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「出てっちまった家族の使ってた家がいくつかある。掃除はちっと行き届いてないが我慢しとくれ。朝になったら娘どもにやらせるからさ」
 ドナ婆さんはコロニーの中央付近にある家屋をステッキで指す。
 俺たちはぞろぞろと彼女について歩く。
 夜とはいえ明るい月の下、周囲の家々や物陰から珍客を眺める好奇の視線が多く感じられる。
「なるほど、女だらけのコロニーか……満月の日の猫獣人ったらデタラメに活性が高いらしいな。読めたぜ、そういうことか」
 ベッカー特務百人長は無精ひげの伸び始めた顎を撫でながらニヤリと笑う。
 ディアーネさんは溜め息をついた。
「ドナ殿。案内途中で済まないが、この馬鹿を先にタルクに持って行こうと思う」
「それならそうしとくれ。使えないオスなんて娘たちにとっちゃ目の毒じゃ」
「お、おいおいおい、使えないってなんだよ使えないって。これでもオーガ女と元風俗の嫁を貰って毎晩鳴かせてるご近所評判のハンサムだぞ」
「…………」
「…………」
 ディアーネさんとドナ婆さんが顔を見合わせて溜め息をつく。
「二人こなして胸張ってる程度じゃ死ぬよ」
「よしんば切り抜けたとしても、その後、出張したお前を待って溜まりに溜まった自慢の嫁相手に、肝心要の精霊祭で出がらしの言い訳をどうするつもりだベッカー」
「うぐ……い、いや、それなら見学だけでも……」
「ライラ、連れて行くぞ」
「ほ。朝には戻る。ドナよ、久方ぶりにそなたの手料理を期待しておるぞえ」
 特務百人長の襟首を掴むディアーネさんと、バサッと脱いで再びドラゴンに変じるライラ。
「ババは夜が早いってのに無茶を言う。……ヘルズボアの香草煮くらいしか用意できないが、いいね?」
「充分じゃ」
 ライラはディアーネさんを頭に乗せ、特務百人長を巨大な手で無造作に掴むと、その場でバッサバッサと離陸していく。
「お、おぉい、せめて背中に乗せて」
「せいぜい4、5時間じゃ、我慢せい」
「そんなに!?」
 高度を稼ぐと大きく翼を一打ち、風に乗って南へ飛んでいく。
 そして残される俺、オーロラ、ジャンヌにナリス、そしてルナ。
「……ちょっと頼りないメンバーばかりが残ってしまった」
「んだ」
「失礼な……と言いたいところですが、異種族のコロニーではわたくしに振られても困ってしまいますわね」
 オーロラもエルフ社会や上流階級の世界では交渉役として頼りになるんだけど、さすがに獣人コロニーでは勝手が違う。
 そして。
「え、あの、私も頼りない人枠ですか?」
「反応遅いっつーかナリスを頼りにできるシーンが思いつかない」
「スマイソン十人長にそこまで言われる筋合いないですよ!?」
 頼みの綱はルナだけだ。


