俺たちが大量に仕留めた獣たちはまとめてマイアがカタリナに運び込んだ。
カタリナの街には肉の専門加工屋(軍属)が一人おり、普段は魔物肉を処理したり干し肉を煮戻したりして細々と仕出し業務をしているのだが、さすがにこれほど大量の肉が運び込まれるとは思ってなかったのだろう、パニックを起こしかけながら肉の処理に取り掛かっていた。
「お、おーい、誰か詰所で町長にオーガ兵かドワーフ兵貸してくれるように頼んできて! これじゃ処理が終わる前に血がこごって肉が駄目になっちまう! 鮮度が命だっていつも言ってるだろ!」
慌てて野次馬兵士が詰所に駆けていく。自分たちの食事に直結する話だ。反応はすこぶる速い。
「僕、手伝いましょうか」
「俺も手伝うよ、肉屋さん」
ボイドとゴートが進み出る。肉屋はパアッと嬉しそうに笑った。
「あ、じゃあ血抜き穴抜いて天井から逆さに吊るして! こういうのって人間の手だと時間かかってしょうがねえんだ」
「了解ス」
「へいよー」
最近はヴァレリー語にも不自由しなくなってきた二人は軽く頷いて処理に取り掛かる。食肉といっても重量物に変わりなく、オーガの腕力は手早い作業に不可欠らしい。
……瞬間的にはオーガ並みのパワーが出せるアンゼロスやシャロン、そもそも外見からの常識的評価が通用しないディアーネさんやネイア、そしてドラゴン組が仲間にいるとオーガにこだわる意味に一瞬疑問を呈しそうになるけど。
「ほ、我も手伝ってやろう。マイア、獣の解体の手順は心得ておるかの」
「一応」
ブッチャーナイフを軽々と振り回して肉をバラしにかかるライラたち。
そして。
「おーい肉屋ー、ドワーフ借りてきたー」
「おう、いいタイムだ! 肉の血抜き処理とできれば解体頼むよ!」
「了解」
「おっしゃ、鹿の解体なんて十年ぶりだで」
階上から呼ばれてきた数人のドワーフが手分けして肉屋の手伝いを始める。
……その光景に、出迎えに来ていたアップルが所在無さげに苦笑いした。
「……私もお手伝いしようかと思ってたんですけど」
「……まあ、もっと細かくなってからでいいんじゃないか」
肉屋の奥、塩漬けや干し肉の樽がゴロゴロと運び出され、次々と滑車で肉が吊るされる。
細かい料理の手の出番は当分先になりそうだ。
翌日。
「今日は救援要請も出てませんねぇ。アリーゼはもう大部分の防衛戦力を引き上げる準備始めてるみたいですし、ギブリも両大騎士長のおかげですこぶる順調みたいです」
「……ドラゴンで颯爽と救援ってのも今日はいらないのか」
テテスに困った笑いで肯定される。
出撃する気満々で防寒着を用意していた俺は拍子抜けだ。
「本来なら魔物の最後っ屁っていうか、共食い始めて気の立った最後の連中との決戦が今の時期なんですけど。今年はブルードラゴンの活躍が初期にあったせいで魔物の出足が鈍くて、結果的に全体戦力が温存できましたからねえ。下手するとまともな群れはもう残ってないかもしれないです」
幸せそうに朝食の肉の多めなスープを啜って解説してくれるナリス。
「じゃあ、今日は私、何するの」
マイアが俺を見上げる。俺もその場合のプランはない。
困っていたらディアーネさんが助け舟を出してくれた。
「やることがないなら休んでおけ。無理に働いて不測の時に疲れていては意味がない」
「……いいんですか」
「何、マイアは良く働いている。それにお前ももう少し休め。本来は大侵攻対策は特務隊の任務じゃないんだ。多少は余裕を持っていても文句を言われることはない」
そういやそうだっけ。
マイアがいるおかげでちょっと気負い過ぎてたけど、別に無理する場面じゃないんだよな。
「それじゃあ……休むか」
「うん」
マイアの頭を撫でる。嬉しそうな顔をした。
ディアーネさんの許可で、今日は特務隊の全休日になった。
