眠るときは確かにおっぱいしゃぶったり揉んだり乳首くりくりしたり撫で回したりしていた記憶があるのだけど、朝になる頃にはネイアの方が俺の胸に顔を埋める形に収まっていた。
「んぅ……ん」
「……可愛いなあ」
俺の脇腹に手を回して無意識にむきゅー、としがみつくネイアは愛玩動物みたいですごく和む。
それと同時に、眠っているネイアはこんなにも人肌好きというか、甘えん坊というか……とにかく普段のどこかストイックな面が仮面に過ぎないと思わされる。
……そりゃ、そうだよな。勇者という建前を持つ前のネイア本人に、他人を倦厭するような理由なんてない。
むしろ、そんな精神の上に立つ「勇者」なら、処刑者としても外敵撃退者としてもよほど楽だったはずだ。
人を守る優しく暖かい「勇者」に憧れ、心身傷つきながら誇りを持ってその跡を継ぎ、現実と戦いながらも理想に少しでも忠実であろうとする少女。だからこそ閃光剣も彼女を試練に晒しながら、長い勇者の歴史を外れながらも、幸せになって欲しいと願うのだろう。
「…………」
ネイアの頭を撫でながら、少しずつ眠気が醒めていくのを待つ。
……しばらくするとネイアも目を覚ました。
「……ぁ」
ぼんやりした目つきで俺の顔を見上げ、俺が穏やかな表情でネイアを撫で続けているのを確認すると……ふふっと幸せそうに微笑んで、そのまま二度寝しそうになって。
「起きろ」
『!?』
いきなり部屋の中から声がした。
しかも俺の声。
「なっ……何事だ」
「え、えっ、ええっ!?」
俺もネイアもびっくりして飛び起き、周りを見回す。
ローソクも燃え尽き、当然窓も開けてない(ガラス窓なんて男爵邸ぐらいにしかないのでウチは当然木戸)部屋はまだ暗いので、ネイアは慌てて魔法で光球を浮かべる。
果たして部屋の中には誰もいない。昨日お互い脱ぎ散らかした服と閃光剣だけ。
「……ネイア。早く音声結界を」
「え、ええっ?」
再び響いた俺の声は、閃光剣が発したものだった。
っていうか、何でそんな。
「もう一度言わねばわからないか」
「……ちょ、ちょっと待って下さい。────!」
小さく呪文を唱えて音声幻影の結界を作るネイア。
そして一息ついてから、ベッドに両手をついて身を乗り出し、閃光剣を睨む。
「何で不用意に喋ったりするんですか。ドラゴンとかなら聞こえてしまうかもしれないんですよ。しかもスマイソンさんの声真似なんて悪趣味な」
「アンディ・スマイソンの声だからこそ発声したのだが。……それにしても君が寝坊なんていつ以来かね」
「ね、寝坊と言うほどの時間ではないでしょう!」
「日はとうに昇っているはずだ。まあ今の君は彼に連れ回されるだけの身だからそれで不都合があるわけでもないのだがね」
「っ、そ、それなら何故」
「何、指摘しただけだ。これから二度寝をするなら構わんよ。続けたまえ」
「……続けられると思いますか」
少しふてくされたように言いながらネイアはのそりとベッドから這い降りる。
「アンディ・スマイソンを無視して勝手に降りていいのかね。君は彼の要求に応えるためにベッドに入ったのだろうに」
「っ……そ、それは……」
ネイアは少し迷い、またすごすごとベッドに上がってきた。
「……あの、何か……しますか?」
「いや、そんな急いでやることはないよ。服着ていい」
言い忘れてたけどずっと全裸同士だ。
身を乗り出して怒ったりちょこちょこ這い回ったりするネイアのお尻が実に可愛くて実はちょっぴりちんこが反応してはいるんだけど今は愛でる父親的気分なのでそれ以上はしない。
