マイアの翼でカタリナに到着したのは午後のお茶にはちょっと早いかな、という時間。
 街の玄関前で降ろされた馬車からみんなでゾロゾロ降りる。
「オーガ組がいないから僕たちで入れるしかないな」
「ほ。ドラゴン体のままマイアに尻尾で押させれば良いじゃろう」
「やめろ。行儀が悪い」
 アルメイダが断言したが行儀がいい悪いの線引きってなんだろう。
「まあエースナイト三人にガントレット四人もいるんだ。ほとんどカラの馬車の一台ぐらい動かすのは難しくないだろよ」
 ベッカー特務百人長がそう言ってマントを外す。
 一応俺も数少ない男手として手を出そう。
 ……と思ったら、その馬車が思いのほか軽く……いや、手も触れていないのに動いた?
「なっ……!?」
 驚いて馬車の背を見送る。
 そして馬車が入り口奥の定位置に運ばれていく途中で、その向こう側にいる人を見る。
 ……どっかで見たことのあるオーガ女性。
 ってか。
「あ、あれってアネット大騎士長!?」
「なんでここにいるんだろ……っていうか、カタリナなら珍しくないか。アネット大騎士長の大好きな岩魔物の特産地だし」
「特産地って言うのはどーかなー……」
 テテスとナリスの会話で確信した。ちょっとつまんなそうに馬車を引っ張っているのはアネット大騎士長だ。
「たいちょー!」
 そして、何故か外から飛び込んできたのは真っ青なバードマン。
「キングフィッシャー」
「てめえベッカー! また性懲りもなく金魚の糞みてえに!」
「俺だってお前の貧相なクチバシ見に来るより寝てたかったよ! 昨日メッツが全然手伝わねえから徹夜から強行軍だってのに!」
「てめ、バードマンのクチバシを馬鹿にするのがどれだけ罪深いかわかってて言ってんだろうな!?」
「当たり前だろ、貧相つーかお前のは……うん、しょぼい。ドングリしか食ってなさそう」
「クァー!? てめえ頭来た表出ろ」
「そこまでだキングフィッシャー」
 なんか子供っぽい喧嘩を始めそうになった特務百人長とキングフィッシャー将軍をディアーネさんがなだめる。
「今日はお前たちのつまらん喧嘩を見に来たんじゃない。言わないと用件がわからないか?」
「ぐ……ち、ちょいと待ってて下さい。おい、逆毛! 逆毛どこ行った!」
 再び外に出てバサバサと上昇していくキングフィッシャー将軍。
「久方ぶりー。セレスタのドラゴンその他大勢。あと性悪妹」
 ぽりぽりと後ろ頭を掻きながらアネット大騎士長があまり面白くなさそうに迎えの言葉をかけてくれる。
 シャロンがムッとした顔をするがアネット大騎士長は意に介した様子もない。まあそんな細かい意図があって言うような人に見えないけど。
「何故ここにいる?」
 ディアーネさんが社交辞令的に聞くと、アネット大騎士長は。
「持ち回り。セレスタ人がカールなんとかっての探してるのにウチが何もしないわけにもいかないし、三日前に性悪兄貴と交代で入ったのさ」
「……いくらゴールドアームとはいえ、あなたが調査任務に向いているようには見えないが」
「そーなんだよ。あーゆーの苦手なんだよちくしょう! アタイは壊す専門だって言ってんだろうがアレクのハゲ! なんでアタイがこんなことしなきゃいけないんだよ! もーやだ!」
 ビシビシと髪が広がりだすアネット大騎士長。みんな離れる。
 そこにキングフィッシャー将軍と逆毛のえーとなんだっけ、とにかく特務十人長が降りてきた。
「クアー!? やめろオーガ女! 羽がゴワゴワになる!」
「お、俺もセットが乱れちまいます……ども、ベッカーさん」
「リグリー。……なんであんな荒れてるんだあの女。あんな情緒不安定だったっけか」
「まあ割と癇癪持ちだとは思いますけど……実はこっちで引継ぎしたその日に探索の手伝いっつって出て行って迷子になりまして」
「迷子……」
「将軍が今朝方見つけてくるまで食べ物にもありつけなかったらしくて……半ベソかいてドカ食いしてからさっきまでフテ寝してたんですよ」
「……街で大人しくさせとけよ」
「ええ。もうそういう方針にしたんですけど機嫌がなかなか直らなくて……」
 なんて難儀な人だアネット大騎士長。
「こら逆毛! 何あることないこと言ってんだよ! アタイに許可取ってから喋れよ! もうやだ帰りたいー!」
 そして逆毛十人長はアネット大騎士長にも逆毛扱いされていた。
 ……まあ本人も逆毛を大事にしてるみたいだからいいのか……?