 その晩は何事もなく明け、次の日の朝。
「さすがに夜明けまでには戻ってこなかったか……」
「朝までって言ってただよ。昼より早く戻れば予告通りだよ」
「ま、そうなんだけどさ。……雪のない朝って久々だなぁ」
「んだ」
 しっとりと朝靄のかかるオアシスで、手桶に水を汲んでジャンヌと一緒に顔を洗う。
 エルフの二人はよく寝ていたので起こさないでおいた。
 ルナは夜中あたりから見当たらない。
 久しぶりの故郷だからドナ婆さんや仲間たちと積もる話でもあったのかもなぁ、と思っていると。
「アンディ」
 不意に背後に現れた。
「ルナ。どこ行ってたんだ」
「あさごはんの調達」
「夜中から?」
「うん」
 よく見るとルナの体は砂埃に汚れている。
 と、ルナは躊躇なく服を脱ぎ捨てて下着姿になり、手桶に汲んだ水で脱いだ服を洗い始める。
「血がついちゃった。……ディアーネに替えの軍服、もっと用意してもらわなきゃ」
「血って……」
「うん。あさごはん」
 ……ってことは夜の間、狩りに出てたのか?
「夜の魔物は強いだろうに」
 レンファンガスでもセレスタでも同じ。夜のほうが魔物の活性が高い。
 ディアーネさんやライラなら大した差ではないだろうが、非戦闘員のルナにはちょっと無視できる差じゃないんじゃなかろうか。
「大丈夫。満月まであと二日。今は私の方が、もっと強い」
「……そうなのか」
 猫獣人の感覚と運動能力が月の満ち欠けで大きく変わるのは聞いているけど。
「ルナねーちゃーん」
「バラし終わったよー。肝以外は焼いちゃっていいよねー?」
 朝靄の向こうから少女たちの声が聞こえる。……ちょっと聞き覚えがある声が混じってる。リナかユナかな。
「ハラミはゲン担ぎの料理にするっていうから婆ちゃんに聞いて。あと、婆ちゃんが肩の一番いいとこもひとかたまり欲しいって言ってた」
「はーい」
「ムネ肉は全部いいんだよね? 鉄串持ってきて、ランちゃん」
 和気藹々、キャッキャと嬉しそうな掛け合いだが、あの巨大豚を女の子たちが嬉々として解体しているという現実は覆らない。
「ハードだ」
「……まあ砂漠大迷宮のコロニーはどこもこんなだよ。魔物の解体ぐらいでぐだぐだ言ってたら飢えちまうだ」
 ジャンヌがうんうん頷く。
 ……さすがにヘルズボアの目玉を拳で突き抜いた女は違うぜ。見た目は相変わらず幼女だけど。

 朝靄が晴れるころには、いい感じに焼き肉の匂いがコロニーに充満していた。
「食欲刺激される匂いだー……♪」
「朝から野趣溢れるメニューですわね」
 ナリスとオーロラも起きてきた。
「にゃー」
「お客さんたちも食べていいよー」
 猫少女たちが手招きする。さすがに料理の中心は猫美女猫熟女たちだった。
 皿に山盛りされた串焼きを見てナリスが目を輝かせた。
「おおおおー。すげー、セレスタ風だー。セレスタ人は朝から特濃ソースで肉食ってるってホントだったんだー」
「いや、セレスタでも普通はパンとか果物だぞ?」
 オーガは朝から肉食うしドワーフは朝から酒飲むけど、大多数である人間族はトロットとあまり変わらない。ちょっと味付けは濃い目だけど。
「それはいいから。はい、アンディ用」
「……なにこれ」
 ルナが差し出した皿には若干匂いも質感も違う物体がどっさり積み上げられている。
「ヘルズボアの肝焼き。まずい」
「俺を虐待するのか!?」
 ルナが反抗期だ。
 ……と思ったら、近くの家の土間からドナ婆さんが出てきてビシッと杖で俺を指した。
「いいから食いな。強壮作用がある。満月まで二日しかないんじゃ」
「……あの、もしかして」
「他の肉はついでよ。夜に娘たちがボア狩りに行ったのは、その肝のためじゃぞ」
 満月。
 どうも満月ばかりが強調される。そして、ドナ婆さんのあけすけな言い口。
 まあ、考えるまでもないのかもしれないけど。
「……もしかして、満月にまた俺に無差別種付けさせようとしてたりする?」
「状況はほとんど変わっちゃおらん。なんでさせないと思うね?」
 ……うわあ。
 って、周りにいる猫獣人の皆さん、めっちゃ注目してますね。
 今更だね、ホント。でも今気付いた振りだけでもさせてください。
「……前回はヒルダさんがいたからあれだけ大暴れできたんだ」
「だから最初からそう言うとるじゃないか。あの女なしでどこまでいけるんだい、って」
「…………」
 あの晩は半分理性飛んじゃってた娘さんも相当多かったと思うし、一応普通に考えたら作業的種付けなんて嫌がる娘も多いんじゃないかなあ、と思う。
「一応、希望者だけの方向だよね?」
「まあ、しかし前回、お兄さんの子種は相当キいたからの。前は引っ込んでた娘も今回は乗り気の者が多いぞ」
「……キいた?」
 ドナ婆さんはルナに目配せする。
 ルナは俺の背中を押した。
「な、なんだ?」
「こっち」


