「さて、昼には少し遅いが久しぶりにみんなで食べに行こうか。夕方にはポルカに向かうから、土産や挨拶はそれまでにな」
ディアーネさんが号令をかけると、一度腰を落ち着けたみんながやれやれと立ち上がる。
せっかくの立派な屋敷だがゆっくり休むこともできない。まあポルカにつけばいくらでもゆっくりできるんだけど。
「スマイソーン、串焼きかなんか一人前買ってきてー。俺昼寝してっからー」
……いや、ケイロンはこのたった数時間を逃さず全力で休む気だった。
「なんで俺だよ! ランツとかゴートとかボイドに頼めよ!」
「えー、だってオーガが一人前って頼むと豚の足一本丸ごととか持たされたりするしー。というかランツとゴートはエロ絵巻漁りに燃えてたしー」
「…………」
「それにお前が出ないわけないじゃん、あんだけカノジョが腹すかせてるんだから」
「ウチの部下たちはどうしてこうもフリーダムなんだ……」
いやボイドはいい子なんだけどね。
みんなで屋台か酒場ででも食べよう、と門を出ようとしたところで、城から来たらしいバスター卿とその他数人の兵士に行き会う。
「お出かけですかな」
「昼食をと思っていたところです。一緒にいかがか、アレックス・バスター」
「良い店を紹介しましょう。大侵攻の後に必ずお祭り価格の店がある」
マントを翻してディアーネさんの半歩前につくバスター卿。兵士たちに手振りで「帰っていろ」と指示する。
「護衛か。用心するようになったものだ」
「尾行避けの魔法に頼って普段からフラフラし過ぎだ、と女王に心配されましてな。前回の騒ぎ以来、目付け役をつけられているのです。まあ、アリバイ以外の何物でもないですが」
まあバスター卿を暗殺しようなんて奴がいるとも思えない。というか、それが可能な奴が相手じゃ五人六人程度の一般兵じゃ盾にもなりはしないだろう。
バスター卿に案内された酒場はセレスタ風でもレンファンガス郷土料理でもなく、ヴァレリー湖畔諸国の流儀の店だということだった。
「向こうはトロット程というわけではないですが、土地が肥えておって農作物が豊富でしてな」
小皿料理がたくさん並ぶ。とにかく皿の数が多いほど歓待を示すのが特徴らしい。
「あっこの料理はみんなで摘まむにはいいけど、ガッツリ食べたいって思う料理も全部小皿なのがアレですよねー」
もぐもぐと次々に小皿に手を出しながらナリスが言う。っていうか、バスター卿のオゴリだからって張り切りすぎ。
「足りなくなったらまた次のセットを頼めばいいさ。しかし……ナリス、さすがにこの時期にビキニアーマーは寒くないのか」
バスター卿が心配する。まあ正直今の時期にビキニアーマーはちょっと痴女くさい。いや、街をよく見ると意外といるんだけど。
「寒いけど頑張るのが女の心意気です」
貧乏なのでちゃんとした鎧用意できません、とは言わないところがナリスの精一杯の意地か。
「まあ、ポルカや我らの森では鎧も必要ない。普通に厚着すればよい」
小皿料理にひょいひょい手を伸ばしながらアイリーナがフォローする。
バスター卿は片眉を上げた。
「これからトロットに引かれるのですかな」
「ああ、そうさせてもらう。冬の間は人数がいても活かせないからな。そのかわり、カタリナにキングフィッシャー将軍以下、セレスタのエースナイトたちを駐留させておきたいのだが……」
「ほう、キングフィッシャー将軍は階級や命令系統上、百人長とは別の動きをするかと思うておりましたが」
「旧知なのでね。任務上連携を取らせてもらうことにした」
「了解いたした。いずれにせよカタリナの収容数には余裕がある、手配しておきましょう」
酒場でメシ食いながら話すことじゃないと思うけど、まあ当人同士にはそれほど格式ばる話でもないのかもしれない。
「しかしヴァレリーにはオーガいないんですかねぇ。こんなん俺らにはスプーンより小さいんですが」
「ゴートさん、こっちのオーガセット頼みましょうよ。なんかアイリーナさんが怖いっスよ」
「わらわが狙っておった皿をホイホイ口の中にひっくり返しおってこの馬鹿鬼め……!」
「!! て、手が動かねえ……!」
「はいはいアイリーナちゃん、食事中に魔法使わないの☆」
他の連中はディアーネさんたちの会話には全く興味がないようだった。ていうか静かに食べろよ。
夕方、セレスタ屋敷を速やかに出発する。
「ポルカの後はバッソンも行くんスよね? できればシルビアさんに無事の報告ぐらい……」
