ディアーネさんに街で出会ったゴールドアームのおっさんの件を報告すると、さすがに妙な顔をされた。
「ゴールドアーム? この街にか?」
「いましたよ。人間族でした」
「人間族……どんな奴だった?」
「ちょっと禿げてる感じで……歳の頃はおふくろ、っていうかグランツ百人長ぐらい。金のガントレットの他はめっちゃその辺の町人みたいな普段着でした」
「……なるほど。アレックス・バスターだな」
「アレックス……?」
 ディアーネさんはレンファンガスの主だった英雄についても情報を持っている。案の定、心当たりがあるようだった。
「アレックス・バスター。レンファンガス首都レンネスト出身の大英雄。通称『レンネストの魔人』。強いぞ。個人的には使者ではなく本国の守りとして残っているものだと思っていたが」
「魔人……なんか禍々しいですね。なんか普通に大工とか鍛冶とかやってそうなおっさんでしたけど」
「魔法使いなんだ。その上肉体的にもブラックアーム級として恥じないだけのものがある。噂ではオリジナルスペルを山ほど開発しているらしい」
「……デタラメですね」
「仮にも大陸で一番危険な国の最強騎士の一人だ。デタラメにもなるさ」
 レンファンガス王国は大陸東側において、峻厳な東方山地と青蛇山脈の間に位置し、北に広がる魔物領からの回廊を塞ぐ役目を自任している。
 というか、そうしないと直接国が滅ぶからなんだけど。
 レンファンガスが滅ぶと以南の国家も雪崩式に滅びる運命にあるため、他の国も表面上は対立したりもするが実際に侵攻したりはしない方針になっている。レンファンガスの占領は、エンドレスな魔物との戦いに自国の戦力を献上することに他ならないからだ。
 そんな形で国体を維持するレンファンガスは、当然自国民だけで魔物との戦いの戦力をまかなえるはずもなく、外国人傭兵の待遇が破格にいいことも知られている。
 レンファンガス軍は大陸中の腕自慢が集まって、英雄としての名声と一攫千金を狙っているのだった。
 そんな中での最強級といえば確かにデタラメでないと務まらないかもしれない。
「……じゃあ、ネイアもゴールドアーム……いや、ブラックアームの一人なのかな……」
「ネイア?」
「ネイア・グランスって、ここ数日、オーロラに稽古をつけてくれてる変な娘です。見た感じアンゼロスくらいで……でも動きはベッカー特務百人長とかアルメイダとか、あれぐらい洗練されてました」
「……あの二人は実力的にはもうほとんどエースナイト級じゃないぞ?」
「ええ。だからレンファンガスの英雄なんじゃ、って思ったんですが」
「聞いたことはないな。ネイア……」
「若いからまだ名が売れてないのかも」
「……うむ」
 あの強さなら、あと数年もしないうちにどこぞで将軍にでもなることだろうと思うけど。
「……とにかく、あの魔人バスターがこの街をうろついているということは、情報源になるかもしれないということだ。私のほうでも折をみて探してみる」
「俺は地図探しを……」
「その件に関しては王都大学と話がついた。古文書漁りに司書協会が動いてくれるそうだ。……妙に話がスムーズだったのが少し気になるが」
「そのアレックス・バスターがうろうろしてるぐらいだから、もしかしたら王家でも何らかの動きがあって、そのついでなのかもしれないですね」
「だろうな。……しかし、だとすると新王、意外と切れ者なのかもしれん。あの制限の大きい状況でどう動けるというのか……」
 ルースの政治力はともかくとして。
「……じゃあ俺、何してましょう」
「そうだな。……まあ、オーロラの訓練が順調なら、すぐお前とマイアに出番は来るだろう?」
「?」
 ……俺と、マイア?


