昼過ぎにのそのそ起きた俺をカルロスさんは苦々しい顔で迎えてくれた。
「…………」
「……なんですか」
「…………」
口を開いて何か言おうとしつつもカルロスさんから出てくるのは中途半端な溜め息ばかり。
反応に困っていると、カツン、と数日で聞きなれた義足の音がする。
「結局ディアーネも入れて乱痴気したであろう君にどう忠言をかけたものやら困っているのさ」
「ナンシーさん」
「……間違ってはいないけれど勝手に代弁しないでくれないかい、ナンシー。僕の立場がない」
「これはすまない。しかしカルロスも散々満足させてやっただろう? 妹のことにあまり口を挟むものじゃないよ」
「満足したのは君のほうだろう。僕は秘薬まで使ってようやく……」
「うん。よく頑張った。愛してるよカルロス。でも昼日中だ」
「……こほん」
確かに俺のことどうこう言えないよなあ、そういう会話をしちゃ。
「あーだーまーいーだーいー……」
俺がカルロスさんが無言で持ってきた青虫の餌……じゃなくて新鮮野菜のサラダをもしゅもしゅ食っていると、ふらふらとナリスが現れる。
「おはようございまいだだだだ」
「もうこんにちはの時間だぞナリス。人のこといえないけど」
「……でしょうねえ」
「昨日は何してたんだ」
「街のお祭りを回った後、結局ここの地下室で脱衣ポーカー転じて飲酒ポーカーを」
「なんだと」
ガタンと立ち上がる俺をジト目で見つつ赤くなるナリス。
「そんなステキイベントがあったのかコンチクショウ!」
「じ、女子だけですよここの家の! 男子禁制! 彼氏なし限定!」
「いや、それはそれで」
ダークエルフ姉妹たちとナリスが全裸でテーブル囲んで飲酒ポーカー。非常に見たい。
「ちなみに男兄弟でも似たようなことやったそうですけど」
「それは別にいいです」
「まあそうですよね」
しかしせっかくの精霊祭の晩に妙なイベントする家だ。
「しかしオーガキラーってお酒キきますねえ。ちょい辛いですけど」
「セレスタの誇る火酒だ。個人的には大氷原と甲乙付けがたい」
「一度心行くまで飲んでみたくはあったんですけどもーいーです……」
「出来れば毎晩飲みたいけどなあ」
「晩酌には私ゃワインの方がいいですねぇ……うぇっぷ」
「は、吐くなら外でな」
身の回りには極端に酒に強いかほぼ飲まないかってな女の子ばかりだから、ナリスみたいに酒談義できる子はちょっと新鮮かもしれない。
緑色の山を食し終わって立ち上がる。
と、起きたらベッドからいなくなっていたノールさんが食堂入り口に見えた。
目が合う。
ちょっと怒った風にこっちを睨んでいる。
「……え、えと?」
「ノールに何かしたのかい?」
目ざとく見つけたカルロスさんが目を眇める。
どう言い訳しようかと思っているとツカツカとノールさんが近づいてきて。
「昨日はよくもやってくれたじゃない」
「は、はあ」
「あそこまでの屈辱はここ五十年で初めてよ」
「…………」
カルロスさんの視線が痛い。
「何があったんだいノール」
「…………」
ノールさんはノールさんでカルロスさんを無視。
そして、妙に胃の痛い数十秒の沈黙。
食堂内で他に食事していた兄弟たちもチラチラとこっちを窺うのがわかる。
そんな中、ノールさんは溜め息をついて。
「でもまあ約束だし」
と呟いて、唐突に俺のアゴをつまんでキス。
「!!?」
「ノぉル!?」
「ん……」
ノールさんの綺麗な顔が目の前数センチ。というか焦点も合わないほど近い。
唇と唇、押し付けあうだけのキスではあるが、状況が状況だけに頭が真っ白になる。
「……ん、っと」
ちゅ、と音を立てて離れるノールさん。
「ノールどういうことだい!? まさかノール、君まで彼の恋人だか嫁だか雌奴隷だか」
「ちゅーを賭けるって言って負けたから払っただけ。契約の履行。兄さんが思ってるようなのじゃないわ」
「ぐ、ぐぬぬ……」
