王様は朝市の屋台で売っていたフライドポテトと蒸し魚のセットを美味そうに頬張る。
 その行動はどう見ても小さな商家の隠居といった感じだが、旅の埃を纏っても未だ高級感の失われない立派な旅装、そして周囲を固める剣聖たちの存在感のせいで異様に目立っていた。
「ふむ。やはり揚げたて、蒸したての熱いものは美味いの。ほれ、ランドールの子倅。そなたも食してみよ」
「はあ。いえ、しかし……」
「ガードナーも見てはおらぬ。そうかしこまるな。……全く、そなたは親父に似て空気が読めぬのう」
「え……いえ、そんな」
「若者いじめは程々にしてくだされ。ランドールはまだ市井にて勉強中の身。いきなり駆り出して殿下のような難物への対応をせよというのは無茶にございます」
「さりげなく毒を吐くものじゃの、グランツ」
「これは失敬。少々虫の居所が悪く」
「ちっとも謝っておらんな」
 ほっほっほっと笑い、今度は俺に勧めてくる。
「どうじゃ。ともに朝食といこうではないか。宮中では冷えた飯しか食わせてもらえぬでの。美味い飯を食うにはリンダのところへ行くしかなかった」
 即座に「人聞きの悪い」と剣聖の一人が口を挟む。
「それは毒見のためでございましょう。汁物は熱いうちに出されているはずですが」
「もう王位はくれてやったというに。ワシにまで冷めるほど長い毒見はいらぬであろう」
「そういうわけにもまいりません」
「放っておいてもあと十年は生きぬわ。うっかり短くなったところで誰も困らぬわい」
「生まれたばかりの王子が悲しまれるでしょうな。ああ、おじいちゃんと遊んでみたかった、と」
「……早速盾に取りおる」
 首を振り、それでも俺に皿を差し出す王様。いや先王。
「……それじゃ遠慮なく」
 話が進まないのは困る。
 とりあえず平民で半外国人ゆえの図々しさということにして、一口貰って話を進めてもらうことにする。
 さっきから困っていたエクターが驚いた目で俺を見た。
 そして同じような顔をしているテテスも目に入る。
「ず、随分度胸ありますね、スマイソン十人長」
 あ、呼び方が対外モードだ。
 まあガントレットつけてる今、ご主人様と言われても説明が面倒なだけなのでそれでいいんだけど。
「まあ、俺平民だから宮廷のアレソレなんてわからないし」
「ほっほっほっ。それで良い。ここは宮中ではないし、ワシは王ではなくただの隠居老人じゃ。なにより……『エルフ領の英雄』が、たかだか王の抜け殻如きに気を使うものでもなかろう」
「!?」
 また地味に突っついてきた。
 ここまで知っているぞ、というアピール。
「そう複雑な顔をするな。確かにそなたの存在はトロットにあって脅威じゃ。が、そなたは随分と上手く立ち回っておる」
「……そ、そう……ですか?」
「多くの実力者と結び、よく敵を減らしておる。それでいて不逞の者に目をつけられないよう、うまく手柄を他人に押し付けて記録を避けて回る……用心深いのか、それとも良い参謀に恵まれておるのか。いずれにせよ、権力を持つ者は滅多な事では手の出せぬし、権力を貶めようとする者には見えづらい、良い位置を保っておるな」
「…………」
 自覚はないけど、確かにそういう形で物事が進んでいる。この辺はディアーネさんやライラ、アイリーナの手腕が大きいのか。
「持っておる『繋がり』よりも、その狡猾さこそがワシには恐ろしく思えるほどじゃが。……そなた、領地を持つ腹積もりでもあるんかの? 野放しにしておくよりも、むしろそうとわかった方がワシのような者には安心できるのじゃがな」
「そんな気はないですよ。ただ……」
「ただ?」
「女は大好きです」
「…………」
「今、周りにいる女の子をできるだけたくさん嫁に貰って、それを維持して暮らしていくって野望は少々」
 俺は微妙な顔で皿を差し出している先王から三つ目のフライドポテトを失敬しつつ、真顔で脳内未来図をぶちまけた。
 この老人に誤魔化しは通用しない。だからこそ正直に、と思ったのだ。
「……ぶっ……ぶわはははははは!」