 子供の泣き声が聞こえる。
「……おい、もしかして」
「もしかしなくても。みんな、アンディの種でできた子供」
 覗き込んだ家の中には、子供を抱いた猫獣人が数人。
 両腕に一人ずつ抱えて授乳中の娘もいる。
「見えねえだよ」
「ほら」
 ジャンヌの脇を抱えて持ち上げてやると、おー、とジャンヌが口をあけた。
「……ピーターより育ってるだな」
「私がアンディに会いに行く前には生まれてた」
「……ピーターが初子じゃなかっただ」
 ちょっとジャンヌががっかりした様子なのが申し訳ない。いや、この状況も決して予想できないことではなかったけど。
 しかし、ルナは首を振った。
「……『アンディの子供』じゃ、ないから」
「?」
「前に言ったでしょ。責任取れなんて言わないって、婆ちゃんが」
「あ、ああ」
「……だから、あれは、『コロニーの子』。アンディの種で作った子だけど、でもアンディの子供じゃ、ない。アンディに育てさせてはもらえない」
「……それも、なんか……」
 確かに俺は今の十数人の雌奴隷も養いきれる状態じゃない。この上、あの子供たちまで育てろと言われても難題だ。
 でも、それもなんとなく寂しい。
 そんな俺にルナは微笑んだ。
「でも、私はアンディの子供、一緒に育てるから。私の子だけは、コロニーの子じゃなくて、アンディの子供」
「……うん」
「アンディのこと、気に入ってる子はいっぱいいるよ。何度か男が迷い込んで、うちの誰かと結婚させてみたことはあるけど、アンディほどたくさん種付けする男がコロニーに来てくれた事はないし、ほとんどアンディ専用の女は多分ここにはたくさんいる。だけどそれでもアンディに父親として責任を問わない。逆に、だからこそ気軽にみんなアンディに種付けしてほしいって言えるの。アンディの力もお金も関係なく、ただオスとしてね」
「……複雑だ」
「言うと思ってた」
 ルナも少し困ったように微笑む。
「欲張り」
「……わかってるんだけどなあ」
 言われるまでもなくエゴだ。
 所有する力がないのに所有欲を出してるだけだ。
 が。
「……だったら私みたいに首輪付けに来ればいいよ。余裕ができたら一人ずつ、アンディの子種で生んだ母親に、お前は俺のものだ、って。それで、アンディの子供はアンディの子供になれる」
「それも……なんか、酷い気はするけど。っていうか納得してもらえない気はするけど」
「大丈夫。私は嬉しかったから、多分みんな嬉しい」
 ルナの暴論に苦笑する。
 ……でも。
「そうだな。ここでモヤモヤしててもしょうがないか」
 たくさんの雌奴隷たちとの折り合いも難しい今、これ以上欲を掻いてもしょうがない。
 いつか、彼女たちにも首輪をかけられるくらい偉くなれたら、その時また、俺の女、俺の子供にしに来よう。
 それまでは。
「……甘えとくしかないか。このコロニーに」
「アンディに甘えてるのはコロニーの方だけどね」
 変な関係だ。
 ……空をライラの翼が横切る。
「さ、戻って肝焼き食べて。後二日したら、本当に甘えるから」
「ああ」
 ……これも、コロニーに対してささやかながらできること、だよな?

(続く)

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