カルロスさんが歯をギリギリ鳴らしているのがわかる。「契約」と言われると商人としては咎めきれないのか。
確かめることもなくとりあえず切りかかった親父さんに比べるとやっぱり律儀な人だ。
……とはいえその勝負内容がエロだとわかったらどうなるか。
「だけどね、今度は……」
「そ、その先のお話は向こうで」
ちょうど食べ終わったところなのでそそくさとノールさんの背を押して食堂を出る。
「今度会った時はヒィヒィ言わせてやるんだから。覚悟しなさい、弟君」
「は、はぁ」
「で、できないと思ってる顔だ! ここまでナメられるなんて!」
なんというか、ヒルダさんのマイナーチェンジかと思ってたら結構この人はこの人で楽しいなあ。
「これでもお姉さんモテモテなんだからね! ヒルダ姉さんいなくても、その気になれば練習相手なんていっぱい……!」
「ええー……」
「何よ」
「……他人のちんこで技術を磨くって宣言されるのは男としてちょっと複雑なものが」
ついつい正直な本音。
「……自分は山ほど女の子並べて手当たり次第してるくせに」
ノールさんに低い声でチクリとやられる。ぐぅの音も出ない。
でもさ。でもさ。
……と、少々やるせない思いでノールさんを見つめると、ノールさんはしばらく俺と見詰め合った末、何故か少し顔を赤くして視線を反らす。
「そーゆー目で見るのはよくない。反則」
「……?」
どーゆー目に見えたんだ。
「わ、わかったわよ。……お姉さんが寂しくなる前にまた会えるなら、そんなはしたない真似はしません」
何故か妥協してくれた。
「まったく、甘えん坊なんだから……」
どうやら俺はノールさんにはそう見えるらしい。
っていうかもう二十台も後半の男にそんな姉属性というか母性本能くすぐられるもんなんだろうか。ダークエルフの感覚はわからないけど。
「会おうと思って会えるもんですか?」
「……そこまではお姉さんも責任もてません。会いたくなったら頑張って探して」
とはいえ、確かに自由な人で、そうそう縛られる気はないらしい。
「とゆーわけで、これはサービス」
最後にもう一度、かすめるようなキスをして、ノールさんはスルッといなくなる。
……なんとなく、このまますぐに旅に出るんだろうなあ、と思った。
午後からみんなで、タルクを発つ支度をする。
元々精霊祭のセレスタに来たいという趣旨の旅程だ。ポルカで新年祭を迎える気ならあんまりグダグダしているわけにはいかない。
「本当は賑わうオアシスも楽しみたかった」
「お前とは前世で兄弟だった気すらするぜスマイソン」
ベッカー特務百人長と遠い目をする。
「みんなオープンな水浴び風景ってたまんねぇよな」
「ですよね」
隠されている方が燃えるという向きもあるが、俺はダークエルフ娘のおっぱいが開放的に見られるオアシスを全面的に支持する。
「それで、次はどこに行きますの? やはり砂漠を縦断してバッソンへ?」
オーロラの問いにライラが答える。
「それなんじゃが、ヘリコンの様子を見ておきたくてのう」
「ヘリコン……? あの、森林領の近くの?」
「うむ。我を歓待してくれよる街じゃ。もう一年も見に行っておらぬと思うと、この機会に見ておきたくての」
それをディアーネさんが補足する。
「まあ、新年祭までは一週間ある。バッソンでランツたちを拾ってポルカに戻るとしても、ライラの翼で無理なく二日。時間には余裕があるから、ナリスのセレスタ観光も含めて、な」
「ありがたきしあわせー」
ナリスが手を合わせる。二日酔いはどうやら何とかなったらしい。あるいはカルロスさんちの誰かから薬でももらったんだろう。
「あそこにはライラ姉様の屋敷もあるだよ」
「ドラゴンパレス……?」
「んにゃ、去年くれた別荘だで」
胸を張ってルナに解説するジャンヌ。そうしながらも、兄弟姉妹がディアーネさんにくれたお土産を小さい体で次々馬車に放り込んでいく。
「ヘリコンか……」