 上層階の俺たちの部屋はそのまま残っていた。まあドラゴンも絡んだ部隊の部屋を荒らせやしないだろうけど。
 そして、俺たち男子の部屋はベッカー特務百人長と俺しかいないので、みんなが一息つく間に逆毛十人長とキングフィッシャー将軍、そしてディアーネさんとネイアとシャロンを招いて臨時作戦会議室に。
「ディアーネ百人長が作った小屋は今のところ七棟残ってます。壊れたのは魔物の襲撃と、あとは……こことここの二棟は風ですね」
「風か。……盲点だったな」
 苦い顔をするディアーネさん。
「それほど強い風が吹く場所か。本格的なのを建てるか……いや、その手間をかける価値はあるのか」
「どうでしょうね。とりあえず位置的にはそれほど重要じゃないですが」
「休憩所を建設にかかるか。地形的に簡単な砦を作れそうなのは……こことここか」
「そこが安全地帯となれば足が伸ばせますね」
「カールウィンが見つかった場合、まずは国交を保つために宿場が必要だからな。少なくとも徒歩で一日の圏内にそういう砦を複数用意したい」
「了解です。……とはいえ、俺たちでは新しい小屋実験は難しいですよ。手作業で建てるとなると……」
「わかった。少し滞在して私とドラゴンたちで次のポイントを策定して建てよう。……アネットの手もこういう場面なら借りられるか」
「よろしくお願いします。俺たちはここの守備隊も借りて既存のポイントを砦化します」
 無人の荒野と化した魔物領を歩き回るためには安全な休憩地点が不可欠。
 ディアーネさんが作っていた施設は、その安全性を確かめるための場所。
 地道だが、この魔物領という荒海はドラゴンで飛び越えられればいいというものではない。
 ネイアを送るだけではなく、いずれは気の流れを改善して魔物領そのものを解消していく大事業に繋がる。
 むしろ、それが本筋なのだ。
「少し迂遠だが、我慢してくれ、ネイア。……いずれは辿り着く」
「わかっています。……ええ」
 ディアーネさんの予測では、カールウィンは決して手の届かない距離ではないらしい。
 ならば一刻も早くネイアだけでも返してやれば……と思わなくもないが。
「ネイアと一緒に国家的なリーチも届かなければ、最悪の場合に対応できない」
「最悪の場合ですか」
 俺が問い返すと、ディアーネさんは頷く。
「カールウィンが他国の干渉を嫌がる場合だ。ありえなくはない。少なくとも、他に国がない……生きる道がないという背水の陣が、カールウィンの国民のモチベーションに繋がっているのは確かだろう。外に人類がいるとわかればパニックになり、国が滅ぶ危険だってある」
「……そ、そうか」
「それに対してサポートを約束するにはドラゴンに乗った我々だけでは無理だ。ネイアを取り返して我々を黙殺……それが彼らにとって最善のシナリオになるかもしれない。そうなったら王室はいいにしても、民衆にとっても私たちにとっても、その後、困難が待ち受けているだろうな」
「だから国家としての体裁……通交の確保と同時に辿り着く必要があるわけですか……」
「もちろん、それで八方丸く……とは行かない。あくまで私たちにとっての最善策だ」
 カールウィンの発見と交流復活は、既存の社会にとってセンセーショナルなニュースになるだろう。それを成し遂げるだけでも、国家にとっては名誉になる。
 それがあってこそ、セレスタはその後に予想されるカールウィンへの援助や移民受け入れといった損が飲める。そういう計算だ。
 エルフ領も重なる形で面目を保つ。
 ここにきてトロットの横槍が入る可能性も出てきてしまったが、彼らにも追い抜かれない程度には頑張らなくてはいけない。
 ここまで無理を飲ませ、複雑な手続きで下準備をしておいて一番乗りだけ剣聖旅団に取られては、セレスタの首脳も納得しないしアシュトン大臣の立場も危うくなる。
「まあ、とにかく道筋が見えた。最短ならば春には全てが繋がるだろう」
「ですね」
「やれやれ、思いのほかの大事業だ……ま、これだけのことが一年で済むんなら恩の字かね」
 ディアーネさん、逆毛、そしてベッカー特務百人長が頷きあう。
「……キングフィッシャー将軍は話に混ざりませんね」
 俺はポツンと離れて話を聞いているキングフィッシャー将軍にお義理で水を向けてみる。
 一応ここの現場責任者だよね、この人。
「細かいことは逆毛に任せてるんだよ。俺、体動かすのが専門だし」
 そして思い出したように腰をカクカク振る。
「実はコッチも専門なんだけど最近いい女いなくてなぁ。お前、紹介してくんねぇ?」
「ははは」
 笑って誤魔化す。
「下品です」
 シャロンが吐き捨てるように言った。
「ベッカーだってそんな真似はしないのにお前ときたら」
 ディアーネさんも苦い顔をした。
「…………」
 ネイアは帽子を傾けて見ない振りをした。
「……な、何だよ、ちょっとした冗談じゃんよ!」
 気まずくなったらしいキングフィッシャー将軍がクァーッとくちばしを開けて抗議する。
「ははは」
 あくまで愛想笑いした。
 ……下品さで言えば普段の俺の言動は全く彼どころじゃないんだけどね。

