城塞都市レンネスト。
 高く厚い壁に囲まれ、強固な防御力を誇るこの街も、真冬となるとそれほどの緊張感はない。
 さすがに魔物の発生数も少なくなり、街と街の間の交易も円滑に進んでいる。危険な土地であることに変わりはないが、大侵攻という苦難を耐え延びて迎えるこの街の冬は、活気に溢れている。
 ……らしい。俺は外国のことなんでよく知らないけど。

 無事に「セレスタ屋敷」に着陸したのは夕方というには少し早い……という時間帯。
 もはや慣れたもので、荷下ろしも屋敷への搬入も実にスムーズに済む。
 そう長居する場所ではないのでそんなに広げるものもないし、それ以前にちょっとした衣服や食料品などの基本的な生活物資は王家の手配であらかじめ揃えてあるので、手ぶらでだって問題はないんだけど。

「いやー、やっぱり冬のレンネストは賑やかですねえ」
 ナリスが市場通りを眺めてニコニコする。
「他の季節より賑やかなのか?」
「ま、レンネストは賑やかでない時ってのも少ないんですけど。やっぱり秋に通行止めになりますから、その分冬になってドッと人も物も動くんで、他の時期とは違ったテンションの高さがありますよ」
「へー……確かにちょっと空気が違うかも」
「軍の再編成も始まってるはずですしねー。ガントレットナイツもユニオンの付け替えが進んでるんじゃないですか」
「ユニオンって……確か」
 魔法が使える系とかパワー系とかの大雑把な区分管理みたいなやつだっけ。
「あれって付け替えるようなもんなの?」
「そりゃ付け替えますよ。その年の戦闘状況とかのせいで各ユニオンの比率変わりますし、減ったユニオンを減らしっぱなしにもしておけないから、他のユニオンから多少能力の向きが違っても転籍させられたりもします」
 ナリスの説明にテテスも注釈を入れる。
「ユニオンっていうのはブラック以上の指揮官が任務の要員を招集するためのタグみたいなものですから、本人の希望によっても動いたりします。魔法は使えるけどそれメインの任務はつらいからプレーンな任務の多いレイクに入るとか、アネット大騎士長と一緒に戦いたいからちょっと汗臭いけどアースユニオン行ってみるとか」
 魔法を併用するグループがスカイユニオン、腕力重視で主に岩系の魔物と戦う(そしてアネット大騎士長の召集率が高い)のがアースユニオン、どちらでもなく普通の任務に就く場合が多いのがレイクユニオン。
 うちのレッドアーム三人はみんな魔法が苦手(テテスも編成の上では魔法が使えない……という申告にしているらしい)なのでレイクユニオン扱いらしい。それ以上にシャロンとの個人的つながりが強いのでこうして特殊任務に引っ張られているらしいが。
「私たちもレッドアームの時分にはスカイやアースを出入りさせられたものですが」
「あー、シャロン騎士長たちはねぇ。魔法使えるし意外とパワー系だし」
「魔法ほとんど使えないし岩系軽く処理できるほどパワーもないナリスちゃんはレイクしかないけどねー」
「うんうん。……って情けなくなるようなこと言わないでよテテスちゃん!」

 街見物のついでに。
「あれが私たちの使っている家です」
 シャロンたちのレンネストでの住まいも眺めさせてもらう。
 さぞや大仰な屋敷が出てくるのかと思いきや意外に小ぢんまりしたもの。
 騎士の屋敷となったらもう少し大きくてもいいんじゃないだろうか。
 ……と思ったものの。
「私たちも雇われの身ですからね。それこそ、三人で生活するには充分ですよ」
「ゴールドアームって言ったら貴族位ももらえるって話だけど」
「兄はあくまで武骨ですから。それに私たちは、地位だけで言うなら故郷では貴族にも匹敵するものでした。レンファンガスでまで貴族社会に手を出すつもりはありません」
 なるほど。
 あくまでシャロンたち三人は戦士としてレンファンガスに参画しているのであって、政治とは距離を置きたい……という立場のようだ。
 貴族ならある程度の見栄は必要だが、あくまで客将という立場なら小ぢんまりとした生活も納得がいく。
「それに建物は小さくとも、それなりに贅沢はさせてもらっています。剣や鎧も、三人合わせて相当な数が揃っていますし」
 その財力はちょっと羨ましい。