懐かしいな。
カルロスさんたちに見送られつつ、幻影で隠れてひっそりと飛び立つ。
日が傾く頃に出て、一時間も飛ぶともうヘリコンだ。
馬車だと数日の距離だと思うとやっぱりライラはすごい。
「少し派手に着陸してやるべきかのう」
「無駄に混乱を呼んでどうする……とは、この街では言えないか」
ディアーネさんの了承を経て、夕暮れの目抜き通りに西から着陸。
「ドラゴンだーーー!!」
「な、なんで!? またバカな冒険家でもドラゴンパレスに入ったの!?」
「逃げろ!! 逃げろーーっ!!」
阿鼻叫喚。
「ほ?」
「……あの時にいた商人ばかりでもないってことだろう。慌てている者とそうでもない者の差が顕著だ」
冷静に分析するディアーネさん。
まあ商人は流動激しいっていうしなあ。
確かに前に比べると混乱は大したことはないんだけど、慌てている本人たちは超必死だ。
「おい逃げろ! 俺見たことあるんだよ、あれは本物のドラゴンだ! なんで逃げないんだよ、ドラゴンの街だなんて町おこしの与太だろう!?」
「ブラックドラゴン! 火竜系最強種だぞ!」
「おちつけ。いいからおちつけ。話せばわかる。ドラゴン様は頭いいんだ」
「トカゲ野郎は引っ込んでろ!」
「あァ!? テメェこそオーガのくせにチョコマカブルブルしやがって!」
意味不明の喧嘩がすぐ近くで始まりそうだったので、ライラはがおーとひと吠え。
ざわめきが止まったり悲鳴が上がったり。
そして、ライラの影がフッと消える。人間体になったのだろう。
「我じゃ! 砂漠の黒竜ライラじゃ! この街の民は忘れっぽいのか!?」
おそらく全裸で街の人々の前に立ち、呼ばわっているであろうライラの声を聞きながら俺たちものそのそ馬車から降りる。
「申し訳ありません、本来なら憲兵隊がこのような混乱、収めるところだったのですが……昨夜、サンドワームの大襲撃がありまして。半数以上が傷病休暇を取っており……」
「ほ、サンドワーム?」
「は。数年ぶりの規模で……街にいた傭兵や冒険家なども参戦しての大騒動になり。ダークエルフの女性の見事な魔法でなんとか事なきを得たのですが」
「サンドワームの群れに人一人の魔法でどうにかなるものなのか……?」
憲兵隊長の説明にディアーネさんが首を傾げる。
「ともかく、ライラ様の再度のご来訪、町民一同心より歓迎いたします」
憲兵隊長が跪くと、去年のことを覚えている町民はワアッと歓声を上げ、リザードマンたちが貢ぎ物を持って列を作ろうとする。
「待て待て、サンドワームの件が先じゃ。近くにまだ群れがあるかもしれん。そのような危急の時に我が加勢してやれなんだことは悔やみ切れんが、次が来ぬようにしてやらねば」
「潰しに行くのか」
「なに、昔は遊びでよくやった。地を蹴り鳴らすと出て来るのを千切って食うだけじゃ。我に任せておけ」
ライラが一度纏った布を放り捨てて、ドラゴン体に変化する。
……しかし、サンドワームってそうやって退治するのか。
もしかしたら精霊祭の大騒ぎに反応して寄って来たのかもしれないな。
「ディアーネたちは先に別荘に行っておれ。町民たちよ、よしなにな」
街を守るため、バサッバサッと離陸していくドラゴンの威容に、町民たちは再び歓声を上げる。
そして、俺たちは。
「ライラ様のお連れ様方を歓待するのじゃ!」
「うおー! 精霊様のお祭りの翌日だが今日はドラゴン祭りじゃー!」
「お、俺ドラゴンの変化初めて見た。超美人で……いい脱ぎっぷりだったな……!」
「フフフ若人よ。わかるだろう。我々憲兵隊が別名ライラ様ファンクラブと呼ばれる訳が!」
「初めて聞いたぞそんな看板! 俺も入る!」
「酒だ酒だ酒もってこーい! 金なら町長にツケとけー!」
精霊祭の翌日にいきなり散財しにかかって本当に大丈夫なのかこの街は。
と思いつつも、酒がタダで飲めるとなるとやっぱり嬉しくなるわけで。