「なんだボイド。こないだ帰ったばっかりじゃんか」
「こ、こないだって言っても大侵攻前っスよ。ルナちゃんが入ってくる時っスよ」
「言われてみりゃそうか」
なんかバッソンはちょくちょく戻ってる気がしたけどそうでもないのか。
「安心しろ、冬は長いし、ライラは暇だ。雑事が済んだら行くさ。……というか、ボイドは冬の間休みにしてもいいかも知れんな」
「そ、それは逆に心象悪いっス」
「……心象?」
「……その、シルビアさんとこの親御さんに。十人長まで出世したら結婚してもいいって言われてるんで……そういう戦力外みたいな感じはちょっと」
馬車の中のみんなが笑った。
「ま、冬丸ごとはともかく、しばらくは婚約者とイチャついていてもいいさ」
ディアーネさんが微笑みながら言うが、それに重ねてアンゼロス。
「その代わり、それまでは稽古二倍だ」
「うえぇ」
「うえぇってなんだうえぇって。お前はせめて歩兵として使えるレベルになれ。そうしないと早めの出世なんて夢のまた夢だぞ」
「ほ、歩兵って厳しいんスね……」
またみんな笑う。まあ、アンゼロスは歩兵というか、ボイドをエースナイト試験にもいけるくらいに育てようとしてる部分があるんだよな。
頑張れ若人。後ろの方でエロ絵巻の収穫を真剣にあらためてる正兵どもよりは出世を応援する。
夜中に近い時間になって、マイアはポルカ近くの雪原に静かに着陸した。
……って、もうすっかり雪の中なんだよなあ。前に来たときからそうなんだけど、今はもう積もった雪もなかなかの深さになっている。
「深っ」
「お、おーい、ゴートかボイド、引っ張ってー」
「……狐って雪の上を軽快に歩くもんじゃないんスか」
「俺は狐獣人であって狐じゃねえよ!」
勢いよく馬車から降りて見事に下半身埋まってケイロンが救出されている。
この深さになると、普段から雪避けされてる道はともかく、こんな何もないところじゃ漕がなきゃ進めやしない。
「もっと近くまで運んだ方がいい?」
ちびマイアが心配そうに聞く。
でもあんまり近づいて、ポルカのジジババ一同がうっかり闇夜に浮かぶドラゴンの姿なんて見た日にはちょっと保障ができない。心臓とか。
「いや、なんとか道を作って……」
と俺が言いかけたところで、アンゼロスが雪の中に飛び降りた。
ケイロンよりずっと小さいので案の定埋まる。
が。
「はっ!」
ぼむ、と雪が炸裂し、アンゼロスの目の前にすり鉢状の穴が開く。
「うん、道作れそうだ。アンディ、もう少し下がってて」
「下がれって言われても」
雪で前に進めない。後ろにも下がれない。
が、ゴートが片手で俺を雪から引っこ抜く。
「はぁっ!!」
それを見届けたアンゼロスのチョップは衝撃波を作り、長さ10メートルくらい、人一人分の道を作った。
「ちょっとこれ面白いな……もういっちょ」
「わたくしもやってみたいですわ」
なんだか楽しそうに衝撃波を打つアンゼロスにオーロラも加勢。
二人がかりでちょっといびつに、雪原に獣が引っかいたような道ができていく。
「あの技楽しそうですよねー。私も使えたらなあ」
「ナリス使えないの?」
「広く浅くがモットーですんで」
それ、この局面では自慢じゃない。
「ネイアができるのは知ってるけど、シャロンとかアルメイダは?」
「体調によってはそれらしいものは撃てるんですけど安定しなくて……兄やベルガなら」
「そんなまどろっこしい技は使わん。雪なんか根性で走れば埋まらんしな」
シャロンはともかくアルメイダの理屈はあまりにもマッシブだった。
「私には聞かないんですかー?」
テテスがにこにこ聞いてくる。
「……なんかナリスとアルメイダが駄目ならテテスって感じでもないかなー、と」
「む、失礼ですね」
テテスは飛び降りて、ツーハンドソードを鞘つきのまま振り下ろす。
「!?」
「きゃっ!?」
アンゼロスとオーロラごと雪を数メートル吹っ飛ばした。
「な、何するんだよテテス!?」
「つ、冷たい……」
「……やってみたら意外とできますね」
見よう見まねだったらしい。
……アンゼロスやオーロラも割りと天才型だと思うんだが、テテスも負けてないなぁ。
「……我が溶かしても良かったんじゃが」
ライラの呟きに、その場のみんなが今更ながらにハッとした。
その手があったか。
宿屋に着くと、半分居眠りしていたおかみさんが思わぬ客の来訪に大慌てで支度していた。
……いつ来てもだいたいみんな泊まれるんだけど、俺たちがいない時ってここやっていけてるんだろうか。