 ナリスやアルメイダは家がないというのはわかっている。
 というわけで次に向かったのはテテスの家。
「家とは言っても、私の場合アパートの一室買い取りって形ですけどねー」
 テテスが指差したのは目抜き通りに面した三階建てのアパートの二階。
 こちらも大した広さではなさそうだ。
「意外と欲がない?」
「単に勤続年数の問題でまだそれくらいしか頭金払えなかっただけです」
 そういやまだ16歳だ。稼げるとは言っても確かにそれほど金額がたまっているわけはないのか。
「……っていうかテテスちゃんはバスター卿の屋敷にだって泊まれるんじゃないの?」
「行けば泊まれるけど、ちょっと気まずいし」
「?」
「妾腹なんです。バスター卿とこれだけ歳離れてるから大体わかるでしょうけど」
 あー、なるほど。
 テテス本人はバスター卿のことを慕ってはいるみたいだけれど、愛人から生まれた身だから他の家族や使用人からはどんな目で見られるかわからない。
 ……ライラを探っていた時のテテスが妙に焦っていたのは、そういう息苦しさからの解放を求めていたって部分も大きいんだろうな。
「一応、生まれた時から認知はされていましたし、お金に不自由したこともないんですけど……妾腹っていうのはやっぱりそれだけで半端な立場ですから、一時は父や母を恨んだりもしたんで。……スマイソンさんとその周りの女性がそーゆーこと平気で広めてるのって、正直少し理解できないとこあるんです」
「……そういえば私は妾という立場になるのか、お前の」
 アルメイダが悩み始めた。
「いいじゃないですか。そういうのは社会に対して弱い立場だから気になるもの。スマイソンさんにとって妻も妾も区別する価値のあるものとは思えません」
 シャロンが若干願望も込めた弁護をしてくれる。
 まあ実際誰が正妻で誰が妾、なんて区別して扱うつもりは俺にはないんだけど……でもそんなに社会に対して強い立場に立ってるんだろうか俺。
「んー、でも……そういうのばっかり気にしててもしょうがないと思うけどなー」
「ナリスちゃん……」
「子供のこと考えると確かにアレなんだけど……こう、人を好きになって、エッチなことしてもいいなって思えるようになるのって、そういうのと直接関係はしてないと思う」
「…………んー」
 少し口を尖らせるテテス。
「そんなに魅力的なのかなあ……スマイソン十人長って」
「本人を前にそんな疑問符打たないでいただきたい」
 俺はどういう顔して立ってればいいんだ。

 街の様子見というか物見遊山を終えてセレスタ屋敷に戻ると、ディアーネさんもちょうど城から戻ってきたところだった。
「謁見できました?」
「女王にはな。パスター卿はトロットに出ているそうで会えなかったが」
「やっぱり例の祝賀使節ですか」
「ああ」
 横で聞いていたネイアが、そうでしょうねぇ、と笑う。
「バスター様はトロット通……というかトロット贔屓ですし、用があるなら自分で行くでしょうね」
「困ったことだ。彼が探索事業のことを一手に受け持っているおかげで話を通し辛かった。セレスタのエースナイト隊の宿舎の場所を聞くのもたらい回しにされる始末だ」
「結局、どこになってるんですか」
「もっと城に近い、王国軍宿舎のひとつを借りているそうだ。帰りに寄ってみたらベッカーの部下のメッツ十人長しかいなかったから、現状の聴取と整理はベッカーに任せている」
「あのバードマンの将軍、いなかったんですか」
「もうカタリナに進出しているそうだ」
 フットワーク軽いなあ。俺たちが半ば遊んで春を待っていることを考えると、その勤勉さはちょっと頼もしいというか心苦しいというか。
「まあ、今日はベッカーの作業もあるし、せっかく豪勢な屋敷に飛んできたんだからゆっくり休むとしようか。ネイア、女王が顔を見せて欲しいといっていたぞ」
「あ、はい。あとで行きます」
 ここでも俺たちはのんびりペース。まあ、それでもドラゴンの翼のない人たちから見たら充分早回しなんだろうけど、ちょっといいのかなあ、と思わなくもない。背後に迫る剣聖旅団とユリシス王の足音の件もあるし。
 ……俺ばっかり焦ってもしょうがないから俺も休むんだけどさ。


 夜。
 久しぶりに俺には「予約」がない。
 つまり今夜誰とエッチしようという約束も、誰に種付けしなきゃという義務もない。
 もちろんエッチは大好きだが、こういう「自由」というのもたまにはいい。
 エッチしてもしなくてもいい。あえて心に選択の余地を与える時間。
「どうしようかな」
 セレスタ屋敷の窓を開けて外を眺めながら、俺はちょっと上機嫌に呟く。
 誰かに夜這いをかけるのもいい。とりあえず放っておいて誰かが夜這いに来るのを待つのもいい。敢えて酒を飲みに行ってエロばかりの思考を離れてみるのもオツだろう。
 今までと違って今回はベッカー特務百人長くらいしか同行の男がおらず、しかも特務百人長は外で情報整理をしているから、この屋敷にいるほとんどは俺の雌奴隷ということ。どの選択肢も気兼ねはない。
 ……なんて考えていたら、さっそくドアがノックされた。
「誰だー?」
 俺は雌奴隷(とナリス)の誰かだろうと思って誰何する。
「私です。スマイソン十人長」
「私……?」
 扉越しの声を判別しきれずに少し悩む。
 まあそんな呼び方を未だにするのは何人もいないけどさ。
「こんな時間に来たってことは……」
 どういう展開になるのかわかってるんだよなナリス。
 と言いかけながらドアを開くと、そこには予想より若干小さな人影。
「ちょっとお話、しませんか?」
「……え?」

 テテス・マーレイが、何故か上等な酒のビンを持って立っていた。

(続く)

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