 その答えはすぐに出た。
「オーロラちゃん、しっかり食べないと明日に響くわよ?」
「は、入りませんわ……い、胃が受け付けません」
「あらら」
 ヒルダさんが心配そうな顔をする。無理もない。
 あちこち擦り傷だらけで包帯をいくつも巻いたオーロラは、夕食を普段の半分も食べきれずに残していた。
 ……やはり、過酷な稽古をしているらしい。
「それでも食べないと明日の訓練に差し支えるぞ」
 アンゼロスの説得にもふるふると首を振る。かなりキツいらしい。
「一応、あとで丸薬を調合するけど……そんなのじゃ何日も持たないわよ?」
「無理は承知の上……いえ、これでこそ王都に来た甲斐があるというものですわ」
「せめて風呂でマッサージするよ。セレン、ヒルダさん、手伝って」
 アンゼロスの労りの言葉に、力なくも嬉しそうに微笑むオーロラ。
「……さて、アンディ。こういう時に、お前はどうするのが一番効くと思う?」
「ここまで読んでたんですか、ディアーネさん」
「これでも百人の部下を使う身でな」
 この状況に対する答えは、ポルカの霊泉だ。
 飲めば肉体の疲労に効き、浸かれば損傷を修復する。
「ゴート、ボイド、あとランツも。……メシを食ったらマイアに乗ってポルカに飛ぶから付き合え」
「うぃーす」
「僕らも行くんスか?」
「馬鹿、水を袋詰めするんだよ。手が多い方がいいだろが」
「ああ、そっか」
 ちなみにケイロンはこういう地道な仕事に使うより緊急時のために取っといた方が使える男なので置いておく。
「わらわも行こうかのう」
「……アイリーナ? もうホームシックか?」
「たわけ。……ここからなら赤の氏族の地に行く方が小蛇山脈を越えるより早かろう。かの霊泉は半日で効力を失うに、一刻でも無駄にする手はなかろうて」
「……そ、そっか。ありがとう」
 アイリーナが案内してくれれば、北の森の氏族庄同士の瞬間移動技術を使ってちょっとショートカットが利く。
 霊泉を持ってくるのにかかる時間が短ければ、飲ませるばかりじゃなくて風呂にして浴びせる使い方で傷を癒せる時間が延びるのだ。
「じゃあアップルとセレンはディアーネさんの助手をしてもらうとして……よし、それじゃあ今日からこのシフトで」
「……お世話をおかけしますわ」
「気にすんな」
 オーロラの頭をなでる。
 元々オーロラは俺たちみんなの誇りを代弁して立ってくれたんだ。
みんなが協力しないはずはない。


 それから、約一週間。

 俺とアイリーナ、マイア(と男兵士ズ)はポルカと王都を往復する日々を過ごし、ディアーネさんたちはゴールドアーム「アレックス・バスター」を探す日々。
 というか一応何度か見かけることは出来たが、不思議な歩行術(ディアーネさん曰く「そういうオリジナルスペルを開発したんだろう」という話)のおかげでなかなか捕まえることは出来ず。
 オーロラとアンゼロスはずっと闘技場に通って大特訓。
 内容を聞こうかと思ったが無粋な気がしたので自粛。
 オーロラは自分がジタバタしているところを人に自慢するタイプではない。
 俺の前で、オーロラは諦めない……と、「面白いですわ」と言ったのだ。
 だからまあ、任せておいていいと思う。
 アイツは天才だし柔軟だ。その気になってできないことなんかない。

「俺最近ポルカの男爵なら個人的に家来になってもいい気がしてきた」
「あの人の覗きポイント探索技術は三国一だよな。ドワーフの遠眼鏡……買っちゃった」
 ゴートとランツはポルカ通いを必要以上に満喫しているがちょっと自重して欲しい。


