「ん、くっ……ん、んっ……♪」
「アップルさんのフェラチオはシてる方も気持ちよさそうですねー……」
 うららかな昼下がり。
 みんなにおやつのマドレーヌを焼いてきたアップルは、そのまま部屋の隅で俺にフェラチオ開始。
 それを見物するはテテス。どうもここのところ熱心だ。
「あ、あの……その、やっぱり私出てた方がいいですか」
 そしてネイアはこっちをチラチラ気にしつつ、マドレーヌを小動物のように齧っている。
 そのネイアの肩をナリスがぽんぽんと叩き。
「気にしたら負けです。なんかイチャイチャしてるなーぐらいに思っておいて、見ないフリでもしとくのが正しい勇者スタイル」
「い、いえ勇者ってそもそもこういう場面に遭遇するものじゃないですし」
「言葉のアヤです。っていうか勇者的スタイルってそんな細かく考えるようなモンですか」
「いえ、まあその。国民全部から選び抜かれて、唯一外敵と戦うことを任せられる者ですので……やはりそれなりの礼儀みたいなものは求め……られ、てた、のかなぁ?」
「何メッチャ自信なさそうにしてんですか」
「いえ、私の母というか師というか……先代があんまり他の人に礼儀正しくしてたとこ見たことなかったなって今気付いちゃいまして……」
「なに、お母さんも勇者だったんですかネイアさん」
「は、母って言っても便宜的なものでして、本来カールウィンでは子供を親が直接育てたりしないんです。夫婦関係もあんまりしっかりしてないというかさせないというか」
「なんかよくわからないシステムですねぇ。家族関係が否定されてる?」
「我が子への情は禍根のもとだ、というのが王宮の理屈でして……元々飢饉などでやむなく幼児やお年寄りを見殺しにしたりすることも多いので、それに関係しているらしいですが。子供は七つくらいになるまで養育院という施設でまとめて育てられて、飢饉の時はまずそこから食べ物の配給が減らされる形になってました」
「大人が我慢してでも子供には食べ物を、っていうのが普通のやり方じゃないんですか」
「大人が死んで子供だけ生き残っても、仕事は村単位で同じだけ課せられるんです。子供はまた作ればいいけれど、仕事は絶対に減らされない。減らしたら国全体、滅びてしまう。だから、大人が生きるほうを優先してしまう」
 ネイアは半分齧ったマドレーヌを見つめて、暗い顔をする。
 その横でナリスも手を止め、怒っていた。
「……それ、間違ってますよ。子供は死んでもまた作ればいいなんて……そんなの、まともな論理じゃないですよ!」
「仕方がないんです。貧しいんです、カールウィンは。それでも何があっても、どれだけ貧しくても生き延びよう、みんなで肩を寄せ合って人類を存続させようって……そういう世界なんです」
「それならなおさら子供は大事なはずでしょう。どんな国だって子供が増えることが国の地力になるんですよ? 子供に未来があるから、親は苦しいことに耐えられるんですよ? それがわからない為政者なんて」
「駄目です、ナリスさん」
 ネイアが硬い声でナリスの反論を制止する。
「でも!」
「それ以上は、言わないで下さい。……勇者は、カールウィンの守護。カールウィンとは、王や政体をも指す」
「ネイアさん!」
 帽子の鍔を深く引くネイア。
「……すみません。私、あまり柔軟ではないのです……あなたがもしも勇者の職分に踏み込んだとき、私は定められた通りにするしかないんです。どうか」
「…………」
「変な話をしてしまいました。……この話はもう、ナシにしましょう。こんなこと、言いふらすものではなかったんです」
 ……妙な緊張感と悲壮さに、俺は射精どころではなく。
「あ……」
 アップルの掌の上で、俺のちんこはすっかり柔らかくなってしまっていた。
「あー、ナリスちゃんもネイアさんも。変な言い争いするからご主人様萎えちゃった」
「あ、あの……すみません」
「いや普通におやつタイムくらいフェラ抜きやめようよ! 何敢行してるんですかスマイソン十人長も!」
「……だよね」
 やっぱり無理はよくないと思う。
 残念そうにしているアップルの頭を撫でて、ちんこをしまって立ち上がる。
 ……でも、カールウィンか。
 聞けば聞くほど、どこかおかしな国だ。