 そして、それを聞いた先王は爆笑した。皿から数個のポテトがこぼれ、落ちる寸前にマイアがズビシと魔法で空中静止させてゆっくり回収。
「なるほど、なるほど。野望は領地より女か」
「平民ですから。あんまり大きなものを持たされても使い方がわかりません」
 ドラゴンの力やエルフの祝福、あるいは……勇者の資格。
 俺は、今まで持たされた大きなものも、多分一番有効に使ってはいないんだと思う。
 それを俺は悪いことだとは思わない。
 俺が欲する未来の自分は、大きな城で玉座に着く、豪奢な服の姿ではない。
 たくさんの金に囲まれて好きに遊ぶ姿でもない。
 そんなものが、今の俺より幸せには思えないのだ。
 最高にいい女がたくさん俺を慕ってくれる今こそが、俺の理解できる最高の幸福であり、その先にある穏やかな未来こそが最高の人生設計ってものだ。
 持てるものを振るい尽くすのではなく、手に入れられるものを取り尽くすのではなく。
 そこに行くために、必要なことをしていくだけ。
「ほっほっほっ。ようく、わかった。……そなたは狡猾なのではない。物事を見誤らぬだけなのじゃな」
「……よくわかりませんが」
「そう。きっと、そなた自身にはわかるまい。それがどれほど大事なことか」
 皿を傍らの剣聖に持たせ、老人は俺の手を握った。
「そなたがルースの……我らが王の敵でないことを、とても嬉しく思う。どうか、トロットを見捨てないでおくれ。……今、リンダとガードナーめが動いておる。そう遠くないうちに、友誼の証を見せられることじゃろう。そなたやルースが作る次の時代をこのワシが見られるかはわからぬが」
「……どこか悪いんですか?」
「心配をするほどではない。じゃが、ワシはそう長生きができる身ではない。いや、七十年も生きてその言い草ではバチが当たるかのう。……長い治世の間に、身を削ったのじゃよ。文字通りな」
「…………」
 先王は、どこか諦めのようなものと、そしてそれを凌駕する強い意志を感じさせる瞳で俺を見た。
 おそらくは本当にどこか悪いのだろう。
 そして、それに倒れる前に少しでも何かをしたいと考えて、ここに来たのだろう。
「大丈夫です。……この旅が終わったらポルカへ、ボナパルトのおっさんと一緒に来てください。ポルカの温泉に浸かれば、きっと王子が成人するまで元気に頑張れますから」
「ほっほっ。それもいいのう。あのアーサーめと湯治など、考えたこともなかったが」
 どこか社交辞令のように思っているのだろう。先王は軽く流した。
 だが、俺は新しい目標を一つ手に入れた。
 妻となった俺の女たちと、ボナパルト卿、そしてこの先王が穏やかに過ごすポルカ。
 この夢が実現するまでには、またいろんな人の手を借りなくてはいけないかもしれないけれど。
 頑張ろう。きっと領地持ちの貴族になるよりは現実的で、俺らしい。


 先王たちと別れ、昼の少し前に屋敷に戻ると、バスター卿が手配した物資が次々と屋敷の庭に運び込まれているところだった。
「ちょっと……多すぎないか?」
「往復すればよいことじゃがの。多少の量なら我のドラゴン体に幻影隠しでくっつけて運べばよい」
 ライラが請け合う。確かにその手があるか。
「ということはライラ一人で全部持てる?」
「あまり持つと飛びづらくなるのじゃがな。重み自体はなかったことにはできぬ故」
 ……それじゃ無理はすべきじゃないな。ライラは火竜だから、大風や悪天候となったら氷竜系よりも安定しないっぽいし。
「ベッカー特務百人長は?」
「まだ眠らされておる。命の危機は去ったが、なまじに動ける故に妙なことを考えぬとも限らぬ、とヒルダが言うのでな」
「……例の奴の追撃とか?」
「うむ」
 確かに不安定な気持ちのままだと突拍子もないことをしてしまう危険は高い。
 ベッカー特務百人長が眠ったままでも今のところは問題は起きそうにないし、それでいいのか。
「あのトリ将軍は?」
「はて。荷物をまとめてくると言っておったがのう」
 ライラがキョロキョロと見回す。見回しているというより、トリ将軍の所在を聴覚で探しているのだろう。