 そして、シャロンとの対決を翌日に控えた、オーロラの訓練最終日。
「彼女、すごいですね。隙を突けば突いただけ、即座に完成度が高まります。……最初の日はもっと詰まるかと思ってたんですが、スタイルの転換も早くて驚きました」
 夕焼けの中で、古ぼけた鍔広の帽子を押し上げながら、ネイアが俺を見上げて報告する。
「あと一年、強い相手に恵まれた戦いを経験すれば、きっとすごい勇者になれますよ」
「……だから勇者ってなんだよ……」
 ネイアは屈託なく笑った。
「勇者ですよ。勇気ある者。無辜の民、人々の眠る街、その何もかもを守る者。決して引かぬ者」
「いや、そんな辞書的な意味じゃなくて……まあいいや」
 なんか宗教的な信条でもあるんだろう。追求はしないことにする。
 が、ネイアは町並みを見回し、闘技場からでてくる数多の剣士たちを見つめて、眩しそうに目を細める。
「この国は……いえ、この北西平原は、いいところです。人を守るために戦う者がたくさんいる。勇者が、たくさん生きていける」
「……なに、たくさんいちゃいけないのか?」
 いくら中央湖畔や東方山地、南方大平原でも、人を守る兵士が少なくないといけない、なんて国の話は聞いたことがない。
 が、ネイアの口調は決して冗談のようでも、夢のようでもなかった。
「勇者とて人、食べる必要もあれば物だって入り用ですよね? 戦うことの専従員が多すぎると、それだけで民は圧迫される」
「……? まあ……理屈の上ではそうだな」
 実際はそこまで痩せた土地で過剰な軍備をする必要なんてあまりないのだろうけど。
 どうせ誰も狙わない。魔物以外には。
 しかしネイアは真面目だった。
「ならば究極的には、一人でどんな強大な敵とも戦えなくてはいけない。そのための者が、勇者というものですよ」
「そんなの不可能だろ。というか、そんな場所遅かれ早かれ滅ぶしかない」
「かもしれませんね」
 ネイアは微笑んで、背を向けた。
「彼女に御武運をお祈りします。……そしてスマイソンさん、いつかまた会えることを」
「あ、ああ」
 ……そっか、今日でオーロラの特訓が終わるなら、ネイアとの接点ももうなくなるのか。
「またな、ネイア」
「はい」
 別れはあっさりしたものだったけれど、レンファンガスや魔物領探索の縁がある限り、いつかまた会うこともあるだろう。
 まだ誰にも筋立てて話してはいない、そんな確信を胸に秘め、俺は彼女を見送った。


「お……ようやく捕まえたぞ、勇者様よ。ったく、俺をまいて雲隠れなんて大概にしてくれねーか。こっちゃ国の威信がかかってんだ」
「すみません。それも今日でおしまいです」
「ならいいけどな。……例のガードナー公爵の秘策、通ったそうだぜ。俺たちもそろそろ引き揚げて報告する頃合いだ」
「……そうですか。名残惜しいです」
「そんなにこの国のメシが心残りか」
「まあそれもあります。豊かでよい国ですね、トロットは」
「ああ。……敗戦国とはいえ、大事にされてるよ、この国の生産力は」
「というわけで、今夜は王都名物食べ歩きを所望します、バスター様」
「ちょっと待て、誰の財布だと思って……ったく、しゃーねーなぁ」


 翌日。
 いつもの赤の氏族庄から北の森に入り、決闘場所である桜の氏族庄近くの森の空き地に行く。
 そこには立会人であるゴルクスと、ガントレットナイツの三人が揃っていた。
「よく来ましたね、空色の姫。敗北を恐れて詫びを入れるかと思い、待っていましたが」
「武器を抜いて準備なさい、ブラックアーム」
 軽口で威圧しに来るシャロンと、全く取り合わないオーロラ。
 少しぐらい嫌味を返すかと思ったけど、ちょっと意外だ。
「もしや手加減を期待しているのかしら? 生憎ですが私は栄光の氏族の末席、いかな理由があるとてそのような……」
「ご安心なさい、あなた如き打ち倒したところで、栄光の氏族そのものへの勝利などと思うほどわたくしも子供ではありません。あなたの軽挙が氏族や国家背負ってのことならば、既にレンファンガスもアーカスも二度と濯げぬ汚名の泥の底ですわ」
「……空色のオーロラ!!」
 自分で挑発しておいてあっさりとカウンター挑発で逆切れするシャロン。
 そして俺は見た。向こうのブラックアーム……ええとベルガとかいう傷顔エルフが、オーロラの指摘に小さくコクコクうなずいていたのを。
 ……シャロンって仲間にさえそういう評価なのね。
 ちなみにフェリオスはシャロンほどあからさまではないがムッとした顔をしていた。割とコイツも挑発に弱そうだ。
「立会人として、光の精霊の御名において宣言する」
 二人ともが空き地の真ん中に出たのを確認し、ゴルクスが手を上げる。
「どちらかが戦う意志か力を失うことにより勝敗とする! この戦いにおける負傷や生死の遺恨を持つべからず! 誇りあらばこの決定をその名において承服せよ!」
「空色のオーロラの名において」
「栄光のシャロンの名において」
 二人がそう口にしたことにより、決闘が成立する。
 そして、アイリーナがビッと扇子を突き出して、叫ぶ。