 そんなところにネイアを返して本当にいいのか、という疑問がほんの少し首をもたげる。
 ネイアは故郷に帰って幸せになれるんだろうか。
 誰かと結婚して、子供を作って、穏やかに暮らす。
 たったそれだけのことも、話を聞いているとそもそも制度的に不可能に思える。
 その国民にできることは、定められた使命を全うして生き、守るものも残すものも満足に持てずに死んでいくだけに聞こえる。
 いずれ勇者として死ぬ──そう繰り返す彼女の虚無感は、そんな閉塞した世界観に基づいているんだろうか。
「アップル」
「え、あ……はい?」
「子供、欲しい?」
「……それは、欲しいです」
「だよな。俺もアップルとの子供、育てたい」
「……ふふっ。ええ、そうですね」
 少し恥ずかしそうにするアップルを再び撫でる。
「あら、アップルさんだけではありませんわよ」
「わ、私ともいずれ子供は作るのだろう」
「僕も任務が終わったら徹底的に子作りして欲しいな……」
 オーロラ、アルメイダ、アンゼロスが口々に参戦表明。いやそういうことじゃなく。
「……そう思うのって、カールウィンがいいとか悪いとかじゃなく、当たり前の感情だと思うし……ネイアにもわかると思うんだ」
 大好きな誰かと子供を作り、父になり母になり、次の世代が作る時代に自分が受け取ったたくさんの幸せを伝えていく。
 それは生きているものみんなの仕事であり、欲求だ。
 カールウィンでない「こっちの世界」の豊かさは、食べ物や軍備以上にそういう生命の脈動が健全に動いているためだと、ネイアにもきっとわかっているからこそ……ナリスの言葉が辛辣なものになるということを理解できたんだと思うし。
 ……と、ネイアを見つめたら、ネイアは帽子の鍔を下げたまま耳を垂らして真っ赤にしていた。
「あの……その、確かにええと……私に子供ができたらというのは考えないわけじゃないんですが……その、そんな直接的に」
「……何を言ってる」
「だ、だって『俺の子供が欲しいのは当たり前だ、ネイアにもわかるだろ』って……」
「そこじゃないよ重要なポイントは!!」
 いい話をしたつもりが、いつの間にかネイアに向かって強引なモーションかけてることになってしまっていた。
 違うんだ。流石に俺もそこまでナルシーじゃないんだ。信じて。


 夕方になってディアーネさんが女子部屋に戻ってきた。
「例の前進拠点の場所選定が済んだ。エースナイト隊やカタリナの斥候兵の調査によると、この山が次の砦候補になっているそうだ。水源地もあるし森も近い、地形的にも見晴らしが良くていい感じだ」
「ほ。本当に作るのか」
「ライラから言い出したことだろう。お前には建設作業に今夜からかかってもらうぞ。善は急げだ」
 ディアーネさんは数枚の地図をベッドに広げ、さらに一枚を参考に石板にチョークで詳細地形図を写す。
「宿舎や倉庫、それに防御施設の配置案も作ってきたがまだ細部に検討の余地がある。気候風土に関してはガントレットの四人の方が詳しいだろう。生活面の要件からも各自意見を出してくれ」
 カカカッ、といくつもの建物を敷地と思えるカコミの中に書き入れるディーネさん。すごく楽しそう。
「ディアーネさんって建築フェチだったっけ……?」
「自分で自由に建物建てられるっていうのはディアーネちゃんじゃなくてもワクワクすると思うわよ?」
「そりゃそうですけど」
 ヒルダさんのフォローでもちょっと足りないくらいの熱の入れようだ。
「場所柄、魔物が出にくいところを選んでいるのはわかりますけど……岩系の魔物が来た場合はその厚さの石垣じゃ心もとないと思うのですが」
 ネイアの指摘にディアーネさんはカツカツとチョークを打ちながらニヤリと笑う。
「壁は厚くしても限度がある。が、外側に空堀を掘れば効果は大きい」
「橋は……あ、ドラゴンで出入りするから……」
「そう、当面は不要だ」
 プランを眺めてブツブツ呟いていたシャロンも、溜め息。
「普通に工兵を回せば工期が半年がかりになりそうですが……そこもドラゴンでなんとかしてしまうのですよね」
「ああ。目算ではライラとマイアを最大限使えば一週間だ。宿舎に関しては我々が直接釘を打つ余地も大きいが」