「いやほーう! なんかよくわかんないけどノリいいですねセレスタって!」
「姉ちゃん乾杯するだよ! 乾杯してから飲むだよ!」
「いえーい!」
カン、と陶ジョッキを打ち合わせるナリスとジャンヌ。
ライラ本人いないのに全く遠慮がない。
俺もだけど。
「俺にもついで! 俺も飲む!」
ちょっと高級感あるカルロスさんちの庭園パーティもいいけど、俺はこういうガチャガチャした雰囲気で飲むのが好きなんだ。
「やれやれ。まあ、一泊くらいはいいか」
「あ、またたび酒……飲んでいい?」
「ディアーネ隊長、お注ぎしますぜ」
最初は微妙な顔をしていた(おそらく一年前にはいなかった)町民たちもそのうち騒ぎに参加し、そのうち笛やリュート、太鼓を持ち出して音楽も始まる。
酔って音楽にあわせて脱ぎだすお姉さんとかもいて、それに釣られて別の女性もセクシーな恰好で踊りだしたりして、もう非常に楽しい酒盛りとなった。
「……その燃えるような赤い髪。身なりに、何よりその強き瞳。……お初にお目にかかります。空色の尊き方ですね」
「あら。……あなたも、森林領の……? いえ、セレスタを歩く白エルフなど他にいるものではありませんか」
「ええ。末席ながら、空色に属するものです。まずは一杯」
「結構。……森の近くとはいえ、出歩くとは変わっていますのね」
「姫に比べれば私のささやかな冒険など。……風の噂で、南方軍団を離れて特務に就かれたという話を聞きましたが。ここにはどのような?」
「束の間の休暇、のようなものですわ。言っておきますが、特にクラベスに戻る用はありませんわよ」
「それは……残念。貴公子の威が弱まった今、姫のお顔を見るだけでも民は希望に燃えましょうに」
「…………」
「今、ルーカス様は表向き予備役……となってはおりますが、かのアシュトンが軍務を握る限り復権は難しいでしょう。事実上の追放です」
「それは自業自得です。ただでさえ軍事行動上無視し難いほどに閥形成を志し、父が甘いのをいいことに森林領を好き勝手に権勢を誇る隠れ蓑にし……その上、私闘にドラゴンスレイヤー使用など、ガレー船に繋がれないだけましというものでしょう」
「手厳しい」
「身内贔屓が過ぎるのです、森の民は。北の森にはエルフは少なくも、兄など比べ物にならぬ傑物が幾人もおります。東のレンファンガスではアーカスの王統が掛け値なしの最強の一人として認められている。内に篭って剣才を誇る兄では、森の外では通用しないでしょう。マスターナイトは英傑の証なれど、それは未来において民を守るための印可に過ぎないというのに」
「しかし、だからこそ。だからこそ、姫のお姿が南の森に必要なのではと、思うのです」
「わたくしは。……兄にも呆れていますが、そのように兄を甘やかす南の森の体質にも、それをわたくしなどという二十年も生きてはいない小娘にどうにかさせようというあなたのような民にも、呆れているのですよ」
「…………」
「わたくしがマスターナイト号を授けられるまで待ち、そのわたくしを旗印に、またエルフで閥を築こうというのですか? 寄り集まって威を借らなければ、人間やダークエルフ、獣人たちと向き合えないというのですか? それでは兄の幼稚な構想と何も変わらぬではありませんか」
「しかし、あなたのその凛々しく気高いお心と、それに相応しき才覚に、未だ期待を寄せる民が多いのも事実。それは、あなたが森を空けたその間にも膨れ上がっていると言っていいでしょう」
「…………。父や母も、そのような民心をどうともせぬのですか」
「あなたが傑物であることは……そうであったことは、ご両親といえど、誤魔化しようはないのです」
「…………」
「失礼しました。……よき、夜を」
「…………。クラベス、ですか」
(続く)
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