「始めよ!!」

 二人はアイリーナの言葉と同時に距離を取る。その間合い、約5メートル。
 シャロンは例のビキニアーマー(布巻き)に、ツーハンドソード。
 刀身1メートルと少し。平均的な得物だ。
 それに対してオーロラは、強度向上の刻紋入りの優雅なマントとワンピース。手足に革の篭手とロングブーツを装備してはいるが、防御力には不安が残る。
 そして得物は……刃渡り80センチ程度の細身の長剣、それが両腰に一本ずつ。
 両腕をクロスさせて、それを抜き放った。
「二刀流……?」
 少し驚いた声を上げるディアーネさん。
「確かに両手で同じように剣を持てるオーロラなら不可能ではないが……でも、普通なら……」
「片手の得物の長さを変えることにより役割と剣質を分け、自然と戦術型が整うようにする……まあ、確かにそうです」
 アンゼロスがディアーネさんの驚きに頷く。
 剣士としてはそういうスタイルの二刀流使いは珍しくない。
 が、手数のアドバンテージを稼ぐために両方短めの剣やナイフによる二刀流は多くとも、長剣二刀流はほとんど見ない。
 難しいし、もてあますのだ。長い剣はそれだけ先端の負荷が手首に強くかかる。短ければ防ぎ、押し切れるところでもそれができない場合が多い。
 長剣の弱点であるそれを補うために、防御と取り回しに優れる短剣を持つのがスタンダードなのだ。
「そんな曲芸の訓練をしてきたのですか。しかし付け焼刃で私にかなうとでも」
 シャロンが両手で剣を構え、鼻で笑う。
 オーロラは真正面から両の剣を左右に下ろし、無言。
 ゆっくりと目を閉じて、ややあって呟いた。
「我が名はオーロラ」
「…………?」
「森の貴公子ルーカスの妹。クラベスの寵児。……新しき時代を知るディオールの娘。そして、アンディ・スマイソンの愛の奴隷」
「っ……!」
 シャロンがわずかに動揺して、顔を赤くする。意外とウブだ。
「わたくしを形作るこれらはひとつとして偽物ではなく」
 そしてゆっくりと腕をクロスさせるように剣を持ち上げ。
「ゆえに、わたくしはここに至った!」
 一瞬で、腕を開くようにして剣を振り抜く。
 ボン、と帆が張り詰めるような音がして、巨大な衝撃波が発生する。
 衝撃波をふたつ重ねて、威力を高めたのだ。
「なっ……!!」
 慌てて宙を舞い、それをかわすシャロン。
 そこに素早く躍りかかり、突きと斬撃を立て続けに叩き込むオーロラ。
 目では追いきれなかったが、澄んだ金属音が鎖を引きずるように五つ響く。
 ただ二本持っただけの二刀流ではない。
 ふたつの剣を掛け合わすことを知る、本物の戦闘スタイルに昇華していた。
「くっ……!!」
 ほとんどはかろうじて防いだようだが一発は払い損ねたらしく、ビキニアーマーの布が横に裂けるシャロン。
 ……こう見ると確かにただの服じゃなくてよかったな、と思う。普通の服なら心臓を突いてアバラの隙間から横に抜けた斬撃だ。
「調子に乗るな!!」
 シャロンが距離を取って剣を地に打ちつける。
 空振りにしては間合いが遠すぎる、と思えば、大地がめくれるように隆起して壁を作った。
 細かい土飛沫は煙幕となり、オーロラに追撃を許さない。
「何だあれ!?」
 思わず叫んでしまうが、ディアーネさんが冷静に解説。
「アースドライブという剣技だ。たまにドワーフのエースナイトやパラディンに使い手がいる。……エルフの使い手は初めて見たが」
 さすがにシャロンもブラックアーム。ただの棒振り剣士ではないということか。