「備品はどう調達するのですか。食糧や水の貯蔵となると樽や甕が相当量必要になりますが」
「当面はギブリ要塞から借りられるように手配した。いずれはセレスタから補充が届くようにする」
「……もう手配を」
「通信魔術は便利だな。バスター卿とも直接協議ができた」
 ディアーネさんはこういう仕込みをさせると本当に抜け目がない。さすがは大商人の家系か。
「あとは物見櫓……は、宿舎から直接生やしていいとして」
 テテスは水源に注目する。
「木樋を使えばどうにか水を引き込めるんじゃないですか?」
「察しがいいな。まあ冬場は凍るだろうし、円周防御を考えると防衛時はあまり信頼できないが、作る予定はしている」
「それなら水浴び場も欲しいですよねー。ポルカみたいな広い露天のやつ。直引きの終端に作っちゃいましょうよ♪」
 テテスはそう提案した。
 だがアルメイダが諌める。
「こらテテス。戦場で贅沢はナシだ。だいたい近場に水源の川があるのなら浴びに行けばいいだけだろう」
「えー。いいと思うんだけどなー」
 テテスが指を咥える。
 そこにライラが割って入る。
「ほ。作れば良い。どうせ十年使うわけでなし、今回作る施設はただの試作じゃ。それに露天で作るならば我の腕力で一気に掘るだけじゃ。都合が悪くなれば潰すも大した手間ではなかろう」
「……ライラ殿がそう言うのならば」
 アルメイダも矛を収めた。
「っていうかさ、露天で作っちゃうんだ……?」
 ナリスがちょっと引きつる。
「建物の高さもあるし、物見櫓まで作ったら露天浴場なんて覗かれ放題じゃない?」
 ナリスの指摘にみんな一瞬だけ困惑する。
 が。
「見られたくなければそれこそ川にでも出ればいいし、部屋で体を拭く手もある。使いたい者だけが使えばいい」
 ディアーネさんがそう言うと、みんな「それもそうね」という感じに納得してしまった。
「見たければ見ればいい。えっちはアンディ様だけだから」
「うん。まあ……ランツ正兵やゴート正兵なら割と見られ慣れたし」
 マイアはともかく、ルナはそこまで言っちゃうのはお兄さんどうかと思うんだ。
 ディアーネさんは暫定的な配置を描き終わり、手を叩いて払う。
「よし、とりあえず概要は決まったな。……ライラ、しばらくは頑張ってもらうぞ」
「ほ、竜の体力を舐めるでないわ。七日やそこら、不眠不休でも大した負担にはならぬ」
「さすがに私はそこまでは言えないが、頼りにしている。……マイアはアンディと一緒に明日から現場に来てくれ。地図はそっちだ」
「うん」
 ディアーネさんは早速上着を羽織り、ライラと一緒に屋上に向かう。

「……カールウィンが、いよいよ近づいてきますね」
 二人で出て行き、閉じたドアを見つめて、ネイアがぽつりと呟く。
「ネイア」
「……はい?」
「なんでそんなに寂しそうな言い方するんだ?」
「さ、寂しそう……ですか?」
 ネイアは慌てたように耳をぴこぴこ上下させ、顔を撫でる。
「そんなつもりはないのですけど……」
「聞くけどさ。ネイアは……帰った後、どうするんだ」
「!」
 ネイアは瞬時緊張し、すぐにその目を帽子で隠した。
 ずっと気になっていた。
 ……ネイアは、もしかしたらカールウィンに帰った後、もう一度こちらに来ることはできないと考えてるんじゃないだろうか、と。
 そう確信する理由を、隠しているんじゃないだろうか、と。
 そういえば、長期の不在ゆえに閃光剣を剥奪されてしまうだろうとか言ってなかったか。
 閃光剣は勇者のための武器だ。それを取り上げるというなら、最精鋭である勇者さえも名乗れなくさせられる可能性はきわめて高い。
 だが、その後……どうなる?
「……帰った後。それは……ええ。かの地に辿り着いた人次第、だと思います。外の世界との交通が動いた結果、もしも勇者というものが必要なくなるのでしたら、そうなるのでしょうし……」
「ネイアがどうするのか、って聞いてるんだ」
「私は……それに従うだけです」
 ネイアははっきりとそう言い、それ以上の答えを拒絶するように背を向けた。

(続く)


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