実際、カタリナにはもう魔物が寄り付く気配は感じられない。南から引き上げてくる魔物はそのうち出るかもしれないが、もう北からは来ないだろう。
「世は太平、事もなし。いいことだ。安心して昼寝ができる」
ケイロンは順当に部屋で肘立てて昼寝態勢。
「お前はあんまり太平でなくても昼寝ばかりしてなかったか」
「なっ、危ない時は超活躍したじゃんかよ!」
口を尖らせるケイロン。
「まあケイロン十人長は危ない時だけは頼りになりますからねえ」
「というか敵には回したくないよな。スマイソン十人長ほどじゃないけど」
オナニーブラザーズがレンネストで買ったエロ絵巻を検分し合いながら微妙なことを言う。というかいくら男子部屋だからって堂々と広げるな。
「スマイソンほどじゃないってなんだよう」
「だってスマイソン十人長敵に回すとアンゼロス十人長も敵に回るじゃないですか。ヤですよ俺アンゼロス十人長に目をつけられるの」
「前ーから地味にスマイソン十人長のフォローしてたよね。いやスマイソン十人長がフォローしてたのかもしれないけど」
「アンゼロスだけなのかよ……」
「だってアンゼロス十人長ってエロ絵巻没収して焼いたりするんですぜ!?」
「俺今までに7巻やられた」
「俺5巻」
それがお前らの全てなのか。
「……まあ、スマイソンを敵に回すと大体うまくないことになるのは確かだな。アイザックにしろアンゼロスにしろ、かなーり前からスマイソンと仲良かったし。正兵時代にスマイソンいじめてアンゼロスとアイザックにしごき潰されそうになった奴いなかったっけ」
「あー、いましたねえ」
ケイロンとゴートがしみじみする。……いたな、名前も思い出せないけどヤな奴。
確かに逃げるように除隊してったけどアイザックを怒らせるようなことしたもんだと思ってた。
「なんか味方作るのうまいですよねえ、スマイソン十人長。敵もたまに作るけど三倍味方が頼もしいというか」
「今となってはエルフ領にドラゴンに百人長にブラックアームに、大変なことになってるよな」
……まあ全部が全部俺の味方ってわけじゃなくて、中には友好関係なだけって部分もあるけど、実際今の俺は敵に回したくないってのはわかる。
ライラだけでも充分災害だ。
「というかよくあんなに女に手を出して平気でいられるな。刺されるの怖くないのかオイ」
「……いや、まあ、実はそれほど積極的に自分から粉かけた女の子ってあんまいないし……」
アップルとあとかろうじてブレイクコアくらい……?
「それでなんであんだけ美女ばかり集まるんだよ。ふこーへーだ」
「いやケイロン十人長はもう少し積極的に動きましょうよ。せっかくおいしいとこだけ輝けるんですから」
「さっきから『だけ』とかひでえなゴート! 俺が普段駄目みたいに言うなよ最近はちょっと頑張ってるんだぞ!?」
「……いや、だったらせっかくの全休に昼寝全開とかナシっしょ」
「寝られる時は寝る!」
「……めんどくさがりな男はモテないってバッソンの酒場のおかみさんもよく言ってたのに」
「でも寝るの最高じゃん!」
駄目だこの男は。
医務室に行くとネイアが上半身裸だった。
「な、なんでこんな時ばっかり来るんですかスマイソンさんは!?」
「抜糸中だから動いちゃ駄目よー☆」
「いやドアが思いっきり半開きだったけど。いいのかそれで」
「ヒルダ先生……」
「んー、まあアンディ君だから良かったじゃない」
「別に良くありません!」
よくないのか。揉ませてくれたのに。
……その時は体温下がりすぎると命に関わる状態だったからですね、うん。
「で、抜糸ってことはネイアももう動けるんですか」
「んー、まあ傷は塞がったわね。綺麗にとはいかなかったからいずれポルカでまた癒し直すけど」
「綺麗だと思いますけど……」