「あなたの努力は認めましょう、ですが私とて伊達やハッタリでこのガントレットはつけていない!!」
 そして自ら作った土くれの足場を蹴りつけ、土ぼこりで視界を失っているオーロラに渾身の一撃を叩きつけるシャロン。
 オーロラはそれを、剣をクロスさせて受け止める。
「ぬぅぅっ!!」
「遅いっ!!」
 ギチッ、と一撃の重みに震えるオーロラを嘲笑うように剣を翻し、脇腹を打つシャロン。
 クロスに構えた剣をくるりと翻してそれも防御するオーロラ。
「見た目より泥臭いのですね。見直しましたわ」
「……高みからの物言いを!!」
 かなりきわどいが、次々に繰り出されるシャロンの重い一撃を綺麗に受け止め続けるオーロラ。
 その防御技術はあきらかに片手のときとは段違いだ。
「どれだけの特訓してたんだ……」
「ネイアという子の技術が凄かったんだ。……針の穴をつくような攻撃を繰り返してきた。あの特訓に耐えたんだ、オーロラの今の技術ならきっと……やれるはず!」
 アンゼロスが拳を握る。
 そしてその言葉を聞いて、ピクリとフェリオスとベルガがこちらを見た。
「……ネイア……!?」
「…………」
 ……やっぱりレンファンガス関係者で確定か、ネイア。
 フェリオスがギリリと歯軋りし、シャロンに声を張り上げる。
「シャロン! その剣術はネイア・グランス仕込みだ、油断をするな!」
「ゆ、油断などっ!!」
 ……ネイアが凄いことはやっぱりフェリオスも警戒するほどなのか。
「フェリオス殿。決闘の邪魔をするなら立ち退いていただくぞ」
 ゴルクスがフェリオスを睨む。フェリオスが鼻白むのをベルガが無言で止めた。
 ……意外とリーダーシップはベルガの方にあるのかもしれない。
 その間にも、シャロンの攻勢を凌ぎきったオーロラが反撃に出る。
 シャロンの強烈な体ごとの打撃と対照的な、的確に隙を突きまくる雨のような攻撃。
 シャロンも両手剣ならではのパワーで弾き返し、よく凌ぐが、さすがにボナパルト卿のようにはいかない。少しずつ切り傷が増え、息が上がる。
 ……こう言う時ビキニアーマーは生傷が見えてちょっとキツいな。
 だが。
「いくら攻撃が早くとも! 防御が丁寧でも!!」
 ドカン、とアースドライブで再び障害物を作り、シャロンは剣を大きくバックスイング。
「所詮は、剣術!!」
 そして隆起した土壁を再び打撃。大量の石つぶてをオーロラに向けて放つ。
「きゃっ……!!」
「魔物との戦いに比べれば、所詮人と戦うことだけを目的にした技術など!!」
 そして再びアースドライブからの石つぶて攻撃。足場と視界を駄目にする上に打撃力もシャレにならないという嫌な攻撃だ。
「く……!!」
 咄嗟の衝撃波で石つぶての大半を弾き飛ばしたオーロラだったが、さすがにでかいのは防ぎきれずにいくつも打撲を負った。
 この攻撃は封じきれない。間合いを詰めきれない。
 ジャンプして飛び込もうにも、相手は別に足場が悪くなっていない。無防備な着地を狙われたらそこでチェックメイトだ。
 ……さすがに、もう手は……。
 いや。
 オーロラは、全く気力を失っていない。
 全く焦っていない。
 その2本の剣をパチンと腰に収め、再びアースドライブを出そうとするシャロンにニヤリと笑いかけた。
「良いでしょう」
 身を沈める。
 左の腰に下げた剣に、力を集中させた構えを取る。
「ならば、人ならぬものをも討つ技を」
 ギン、と鍔鳴り。
「見よ!!」