「やらんのかね」
「というかそのうちジャンヌとか朝ごはん持って来るし」
エッチしてても咎められはしないだろうけど、スムーズに話を進めるなら身支度を済ませてしまったほうがいいに決まっている。
「ネイアを一度抱いて満足してしまったのではあるまいね」
「満足してしまったってなんだよ。別にこのままネイアを逃す気はないぞ」
「それならいいのだが」
「一体どういう取引をしてるんですかあなたたちは……」
ネイアが嘆息しながら服を着る。
「よく眠れたか」
俺も服を拾いながら改めてネイアの頭を撫でると、ネイアは小さく頷き。
「……久しぶりに、幸せな夢を……見た、気がします」
「おっぱいいじりのリラックス効果か」
「ち、違うと思います」
茶化す俺に少し膨れるネイア。
……と、その辺でガチャリとドアが開き、ライラとジャンヌ乱入。
「アンディ! ……なんだ、無事だか」
「無事?」
首をかしげるとジャンヌは溜め息。
「さっきから何度もドンドン叩いてるのに反応しねえだし。ライラ姉様は外に出た形跡ないとか言うだで、なんかあったかと思っただよ」
「ち、ちょっとネイアと内緒の話してたからさ」
「あんまりコソコソするのは感心しねえだよ。そっちのねーちゃんはよその国の偉い人だから内緒話が多くなるとは聞いてるだが、もうアンディは場所によっちゃ生き神様だで。どっかから狙われてもおかしくねえだよ」
「少なくともネイアにそんな理由はないって。どう転んでも」
と、言ってもジャンヌにはよくわからないだろうなあ。
「ほほ。まあ、無事なら何よりじゃ」
「俺は生き延びる事に関しちゃライラが思ってるよりずっと自信あるんだぞ」
「ほ。それはよう知っておる。これまで幾度も我の手の届かぬところで死線をくぐりおったようじゃからのう。我としてはもどかしい限りじゃが」
言葉の中にはちょっとだけ、最強の竜であるにもかかわらず俺のピンチにいつも間に合わないという悔しさ、そしてライラをのけものにして死地に飛び出しがちな俺を責める微かな棘を感じる。
それに心底申し訳なく思いながらも、やっぱり閃光剣のことに関しては軽々しくばらすわけにはいかないので流すしかない。
「ま、それなら朝飯だ。今日は芋と干し肉のスープにふわふわの焼き立てパンだ」
「おお」
「わ、私の分もあるのでしょうか」
「へへ、食い意地の張ったねーちゃんだなや。心配しなくてもアンディが三人前食っても余るくらい持ってきてあるだよ。余ったらライラ姉様やマイアが食っちまうでな」
「ドラゴンが残飯処理係ってのもなんか酷い話だな……」
ジャンヌは調理台の上にあった寸胴鍋をかまどにかける。
中身がなみなみと入っている鍋を子供の身長のジャンヌが運んできたというのも凄い話ではあるが、まあその隣にいるライラに至っては空中からパン入りのバスケットを取り出してるしなあ。
「男爵のお屋敷で桜の氏族のエルフが焼いただよ。こったらふわふわにするのは滅多に見ねえだ。お菓子かと思っただよ」
「へー」
「いい匂いですね……!」
「こっちのスープもうめえだよ。期待しとくだ」
ジャンヌが鼻歌交じりで準備して、俺とネイア、そしてライラは出来上がり待ち。よく考えたら大の大人が三人でちょっと情けない気もするけどまあジャンヌも一応年齢的には大人だと考え直した。……あ、でもドワーフ的には成人じゃなかったりするんだっけ?