「のうスマイソン殿、男爵殿やジャンヌたちへの挨拶は明日にするのか?」
「……迷うところだなあ」
アイリーナの問いかけはかなり微妙なところだ。
できればジャンヌやピーター、身重のセレンにも真っ先に会いたいが、既にひとんちに訪れるのに常識的な時間じゃない。
行きさえすれば就寝してても飛び起きて歓待してくれそうなのが男爵の人徳だが、それに甘えるのもなあ。
「今夜はやめにするか」
「それがいいだろうな」
ディアーネさんも請け合う。
「むぅ。じゃと、今宵はとりあえずこのまま就寝か。今日は何もしておらんので退屈じゃ」
「一日中バタバタ移動してたじゃん」
タフなのか、それとも移動を苦にしていないのか。
が、ライラが徳利片手に寄ってくる。
「ほ、眠る前には酒と風呂じゃろう」
「お前はだいたいフルタイムそうじゃねーか」
「羨むな羨むな。飼い主殿も浮世のしがらみなど捨ててしまえば我と同じ生活もできように」
そりゃライラ的にはそれでいいかも知れないけど、俺には浮世に大事な子もいれば、社会生活だって大切なのですよ。
「しかし風呂は今の時間でも入れるものか……入れるな」
「なるほど。一日の締めくくりには悪くないな」
アイリーナがニヤリと笑い、ディアーネさんが頷く。
「それ、行くとするかスマイソン殿」
「いや待て、なんで俺まで。ちゃんとチェックインしてから」
一応みんなが荷物とかを運び入れる作業をしている中だ。抜け出すのも悪いと思ってその作業だけは手伝おうとするが。
「ほほ、案ずるな案ずるな。それほど固いことを言う里でもないじゃろ」
「私も行こう。ライラ一人で夜目の利かない二人の面倒を見るのは大変だろう」
ディアーネさんもようやく外面を作らなくていい「ホーム側」に戻ってこれて微妙にウキウキしているのか、ノリよく駄目氏族長と自堕落ドラゴンに付き合ってしまう。
そして。
真夜中の女子露天風呂には明かりもなく、当然誰もいない……かと思えば。
「あら、アイリーナ様。それにブラックドラゴンの……」
「ライラじゃ。邪魔するぞ」
数人のエルフが、燃え尽きた篝火の跡に魔法の明かりを浮かべ、幻想的な雰囲気の中で入浴していた。
「こんな時間に、何故北のエルフがここに……?」
ディアーネさん(無論躊躇もなくすっぽんぽん)が疑問を呈すると、彼女らは柔らかく微笑んだ。
「私たち、こちら側に住んでみることにしたんです」
「桜のクリスティ様もいらっしゃいますし……それに、未だに長老派は外との交流に何かと小言が多くて」
「わかる。わかるぞ。そなたら金か銀の氏族じゃろ」
アイリーナが頷くと、彼女らも首肯した。
やっぱガスト爺さんの影響力は払拭されてないのか。それで刺激を求める若いエルフは赤の氏族領にいってみたり、クリスティを頼ってこっちに出てきてみたりしていると。
それに。
「……だから俺がいてもあんま驚かないのね」
銀の氏族。温泉に関してタルクと同じように裸の付き合いルールが存在する。
金の氏族。覗くには遠いとはいえ、わりとオープンな環境で若い子が水浴びしちゃう氏族。
……と思ったら、彼女らは頬を赤らめて。
「いえ……だって、名高い調教師様、ですから……」
「アイリーナ様がそういうことをなさりに来たのなら、お止めするのも勿体な、いえ、おこがましいですし」
順調に何か勘違いとそれに基づく風紀の乱れが北の森に蔓延しているようだった。
「わ、わらわはそんな真似がしたくて呼んだのではないぞ!?」
「ほ。ならば我が調教を受けることにしようかのう」
「ま、待て、何を勝手なことを言うておる。別にそんな意図でスマイソン殿を伴ったわけではないというだけで、やってはならぬと言うているわけでは」
「……おいおい」
青白い魔法の光の中。
幼いアイリーナの肢体、女性として完璧ともいえるディアーネさんの褐色の肢体、ライラの白い肢体。
そして3、4人ほど、嫌悪の少ない視線でこちらをチラチラ見ている、歳若いエルフ少女(いや本当に人間基準で少女と言える歳かはおいといて)たち。
「……そーゆーことならホントに始めちゃうぞ」
俺も図太いことを呟いてしまう。
「止めないが……そんな調子で大丈夫なのか、エルフ領の未来が心配になるぞ」
ディアーネさんが腕組みをして溜め息をついた。
(続く)
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