 そして。
「よーっす」
 しばらくして妙に上機嫌に正門から入ってきたキングフィッシャー将軍は、なんと。
「お、お世話になりますっ」
 眼鏡女子。
 つまり、ルシア・アーツ女史を連れていた。
「……どうしたんですか」
「いやー、ちょっと悲壮な覚悟してルシア先生に挨拶に行ったら、どーも看病についてきてくれるって話になってイヤハハハハ」
 上機嫌というか完全に浮かれていた。
 そしておもむろに俺を翼で挟んで内緒話モード。
「なあ、お食事からいきなり外国までついてきて看病だぜ? こりゃ絶対に俺の時代来てると思わねえか? クェケケケ」
「……キモい笑い方してると流石にフォローできませんよ。っていうかこんな風に翼動かして大丈夫なんですか」
「よく聞いた。実は結構痛い。ほれ見ろ、左翼伸びてねえだろ」
「ならやめて下さいよ暑苦しい……」
「しかし今ならこんな翼でも飛べる気がするんだ。クェケケケケ」
 駄目だこの人は。
「あの、クレイさん」
 背後から呼びかけられ、キングフィッシャー将軍あわてて首を後ろに向ける。
 正面にいる俺から見てもやっぱりキモいのでやめて下さい。
「痛くないんですか? そんな縫い目はっきり見える状態で翼動かして……」
「クァ、だ、大丈夫ッスよ俺マスターナイトですよ? 国家存亡クラスのチャンスさえあればオーバーナイトになっていてもおかしくないと大評判の俺がこの程度の痛みなんてハハハハハ」
 爽やかに笑ってるキングフィッシャー将軍の翼の中から脱出する。
 そして聞き耳を立てていると、ルシアさんは少し恥ずかしそうな顔で。
「そ、それなら……その、私にもちょっとやってみてもらえますか、それ」
「クァ?」
「その、翼で挟むの……なんかちょっと楽しそうって言うか、気持ちよさそうって言うか……」
 暑苦しいだけだと思う。
 が、キングフィッシャー将軍はクチバシをパカンと開けて一秒ほど硬直、左右を見てゴクリと喉を鳴らして、心持ち凛々しい顔を無理矢理作った。
「そ、そういわれたのは初めてですがね。よろしいでしょう、私の翼の抱擁、とくと食らってください」
 カッコつけた結果かえってカッコ悪い、インチキ臭い敬語でルシアさんにアピールすると、よせばいいのに無理矢理翼を広げようとして激痛で硬直、諦め切れずに何度かピクピクしつつ、ゆっくりとルシアさんを翼で包む。
 そこにケイロンが寄ってきた。
「……あのトリ将軍さあ」
「うん」
「うまくいくかはともかくとして、絶対あれ治るまでに死ぬほど痛い目に合わされると思う」
「俺もそんな気がする」
 伸びきっていない翼の間から見え隠れするルシアさんの幸せそうな顔と、キングフィッシャー将軍の激痛に見開かれた目がすごいコントラストだった。

「さ、ベッカー君はちゃんと運び込んだわね? アンディ君とケイロン君、ちゃんと固定してあげるのよ。マットがあるとはいえ離着陸の時の傾きには注意すること」
「はい」
「うぃっす」
 ヒルダさんに細かく指示されつつ、離陸の時を待つ。
 ドラゴン輸送初体験のキングフィッシャー将軍とルシアさんは物珍しそうに窓に張り付いた。
 ……ただキングフィッシャー将軍がさりげなくイチャつこうとしただけかもしれないけれど。
「いくよ、アンディ様」
 マイアが人員輸送用馬車、ライラが物資を担当することになっている。
「いってくれ」
 俺が言うとそれはライラにも伝わり、二頭は同時に翼を打ち始めた。
「すごい……ドラゴンの飛ぶところなんて初めて……!」
 ルシアさんが少し興奮した声をあげているのが聞こえる。
「あの翼の付け根の骨……肘のところも、触ってみたい……!!」
「あ、あー、ルシア先生?」
「はっ……あ、いえ、クレイさんの翼の付け根も素敵ですよ?」
「いやその……ええと。クァ」
 キングフィッシャー将軍はルシアさんの謎の興奮に困惑した声を上げていた。
 ……変な趣味っぽいことに気付いてなかったんだろうか。

(続く)


前へ 次へ
目次へ