「そういやディアーネさんは?」
「夜明けから書類を作っておったな。次にセレスタに回る時に報告や要請をきちんと回しておかんとならん……などと言うておったが」
「忙しいなあ……まあ、ドラゴンありきの日程じゃしょうがないけど」
ディアーネさんは裏方仕事を頑張り過ぎだと思う。ディアーネさんがやらなきゃ誰がやるんだって話でもあるけど。
「何をするにせよ、レンファンガスの四人やアップルめが来てからでないとそなたの周りに関しては話は進められぬから、来るまではゆっくりと楽しんでおれ、とも言うておったがな」
「……楽しんでろって言われても」
直球でそういう意味なんだろうが。あんまり気を回され過ぎるのもちょっとなあ。
「たまにはクリスティやアイリーナも可愛がってやるだよ。二人とも細かい仕事多くて、アンディにヤル気ブチ込んでもらいてえって言っとっただ」
「そういえばあの赤い猫の新入り、マローネと言うておったかの。あれに構ってやっておるか? 長命のエルフより猫は短気じゃぞ。ヘソを曲げたら宥めすかすのも手がかかるやもしれぬ」
「お前らよくそういう他人のご機嫌情報集めてくるなあ……」
「アンディの周りは仲良しが一番だでな」
「ほほ。左様」
雌奴隷が雌奴隷同士の機嫌に関してリサーチし、そして俺に上手く調整するよう促す。
倒錯した構図のような気もするが、快楽というわかりやすい共通言語のもとで、多くの種族、多くの役割の娘がそれぞれに気遣いあう構造は、ある種理想的なのかもしれない。
そういうのが不思議に思えたか、ネイアはふわふわパンをもふもふとかじりながらも興味深そうにライラやジャンヌを見比べている。
「ほ。暢気に見えるかのう」
「あ……その」
「もとからアンディは気も多いで。アンディの女っていうのはそれぐらいの気持ちでやってくんでないと上手く回んねえだ。……逆に上手く溶け込めば、これほど心強い集まりってのもねえだよ」
「飼い主殿のスケベ心で繋がっているといえばそういう側面もあるのは否定せぬがな。もはやそれだけではない。色々なところで、少しずつでも何かを救おうという飼い主殿の意思が、曲者揃いの女たちに力を発揮する場所を与え、あるいはその道を繋ぎ、ただの情婦の集団にそれ以上の機能を与えておる。このドラゴンたる我らですらも自然と使いこなしながらな。……特に計算もなく自然とこの形に導いておるあたりが、飼い主殿の真に恐ろしい部分じゃが」
「全くだなや」
……え、いや、別に……確かに俺が何かをしようとすると妙に乗り気で助けてくれるというか、みんなうまく動いてくれるなーとは思ってたけど。
「……勇者」
「?」
「……勇者、みたいですね、スマイソンさんって」
ぽつりと呟き、そしてどこか素朴な笑顔になってネイアはそう言った。
「昔、北部六国において勇者というのが、役目でなくて本当の意味……尊号だったころ。勇者というのは、そういう人だったそうです」
「そういう……?」
「人々が手を止め、正しき何かを始めようと思う、それが勇者の力。勇者と呼ばれるべきはそういう特別な業を持つ人だった……そう、文献に載っているのを読んだことがあります。……私には、それは『強さ』によって人の希望になること……人が安心して生活する頼もしさを見せる事なのだと理解していたのですが。スマイソンさんは全く違う。全く別のあり方で、そこにあるように見えます」
「……案外と、そういうことなのやも知れぬのう。少なくとも竜の基準では、尊いのは過ぎた力によらぬ飼い主殿の方じゃ」
「へ、変な持ち上げ方するなよ。ディアーネさんやお前が何かと頑張ってるお陰だろ」
「それができるのは、そなたが愚かなりに前を見誤らぬお陰じゃの」
「?」
よくわからん。前を見誤るって……なんだ?
「ジャンヌ、ライラの言ってる事わかる?」
「さっぱりだ。まあ、ええんでねえだか。アンディが悪いって話じゃねえだよ、きっと」
「う、うん……それでいいのか?」
「ククク。……それでよいのじゃ。そなたはただ、まっすぐあればよい」
ライラはスープ皿をキレイに空にしてジャンヌに差し出しながら意味ありげに笑う。
「……前を」
小さく呟いたネイア。手を止めてスープを見つめるその目からは、考えている事は読みとれない。
(続く)
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