 その一瞬は、オーロラの腰から光が噴出し、全てを無視して一直線に伸びたようにしか見えなかった。
 土壁を断ち。
 土煙を断ち。
 石つぶてを断ち。
 そして。

「…………かっ」
 シャロンの剣を、真っ二つに叩き折って、その胸のビキニアーマーの装甲を断ち切って傷を穿つ。

 一撃で勝負は決した。
 シャロンは座り込んで、自分の胸に刻まれた傷を、涙を流しながらガタガタと震えて見やり。
 オーロラは振りぬいたままの剣をシャロンに向け、堂々と立つ。
「ひっ…………」
「兄は物差しですら木を断ちました。……今はまだ、全力でこの程度なれど、いつかは必ず」
 それは、オーロラが自分の資質の全てを受け入れて自分の物にした証。
 兄を追い、兄を真似て積み重ねたエースナイトの力は間違いではない。それは紛れもなく彼女の天分のひとつ。
 自分だけのスタイルを見つけ出して、全てをひとつの完成型に組み込む。
 その中で、過去に手に入れた力は行き止まりになるのではなく育ち続け、到達する。
 全てを活かして相乗させた、彼女の剣士としての次の形に、その技はようやく姿を現したのだった。
「……斬撃波……」
「……ルーカス将軍の技、だよな」
 俺とアンゼロスが呟いたことで、時が動き出す。
「そこまで!! 勝者、空色のオーロラ!!」
 アイリーナが戦意喪失と判断して判定を下す。
「ベルガ!!」
「うむ」
 フェリオスとベルガが慌ててシャロンを救護に行く。
 ……まあ、剣で一応和らげたおかげで致命傷にはなってなかったようだし、多分この森にも霊泉があるから綺麗に治るだろう。
 そう判断して俺はオーロラに駆け寄る。
「オーロラ……!!」
「……アンディさん」
 オーロラは剣を収めて微笑む。
 その服は土埃まみれで、顔や腕には痣もできていたけれど、とても清々しくて美しくて、そして少女らしい笑みだった。
 そして、手当てをされているシャロンに、堂々と彼女は言い放つ。
「わたくしは毒されたわけでなく、遊びではなく、この方を愛しています。……エルフの寿命が他の種族より長いのは、永き時そのものを楽しむためではなく、エルフだけで愛し合うための枷でなく」
 ちらり、と俺を見て。
「巡り会うためだと、信じているからですわ」
 …………。
 ちょ、ちょっと照れる……。
 そんな俺たちに、傷顔のベルガが低い声で反論した。
「……そうは言っても、空色の姫。……その者は、百年は生きられぬ。あとの千二百年を、胸を痛めたままで過ごすのか。そうとわかっていて愛すのか」
「ならば死ねばよいではないですか」
 当然のことのようにオーロラは微笑んだ。
 ……って。
「お、おい……そんなのは認められないぞ」
「あら、当然でしょう。辛くて生きられぬのなら死ねばよい。それがいやだからと幸せを否定するのなら、いくら永き余生があってもなんになりましょう」
「……そ、それも極端だろう」
「そうですわね」
 オーロラは俺に身を寄せて、囁く。
「ならばわたくしを恋するだけの『女』でなく、あなたの生きた証を残して愛し続ける『母』にすれば良いのですよ♪」
 ……この娘は。
「そんな焦らず恋してろよ、青春真っ盛りが勿体無い」
「そうですわね。将来的な話ですわ♪」

「やれやれ。どうなることかと思ったが……私たちの仲間はとんでもない奴かもしれんな」
「ディアーネさんが言ったらおしまいです。……一気に追い抜かれちゃったな」
「フフ。お前もそこで終わるつもりはないんだろう?」
「もちろんですよ。……僕たちのご主人様は、まだまだ危なっかしいとこに首突っ込みそうですから」

(続く)

前へ 次へ
目次へ