスは言ったけど」
まあ、あんなもんでも人は死ぬ。決して軽くはないし、自由とだけ呼んでいいものでもないんだけど。
「でも、感情のまま殴りあうより話し合った方がいいには違いないんだ。無関係の相手を処断するのはナシだけど、理不尽なことをやめさせるだけなら……まあそれも場合によるけどさ。決して全部否定するべきものでもないと思うよ」
「……難しい、ですね。私は……私は、自分を何だと思えばいいのでしょう」
勇者。
それだけでよかった。それだけで全てを納得できた。それがネイアの今までの人生だ。
しかし今、「そう」ではない現実が迫り、「そう」ではない場所にいる。
自分の価値観では測ってはいけないものが多くなりすぎて、いろいろな事に断固挑む自信がなくなり、萎縮してしまっているのかもしれない。
だから流されてしまっているのかもしれない。
……無理にそれに代わる価値観を植えつける必要はない。
ゆっくりと変わっていけばいいのだけど。
あまりなんでもひたすら受身になるのもそれはそれで不健康だよなあ、と思う。
「何者……ね。『宙ぶらりんのネイアのお節介』じゃ駄目か?」
「…………」
「みんな、そういう風に自分にあるだけのもので行動してると思うよ。立場が必ず相手より上にいないと物事言えないってこたないだろう。まずはぶつかってみて、いいも悪いもその時々、相手と折り合って、間違ってたら謝ってさ」
「……そう、ですね。……私はひどく臆病なのかもしれません。私というそれ一個で何かを変えられるなんて、思いつくことさえ……」
「いや、そんなもんだ。誰でも靴が壊れたら、どうやって歩こうなんて本気で悩む。人間、裸足でだって歩けるのにな」
ネイアの頭を帽子ごと撫でてやる。
やっぱりまだまだ危なっかしいな。
「よし、今日は一日一緒なんだ。いろいろと一緒に考えながら歩こうぜ」
「はい」
ネイアは柔らかく照れたような笑みを帽子の下から口元だけで覗かせる。
と、その俺の腕をルナとナリスががしっと掴んだ。
「アンディ。……私とも一緒だからね」
「昨日の埋め合わせ程度にはきっちりとつき合って下さいよ」
「いや俺ナリスに何か埋め合わせるほど不義理働いたっけ……」
「じ、自分で考えて裁量して下さい」
酷い。
そんなこと言われてどうしろと。
……とはいえ、まあ沢山の女の子と付き合うって、こういうのと絶え間なく向き合うってこと……なんだろうなぁ。
(続く)
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