 その晩は街の英雄マイアの到着という事で、あまり多くない越冬住民達を集めてささやかな宴会になった。
 いい気分でみんなと酒を酌み交わす。
 大分減ったが、あの大侵攻期間の顔なじみもいて楽しい気分で酒を飲めた。

 その晩。
「……なにこれ」
「知らねえ」
 俺の枕元に一本の酒がおいてある。
 ベッカー特務百人長が知らないということは、誰かが何かの意図を持ってそこに置いたという事だ。
 プレゼントだと思うのが正解なんだろうが……この街でそんな気の効いた仲の相手っていたっけ?

 悩んだ末に聞きまわろうと決心して、酒を掴んで部屋の外に出る。
 そして、少し歩いたところで服の裾を引っ張られた。
「?」
 振り返ると、そこにテテスがいる。
 ああ、と思うまでもなく路地裏に連れ込まれた。
「……あのさ、エロいことしようっていうのは口で言って、手土産に酒は持って来て欲しい」
「まあまあ。今日は見学要請ってことで」
「見学?」
 テテスが視線を横にやる。
 ……連れてきたのかここで潰れたのか、何故かそこにナリスが丸まって眠り込んでいた。
「すかー……」
「とりあえず、お尻の準備はできてないので……ナリスちゃんとシてるところ見せてください」
「説明したよな? ナリスは別に雌奴隷じゃないからいきなり犯したら怒られる。シャロンとかアルメイダならいいけど」
「えー。あの人たち捕まえるの面倒ですし」
「捕まえずに普通に要請せんかい」
「うーん。それじゃ、こうしましょうか」
 テテスはナリスの頭に指を当てて、小さく呪文を呟く。
 ほどなくしてヨダレを拭きながらナリスが目覚めた。
「あぇ……?」
「おはよ、ナリスちゃん。……ところで、ちょっと見ててくれる?」
「は、な、なにを?」
「スマイソン十人長とちょっとエッチなことするから」
 え?
 ……な、何考えてるんだ?
「よければ、途中で交代してほしいな♪」
「なっ……なにゅー!?」
「テテス!?」
 ……確かに勝手じゃないけど、なんだその解決法は。

(続く)

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