ネイアが手で乳首だけ隠した上半身。
おっぱいの上辺りに開いていた傷は確かにまだ赤くなっているが、思ったほど酷い傷跡ではなくなっていた。
あの怪我からたった数日で治ったにしては上出来だろう。
が、ヒルダさんはネイアに笑顔でデコピンした。
「あいたっ」
「女の子が自分の肌のことで妥協してどうするの。せっかく治るんだから治すに決まってるでしょ。中にはポルカみたいなところで治そうにも傷が定着しすぎて治らない人だっているのよ?」
「そ、そうなんですか?」
「ええ……」
ヒルダさんはちょっと遠い目をする。これでも500年近く医者なヒルダさんだ。結構色々な症例を見てきたんだろう。
「ホント、治して治ればよかったんだけどね……まあ、本人満足してるからいいのかもしれないけど」
陰のある微笑を浮かべるヒルダさん。
「だから治るなら治す! 私の患者になったからには手抜きはしないからね」
「は、はい……って」
じろっとネイアがこっちを睨む。
「だからなんでいつまでもいるんですかスマイソンさん!」
「え、えー、追い出すのかよ」
「見世物じゃないですよ!」
追い出された。
いーもん。ポルカでいざ治す時にはあの時の約束守ってもらうもんね。
……本人忘れてそうだけど、一緒に風呂入る約束したのだから。うん。
レッドアーム三人組+シャロンは十時のお茶とお菓子を堪能していた。
「ほわあ……」
「甘ぁい……」
「私はこんな幸せでいいのだろうか……」
世にも幸せそうな顔をするレッドアーム三人娘。
「こんなところでこれほど砂糖をふんだんに使ったお菓子が作れるなんて……」
シャロンは三人ほど甘いものに飢えていないようだったが、素直に感心している。
「ライラ殿様々じゃな。作ったのは桜の氏族じゃが、隠し持っていられるのはライラ殿の技じゃ」
なぜか得意げなアイリーナ、苦笑しているアップル。
「っと。アンディさん」
「スマイソン殿」
二人が俺に気づいた。急いで新しい焼き菓子を皿に入れるアップル。
「いかがですか」
「いいの?」
「たくさんありますから」
遠慮なくいただくことにする。
椅子に座ると当然のようにアイリーナが俺の膝に座る。
ム、と食べる手を止めるシャロン、アルメイダ、苦笑いのアップル。
「アイリーナ様、隣に椅子が」
「わらわはここで食べたいのじゃ♪」
「はしたないですぞ」
「ふふん、妬いておるのかえ?」
「やめなさい馬鹿氏族長」
チョップ。ビクッとする騎士二人とアップル。
「お、恐れ多いことを……!」
「アンディ・スマイソン!」
「アンディさん、駄目ですよ氏族長って王様みたいなものなんですよ、怒らせちゃ……」
「?」
「うぅ……何するんじゃ愚か者」
アイリーナは不満そうな顔をするだけだった。ホッとする三人。
「ちゃんと自分で椅子に座れ」
「嫌じゃ。叩いた詫びにそなたが食べさせろ」
「意味わかんねえよ!」
「それぐらいしてもよかろう、わらわはえらいんじゃぞ!?」
「えらいんだったら偉そうにしろよ子供みたいに甘えるなよ!」
……とはいえ。
「うまうま……♪」
結局食べさせてる俺。
「む……」
「うぅ……」
アルメイダとシャロンは相変わらず不満そう。食べさせて欲しいんだろうか。
「あはは……いーなぁ」
「いいのかアップル」
「いえ、その……ごめんなさい、うらやましいです」
「…………」
アップルにも食べさせた。
シャロンとアルメイダが余計不満そうな顔をした。
「……あの、私たちあっちの部屋で食べていいですかね」
「せっかくの甘いものなのになんかおなかいっぱいになりそうです」
テテスとナリスまでジト目。どうしろっていうんだ。
(続く)
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